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「はじめまして。ルーナと申します」
王都ギルドのギルド長室に入ったルーナはすぐさま床に着かないようにスカートを両手で少し持ち上げ片足を後ろに引き膝を曲げた。勿論笑顔でだ。
だがルーナが挨拶をした相手、王都ギルド長は挨拶を返す事もせず、片手で自身の綺麗な顔を覆った。
「はぁぁ」
耳を赤くし、まるで苦悩しているかのように深く息を吐いた姿にルーナは困惑した。
(何か気にくわなかったのかしら?ハンサムさんとお会い出来て嬉しいですとか褒め言葉をつけるべきだった?)
ルーナがそう思う程王都ギルド長の顔は整っていた。小顔、色白、綺麗な陶器肌にブルーブラックの髪の毛が映え、見る人を引き込みそうなグレーの瞳が美しい。
前世で言うと国宝級、前々世だと激レア属性の雷級、前前々世だとSSSクラス、前前前々世だと秒で惚れ薬レベルのイケメンである。
「あの、何か失礼な事をしてしまいましたでしょうか?」
恐る恐る顔を覗き込むとギルド長は顔を覆っていた手を下ろし、すぐに目をドアへ向けた。
「君が謝る事はない。紅茶を淹れて来るからソファに座って待っていてくれないか」
ギルド長が部屋を出ていくと言われた通り高級そうなソファに座りどっと力を抜いた。
(下に居た人達も凄かったけどギルド長は集大成って言うか、同じ服着てるしラスボスって感じかしら……?)
ニコルに治安ギルドに行くと連れられやって来た場所は壁で区切られた貴族街だった。
大層な門構えに広大な庭とんがり屋根でちょっとしたお城かと思う程の建物もあり、壁を隔てた平民街の騒がしさが嘘のような場所。
真新しく見える建物の前で足を止めたニコルの隣でルーナも立ち止まり建物を見上げた。
真っ白な壁に半円の縦長窓、格子は植物をモチーフにしたデザインで控えめに金色があしらわれていた。
入り口のドアも窓と同じく半円縦長の大きなドアで模様が彫られ金で彩られている。
「ニコル……まさかこの貴族以外は足を踏み入れる事すら許されないような建物が民の為の治安ギルドだと言うの……?」
「そうだ。街の方には誰でも入りやすいギルドがあるぞ。北の街もそうだっただろ。ここは本部だ」
(交番と警察署本部って感じかしら。それにしてもこれは……)
ルーナが呆気にとられていると揃いの白と青のジャケットに金の飾り紐、黒色のズボンに黒の皮ブーツを履いた2人がニコルの顔を見てとても爽やかな笑顔で近づいて来た。
「ニコル様、どちらのご令嬢ですか?とうとうここにも女の子が……」
「あ~、あんまり近づくとこの子に土に埋められるぞ。肩までな。凶暴だから気を付けて」
ニコルの冗談に2人は思い切り後ろに一歩引き苦笑いでドアを開けてくれた。ルーナは無理矢理笑顔を作り頭を下げる。
ドアを抜けた先には受付カウンターとロビーがあり、揃いの服を着た眩いばかりの青年達がニコルとルーナに気付くと全員が爽やかな笑顔を見せ挨拶してくる。
(気のせいじゃない。育ちが良いと一目で分かる小綺麗な青年がゴロゴロしてるわ。ここは一体……)
「ねぇ、私は一体何処に連れて来られたの?」
「治安ギルドだ……」
「そう、マダムの社交場に来てしまったかと思ったわ。色々想像と違い過ぎて今すぐお望み通り土に埋めてしまいそうよ」
「勘弁してくれよ……後で説明するからさ」
ルーナは溜め息を吐きつつも3階迄上がりニコルにドアの前まで見送られた。
この先は1人で行かなければならないと気合いを入れドアを開けギルド長に挨拶したものの返してもらえないという状態だ。
(色々想像と違い過ぎて地味にメンタルを削られるわ。それにしてもギルド長自ら紅茶を淹れに行くのってどうなのかしら。手伝うべきだった?)
そんな心配をよそに紅茶を淹れて戻ってきたギルド長は向かいのソファに座り自己紹介をしてくれた。
「僕はフェルロンド公爵家四男、ルーク・フェルロンドだ」
(公爵家……ラスボスらしい、関わってはいけないレベルの家だわ。そんな方の淹れてくれた紅茶を飲んでいいのかしら……治安ギルドって一体……)
「ニコルと出会ってからの事は聞いたよ。僕はその前、君が家を出た理由と突然魔法が使えるようになった経緯を知りたい」
ルーナは口を結び手に持った紅茶のカップをじっと眺めた。
(家がばれないようにどう話せばいいかしら?まさかそんな事聞かれるなんて思ってなかった……)
「もし、出て来た家の事を秘密にしたいなら無駄だよ?マリー・サバルトーネ」
「何故それを!?」
ルーナは思わず手にした紅茶のカップを落としそうになった程驚きルークの顔を見、叫んだ。
「一月程前僕宛に姿絵が届いたんだよ。家では頼んでもいないのに姿絵を送りつけてくる家は相手にしないと決めているんだけど、四男の僕に送られてきた事が珍しくてね。しかも2枚も。だから捨てる前に見てみたんだ」
「姿絵……」
「君の姿絵は覚えてるよ。金色の瞳が特徴的だった」
ルーナの驚きをよそにルークは落ち着いた性格なのか淡々と話す。
姿絵を送ると言う行為は令嬢を持つ貴族家が嫁ぎ先を探す為だ。但しそれは長男や次男目当てに送るのが普通だ。
(嫁ぎ先を探していると聞いたけどまさか四男に送るなんて!何故……?それに2枚もって事は……ジェシーのと一緒に送ったの?それとも私の紹介文が書いてあるもの?)
「その2枚のうちもう1枚は何が?」
「…………すまない、名前を失念してしまったが赤茶色の髪の人物だったと思う」
(きっとジェシーだわ。それにしてもお父様は何故2枚も送ったの?長男になら姉妹どちらかどうですかと売り込みそうだけど……送り先を間違えてしまったのかも……って言うかどうしよう!完全にバレてしまっている)
ルーナは両手で顔を覆い溜め息を吐いた。このギルドに来てから全てが予想外だ。まさか自分を知っている人間が王都にいるなど思ってもみなかった。
(せっかくここまで来たけど、違う街に行こうかな……冒険者ギルドがある都市に)
「心配しなくていい、君がマリー・サバルトーネであると言いふらすつもりはないよ。今の名前はルーナだろう?僕は君が家を出た理由に正当性があるか判断したいだけだ。それとも、家以外に隠したい事でもあるの?」
「ないわ……ただあの家の人に見つかりたくないだけ」
「これから君はルーナとして生きていくんだろう?何をしても、いくら目立とうと顔を見られない限り家の人間にはバレないだろう。もし見つかってしまったとしても僕が全力で守る」
ルーナは顔を上げルークの顔を見つめた。
「会ったばかりでまだここで働くかも分からないのに全力で守って下さると?」
不思議に思って尋ねるとルークは慌てて立ち上がりルーナに背中を向け窓際に立った。
「それはっ、君はニコルの紹介だから……それに君の話を聞いて正当性があるか判断してからの話であって…………とにかく、僕は王都のギルド長として君を守る立場という事だ」
「お気遣いありがとうございます、ルーク様」
少し声を上げ答えてくれた理由に納得しお礼を伝えたが、またルークに深い溜め息を吐かれてしまった。しかもソファに戻りはせず、窓際に立ったままルーナに向き直り話し掛けてきた。
「では話を聞かせてくれ。最初に言っておくが僕は言葉のスキルを持っている。分かりやすく説明すると嘘の言葉は赤色に見える」
「凄い……治安ギルドにピッタリなスキルですね」
(この人に絶対嘘はつけないじゃない!)
「ああ、僕のこのスキルを活かせるようにと友人がこの治安ギルドを立ち上げたからね。では聞かせてくれ」
「まずは君はサバルトーネ家で何をされて逃げようと思ったのか」
「学園での生活はどうだった?友人はいたのか?異性含むだ」
「次はお姉さんとニーノ君の事を聞かせてもらえるかな?」
「では最後に魔法が使えるようになった経緯を教えてくれ」
嘘を吐くどころか矢継ぎ早に質問され話を考える時間も与えられず手短に次々と答えた。
(学園や友人の事まで聞かれるとは……!)
答え終わるとルークは再びルーナに背を向け窓から外を眺めていた。
暫く沈黙が流れた後、ようやくルークが振り向き口を開いた。
「長男の名前は何だったかな?」
「シャークです」
「覚えたぞ……嫌な事を話させて悪かった。嘘も吐いていないし君達に正当性があると判断するよ。それにしても前世の記憶に全属性魔法か……今度詳しく聞かせてくれ」
ルーナはほっと胸を撫で下ろし頷いた。
このまま無事にルーナとして働けそうであるし、サバルトーネ家に見つからないように配慮してくれそうだと感じたからだ。
「逆に、僕に聞いておきたい事はある?」
「あ、ヤキトリ!ヤキトリを開発した人を知りたいです!」
ルーナが思い出し慌てて声を上げると目に見えて嫌そうな顔をされてしまった。
(やたらと溜め息吐かれるし私嫌われてる?それとも女嫌い?イケメン過ぎて愛想良くすると勘違いされるとかかしら?私は目が合おうが平気だし勘違いなんてしないわよ。さすがに壁ドンでもされたらときめくかもしれないけどさ……)
「開発者は忙しい人だからいつ紹介できるか分からないな。以上だ。それと、これからの事はまた連絡するよ。王女様がシャイな魔法使いに直接お礼を言いたいと言っているからね。それが決まり……」
「ちょっと待ってください。王女様?」
「ああ、君が地下から助け出した中に第3王女リアンナ様がいらっしゃったんだよ」
ルーナは頭の中で処理できず倒れそうになった。
「嘘でしょ……」
「本当だ。それに加え君が旅しながら助けた人達からもシャイな魔法使い様にお礼をと手紙が来ている。ニコルと一緒でギルド員だと思われてるんだろう。きっと陛下から王宮に招待を受ける事になるよ」
「いや、あの、辞退します」
「無理だね。マリー・サバルトーネとしてではなくシャイな魔法使いルーナとして褒美を賜れば何も問題はない」
ルーナはもうどうしていいか分からないままルークに1階まで見送られた。目立たず生きるのは絶望的である。
1階に着くとルーナに興味津々の爽やか青年達がニコルより先に近付いてきた。
そんな青年達に冷たい目線を送ったルーク。
「気安く近付かない方がいい。彼女に近づくと土に埋められるそうだよ」
(ギルド長までこんな事を言うなんて!)
ルーナはルークの放った言葉に驚き、本日の予想外の展開で感じたストレスや悩みがピークに達し、シャイな魔法使いを作り上げたニコルの口をジロリと見つめた。
「闇よ!余計な事ばかり言うあの口に蓋を」
「ぐぬっ!」
皆の前でニコルの口に闇魔法で蓋をしたルーナ。
ギルド員達は唖然とし魔法だと理解するとギルド内は割れんばかりの拍手に包まれたのだった。