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今回はニコル視点のお話です。
ニコルは王都ギルドのギルド長室で赤地に金色の模様が施された高級ソファに腰掛け、曲線で描かれた美しい模様が脚に彫刻された高級テーブルの上に置いてある最高級茶葉を使用した紅茶を眺めた。
紅茶が入っているカップも白地に金が縁取りブルーの花柄模様が入った高級品、セットになっているソーサーに置いてあるのは勿論銀製のティースプーン。
床に敷いてある絨毯も、ギルド長の机と椅子も、向いのソファに座っているニコルより年下のギルド長、フェルロンド公爵家四男、ルーク・フェルロンドまで高級だ。
4年前、将来に悩んでいた友人の為に若干14歳でこの治安ギルドを発案し立ち上げたのはこの国の第3王子カイ・プランクロスターク。
第3王子カイは変わり者で有名で、世襲貴族の根幹を揺るがしかねない発言もするが、貴族家次男坊以降から絶大な人気を誇っている。
以上分かりやすく纏めると、治安ギルドのメンバーは爵位を継がない貴族家子息の集まりであり、バックには王室と各貴族家がいると言う事だ。
そんな高級品に囲まれた中でナルバート侯爵家の三男、ニコル・ナルバートはニーノと2人で話した時の事を思い返していた。
人さらいに捕まって行ったルーナとノーラを心配しながらも、ルーナがいれば大丈夫と言う気持ちがあった。
街の外で2人を待ちながら今しか聞くチャンスはないとニーノに問い掛けたのだ。
「3人は誰から逃げてきたのか、何をされたのか」と。
ニーノは唇を噛み締め答えようとしなかったがニコルは囁いた。
「ルーナとノーラには絶対内緒にするよ。俺は悪者を退治する仕事をしているだろ?相手が貴族でも捕まえられるかもしれないんだ。それに敵が誰か分からないと守るのも大変だからね。ただ君達を守りたいんだ。信じてくれないかな?」
ニコルはニーノと信頼関係を築けている自信があった。
ニーノは綺麗な薄紫色の瞳でニコルの顔をじっと見つめ頷くと口を開いた。
「サバルトーネ伯爵の家から逃げて来たの。奥様が使用人だった僕のパパとママを殺したんだ。僕は大きくなったら奥様のおもちゃにされるって、その為に名前もなく育てられてるっておばちゃんが言ってた。だから僕を連れて逃げてくれるって言ったんだ。でもおばちゃんも死んだ。きっとおばちゃんは僕を助けようとして死んだんだ……」
左右のサスペンダーをギュッと掴み一気に話したニーノを見て本当は誰かに打ち明けたかったのだろうとニコルは感じた。『おばちゃん』が死んだ事に責任を感じているのだろうと。
(そのおばちゃんの死で自分を責め、大きくなったら酷い扱いを受けると知っていても逃げる希望を捨てずに生きていたのか)
ニコルはしゃがみ頭を撫でた。
「ニーノは強いな。よく頑張った。それとニーノは何も悪くないんだぞ?悪いのはその奥様だ」
そう言うとニーノは涙を溢した。
ニコルはやりきれない気持ちでいっぱいになったと同時に、涙を拭き必死に堪えようとしているニーノの顔を見ていたら自分でも驚くほど腹が立ってきた。
「……ノーラとルーナは何をされたか知ってるかい?」
「全部は知らないけど奥様にお母さんを殺されたって……後、ノーラお姉ちゃんは顔に酷い傷を付けられたみたい。僕傷跡見ちゃったの……あの傷は絶対わざとつけられたんだよ」
顔を半分隠しているノーラを見てその下には何かがあるのだろうとは思っていた。
あの今は強いルーナも一体どんな目に遭って生きて来たのか。想像しても想像より酷いのだろう。
「教えてくれてありがとうなニーノ。俺が絶対その奥様から守ってやるから」
ニーノに笑顔を見せそう言いはしたがニコルの声は怒りで震えていた。
(サバルトーネ伯爵家か。王都から遠く目が届かないからと酷い事をする)
「て感じだったんだけど、どうやって潰してやろうか?あー思い出したらまた腹立って来た」
ニコルは目の前のソファに座って話を聞いていた王都のギルド長、ルークに言い放った。
ルークはブルーブラックの髪の毛にグレーの瞳、白とブルーのジャケットが良く似合う、男でも思わず嫉妬してしまう程の色男だ。
ルークは話を聞き終わると少し瞳を伏せ不機嫌そうな顔になった。
「……サバルトーネ伯爵家で本当に間違いないのか?」
「あんな子供が嘘つく理由は無いからね。それにしても腹立つでしょ?」
「…………そうだね。おもちゃにされる為に育てられてるって言う少年を直接見たら僕も腹が立つだろうね。殺してやりたいほどに」
「だろ!?」
ルークは無表情で頷いた。
「ところでその姉妹もそのニーノ君と同じ使用人の娘か?」
「いや、俺の見立てではあの2人は伯爵の娘だ。ニーノの言う『奥様』に母親が殺された所を見ると妾の子かな。姉のノーラはお嬢様臭さが消せてないし、妹のルーナは口を悪くしてるけど雰囲気が高貴なんだ。立っているだけで何つぅか……試しに馬に乗せたら何も言わず綺麗に乗りこなすし、魔法の鞄だって持ってた」
身を乗り出し真剣に聞いているルークを見てニコルは少しホッした。
これだけ興味を持ってくれたならサバルトーネ家を調査するだろう。
「……その姉妹はもしかして金色の瞳?」
ルークはニコルが思いもしなかった事を尋ねてきた。
「なんだ、会ったことあるのか?!姉は違うが妹は金色の瞳だ」
答えるとルークは口を押さえ何かを考えているのか言葉を発さなくなった。ニコルは不思議に思い首を傾げると取り繕う様に口を開いた。
「イヤ、直接会ったことはないよ……それにしてもニコルはその3人に平民のフリをしたままなんだろう?」
「ああ、その通り。なんとなく貴族から逃げて来たって最初から分かってたから黙ってた。でもこの先の事考えたら言わないとな。このままじゃプロポーズも出来ないぞ!」
ハハハと冗談ぽく言ったニコルだったがルークはこの手の冗談はお気に召さないのか刺すような鋭い目付きになった。
「くだらない冗談だな…………もし本気ならそれは姉と妹どちらにだ?!」
「は?何その威圧感!しかもそこ気にするか?そりゃーもう……って、そうだった!妹スゲーの!ルーナ!」
「ニコル、平民のふりが板に付き過ぎだよ。言葉遣いが汚すぎる。それでプロポーズなど……」
「あーもー、冗談だよ!悪かったな。それより聞いてくれよ、妹の凄さ」
ニコルはルーナの底無しの魔力、全属性を使える規格外能力、そして出会ってから王都に辿り着くまでのシャイな魔法使いの活躍ぶり、そしてどうにか目立たず働く事が出来ないかと話した。
「話が繋がった。ニコルにその件を聞こうと思ってたんだよ。シャイな魔法使いは妹のルーナで間違いないね?それにしても全属性……もう1人いるとは……」
「ああ、ルーナの事だ。それより、他にも全属性使える奴がいるというのか?」
「ああ、ずっと秘密にしていたらしい。最近打ち明けられてね……まぁそれは置いておいて、目立たず働きたいと言う希望は無理だと思うよ」
ルークは立ち上がると自分の机から手紙を3通取り出しニコルに見せた。
「これ、何だと思う?丁度今日届いたんだ」
「あ~……もしかして感謝のお手紙かな……」
「その通り!これは村、これは街、シャイな魔法使いさんに是非お礼をと書いてある。そしてこのもう1通は誰からだと思う?」
ルークは机に2通の手紙を置き、見るからに上品な封筒1通だけを持ちニコルに見せた。
ニコルは昨晩助けられた女の子達の中に見知った顔がある事に気付いていた。
お転婆な彼女はお忍びで遊びに出て運悪くさらわれたのだろう。
ギルドで聴取を受ける事もなく王都から来ていたニコルの兄を含む騎士隊と共にすぐに帰った人物。
「……第3王女……」
ルークはニッコリと笑顔を見せ手紙を机に置いた。
「分かってるなら話が早いね。王女が直接会ってお礼を言いたいそうだよ。他の助けられたご令嬢からも手紙がどんどん届くだろう。君達の功績を考えたら間違いなく陛下から褒美を授かる事になると思うよ」
「あちゃぁ~、困ったな。辞退……」
「出来る訳ないだろ」
「だよなぁ……」
ニコルの脳裏に毒を吐いて来るルーナの顔が浮かび頭を押さえる。
「言いたくないなぁ」
「僕が言うよ。妹にここに来てもらっていいかな?2人で話がしたい。ニコルはサバルトーネ伯爵と連絡を取ってくれ」
ニコルは頷き立ち上がり、心の中で必死にルーナに謝罪したのだった。
(ルーナごめん、目立たず暮らして行くのは無理そうだ。許してくれ!)