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「ねぇニコル、次はどんな街?」
「住人が千人いくかいかないかの小さな街だが、今の村とは比べ物にならないかな。水道も整備されてるよ」
「じゃぁ安心ね!」
馬車に乗っている全員で頷き合う。
だが、あと少しで街に到着するという所で突然馬車が止まった。何事かと外を見ると御者が慌ててドアを開けニコルに報告した。
「大勢の人が街の壁の外に立っていまして……こんな状況は初めて見ます。何かあったに違いありません」
「ルーナ、ちょっと一緒に来てくれ」
報告を聞いたニコルはすぐに馬車を降りた。
ルーナは素直に返事をし、馬車を下りて集まっている人々に向かって歩いて行く。
街の人々に近付き表情が見えるようになると何か良くない事が起きているのだと一目で分かる。
肩を落とし力なく立ち、寝ていないのか大きなくまを作り、目も赤く腫れている。漂ってくるのは悲壮感のみ。
ニコルは中央に立っている一際顔色の悪い中年男性に話し掛けた。
「僕は北の街のギルド長ニコルです。揃ってこんな外でどうしました?もう日が暮れますよ。この辺は森が多いから魔獣も多いでしょう。早く魔獣除けがしてある街中に入らないと危険ですよ」
「……食料品を積んだ荷馬車が帰って来ないんです……本当は2日前に着くはずだったのですが……もう来るだろう、もう来るだろうと思っていたのですが帰って来ず、探しに出ても馬車は見つからず……」
「食料品を持って逃げた可能性は無いのか?」
「そんな事は絶対にありません!1人はわたしの息子で嫁も子供も街におります。もう1人にも家族がおります。逃げるなど絶対にあり得ません」
「そうか……」
ニコルは地図を取り出して街の人々に探しに行った場所を確認し始めた。
「ではこちらの森とこちらの峡谷には行ってないんですね?」
「峡谷はとてもじゃないが馬車は通れない。それに森は魔獣が出るから誰も通りません」
「何かトラブルがあって予想外のルートを通っている事も考えられる。馬を2頭貸してくれ。俺達が見て来るから皆は街に入るように」
「どうか、お願い致します」
街の人々は深く頭を下げ辛そうな顔のまま街の中へと入って行った。
「ニコル、俺達って……」
「行こうか、シャイな魔法使い」
(乗馬は教育の一環で幼い頃から練習していたから乗れるけど、普通確認しない?この時代は誰でも彼でも乗れるもの?)
首を傾げたが乗れて当たり前なのだろうと馬に乗る。
ノーラ達には街で待っていてもらい、ニコルと2人夕暮れ空の下を駆け抜ける。
峡谷より先に森の方へ向かうと道の真ん中に木くずと車輪が転がっているのが見えた。
「ニコル見て!あれ馬車の車輪じゃない?!」
「ああ、ここで車輪が外れたとしたらバランスを崩して近くで倒れているはずだ」
馬を近くの木に繋ぎニコルと共に辺りを見回していると、何かの気配を感じ取った。
だがルーナが感じるよりも先に相手が感じ取っていた。数匹の狼型魔獣が一斉に襲い掛かって来たのだ。
ルーナはあまりに突然の襲撃に驚き手を振り下ろし、風魔法を放ちながらバランスを崩し倒れてしまった。
だが幸い攻撃は外れる事はなく、飛び掛かって来ていた数匹は傷を負い地へと落ちた。
群れの先頭がやられてしまったからだろうか、狼型魔獣は続いて飛び掛かって来る事はせず、足を止め、少し顔を下げ鋭い牙をむき出しにした。
「ルーナ、大丈夫か?」
腰の剣を抜き構えたニコルが心配そうに振り向いた。
「大丈夫、私の事より前見て」
ルーナは起き上がり思い切り顔をしかめる。
(完全に油断してたわ)
「突然襲い掛かって来るなんて卑怯よ!一匹残らず倒してやるわ」
自分でバランスを崩し倒れたのだが倒れた事で頭に血が上ったルーナは滅茶苦茶な事を言っている。
「魔獣が今から襲いますって言う訳ないだろ!」
助走をつけ飛び掛かってきた狼型魔獣に向かいニコルは地面を蹴り飛び掛かり両手で剣を振り下ろした。
(なんて身軽なの。さすがギルド長)
次から次へと襲い掛かって来る魔獣の多さにルーナは片手ではなく両手を使い広範囲に渡って風魔法を放った。一斉に倒れる狼魔獣の群れ。
「おいおい、凄すぎるだろ。悔しいじゃないか、俺にも倒させろって!」
ニコルは地面を蹴ると今度は体を低くし猛スピードで突進。群れの中に入り込み剣を突き出すと回転し何匹もの魔獣を切り裂いた。
(えええ、冗談抜きで凄いんですけど)
「ニコルも凄いじゃない、私も負けていられないわ」
「俺だって」
2人は次々と襲ってくる狼型魔獣をなぎ倒し笑みまでこぼした。その姿は狂気である。
最初こそ油断していたがこうなると森を抜けた時と同じ『狩るわよ』状態。
戦闘狂と化した2人に逃げ出す狼型魔獣の群れ。完全勝利であった。
ルーナとニコルはふぅっと息を吐き我に返る。
「早く荷馬車探さなきゃ」
「ああ、でもほら、あそこ」
ニコルが指差す方を見ると狼型魔獣の群れがいなくなった先に、破れた幌のかかった荷馬車が倒れているのが見えた。
少し森に入った場所で樹木に覆われ薄暗い。
ルーナは右手の人差し指で少し大きめの炎の玉を作り辺りを照らした。
荷馬車は半壊しており、魔獣除けの煙の臭いが充満している。
馬はおらず、中を覗くと崩れた荷物の上に2人の男性が倒れていた。
「さっきの悪魔の狼はこの魔獣除けの匂いがして近付けなかったんだな。2人共最後まで魔獣除けを焚いていたんだろう」
中で倒れている人達は骨が折れているようで腕や足が腫れ上がりあらぬ方向を向いている。そして顔に生気がなく、ピクリとも動いていなかった。
「やだ、どうしよう」
生々しく死を感じルーナは前々世の魔法使いの時のトラウマと母が死んだ時の事を思い出し少し取り乱していた。
ニコルはすぐに荷馬車に入り倒れている人達の脈をとる。
「大丈夫だ。まだ生きてる。一応な」
「生きてるなら早く……」
(生きているなら治癒魔法が効く。昨晩骨折の人には成功したじゃない)
ルーナは少し震えながら倒れている2人に治癒魔法を発動した。
不安をよそに無事に顔に色が差し、もう命の危険はないと分かるとホッと肩を落とした。
安心して荷馬車の横に座り込むとニコルが目の前にしゃがみ声を掛けた。
「お疲れ。俺助け呼んで来るからここは頼む」
「うん」
ニコルは街に戻り応援を要請し、2人は無事に救助された。
意識を取り戻した人の話によると、馬車は狼型魔獣と出くわし馬がパニックになりルートを大きく外れ暴走。
木にぶつかり車輪を破損し最終的に横転。馬は逃げ出しここから暫く動けないと判断した2人はすぐに力を合わせ魔獣除けを焚き命を繋いだのだった。
「いやぁ、俺の友人にシャイな魔法使いがいるんですけどね。呼んだらすぐに来てくれるんですよ。伝書鳩で文通してまして。あの山のような悪魔の狼を倒すのを手伝ってくれて、2人に治癒魔法を掛けてすぐ帰って行きました。なんせシャイですから。なぁルーナ」
ニコルは街の人達に感謝され囲まれるとそう証言した。
「……ええ、その通りです」
ルーナは諦めたように返事を返した。
「ではそのシャイな魔法使い様のおかげでうちの息子達は助かったんですな。お礼をしなければ」
ルーナはニコルをじろっと見ると『してやったり』と笑っているように見えた。
「……私は怖くて隠れて見ていただけなのですが、ギルド長の勇姿は素晴らしかったです。シャイな魔法使い様が到着する前にほとんどの魔獣を倒していましたよ」
「おおっ、そうでしたか!さすがギルド長様です。今夜はお礼にご馳走しますからどうぞ心行くまで酒を飲んで行って下さい」
「では、私達は食事を摂って宿に行くので、先に失礼しますね」
ニコルの『ちょっと待て』の声が聞こえた気がしたが、待っていたニーノとノーラと手を繋ぎ早足で食堂に入った。
その場にいた住人がお礼を言いに集まって来たので、シャイな魔法使いではなく、ニコルの素晴らしい戦いっぷりを皆に聞かせてあげたのでした。