第十話 教養あるまち
エルネアと出かけるといつもこうなのでもう慣れたと思っていたのですが、いまや注目度は二倍かそれ以上です。
ほめそやす女性達や二人の関係への憶測の声が耳に入ってきて、なんとも言えない恥ずかしさを覚えます。
「気にするな。どうせ二人しか見ていない」
同じく美しいパートナーを持つネディエが慰めを口にしました。彼女も似たような経験をしてきたのでしょう。
「ヴィーラが言っていた。天使が人の目を引くのは、そのように創られているからだとな」
「どういうこと?」
「主から目をそらせるため。どんな場所でも、優位な立ち位置を押さえるためなんだ」
わかる気がしました。いつも一緒にいるミモルでさえ、天使を見ると白い光が当たって空気が輝くみたいに錯覚することがあります。別段、着飾っているわけでもないのに。
「へぇ、なるほど」
少し離れてついてきていたスフレイが、距離を詰めて少女達の会話に加わります。
「世の中、『人間、外見より中身』なんてのは盛大なウソだからな」
彼は言い、片目を上下に貫いて走る傷跡に触れました。
確かに、美しいものは注目を浴び、愛でられます。まして知識も深く、物腰は洗練され、見た目からは想像が付かないほど強ければなおさらです
「私達のためなんだね」
こうしてただ歩いているだけで、自分を守ることに繋がる。ミモルは嬉しさと申し訳なさを感じ、ネディエとは反対側を見下ろしました。
しっかりと繋いだ手の先にあるのは、ジェイレイのあどけない横顔です。
「おっきな町だね~」
「お腹すいてない? 食べたいものがあったら言うんだよ」
「わかった!」
どうするかと散々悩みましたが、結局連れてくることにしました。
いくら危害を加えようとしたと言っても、今の何も知らない幼いジェイレイを責めるわけにもいきません。かといって、何処かに預けてしまうのも恐ろしかったのです。
『ずっとこのまま、なのかな』
『さぁね、その方が幸せかもね』
リーセンが応えました。世の屈託を知らない子どもに戻り、全てをやり直すつもりなのでしょうか。
「いろんなにおいがするねー!」
「うん、何の匂いだろうね」
『だったら、教えてあげたいな』
自分も森を出るまでは知りませんでした。得られないものを求めて足掻くより、心を満たしてくれることがこの世界には沢山あるのだと。
金の髪が棚引く背中を眺めながら、ミモルは静かに思うのでした。
もちろん、この町には観光のために訪れたわけではありません。
「確かに大きな町だけど、ここで手掛かりが見付かるのかな」
「無駄足になんてさせない。絶対見つけてみせるさ」
水晶からメッセージを受け取った直後、ネディエは捜索のために集めていた資料を、更に広範囲に渡って収集し直しました。
広いテーブルいっぱいに緻密な地図を広げ、見終わったものが足元にまで散乱する中、やる気のないスフレイにジェイレイの相手を押しつけて、可能性のある場所を探し回ったのです。
条件は、緑の深い丘があり、人が住んでいそうな場所。地図上では分からないところへは、捜索にあたっていた人員を回しました。ですが、割り出しは難航しました。
「森や山の近くになら、どこにでもありそうな景色なのに、あんなに探して見付からないなんて不思議だよね」
「景色だけならまだしも、人が住めるかと言われるとな……」
全ての条件をうまくクリアする土地がありません。そして、刻一刻と時間だけが過ぎていきます。
完全に煮詰まってしまい、特に一度は取り戻した気力を再度削がれたネディエは、半ば途方にくれました。そんな彼女達にヒントを与えたのは、意外な人の一言です。
「あの時は驚いた」
ネディエが笑いかけ、スフレイもそうだなと賛同します。
「いきなり目ェ細めて艶っぽく話し出したから、地図の見過ぎでオカシクなっちまったのかと思ったぜ」
「あはは……私もビックリしたんだけどね」
ミモルも頬をかいて苦笑しました。停滞した状況に痺れを切らした声の主は、誰あろうリーセンだったからです。
『今とは限らないんじゃないの』
彼女の、鬱屈とした空気の中で凛と放たれたセリフに、エルネアは「あら」と呟き、数秒後にフェロルが「あぁ」と漏らし、渋々ジェイレイと遊んでやっていたスフレイと、地図とにらめっこしていたネディエはキョロキョロと視線を彷徨わせることになりました。
『ちょっと、なに間抜けな顔してるのよ。目の前にいるでしょうが』
二言目で、やっとどこから発せられたものかを知った二人は、それでもすぐには状況を理解できなかったほどでした。
「話には聞いていたし、一度見てもいたはずなんだが」
「フツー、驚くだろ」
もっとも、その直後にリーセン本人が今度はジェイレイによって驚かされることになったのですが。
きょとんとして、豹変した「ママ」を見つめていた幼子は、首をかしげたと思ったら走り寄ってきて、ニッコリ笑ってこう言ったのです。
『パパ!』
全員が戸惑う中、本人だけはさも当然のように「パパ」を連呼し、抱きついて遊んでくれとせがむ、異様な光景が繰り広げられました。
「リーセン、子どもがあんまり好きじゃないから、怒ってたみたい」
「いや、怒っていたのはそこじゃないと思うぞ……」
『誰が父親よ!』
そんなわけで、リーセンはせっかく表に出てきたばかりにも関わらず退散してしまったのですが、ネディエはすでに次の行動の指針を得ていました。
見たものが今とは限らない。なら、さらにさかのぼって調べるまでです。
ミモルがハエルアに到着し、捜索の手伝いに加わってから四日、加えてそこから北の都市シュウォールドまでの移動に丸一日と、ヴィーラが消息を絶ってからすでにかなりの日数が過ぎてしまっていました。
「ハエルアで見られる歴史や地理情報は漁り尽くしたんだ。あれ以上の資料にあたるなら、王都以外ではここの中央図書館しかないからな」
王立図書館は国の書物を網羅した巨大な情報機関ですが、王都は遠く、利用者の審査も厳しのだとネディエが説明してくれました。
ハエルア領主の姪という肩書があれば閲覧は可能でしょうが、妙な行動だと取られかねません。
「別にコムズカシイ学術書を調べようってんじゃねーんだろ。地図ならここので十分間に合うだろうぜ」
「ほう、珍しく意見が合うじゃないか」
「うるせ、お前と同調するなんて寒気がする」
「それこそ同意見だ。……そうだな。ここも、最初は小さな村だったらしい」
目的の場所である図書館までもう少しあると判断したネディエは、ふいにスフレイとの軽口の叩き合いを止めて話し始めました。
町の歴史をお浚いするように語る口調は滑らかで、資料を読み込んだことを感じさせます。
「50にも満たない民家とちっぽけな教会と、あとは畑ばかりで、村人は自給自足の生活を営んでいたようだ。良くも悪くも生きることに貪欲で、勉強や読書は金持ちの道楽くらいの認識しか持っていなかったらしい」
「解らなくもないけど……」
ミモルは頷きかけた首を捻ります。
畑の世話に朝から晩まで追われる生活の前では、「勉強を」「読書を」などという思想はただの綺麗ごとです。本も、紙とペンだって十分に貴重品だったでしょう。
「それがどうして、こんなになっちまったんだ?」
スフレイはすれ違う町の人達を、嫌そうな顔をして眺めています。どうやら先程とは違う理由からくる感情のようでした。




