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2話 魔王の弟子



「なんだぁ?散歩してたら面白そうなヤツがいるじゃねぇか 」


 そういって現れたのは短い黒髪に黒い服を着た男の人だった。

大きな鎌を肩に担ぎ、涙と鼻水と血でドロドロになった僕の顔を覗き込んでいた

瞳は炎を連想させる燃えるような赤い色、額には黒い角が2本生えている。



 先ほどの緑色の怪物は上半身と下半身が分かれて彼の後ろに倒れていた。


 

「なんで人間がこんなところに居やがるんだ。しかも黒目黒髪じゃねぇか。お前、どこからきた? 」



「…あ…う…」 


 彼は僕にそう問いかけてきたが、ケガの影響かうまく言葉が出ない。



「ハッ! まぁいい。こいつら先に片付けてやる。続きは後だ。」



 彼はスっと立ち上がり取り囲んでいた怪物たちを見渡すと

担いでいた鎌をくるっと回し、身構え、ニヤリと口角を上げる。



「ちょうど暇つぶしを探してたからよ。お前らも運が無かったな。ゴブリンとはいえ、少しは楽しませてくれよ」


 

 彼がそう言葉を発した瞬間、周囲の空気が一変する。

重力が倍になったかのような重苦しさと強烈な圧迫感を胸に感じた。汗が吹き出し、体の震えが止まらなくない。

心臓を鷲掴みにされたような感覚…これは…殺気…というやつなのだろうか?


 先ほどまで僕を取り囲んでいたゴブリンと呼ばれた怪物達から笑みがすっかり消え怯えているようにも見える。


「ギャォワァアアアア」


 恐怖を打ち消すかのように大型のゴブリン1体が叫び声を上げるとゴブリン達が一斉に男に飛び掛かる―



「 おおおおおおおお!!!! 」 



 彼は咆哮という表現がぴったりな、強烈な雄たけびを上げると飛び掛かってくるゴブリンを鎌で一気に薙ぎ払う。

 半数以上の小ゴブリンが真っ二つになり、残る小ゴブリンも返す刀で1体、また1体と葬り去っていく。

身長こそ2メートルくらいはあるがどちらかといえば細身に分類されるかもしれない。

そんな彼が大きな鎌を縦横無尽に振り回し襲い掛かってくるゴブリンをなぎ倒す。


 ゴブリン達にとってはまさに死神という表現がぴったりだ。

強さとしなやかさが完全に同居し、返り血を浴びる彼の姿には一種の美しささえ感じる



 最後の小ゴブリンを叩き潰し、大ゴブリンに背を向けた瞬間、大ゴブリン2体がこん棒と斧で彼に襲い掛かった。

彼は慌てることなく振り向きざまに右手に持った鎌で斧を弾くとそのまま大ゴブリンを1体切り裂く。

 左手でこん棒を軽く受け止める。

残った大ゴブリンは驚いた表情でこん棒から手を放し、一目散に逃げ出した。

その姿を見た彼はこん棒を投げ捨て、大ゴブリンに向けて左手の掌を突き出した。


 掌に炎のようなものが渦を巻いたかと思うと、火の玉のようなものが飛び出し大ゴブリンの背中に命中し、燃え上がる



 ―ギィァァァァァァ―



 断末魔の悲鳴を上げながら大ゴブリンは炎に巻かれ息絶えた。



「はっ!ゴブリン程度じゃこんなもんか。こんな弱えぇんじゃ訓練にもなりゃしねぇ」



すごい…僕から見ても力の差は明らかだった。

一騎当千。彼の戦い方はそんな言葉がぴったり当てはまる。


 絶対絶命だった状況をこの人は一人であっさり覆してしまった。

顔についた返り血を拭いながら男はゆっくりと近寄ってくる。



「あ、ありがとうございます…助けて…くれて…」



お礼の言葉を何とか振り絞る。



「あぁ?別に助けたわけじゃねぇよ。

ちょいと野暮用でうろうろしてるときに見つけてな。

面白そうだったから来てみただけだ。

まぁ、ここにいたやつは全部片づけておいたからしばらくはあいつらも近寄らねぇだろ 」



彼はぶっきらぼうにそう答えた。


よかった…助かったんだ…そう思ったら体から力が抜けていく。

体の痛みも感じなくなってきていた。


「んで、さっきの続きだがお前はなんでこんなところに居る?」 


「え…あ…ええ…」


頭が朦朧として言葉が出ない。少しずつ意識が遠のいていく。



「おい、お前大丈夫か?」



頬をたたかれているような気がするが…もう…感覚がない…



 「おい! ― !―!」



何も…聞こえない―



――









―ハァっ!ハァっ!ハァ!


僕は走る。必死で走る。


後ろから大きなゴブリンがよだれを垂らしながら僕を追ってくる


必死で逃げる…が、足がもつれて大きく転ぶ。


ついに追いつかれ、大きな手でがっちりと体をつかまれ、持ち上げられる。


にやりと笑ったゴブリンは大きな口を開けて僕を頭から――




―――うわぁぁぁ!! 



 僕は飛び起きた。



「ゆ…夢…か…」


 あまりにもリアルな夢だったため思わず頭と顔をパシパシと触ってみた。

うん。よかった、頭は残ってるみたい。ちょっとほっとした。


「…?ここはどこだろう?」


 森の中でゴブリンに襲われていた僕はいつの間にかベッドの上にいた。

室内…というよりはグランピングで使われているようなテントの中にあるベッドだ。

右腕には包帯が巻いてあり、制服じゃなくゆったりとした服に着替えさせられていた。


誰かが治療してくれたみたいだ。



「あら、よかった。目が覚めたのね 」 


 声がする方向へ顔を向けると、テントの入口から女性が入ってきた。

真っ黒の長い漆黒の黒髪、透き通るような青い瞳。

 身長は…170センチくらいで、その立ち姿は女神様と言っていいくらい綺麗な人だ。

額には小さい角みたいなものが一つ生えてる。



「私はヘイル。傷はどうかしら?あなた、ここに運ばれてきたとき酷い状態だったの。なんとか傷口は塞ぐことはできたからだいぶ落ち着いているはずよ。」


 そういって水の入ったコップを渡してくれた。ヘイルさんが僕のことを治療してくれたらしい。


 僕は喉が渇いてることに気づき、一気に飲み干す。


 その様子を見たヘイルさんはおかわりのお水をコップに注ぎ、僕が運び込まれた時の状況を教えてくれた。

ここに来てから大体丸1日くらい経っているそうだ。


 水を飲みながら改めて自分の体の状態を確かめてみる。

変な方向に曲がっていた右腕は元の形に戻っていて動かなかった足もきちんと動く。

少しズキズキとした痛みが残っているが我慢できない程じゃない。

血を吐いてしまっていたのでお腹を触ってみるが…特に違和感はない…と思う。



「よかった。大丈夫そうね。

体力的な問題もあったからいきなり完治させることはできなかったけれど…

今日でも治療すれば痛みもなくなると思うわ。」


 その言葉に僕は正直驚いた。自分で言うのもなんだけど瀕死の怪我を負ってたと思う。

生きてるのさえ奇跡だと感じるんだけど…何か魔法でも使ったんだろうか?

なんて疑問に思いつつも、感謝の言葉を伝えた。



「どういたしまして」 



そう返事をしたヘイルさんの、にっこりとした笑顔がとても印象的で思わず見とれてしまった。



「よぉ、起きたか。人間。」



 ヘイルさんの後ろから大きな人影がぬっとあらわれた。

黒髪で赤い目をした、さっきゴブリンに襲われていた時に助けてくれた人だ。

改めて見ると、佇まいにどことなく風格がある。

ゴブリンを一掃した時のような威圧感は今はない。



「命拾いしたな。お前、名前は?」



 ベッド横に置いてあった椅子にドカッと座り、燃えるような赤い瞳で僕の顔を見る。

まっすぐ僕の目を見る、その迫力に少しうろたえてしまった。



「あ、えっと、ユ、ユヅル…。オクヤマ…ユヅルです。」



「オクヤマ…ユヅル…ね。。。変な名だ。呼びづらい。ユヅルでいいか?」



「はい。そう呼んでもらえれば…怪物から救っていただいて本当にありがとうございました。」



「おう!」


 そういいながら僕の頭を掌でぐしゃぐしゃにする。

 とても力強く大きな手だ。発する声もエネルギーに満ち溢れている。



「とりあえず自己紹介だ。俺はグレン。お前の世話をしてたこいつはヘイル。俺の嫁だ」



 後ろでヘイルさんが嫁と言われて少し照れたような表情でにっこりとほほ笑む。素敵な笑顔だ。


 ゴブリンから逃げているときには必死すぎて気が付かなかったが、グレンさんの顔は端正な顔立ちながら野性味に溢れている。

体つきは細身ではあるがしっかりしていて、腕の筋肉はギュッと引き締まって力強い。

僕は男だけど…つい見とれてしまいそうになる。ヘイルさんとはお似合いだと思う。



「運がよかったな。俺が偶然通りかからなかったらお前は今頃あいつらの胃袋の中だ。

ゴブリンは人間が大好物だから。」



グレンさんは僕の肩を叩きながら笑っている



「そんな…笑いごとじゃないですよ…本当に死ぬかと思いました…」



 僕はぶすっと口を尖らせた。グレンさんは弄りがいのある玩具を見つけた子供のようにニヤニヤと笑っていた

悪戯っ子のような表情に男らしいと感じた最初の印象は瞬時に崩れ去った


 とはいえ、ゴブリンに襲われ、死にそうになりながらも言葉の通じる人と出会えだのは幸運だった。

聞きたいことや教えて欲しい事が一杯ある。


そういえば森の中でグレンさんは何をしていたんだろう?


 グレンさんに出会えたのは奇跡に近い偶然だったとは思うが、人の手が全くと言っていい程入っていない森の中を一人で出歩くなんてなかなかないと思う。自分のことは棚に上げているけど


「グレンさんはあの森に一体何をしに?」


「あぁ、ゴブリン共が最近森の中に拠点を構えて繁殖しているらしいと聞いてな。

数が増える前に討伐しようと思って隊を率いてきたのさ。

隊の連中が野営の準備してるときに散歩がてら森を下調べしてたわけだ。」



「討伐…ですか。ではグレンさんはその隊の隊長さんですか?」



隊長か…道理で強いはずだ。あんなに狂暴なゴブリンの集団を瞬殺だったものな。



「ハッハッハッハ!隊長は別にいるぜ。俺はこの国の王だ。

人間風に言い換えるなら、『魔王』といったところか」



 ―魔王!?魔王ってあれだよね?定番のゲームや物語に出てきて世界を滅ぼしたりする…あれ。



「ま、魔王って…え!?魔物の軍勢を率いて人間を襲ったり、国を亡ぼしたりする…魔王ですか??」



「大体正解だな。」 



グレンさんのどこか剽軽な笑顔が急に恐ろしさ湛えた笑顔へと変わる。



「残念だ。俺の正体が魔王だと知った者は生かしておけない。お前の心臓を差し出してもらおう」



 炎のような赤い瞳には妖しい光が灯る。

僕は緊張してシーツをギュッと握り、ごくりと唾を飲み込んだ。

心臓が早鐘のように脈打つ。


グレンがニヤリと口角を上げたその時―



 ―バシーン!!!



大きな音とともにグレンさんが前へ突っ伏した



「はい、そこまで。グ~レ~ン~、驚かせないの。」



ヘイルさんがグレンさんの後頭部をニコニコしながら平手で思い切り叩いていた



「痛ってー!!ヘイル!お前今本気で叩いただろ!?」



 グレンさんは後頭部をさすりながらヘイルさんに向かって振り向き文句を言っている

ヘイルさんはハイハイと涼しい顔で受け流している。



「グレン、この子に聞きたいことがあるんでしょう?怪我がまだ完治してないんだから、あまり遊んでたらダメでしょ。」



「はははは!!すまんすまん。反応があまりに面白くてつい、な。さっきのは冗談だ。許せ」



 哄笑しながら僕の肩をバンバンと叩く。

力が入っているのかさっきより痛いしか思いっきりむせてしまった。


 冗談だったんだ…良かった。でも本当かウソなのかは本人しかわからないよね。

僕はでグレンさんに笑顔で返したがひきつってた顔をしていたと思う。



「あの、魔王っていうのは本当なんですか?」



「あぁ、それは本当だ。俺は魔人国の王、【赫杓魔王グレン】だ。」



 グレンさんははっきりそう言い切った。

魔人というのはグレンさんやヘイルさんのように人間の姿に近く、額に角を持って生まれてくる魔族のことを言うそうだ。

 魔人が誕生したのは何万年も昔に遡るらしい。

この世界に最初に現れた魔族の王、【原初の魔王】が人間との間に作った子供が魔人の始祖であるという説が有力だとヘイルさんが教えてくれた。


 気持ちを落ち着けるために水を飲むと、先ほどまで哄笑していたグレンさんが真剣な表情をして僕を見ていた。

 


「お遊びははここまでにしておいて。本題に入ろうか。ユヅル。なぜお前はあそこにいた。経緯を詳しく話せ。」



 グレンさんがしっかりと、太く、落ち着いた声で僕に問いかける。


 特に隠すようなこともないので魔物に囲まれていた経緯を一通り説明する。


 日本という国で過ごし、学校に通っていたこと。学校で謎の光に包まれ、気づいたら森の中の湖にいたこと。

一緒にいた友達とはぐれ、友達を探しながら学校に戻るための情報を集めようと人がいる場所を探していたことを伝えた。



「―と、言う感じで、休憩ををしてたらいきなりゴブリンに襲われてしまった感じです」



 グレンさんは椅子に立てた右足を支えに頬杖をついたような恰好で話を聞いている。

ヘイルさんはグレンさんの後ろで壁に寄りかかって話を聞いていた。

腕を組み、右手を顎に当て何か思案しているようだ。



 数秒程の沈黙が続いた後グレンさんが喋り始める。



「なるほど…まず、お前の言う…二ホン…という国は俺は聞いたことがない。

他の魔族の国もそうだが、エルフやドワーフ、人間、数多の種族のどの国の名にも当てはまらない。

そして、お前が戻りたいと思っている学校は少なくともこの世界に存在するどの学校とも全く違うものだ。」



「そ…そうですか…」


 グレンさんの言葉はなんとなく予感していた事実を明確に伝えてくる 

見たことのないほど神秘的で幻想的な湖。

今まで遭遇したこともなかったゴブリンという想像上の怪物に襲われた事実。


 ここは…自分が生きてきた世界とは違うんだろう。



「ユヅルは別の世界の住人なのかしら?」



ヘイルさんがグレンさんに問いかける。



「可能性は高いな。ここになんの鍛錬もしていない人間が一人で居ること自体有り得ない。」



「そう…ね。只の人間が一人でこの魔大陸の奥深くに来るのはまず不可能だものね」



 この世界の大陸は魔族以外の種族が住むフォルニア大陸とルーシア大陸、魔族の領域である魔大陸、というのが存在するそうだ。

 フォルニア大陸と魔大陸は地続きなのだが、エベレスト級の山々が連なる真龍山脈という竜が守護する地域が大陸を縦断しており、この山脈を境に魔物と人間の領域が分かれているらしい。


 人間が魔大陸へ移動する方法は2つ。真龍山脈を通過するか、海路を使い上陸するか。

山脈経由だと竜の谷と呼ばれる場所 ―過去竜と魔王の戦いの中で山が抉られた場所でフォルニア大陸と魔大陸を結ぶ唯一の通路― で守護竜の試練を乗り越える必要がある。


 海路は魔大陸周辺を住処にする大型海獣と、行く手を遮るように流れる不自然な海流が行く手を阻むため五体満足で魔大陸までたどり着けない。

 

 空路で越えようとすると竜に撃墜される…とヘイルさんが教えてくれた。


魔大陸に人間がくるのは数百年に一度程度だそうで、300年程前に『勇者』と呼ばれる英雄のパーティが、当時、人間の領域に侵攻した魔族を討伐しに竜の谷から来たのが最後との事。



そんな話を聞いてみれば、何の力もないフツーの人間である僕がこんな場所に一人で現れたらかなりおかしい

そしてこの世界の話を聞けば聞くほど…自分が住んでいた世界と全く違うんだと思う。


俊一以外に仲が良いと言える友達はいないので、元の世界に戻りたい!なんて強い気持ちがあるわけではないのだけど…

僕を男で一つで育ててくれた父には恩返しをしたいとずっと思っていたのだ。

毎日遅くまで働いて、一生懸命だった父さん。

今頃心配してるだろうな…。ちゃんとご飯食べてるかな?

高校最後の絵もちゃんと仕上げたかったなっていう気持ちは本当だ。



「後、シュンイチとか言うお前の友人だが、この辺りにそれらしき人間は居なかった。

もし一人でうろうろしていたのであれば食われている可能性もあるだろうが…

あれから人間の気配を探ってみたが森周辺にお前以外の気配はなかった。

お前が寝ている間に大陸に放ってる犬から黒目黒髪の人間を食ったといった話は出ていないから…

ひょっとすると…フォルニアかルーシアのどちらかにいる可能性はあるな。」



 よかった。少し安心した。俊一も一緒にこの世界に来てしまったかどうかはまだわからないけど

僕の腰回りにしがみついてたから…巻き込まれてしまった可能性は高い

もしこの世界のどこかに居るなら探しに行かないと…

一人で僕みたいにゴブリンみたいな怪物に襲われているかもしれない…



「…そうだな。お前がこの世界に来るきっかけとなったものは…

推測でしかないが、こいつだろう。」


 ごそごそと腰の袋からペンダントを取り出した。

見たことある…と思ったら僕のペンダントだ。


「お前の服を脱がすときに邪魔だったんでな。少しの間預かっておいた」



 そういって僕の手元へひょいっと投げ、話を続ける。



「そいつはおそらく蒼星の秘石と呼ばれるものだ。」



「蒼星の…秘石?」



「あぁそうだ。世界の創世から伝わるとされている神話があるんだが…その中の一節。

原初の魔王の節に出てくる秘宝アーティファクトの一つだ。


--

 

星の瞬きを散りばめし蒼の宝玉 

蒼星の秘石が蒼き輝きを放ちし刻

原初の魔王降臨

世界を変革せし力を持つその者 

漆黒の髪漆黒の瞳にて顕現


-- 


ってな。」



「世界を変革する…力?そんな…僕は…殴り合いすらしたことない、何の取り柄もない学生ですよ!?

それにこのペンダントは祖母の形見としてもらっただけで…」



 17年間特別な力なんて感じたことはない。

成績もよくなければ運動神経がずば抜けていいわけでもない。

好きな絵だって特別才能に恵まれているわけでもない。

 毎日ゲームしたり、地味な生活を送ってきた僕に世界を変えるほどの力があるわけない。

ただ、実際にペンダントが青く輝いて…そして気付いたらここに居る以上はペンダントに何かあるのではないかと思ってはいる。


「俺もお前がそんなスゲェヤツには見えないさ。

あまりにひ弱な体つきだしゴブリンごときに遅れをとってるあたりでもうどうしようもない」



 僕が弱っちいのは認めるけど…そこまで言わなくても…

グレンさんはやれやれといった表情と仕草で僕を見て、話をつづけた。


「だがな、この世界に【黒い髪、黒い瞳を持った人間】なんてやつは珍しい…というより居ないのさ。

今ここにいるお前を除いては…な?

黒髪の魔族は原初の魔王の血筋とされている魔人族だけに生まれてくる。

数は少ないが…そんな中でも黒い瞳を持ったヤツは今まで一度も現れていない。

人間種には原初の魔王の血は流れていないから黒髪なんてものは生まれてこないからな。」



 僕が暮らしていた街では黒髪に黒い瞳なんて珍しいものではなかったが

この世界では特別なモノに見えるのか…。



「俺たち魔人族の中でも、黒髪を持って生まれてきた者は高い魔力を持っていたり、高い身体能力を持っていることが多いんだ。

だからという訳でもないんだが、黒髪を持つ魔人の中で、能力の高いものが必然的に国を継ぐ事になる。」


「グレンはこの魔大陸の勢力の中でも3本の指に入る王だと思うわ。」


 ヘイルさんが頷いている。トップ3か…そんなに凄い人なんだ…こうして話をしていると気さくなお兄さんといった感じなんだけどね



「伝承自体うさん臭くはあるが…お前も黒目黒髪だし、ひょっとしたら原初の魔王みたいな特別な力があるんじゃねぇか…と思って話を聞いてみたわけだ」



 うーん…ただ髪の毛と目の色が同じだからって凄い魔王様と一緒にされてもな…

僕は僕であって魔王とは違うのだから…

勇者や魔王みたいに目立つような事は好きじゃないし、自分の能力的にもどう頑張っても脇役にしかなれないと思う。

 よく『敵が来たぞ!!』って言って逃げ惑うキャラクター。

そういう立ち位置がお似合いだとは常々考えていることだ。



「人間が住んでる国まで連れていってあげのはどう?貴方ならあっち側、この子一人くらいなら行けるでしょ?」


 ヘイルさんがグレンさんにそう提案してくれた。

人間が魔族や、巨大な力を持つ魔物に対抗する手段として特別な力を持つモノを呼び出す召喚の儀を行うことがあるらしい。

 主に神の祝福を受けた獣【聖獣】、神の使いである【天使】の化身を呼び出すそうだ。

その際、僕のようなこの世界の住人とは異質な雰囲気を持った人間が呼び出されることもあるらしく

ひょっとしたら、今回のケースもそれにつながるものなのではないか…ということだ。

 

 そして、グレンさんは魔族の中でも人間の国に行くことができる数少ない人物だということだ。


「ふ~む」


 グレンさんは足を組み、深々と椅子に座り直し、右肘を手すりに乗せ右目のあたりに手を当て

目を閉じて何か考え始めた

左手を膝の上に軽く乗せ、人差し指をトントントントンと動かしている。


 もし人が住んでいる国に行くことができれば俊一の情報も手に入るかもしれない。 



「あの…もし可能ならお願いしたいです。友達を探すためにも…」



トントントンと動かしていた人差し指の動きが止まり―



「―ダメだ」



そう言うと、僕の胸座をつかみグイっと持ち上げる。そして―





「お前、オレの弟子になれ。断れば殺す」





冷ややかに、だが力強い声で、僕にそう言った。

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