3話 ゴブリン討伐戦①
「どうしてこうなった…」
僕は今、ゴブリン討伐隊を指揮するグレンさんの隣にいる。
なぜなら…グレンさんに弟子入りすることになったからだ。
ゴブリンの討伐の難易度は低く、特に危険もないだろうということで
『まずは戦場を知るところからだ!』なんて言われ、同行することになった。
何の弟子かって…?《魔王の弟子》だそうだ。
魔族の王になるための学問や武芸を僕に教えてくれるらしい…
グレンさんはにやにや笑いながら『魔王のイロハを教えてやるから安心しろ』なんて言っていたが
僕は只の人間なんだから魔王になんてなれないと思うのだが…
僕自身なんの能力もないただの人だ。
正直弟子なんて面倒そうだし、やりたくないと思ったから断ろうと思ったんだけど…
断ればお前を保護する意味もないから放り出すと言われ…
魔物だらけのこの土地で生きていく自信もなく…
『殺す』と言ったグレンさんの目が本気すぎたのもあり、脅されて同意させられたようなものだ。
僕の衣食住の保障と、俊一を探すのを手伝ってくれるという事なので悪いことばかりでもないのだけど…
しばらくは大人しく従っておいてほどほどに…死なない程度に頑張ってるところを見せて…
グレンさんに諦めてもらおう。僕には魔王なんて絶対無理。
今日は戦いということもあってグレンさんは獅子の顔をモチーフにした、黒い鎧を身に着けている。
男心をくすぐるデザインをしていてとてもカッコいい。
戦闘モードに入っている顔は真剣そのものだ。
目の前ではゴブリンと討伐隊の魔人との戦闘が繰り広げられている。
剣と剣がぶつかりあい、弓と矢、魔法が飛び交い凄い迫力だ。
討伐隊の数は全部で10名程らしいが精鋭らしく、
グレンさんの指揮のもと危なげなくゴブリンを倒していく。
ゴブリンの肉片や血が飛び散る様には全然慣れないけど。
今日はこのまま見学だけで済みそうだ。
先日ゴブリンに襲われた時の怪我はヘイルさんの治療で次の日には痛みや違和感がなくなるまで回復した。
これだけ早く回復した理由は《魔法》が使われたからだ。ゲームや物語によく出てくるアレだ。
怪我の治療をしたり、病気を治す《治癒魔法》は魔法に精通した人が使うと瞬時に傷口を塞ぎ、病を治し、元の健康な状態に戻してくれるそうだ。
回復力は扱う人の力量によって左右され、達人になると、腕が切り落とされたりしていても復元したりするのだそうだ。
ヘイルさんはあまり得意ではないと言っていたが、大けがを2日で万全に近い状態にするのは凄い事だと思う。
他に、主に戦闘時に用いられる《攻撃魔法》や《防御魔法》といったものも多数存在するそうだ。
どんな魔法があるかはこれから少しずつ知っていくことになるだろう。
強制的にこの世界の学問を全て学ばされるらしいから…
―あれこれ考えているうちに、ゴブリン討伐も大詰めのようだ。
ゴブリンの拠点は僕が迷っていた森の奥、山の麓の開けた場所に作られていた。
柵が張り巡らされ、監視用の大きな櫓や歴史の教科書で見たような高床式住居のような建物もいくつかあった。
襲ってきたゴブリンはとても頭が悪そうな顔をしていたけど…
僕なんかより断然出来るヤツらなのでは…ゴブリンを少し見直した。
砦は討伐隊が使った攻撃魔法であちこちから火の手が上がっている。
炎に巻かれたゴブリン達が焼け、なんとも言えない不快な匂いが充満している。
後は大きいサイズのゴブリンが数体残っているだけのようだ。
「妙だな…」
その光景を見ていたグレンさんが顔を顰めながら小さくつぶやいたその時
「グレン!」
戦闘の輪から濃紺の髪色、黒い鎧を身に着けた男性がこちらに向かってきた。
「ブラウ、どうした」
ブラウと呼ばれたその男性は、グレンさんと同じくらいの身長で髪色は濃紺、瞳の色は深い緑色をしている。
顔はグレンさんとタイプは違うがモデルのような整った顔立ち、額には角が一本生えている。
魔人族は誰でも額に角があるそうで、本数は大体1、2本らしい。
数刻程前の作戦会議でグレンさんと話をしていた。
この討伐隊の隊長でグレンさんとは幼馴染ということだった。
ブラウさんは少し蔑んだような目で僕を一瞥し、グレンさんと話始める。
「ゴブリン共はまもなく狩り終わるが…違和感を感じたんだ。
この規模の拠点を築いた割に数が少ない。それに…砦内部で嫌な魔力を感じる」
「そうか。俺も今、妙な気配を感じた。一旦砦から…」
―ドゴォォォォオオオオオオン
グレンさんが全てを言い終える前に大きな爆発音が聞こえた。
視線をそちらに移すと、砦の中心から炎の柱が吹き上がっているのが見えた。
と、同時に多数のゴブリンが現れ、僕たち3人はあっという間に囲まれた。
僕が襲われていた時の10倍くらいはいるだろうか。
小さいゴブリンだけじゃなく、筋肉盛り盛りの体格のいいゴブリンや、弓を持ったゴブリン、3メートルはありそうな大きなゴブリンも数体いる。
…どうやら僕はゴブリンに囲まれてピンチになってしまう運命のようだ…
「ゲヒャヒャヒャ、貴様だな。グレンとかいう貧弱な魔人共の王は」
群れの中から哄笑しながら一際大きな存在感を放つゴブリンがゆっくりと出てきてそう言った。
「ぐ、グレンさん!!ゴ、ゴブリンが喋ってます…!!」
僕は驚いて思わずグレンさんに向けて言った。
「あぁ、言ってなかったか。ゴブリン程度でもある程度の知能を持つ個体は言葉を操ることができる。
なかなか流暢に言葉を操っている所を見ると…アイツは上位個体だな。
《小鬼将》と言った所か。
頭の悪いゴブリンにしてはなかなか気の利いた罠を仕掛けてくれるじゃねぇか。」
「ヒャヒャヒャヒャヒャ、小鬼将か…残念だったなひ弱な魔人の小僧よ。
我は将などではない、《小鬼王》である。
我の知略に踊らされているとも知らぬ愚か者が。
貧弱な魔人共を根絶やしにすべくこんな僻地まで足を運んでやったわ。感謝するがよい」
そう言い放って小鬼王は嘲笑う。
このゴブリンは…王というだけあって…グレンさんと同じくらい…強いんだろうか…?
「はっ!小鬼王の割には貧相な砦作りやがって。
わざわざご苦労な事だ。ここに来た目的はそれだけか?」
グレンさんは挑発するように小鬼王に言葉を放つ。
「それだけでは無い。貴様をここで葬り去った後、この国を蹂躙する。
男どもは我らの食糧として、女共は我々の孕み袋として活用してやろう。ヒッヒッヒッヒ。」
厭らしく目と口を歪め、舌をだしベロンと口元をなめる。
「これだけの同胞に囲まれては逃げることもできまい。
貴様が今、命乞いをするのであれば、四肢を切り落とし同胞の餌にした上で命だけは助けてやっても良い。
我の傍でこの国が壊れていくのを見る権利を与えてやろう。
グェアーッハッハッヒャッヒャッヒャヒャハ!!!」
耳を塞ぎたくなるような下卑た笑いが響き、周りのゴブリン達も一斉に笑い出した。
その声はとても悍ましく、恐怖で僕の足が震える。
ゴブリンの王と呼ばれる理由が少し分かった気がした。
グレンさんやブラウさんは平気な顔をしているが、少しだけ不快そうに顔を顰めている。
小鬼王がグレンさんの陰に隠れる僕に気づいた。
「ん?そこにおるのは人間か?ゲハハハ、この場に魔人と共に人間がおるとは…珍妙極まりない。
よかろう。貴様は我が直々に食ってやろう…人間は旨いからのう」
醜悪な顔が愉悦を湛えた表情で醜く歪む。
「グレン、さっさと片づけてしまおう。不愉快極まりない。」
ブラウさんが剣を抜いて右手に構える。
深い吸い込まれそうな色をした紫色の直剣だ。
「そうだな、これ以上何か情報が出てくる訳でもないか。
ユヅル、予定が少し変わった。こいつを渡しておく。
小鬼王は俺がやる。周りの小者とユヅルはブラウに任せた。」
グレンさんが腰に指していた短剣を僕に向かって放り投げる。
「魂魄喰鎌!!」
グレンさんの右側に紫色の光を帯びた魔法陣が浮かび上がった。
無造作に魔法陣の中に腕を突っ込むと中から大きな鎌を取り出し肩に担いだ。
僕を助けてくれた時に使っていたグレンさんの武器だ。
「楽しませてくれよ。」
不敵な笑みを浮かべ小鬼王に向かって走りだす。
「こざかしい、捻りつぶしてくれるわぁ!!!」
小鬼王の小物臭いセリフのを合図に一斉にゴブリンの集団が押し寄せてきた
「こら!俺は子供のお守りかよ!?ちぃ!厄介な事押し付けやがって…
おい、ひ弱な人間!矢と魔法は俺が叩き落としてやるからそれ以外は何とかしろ!あまり離れるなよ!」
ブラウさんは僕に背を向けたままそう言い放った。
「な…なんとかしろって言われても…!!ひぃ!」
頭上を火の玉が通りすぎたのにびっくりして僕は尻餅をつく。
短剣を持つ手が震えてしまう。
見学だけのはずが…いきなり生死をかけた実戦に突入してしまった