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「お姉様は金髪が良いそうだけど、わたくしは断然暗い色の髪が好みだわ。例えば青みがかった黒や深い紺色。とても美しくて一目見て虜になりましたの」
スクールカースト最上位の伯爵令嬢、ジェシー・サバルトーネは女子生徒達が囲む中心の席に座り、祈るように両手を合わせた。話の内容の人物の顔を思い出すように瞳を閉じ、赤茶色の巻き毛を揺らす。
「羨ましいですわぁ。私も見てみたいです」
「それは髪が美しいのか顔が美しいのかどちらです?」
ジェシーを取り囲んでいる女子生徒達が口々に質問を投げ掛けるとジェシーは目をぱっちりと開き、一際声を大きくした。
「両方よ!あまりの美しさに声を掛ける事も出来ませんでしたの!」
「キャー!」
ジェシーの言葉に大袈裟に反応する女子生徒達。
そんな中ジェシーの作る輪に入らず、窓際の1番後ろの席に座り頬杖を付いて外を眺めている女子が1人いた。
日の光を浴びるブラウンベージュの長い髪は絹糸のように艶めき、外をじっと見据えている瞳は金色に輝いている。彼女の名前はマリー・サバルトーネ。
マリーはすぐ目の前の窓を開けても暑い中聞きたくもない義姉の話が聞こえてきてうんざりしていた。
(朝っぱらからうるさいのよ。暑いし聞きたくない声は聞こえてくるしいつも通り最悪だわ)
『はぁ』と小さく溜め息を吐いてみるが勿論話が終わる様子はなく、ジェシーを囲んでいる女子生徒達の声は続く。
「王都のパーティーに出席なさるなどさすがジェシー様ですわ!」
「ですわね!でもジェシー様が王都に行ってしまい欠席してる間寂しかったですわ。まるでクラスの明かりが消えたようでした」
「ええ、でもジェシー様はいらっしゃらないのに、来なくていい方は毎日来てましたわよね」
女子生徒達が臭いものを嗅いだ様に顔をしかめ一斉にマリーを睨み付けた。
ジェシーと違いマリーはカースト最下圏に属している。理由は単純、マリーがサバルトーネ伯爵の妾の娘だからだ。
「皆様ごめんなさいね、あの子は自分の立場もわきまえず一緒に行きたいと駄々をこねたのだけど、王都のパーティーですもの。出席できませんでしたの」
ジェシーはさらりと嘘を吐く。
マリーは一言も行きたいと言っていない。むしろ置いていかれた事を喜んでいた。
「3年前迄ろくな教育も受けてないんだもの、王都のパーティーに出られる訳がないわ!厚かましい女ですこと」
「そうです、あんなのを連れていってはサバルトーネ伯爵家の名前に傷がついてしまいます」
ジェシーの言葉が嘘でも嘘ではなくても構わない女子生徒達は、ひたすらマリーを貶める発言をするのだ。
それが義務であるかのように。
マリーは伯爵家の離れに母と住んでいた。だが3年前に母が亡くなるとマリーは離れから本邸に移された。
離れに住んでいる時も勉強はしていたと言ってやりたいが言い返す事はせずぐっと言葉を飲み込む。
言い返すと家でもっと酷い事をされるからだ。
そういう訳で何を言われてもマリーは口を結びだんまりを決め込む。
「このクラスだと暗い髪ならカルロ様ですわね。お顔も家柄も良いしジェシー様にピッタリのお相手じゃないかしら?」
口を結び聞こえていないふりで外を見ていたマリーはカルロの名前が出た瞬間胸が跳ねた。
子爵家次男カルロ・ロッティーノはマリーの唯一の友人である。
「でも……カルロ様は妾の娘に騙されているのでしょう?」
「そうなのよ。わたくしもこの前知ったのよ、休み時間に逢い引きしてるなんてさすが妾の娘はやることが違うわよね!」
ジェシーと女子生徒達の言葉にマリーは胸がザワザワ。胸を覆うもやもやとした気持ち。
(いつ見られたの?あれは逢い引きなんかじゃないわ。カルロは私の事を信じて慰めてくれるたった1人の大切な友達なのよ)
学園に通わされたは良いが、女子は正妻の娘であるジェシーの取り巻きばかり。
無視に嫌がらせ、水を掛けられるのにも慣れた。
だが不思議とジェシー達は男子の前ではマリーの事をいじめているそぶりは全く見せなかった。
その代わり身に覚えのない噂が男子生徒達に流された。
最初はマリーに優しかった男の子達もあり得ない噂を聞いて1人また1人と近づいて来なくなった。
そして気付けは子爵家のカルロだけがマリーを気遣い外の木陰で話してくれる唯一の友人になったのだ。
(お願いだから私とカルロに関わらないで)
そう思ったのだがジェシーが続けた。
「それでカルロの事が心配でお姉様に相談したの。そしたらお姉様もカルロの事を心配して手を打ってくださったのよ。皆様の心配もすぐに終わりますわ」
ジェシーの自信満々の言葉にマリーは思わず胸を押さえる。
(シャリー、一体何をしたの?嫌な予感しかしない)
ジェシーの姉、シャリーも当たり前のようにマリーに嫌がらせをしてくる。
そんな2人を纏めているのがジェシーとシャリーの母、ローシェ・サバルトーネ。
マリーの姉と母を殺した上、マリーの事も殺すと堂々と脅してくる非道極まりない義母だ。
マリーが逆らわず黙っているのはローシェに恐怖を感じている部分が大きい。
(嫌だ、シャリーともしローシェまで出て来たらカルロを失ってしまうかも……)
「まぁわたくしはいくらカルロが暗い髪色でもお断りするわ。とある人に嫁ぎたいの。フフフ!詳しくは言えないけど、お父様にお願いしてあるのよ」
「まあ!もしかして王都で見惚れてしまったと言う方かしら?ジェシー様ならきっと上手くいきますわ!」
「私達から見たらカルロ様ですがジェシー様から見たらカルロですものねぇ」
(それならカルロの事は放っておいて)
心で強く思ったがジェシーが言った通り既にシャリーの手が回っており、時既に遅し。
カルロが登校してきてすぐにいつもの場所、校舎裏のちょっとした雑木林の奥に呼び出してきたのだ。
「時間がないから手短に言うよ。マリー、僕にはいじめられているふりをして本当はジェシーに嫌がらせしているそうじゃないか。それにシャーク様にも色目を使っているんだって?僕が騙されていないか心配だとシャリー様から手紙を頂いたんだ」
唯一の友人、カルロ・ロッティーノが木に寄りかかり腕を組み厳しい目つきでマリーを見つめた。
シャーク様とはサバルトーネ家長男、シャーク・サバルトーネである。マリーから見ると義兄にあたる。勿論色目を使った覚えはない。
「嫌がらせに色目ですって?そんなの全部嘘よ!私は何もしてないわ!カルロは私じゃなくてシャリーの言う事を信じるの?」
「シャリー様が僕を心配してわざわざ手紙を送って来たんだ!そこまでして、僕にそんな嘘をついて何の得になるって言うんだ?どんな噂を聞いても庇って来たけどもう限界だ。こうやって2人で会うのも止めるよ。君は顔が綺麗だけど内面を磨いた方が良い」
カルロの言葉に唇を噛みしめるが、耐えきれない心がビリビリと破かれたように散っていく。
(確かにカルロから見たらそうだわ、そんな嘘をついてシャリーに何の得があるかって…………)
「ちょっと待って……」
説明したいが散り散りになった心は思考を鈍らせる。そうすぐに考えは纏まらない。
たった1人の友人を失いたくなくて言葉が出るまで引き留めようとマリーは震えた手を伸ばしたが、カルロは手を振り払うようにさっと背を向けた。
(私よりもシャリーのたった1通の手紙を信じるの?)
サアッと吹いた風に薄茶色の髪が揺れるとマリーの金色の瞳も一瞬揺らいだ。
(振り向いて冗談だよって笑って。お願い)
淡い期待を持ち見えなくなるまで背中を目で追ったがカルロは1度も振り向いてはくれなかった。
教室に戻ると取り囲んでいた女子達に代わりジェシーの隣にはカルロが座っていた。
ジェシーは両手で顔を覆っている。
カルロはそんなジェシーの顔を心配そうに覗き込み肩に手を置き慰めている様子だった。
女子達は教室に入って来たマリーを見てニヤニヤ。
聞こえてきた「ざまーみろ」と言う言葉。
マリーが見ている事に気付いたカルロは顔を向けてきた。
しかしその目は鋭くマリーを睨み付け、軽蔑さえ感じる視線だった。
ゴクリと唾を飲むと胸がジリジリと痛んでくる。
(……カルロにだけはそんな目で見られたくなかった。ねぇジェシー、シャリー、私の1番大切な友人まで奪ってこれで満足?)
カルロと2人で木陰に座りお話する時間が好きだった。
どんな噂を聞いても僕は信じてるといつも励ましてくれた。
そして励ましてくれるその笑顔に何度も救われた。
ツンとした鼻を慌てて押さえマリーはカルロから目を逸らす。
泣きたくないならもう考えなければいい。
今日が終わるまで我慢すればいい。
我慢するのは慣れている。
しかも明日から夏季休暇だ。
カルロの顔を見なければきっと忘れられる。
マリーは下唇を強く噛んで顔を上げしっかりと前を向いた。