12
「あぁぁ、馬車の揺れが頭と内臓に響く……」
「飲み過ぎるからだよ」
「一体誰のせいだと……」
夜更けまで散々飲まされたニコルは完全に二日酔い。
おでこに手を当て顔をしかめ、ゲッソリとしながらも次の街の説明をしてくれる。
「今までと比べ物にならない大都市だ。あ。そうすると王都は大大大都市になるな……まぁとにかく人が多いからニーノとノーラは絶対迷子にはならないように。ルーナは迷子になってもどうにかできるだろ。以上、俺は着くまで寝る……」
(どうにかできるだろって人をなんだと思ってるのよ)
ルーナはジロっとニコルを見たが眉間に皺を寄せ具合が悪そうに目を閉じた。
(まぁいいか。確かに私はどうにかできるだろうし。それにしても材料があれば魔女特製二日酔いが一発で治る薬を作ってあげるんだけどな)
そんな事を思いつつ、本日の馬車内は小声ではしゃいだのだった。
早朝に出発し暗くなる前には到着。
馬車を降り街中に入ったニーノとノーラは口をあんぐりと開けた。
建物が密集し狭い道を数えきれない程沢山の人々が行き交っている。人口が増加しているのか、丁度街を取り囲む市壁の拡張工事をしていた。
「ニーノ、迷子にならないようにしっかりルーナと手を繋ぐのよ」
「うん」
ノーラとニーノは緊張した顔でルーナの手を取った。
まだ暑い事もあるからか、その手はうっすら汗ばんでいる。ギュっと手を握り返しニコルに付いて歩き出す。
道は狭かったが広場に出ると解放感があり、沢山の出店が立ち並び活気に溢れていた。
その中にやたらと香ばしく良い匂いのする屋台があり、ルーナは何処かで嗅いだ事があるその匂いの誘惑に負けそうであったがまずは宿をとらなければと通り過ぎた。
無事に部屋を2つ確保し、荷物を置くとニーノもあの香ばしい匂いが気になっていたのだろう。すぐにニコルに問い掛けた。
「あの広場で美味しそうな匂いがしてたのがあるの!あれは何の匂い?僕あの匂いでお腹空いちゃった」
「ああ、それはヤキトリだな。あの匂いはよだれが出るよなー」
「ヤキトリッ!?」
ルーナは驚愕した。ヤキトリとは前世で住んでいた地球、日本の食べ物だ。
「ニ、ニコル、ヤキトリは昔からある食べ物?」
「いや、ヤキトリはここ2年だな。実はあれは王都ギルド発祥なんだよ」
「え?ギルドが開発したの?」
「正確にはギルドのメンバーな。誰かは知らんが」
「そうなんだ、会ってみたいな……」
ルーナはポツリと呟いた。
『ヤキトリ』その名前からして開発した人も前世の記憶を持っているかもしれないと思ったからだ。
しかも地球、日本の。興味を持つのは当たり前だ。
「ん?ルーナは王都ギルドに紹介するから話が纏まればそのうち会えると思うぞ」
明日、王都に到着したらまずニコルが王都の治安ギルド長と話してルーナの正体を隠して働けないか相談してくれる事になっている。
(ヤキトリ……会うの楽しみだな)
早速屋台に連れて行ってもらうと、種類は少ないが間違いなくあの日本のヤキトリと同じだった。
メニューにカーワ、ミ、ボンジリー、ツックネと書いてあり思わず笑ってしまったが益々前世日本人疑惑は強くなった。購入し他の観光客と同じく道の端に立ち止まりパクっと一口食べる。
(うわぁ、味も同じだ。醤油も作ったのかしら?美味しい!)
懐かしい味に嬉しくなって周囲の目も気にせずバクバク食べているとニコルから注意が入った。
「おいおいルーナ、何て食べ方だ。見ろ、ノーラさんのおしとやかな食べ方を。これが女の子なんだよ!見習うように」
確かにルーナは「カーワ」と「ミ」を両手に1本ずつ持って交互に食べていた。ノーラは当然一本ずつ食べている。
「別にどう食べようと個人の自由であって……」
「そんなんじゃ男の子にモテないぞ」
「……ニコルにだけは言われたくない」
「キビシー!慰めてニーノー!」
ニコルが眉間にシワを寄せニーノに抱き着くとニーノは嬉しそうにケタケタと笑う。
「フフッ、仲良くて歳の離れた兄弟みたいね」
ノーラが微笑ましそうに2人を見つめた。
「そうね、ニーノも今赤髪だし……」
それは突然の事だった。目の前でノーラの体が宙に浮いた。
目で追うと、この人が多い街中で馬に乗ったいかつい男があっという間にノーラを抱き上げていたのだ。
ルーナは何が起こっているのか分からず夢中でノーラに向かい手を伸ばすと、もう1人馬に乗った顎髭を蓄えた男が現れルーナの伸ばした手を取り引っ張り上げ馬に座らせられてしまった。
「顔を傷付けるなよ!」
ノーラを抱えた男が叫んだ。その時までまるでスローモーションのように感じていたルーナの体感が戻った。
(これは……人さらいだ!!)
ルーナが理解した時、ニコルが気付き叫んだ。
「ルーナ!ノーラ!お前ら2人を離せ……」
ニコルの怒鳴り声があっという間に小さくなった。
男達はお構いなしで馬を走らせたのだ。
しかしお構い無しだったのは人さらいの男達だけではない。
手を伸ばし駆け寄って来ようとしたニーノと目が合いルーナは急いで首を親指で切る合図と共に口を動かした。
『この人達やっつけてくる』
伝わったかは分からないが首を切るジェスチャーで何となく分かるのではないだろうか。
それよりも今は目の前で繰り広げられている光景が気になる。
人通りが多い狭い道を馬が2頭全力疾走。キャーキャー悲鳴を上げ馬を避ける歩行者達。
(キャー!お願いだから誰にもケガさせないで、皆早く逃げて!)
ルーナはハラハラしてどうにかなりそうだったが男達は誰にも怪我させる事もなく工事中で大きく空いている市壁から飛び出した。
その時市壁近くに隠れていたのか騎士らしき人達が声を上げ、馬に乗り追いかけて来た。
「ヒャハハハ!これでも喰らえ!」
男は腰の鞄から何かを取り出し投げる。何かと懸命に後ろを振り向くと黒い煙が少し視界に入った。途端に馬の長い嘶きが響き渡る。
「どんなに腕が立とうが追いかけるのは馬だ!ざまみろ!」
男は高笑いしながら舗装された道を駆け抜け途中で横路に逸れた。
(道は覚えておかなきゃ)
「この女達暴れないな!珍しい」
「怖くて震え上がってるんだろ?大丈夫、俺達は乱暴はしないぞ。値段が下がっちまうからな!」
(追手のあしらい方といい、その辺をわきまえているのはプロね)
横道に逸れ真っ直ぐ伸びていた林道を走り暫く行くと馬が速度を落とした。
「よし、着いたぞ」
そう言われると地上に下ろされた。見回さなくても分かる。
着いた場所は見通しの良い広場だった。建物はないが仲間と思われる男達が10人程たむろして座り、近くの木には馬が繋がれていた。
ルーナとノーラを連れて来た男達が馬を下りると仲間達はすぐに品定めに近寄って来た。
「こりゃ変態野郎に高値で売れそうだな!」
「そうだろう?あの街はヤキトリ屋を見張っときゃ観光客が必ず立ち寄るからな!高値が付きそうだったらすぐさらいに出るんだよ」
(なるほど、ヤキトリの匂いに釣られない人間はいないと言うことね。開発者もまさかヤキトリが犯罪の道具に使われてるとは思って無いだろうな)
建物は無かったが、なんと地面にある土にカモフラージュした蓋を動かすと地下に続く入り口が現れ、巧妙さに驚いた。
「まっすぐ歩け。奥に仲間がいるぞ」
言われた通り暗くて狭い道を進むと目の前に空間が広がった。
人の気配、壁に一応ランプが置いてあるが暗くて顔や何人いるのかはハッキリ分からない。
「トイレはあの明かりの所だ。飯は夜だけ出してやる。2日後に出発だからそれまでここで祈りでも捧げてな。月は見えないけどな!ハハハハ!」
それだけ言うと男は来た道を戻って行った。
地上に出て蓋を閉める音が聞こえルーナは口を開く。
「あの、ここに何人いますか?助けを呼んで来ますから」
「どうやって助けを呼ぶと言うの?ここは地下だし壁際に大きな石が積んであるのよ。逃げられないわ」
1人の人が鼻をすすりそれだけを答えた。もう皆諦めているのか嗚咽だけが聞こえて来る。
気持ちは分かるが皆に協力してもらわないと途中で騒がれたり勝手な行動をされたらバレる可能性がある。
ルーナは隣にいるノーラの手をギュッと握った。どうせ顔は見えない。
「……私達は……魔法使いです」
「本当に?魔法使いなの!?」
「ええ、北の街のギルド長ニコルに頼まれて助けに来たんです。だから安心して下さい」
わぁっと女の子達の喜ぶ声が上がった。
「今1番大事なのは静かにして、あいつらに気付かれないようにする事です」
ルーナが告げると皆すぐ口を閉ざした。横一列に並んでもらい数えると13人だった。
「では今から作業しますので皆さん私達に背を向けて静かにしていて下さい」
「私の出番ね!」
ノーラが張り切って石を持ち上げ地面に置いた。
絶妙なバランスか計算して積んであるのか、石がガラガラと崩れる事はなかった。
次々と石を持ち上げていくノーラ。
「これくらいでいいんじゃないかしら?」
確認すると人が通れる程の大きさ分石垣に穴が空いた状態であった。むき出しになった土に手を当て土魔法発動。
「人が通れる程の通路、地上への階段、外にいる人間の死角に出口を」
小さく呟き想像するとぼこぼこと道が出来ていく。
「私達は今から外に出ます。不安だと思いますがすぐに助けを呼んで来ますから信じて待っていて下さい。絶対に動かないで」
「分かりましたわ。皆様、円になって手を繋ぎましょう」
(誰も勝手に動けないようにだわ。賢い人がいるから大丈夫そうね)
ルーナとノーラは出来た道を急ぎ、辺りを警戒しながら地中から顔を出すと男達の真裏だった。
「さぁ、肩まで土に埋まりなさい」
ルーナはすぐに土魔法を発動。ズボッと全員同時に落とし穴に落ちたかの如く気持ち良く埋まってくれた。
「わあああ!何だ?一体どうなってる?」
「何が起こった?」
男達はまさか魔法で埋められた等とは全く気付いておらず、口々に悲鳴をあげた。
「闇で目隠しを」
闇魔法はまだ使いなれていないせいか、全員一気には目隠し出来なかったけれど地面から闇が滲み出て顔に向かって来るのは相当恐怖だったらしく、全員凄まじい叫び声だった。
「ニコル様、ありがとうございました」
13人の女の子に囲まれて嬉しい筈なのに笑顔が引きつっている。
野次馬に紛れてそんなニコルを見ながら3姉弟は大爆笑。
ルーナは男達に目隠しをした後目印を付けながらノーラと馬を走らせ、街の外で待っていたニコルに目印と男達の人数と捕らえられている女の子の人数を教え、この街のギルドの面々と助けに行ってもらったのだ。
「あはは、助けたのは俺じゃなくてシャイな魔法使いだから……」
「あの方達はシャイな魔法使いと呼ばれているのですね!今度お礼をさせていただきます」
女の子達が聴取の為にギルドに連れて行かれるとニコルはホッと肩を落とした。
そこにこの街のギルド長と思しき体格の良い人物がやって来て肩を組んだ。
「ニコル大手柄だ!ウチだけじゃなく騎士団も追ってたんだが尻尾が掴めなかったんだ。本当に助かったよ。酒でも奢るぜ」
(悪党なのに賢かったもんね。あの地下アジトは中々見つけられないわ)
「ギルド長、俺じゃなくてシャイな魔法使いが……」
「分かった分かった。そのシャイな魔法使いさん達にも酒をご馳走したいがシャイだから呼んでも来ないだろ?シャイさんには違う礼をするさ。さぁ酒飲みに行くぞ」
とにかく飲みたいらしいギルド長はニコルを連れて夜の街に消えて行ったのでした。