病弱殿様と女装側室と私と
先が見えないほど大きな門の前。顔を隠した女性とそのお付きらしい少女が、門が開くのを待っていた。
「本当に行くのですか?上様は男好きらしいじゃないですか。わかってます?」
「玉、座敷牢へ入りたいのですか?お前こそ門を潜ると最後、俗世にはもどれませんよ。よいのですか?」
場所をわきまえない少女の言葉に女性は少しハスキーな声であきれをにじませる。そして、突き放すような事を言いつつも不安げな目を少女へと向けるのだった。
「はぁ、院主様に拾われた身ですからね。どこまでも付いていきますよ。」
「還俗しましたから院主ではありませんよ。それでは参りますか。」
江戸城の門をくぐったこの日、2人の人生は大きな時代の波の中へと進んでいくのだった。
「こちらへ、春日局様がお会いになります。」
そう言って通された部屋に居たのは一見優しそうに見える老女であったが、凛とした姿勢には底知れない気迫があった。
2人を室内に招きいれると人払いをし、手ずからお茶を用意する老女。
「お待ちしておりました。髪が無事伸びてようございました。」
「お福殿、さすがにそれは・・・」
少女は老女と院主の気やすい様子に何やら言いたげな顔をしていた。
「そこの娘はどこまで知っているのです?」
「身体のことは知ってますよ。この子は記憶喪失でさまよっているところを拾ったので、玉と名付けて連れて参りました。」
「うかつなことを。今なら逃してやることが出来ますよ。」
そう言って老女は少女を探るかのように鋭く見つめる。その視線は居心地が悪く、院主に目で助けを求める玉。
「そこまでにしていただけますか。こればかりは信じていただくしかないのですよ。」
「はぁ、御台所様にお姿も心も似てしまわれるとは。このような小さい子に・・・。」
そう言って、逆に玉を哀れむような目をして菓子を出してくるのであった。玉は手に握らされたお菓子を持ったまま、いいようのない顔をしていた。
自らにあてがわれた部屋でやっとひと息ついた院主は玉を見て、やっと思う存分笑えると言わんばかりに腹を抱えている。
「院主様、ひどいです。笑うことないじゃないですか・・・自分だって30代なのに10代とか言っててはずかし過ぎませんか?」
「あははは・・・。だって君、成人まで後数年でしょ。それが裳着を済ませる前の子のように扱われて、あはあはは。」
「確かに背は低いけど、まだ伸びますからね!」
「まぁ私が年齢を偽ってるのは、30過ぎると色々問題があってね・・・。10代はやっぱりやり過ぎたかな。」
「くやしいですが、見えなくもないところが腹がたちます。」
実際、院主の容姿は落ち着いた雰囲気はあるが、しわひとつない美しさを保っていたのである。
そうして数日後、2人は再び春日局に呼ばれて向かった先には1人の男性が待っていた。
男性は、寝着のままで肘掛にしんどそうに身を預けている。そして側には布団が敷かれた状態で置かれていたのだ。
その様子をみた玉は、すぐ逃げれるような入り口に近い場所へ座った。
「このような姿で申し訳ない。再び会うことができて嬉しいぞ国松。」
「兄上。誰が聞いているかわかりませんよ。いまは万でございます。」
「ははっ。そうであったな。」
「えっ兄弟??」
おもわず声をだしてしまった玉に、そういえば居たなと振り返る万。
「そんなところにいたのですか。こちらに来なさい。それと・・・ここでの話は秘密ですからね。さすがにこれがバレてしまうと命の保証はできないですよ。」
「いやっ、聞きたくて聞いたわけじゃないし。それに家光様に弟いたんだ。」
そう言って口をすべらした玉はやばいと口元を手で押さえる。
その言葉を聞いた家光は、万の方を向いてただでさえ白い顔を青ざめた。
「まっまさか、江戸の町ではもう噂すら流れていないのか?あれほど力をつくしたのに・・・」
万は家光の側に寄って、落ち着くように背中をなでる。
「こやつは世事にうといので、真に受けないほうが良いですよ。ご心配なく無事予定通りです。」
「そっ、そうか。すまない・・・布団へ連れて行ってもらえないか。」
「兄上・・・また参ります。」
布団へ入った家光はうなずいて目を閉じた。
部屋を出ると立ち止まり、万は玉の方へ振り返る。
「玉、聞きたいことは多いだろうけど、部屋まで我慢しないと駄目ですよ。」
玉はやはりすぐ聞こうとしたのか、気まずそうな顔をして万の後ろを少し小走りで追いかけた。
部屋へ戻ると、万は深くため息をはいてあぐらをかいて座った。慣れているのか、淑女らしからぬ様子に玉は気を留めない。
「玉おいで。」
万は手を玉の方へ向けてこいこいとしている。玉は、仕方ないなというような顔をしたあと万の足の間に座って背を万の胸にあずけた。
万はまるで猫を撫でるかのように玉の髪を手ですいている。そうして5分程度髪をすいたあと、おもむろに玉を抱え込む万。
「気が済みましたか?」
「あぁ、いつもありがとう。君は本当にしつけのきいた猫ですね。」
「拾われたご主人様のためですからね。我慢しますよ。」
「口が悪いのは直りませんね・・・」
「で?」
玉は下から端正な万の顔を仰ぎ見て、先ほど止めた話の続きをするようにうながした。
「そうですね・・・何から話しましょうか。」
そう言って悲しいような、哀れんでるようなそんな目をして家光の部屋の方角をみる。
「私たちが生まれた頃は、戦がなかったわけではないが家康公によって統一は順調にされていた。それで考えたわけなんだ、平和な世には世継ぎも決まりが必要だって。で、兄上が次期将軍に決まったのはいいんだけど、見たように体が弱いでしょ。で、しかも下の弟は元気いっぱいで資質も悪くないってくると、何が起こると思う?」
「う〜〜ん。跡目争い?」
「そうなるでしょ?で、余計な芽を摘むにはどうしたらいいかわかりますね?私がこの世から消えることなんですよ。」
「今いますよね。」
「いや、社会的にはいないでしょ。ここにいるのは年若い女性の万ですからね。」
「そうでしたね。もっと別の設定はなかったのですか?」
「若くしたのは時間稼ぎの意味があるんですがね。まぁ何というか色々とやむなしだったんですよ。世継ぎ問題で!」
「なるほど、家光様は体弱そうですね。それが万様がここにいるのと何の関係が?」
「はぁ・・・」
なかなか答えにたどりつかない玉の頭に、顎をついて呆れのため息を吐く万。
「私は替え玉の種馬ですよ。」
「た、種馬って。」
「そうしないとここで平和な世は終わってしまいかねないですからね。」
「万様はなかなかハードモードな人生ですね。」
「はーどもーどとは、また玉は不思議な言葉をつかいますね。」
万の言葉に、玉は乾いた笑みを浮かべてそれ以上は何もいわないのだった。