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コンコンとドアを叩く音がしてルーナは目を覚ました。こんな早朝に訪ねて来るのはニコルしかいない。ルーナは宿のベッドを出て頬を膨らませ目を細め勢いよくドアを開けた。


「おやすみっ!いつもいつも早すぎるのよ」


お約束と言わんばかりに一言言って閉めようとしたルーナの手が止まった。


そこに立っていたのはニコルではなくルークだったからだ。

昨日とは違うタイプの制服か黒のジャケットに黒のズボン、ブーツを履き太ももにはナイフホルダー。早朝なのに上から下まで完璧である。


ルーナは跳ねているであろう髪を押さえ、目を見開きサッとドアの影に身を隠した。


「すみません!てっきりニコルかと……少々お待ちください!」


(キャー!何故ギルド長が朝っぱらからここに?寝癖見られた?来るなら来るって言って欲しかった)


ルーナは緊張でドキドキと高鳴る胸を押さえゆっくりとドアを閉じ、慌てて顔を洗い跳ねた髪の毛を直しブルーのワンピースに着替えドアを開けた。


「お待たせしました。まさかギルド長がいらっしゃるとは思わず先程は失礼を」


「こちらこそ朝早くからすまなかった。早く君に渡したいと思って」


ルークは昨日とは違い少し不器用に微笑んだ。その不器用な微笑みだけで周りに花が飛んだかのように空気が華やぐ。


(黙っているとカッコいいのに笑うと可愛いなんて、イケメンの極みね……それにしても渡しにきたって何をかしら?)


「渡すって何をですか?」


「これを」


さっと差し出して来たのは金色の鍵だった。


「鍵?」


「家の持ち家で使ってない別宅があってね、君達に使ってもらおうと思って鍵を持ってきたんだ。ずっと宿に泊まるのも大変だし、すぐに家を買うのも無理だろう?」


「ギルド長様、なんてお優しい方なんでしょう。お気遣い頂きありがとうございます」


昨日嫌な顔をされたのでルークに対しあまり良い印象を持っていなかったがどうやらそれは早計だったようだ。


思いもしなかった申し出にルーナは感激し、差し出されているルークの手を両手で包み感謝を伝えた。


しかし勢い余ったのかポロリとルークの手から落ちる鍵。

ルーナは慌ててしゃがみ鍵を拾い立ち上がるとルークは壁に手を突きルーナに背中を向けていた。


「あ、あの……ギルド長様?何かありました?」


首を傾げルークの背中に向かって声を掛ける。


「気にしないでくれ。僕はこの……この木目が綺麗な円を描いているのを見つけて気になってね。観察しているんだ」


「はぁ……」


「準備が出来たら声を掛けてくれ。家に案内するよ」


ルークは木目に夢中なのか壁に向かって話し掛けている。

理解できないが良い人であるのは間違いないのでルーナは気にするのはもうやめにした。


部屋に戻る前にまず隣の部屋のドアを叩きニコルを起こそうと呼び掛けると木目観察を終えたのかルークが凍りつきそうな冷たい表情でルーナを止めた。


「ニコルがここに泊まってるんだね?家があるのにおかしいね。僕が起こすから君はお姉さんとニーノ君を起こしておいでよ」


(そう言われたらそうね、王都に家があるはず)


昨晩、ニコルはようやく自身が貴族家の三男であると打ち明けた。


ようやくと言うのは身分証を作ってくれた時にルーナ達は気付いていたからだ。平民が保証人になったからとすぐに役場が身分証を発行する訳がない。


ニーノとノーラを起こし準備させ廊下に出ると2人はすぐにルークに向かって頭を下げた。


「はじめまして、ノーラと申します。お気遣い頂きありがとうございます」


「はじめまして、僕はニーノです!お兄さんありがとう」


ルークは薄っすら微笑んでいたがニーノが挨拶した瞬間、眉尻を下げ泣きそうな顔になった。


「……僕はルーク・フェルロンドだ。2人共これからよろしく。とりあえず家に案内しよう」


2人に涼しい顔で自己紹介をしたルークを見て、泣きそうな顔になったのは気のせいかと家までの案内に付いて行くとルーナはどんどんどんどん血の気が引いてきた。


(この道はまさか……)


ルーナの予想は的中。貴族街の入り口が見えてきたのだ。


「あの、まさかこの門の向こうの家ですか?」


「勿論だ」


当たり前だと言わんばかりにさらりと返されたが、よくよく考えれば公爵家の持ち家だ。貴族街にあって当たり前だ。


そのまま門を通り付いて行くと家は治安ギルドにほど近い場所にある2階建ての立派な一軒家だった。庭もありどう見ても3人で住むには大きすぎる。


「あの……家賃はお幾らでしょうか?」


「家賃はいらないよ。今使ってない家だから誰かが住んでくれた方が助かる」


会ったばかりのギルド長にここまでしてもらうのもどうかとノーラの顔を確認すると、ノーラも悩んでいるのか複雑そうな顔をしている。


「2人共もしかして遠慮してんの?気が引けるのは分かるけど、本人が良いって言ってるから良いんだよ。住んでくれた方が助かるのも本当だよ~」


ルーナとノーラの空気に気付いたニコルが冗談めかして笑い掛ける。気は引けるが正直ありがたいしこの家に居る間にお金を貯めればいいのだ。


「ありがとうございます。お金が貯まったらすぐ街の方で家を探します。それまでお世話になります」


「いや、街に住むのはもしもの事があったら困る。ここを出て行くことは考えないで欲しい」


「はぁ~!ルーク言う事が男前だなぁ。俺より年下なのにムカつく」


ニコルがからかい先導し、屋敷の中に入る。

1階にはかけっこが出来そうな程広いリビングがあり、お手洗いにお風呂にトイレ、キッチンに書斎。2階には広いお部屋が4つ。置いてある家具は言うまでもなく高級品。


「俺の部屋は皆が選んだ残りでいいよん」


全員リビングの皮張りのソファに腰掛けるとニコルが嬉しそうに提案してくる。


「あれ?北の街には帰らないの?」


「俺は元々王都ギルドから出張してたんだよ!もう1年居たし、誰か違う人に行って貰うさ。受付嬢で釣れば誰か行ってくれるさ」


呆れたような顔のルークは首を振り溜め息を吐く。


「代わりの者が見つかったら王都に戻ってくる事を許可するが、王都に自分の家があるだろう?ここに住む事は許さない」


ルークの言葉にニコルはガックリと肩を落とした。


「じゃぁ毎日通おう」


「お二人とも婚約者はいらっしゃらないの?そのように毎日ここに来ては婚約者様に失礼になりますわ」


ノーラが問いかけるとニコルは笑う。


「3男4男5男になってくると婚約者も中々見つからないし後回しにされるんだよねぇ……結婚しない場合も多いんだ。だから俺達はフリーだよ~!安心した?俺はルーナとノーラさんとニーノと結婚するさ」


「あはは!僕も?」


相変わらずのお調子者っぷりにルーナもニーノと一緒に笑うとルークの凍えそうなほど冷ややかな目線がニコルを捉えた。


「何故彼女の名前から言ったんだ?」


「や?別に何も意識してなかったけど……?」


「そうやって女性に軽口ばかり言う所を治してくれ。そんなくだらない冗談より、皆に話したい事があるんだ」


ルークは真剣な顔つきになりニーノをじっと見つめた。


「……ニーノ君は強い言霊で自分の成長を縛って止めてるね?自分だけじゃなくきっと他の人にも言われてたんだろう?鎖がとても太くて強いんだ」


(自分の成長を縛って止める?)


ルーナは理解出来ず首を傾げるとルークの言葉にニーノは一瞬で顔をぐしゃぐしゃに崩し頷いた。


「逃げるまで大きくなったらダメだっておばちゃんに毎日言われてた。何をされるのかは詳しく教えてくれなくてわからないけど、とっても怖くて僕は大人になりたくないって毎日言ってた。月の神様にもお祈りしてたの……」


「ニーノ君は今何歳かな?」


「13歳……」


ルーナはニーノの言動、行動、見た目からまだ10歳にもなっていないと思いこんでいた。


只事ではないと滲んだ涙を抑え、隣に座っているノーラの腕を組む。

ルークは真っ直ぐと2人を見て口を開く。


「ニーノ君の鎖だらけの言葉を僕がより強い言霊をもって解放したいけどこれは相当時間が掛かると思うんだ。解放してもいいかな?」


「よろしくお願いします」


ニーノが自分に言い聞かせ成長を止めている事を理解したノーラとルーナは深々と頭を下げた。


「ルーク、俺からも頼むよ……ニーノ、俺と一緒に大人になろうな」


「……うん」


ニコルは優しくて感受性が強いのだろう。ボロボロ涙を流しながらニーノを抱きしめた。

ニーノも我慢などしなくていいのに歯を食いしばり泣いている。


「泣くなよ、俺達は赤髪兄弟だろ」


「……ニーノは本当は珍しい銀髪なのよ。目立つから赤に染めたの」


「なぬぅー!銀髪だと?カッコイイじゃないか」


ニコルがニーノを元気づけようと明るく話し頭をわしゃわしゃと撫でる。

その時考え込んでいた様子だったルークが口を開いた。


「銀髪か、ニーノ君に執着した理由が分かったよ。僕に考えがあるんだ。もしニーノ君が嫌だったらやめておくけど、今この鎖で縛られた状態の君を僕の父に見せたいんだけど、どうかな?」


「なぜ?」


「ニーノ君を鎖で縛った元凶を退治するためだよ。証拠がないと思っていたけど、ニーノ君本人が、そしてお姉さん、女性なので傷跡を見せるのは苦痛かもしれないが一度だけ、僕の父に見せてくれないか?2人が生きた証人だ。相手は非道な人間だけど貴族だからね。父の力を借りないと裁けないだろう」


ルークの父、ジェロルド・フェルロンドはこの国の宰相で有名人だ。

もしそんな人が理解を示してくれたらローシェを罪に問う事も夢ではないだろう。


(ローシェを退治……でもあの傷跡を見せるの……?)


ルーナはノーラを思いやり躊躇するとノーラはニッコリと笑み涙をこぼした。


「喜んでお会いするわ。やっと、やっとあの人が正当に裁かれるかもしれないのよ。堂々とお母様の敵を取れるわ」


「お姉ちゃん……」


「僕も会う……一緒にあの奥様をやっつける」


ルーナ、ノーラ、ニーノは3人でしっかり抱きしめ合う。


上からニコルが抱きしめようとしてきたがルークに両腕を捕まえられた。騒ぐニコルを見て3人で微笑んだ。


夜になるとすぐ全員でルークの家へとお邪魔した。


ルークに似ているがとても風格のある父、ジェロルドは話を聞き『この国に産まれて来てくれたのに辛い思いをさせてすまなかった。陛下に代わってお詫びする』と3人にとても深く頭を下げた。


それはルーナにとって思ってもみない事であり、ジェロルドの人柄の深さを感じた。そして必ずローシェ・サバルトーネを罰すると約束してくれた。


「ニーノ君は家で引き取ろう。心のケアも必要だろうし、その太い鎖を解いてやるにも家に居た方が都合が良いだろう。同時に教育も受けると良い。今まで辛かった事はただの悪夢だったと思えるような生活を約束しよう」


ジェロルドはポンとニーノの頭に手を置きそう発言した。


「父上、それはどういう意味ですか?」


ルークが慌てて尋ねるとジェロルドは当たり前のような顔で笑う。


「お前の義理の弟にすると言う事だ」


「ええええええ!」


あまりに突然の展開に全員から驚きの声が上がる。


(嘘でしょ!?爵位継承権はないにしろ、会ったばかりのニーノを家族に相談もせずすぐ養子にすると言うなんて。男気があるというか、信じられない程の決断力。これが宰相なのね……)


ルーナとノーラとニコルは輪になりヒソヒソ話し合ったが、ニーノの頭を撫でながら微笑み見て来るジェロルドの申し出を断れるわけもなかった。


こうして名前も無かったニーノは逃げ出してからなんと約1週間と数日で公爵家の養子に入る事が決まったのだった。












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