第三話 いなくなった彼女
意外な方向へ話が運んだものの、ミモルは懐かしさと友人に会える期待でワクワクしていました。手紙のやり取りは続けていても、顔をあわせるのはとても久しぶりです。
背は伸びているか、大人っぽくなっているかと想像を膨らませるほど、早く会いたい気持ちに急かされます。
「ネディエ、私のこと判るよね? ガッカリされないよね?」
自分は何か変わったでしょうか。体は多少大きくなっても、精神的には子どものままだと言われるのでは……。
悶々と悩んでいると、エルネアが「何を言っているの」と笑いました。
「ミモルちゃんのことを判らないわけはないし、もちろんガッカリもされないわ。あなたはとても魅力的よ、自信持って」
「魅力的?」
思いもよらない声援に戸惑ってしまいます。ミモルは、自分が魅力的だとは到底思えません。森にこもって暮らす子に、町育ちの子が魅力など感じるでしょうか?
「えぇ、私を信じて」
エルネアはとんと胸を叩く仕草をして請合いました。その自信たっぷりの態度がおかしくて、パートナーを信じることなら出来る気がします。
ところが、そんな期待と不安とが混ざった落ち着かない気分も、塔の入口が見えてくるに従って急激にしぼんでしまい、ついには足が止まってしまいました。
「ミモルちゃん?」
「ほれ、すぐそこだぜ?」
大人達が怪訝そうに振り返り、先を促すも、ミモルはその場に縫い付けられたように動きません。手をあてたその唇から小さな声が零れます。
「何か、変」
『変?』
発した途端、不快感がどっと沸き起こるのを少女は感じました。
先ほどまでのくすぐったい不安とは全く違う、胸を気持ち悪くざわつかせる感覚です。直視したくない、でも知らずにはいられない、切羽詰った……。
「嫌な予感がするの」
弾かれるように今度は地面を蹴って走りだしました。慌ててエルネア達も後を追い、人ごみをかき分けて塔へと急ぎます。
「あぁ、お嬢さん」
入口の兵はミモル達を覚えていて、スフレイの付き添いもあってすぐに中へと通してくれました。
案内役を務めてくれた女性は一通りの挨拶を述べただけで静かに、そして妙に焦った様子で彼女達を連れて行きます。
「こちらです」
滞在した時にも何度か訪れた友人の自室は、今も変わらない場所にありました。名札のかかった茶色い扉をノックし、控えめに友人の名を呼びます。
「ネディエ。私……ミモルだよ。居る?」
ばたばたっと慌ただしい足音が聞こえ、扉が開けられたと思った次の瞬間、そこには血の気を失った白い顔をして立ち尽くすネディエの姿がありました。
理由を問いかける間もなく、頭の上部で三つ編みに結われた青い髪を振り乱す勢いでぐっと手を握られます。
まるで今まで氷水に浸けていたみたいに冷たい手で、びくりと震えるほどでしたが、それでもミモルは優しく握りかえしました。きっと、よほどのことがあったのです。
ミモルの知る彼女なら、次期領主として常に己を律しているネディエなら、久しぶりの再会であってもこんな大げさな態度を表すはずがありません。
部屋は書棚などの必要最低限のものが置かれたさっぱりとした空間で、いかにも彼女らしさを覚えます。
テーブルに載せられた大きな水晶玉だけが、やけに強く存在感を放っていました。
「……すまない」
ややあってようやく手を離したネディエは、唇を噛んで俯きます。覗き込むと目蓋を赤く腫らしているのが見えました。
「そういや、ヴィーラはどこだ?」
少女のただならぬ姿に別の意味で慄いていたスフレイが、ふと気付いて首を巡らせます。
主人がこんな状態に陥っているのに、パートナーが席を外しているなどありえません。一体どうしたのでしょうか。
スフレイが疑問を口にした瞬間、ミモルは友人が肩を震わせるのを見逃しませんでした。
「ヴィーラに何かあったんだね?」
「……いなくなったんだ」
か細い声に、えっと三人共が声を上げます。いなくなったとはどういう意味でしょうか。
「俺が出て行ったあとだよな。だったらここ二日くらいの話だろ。ちょっと出掛けてるだけじゃねぇの」
彼女は強く首を振って呑気な男を睨め上げました。
「私に何も言わずにか?」
「ガキじゃあるまいし、あいつにだって色々あるだろ」
「そういうものじゃないのよ」
むしろ呆れ気味の彼に応えたのはエルネアです。そっとネディエの背中に触れ、優しくさすってやります。
その手つきにヴィーラを思い出したのか、少女は再び床を見つめて閉じた目に力を込めました。
「離れずに仕え、守るのが私達の役目なの。勝手に消えるなんて……特にあのヴィーラに限ってありえないわ」
「私もそう思う」
エルネアとの付き合いも長くなってきたミモルも、深く頷きます。天使ほど心強い護り手はいないのです。
「一昨日の夜には確かにいたんだ。いつもと同じように挨拶をして別れて……翌朝には姿が見えなかった。おかしなところなんて無かった、はずだ」
辺りを駆けずり回って呼んでも、相手の心へ思い切り叫んでも、返ってくるのは静寂ばかり。
おやすみなさいと微笑んだヴィーラの顔が、くっきりと脳裏に焼きついています。
ミモルがこうして訪れるまで、何度も何度も頭の中で再現しては、気付けなかった自分を責めていたのでしょう。
「無理もないわ。私達は魂の片割れ同士だもの」
ミモルは友人をしっかりと立たせました。強く支えていないと今にも頽れそうです。でも、安っぽい気休めは口にする気も起きませんでした。
「一緒に探そう」
「もう、この塔にはいないでしょうね」
ミモル達は客間に移動し、今後を話し合うことにしました。そこは明るい色調にまとめられた部屋でした。
街が見渡せる窓辺にかけられた淡い色のカーテンにも、四角いテーブルに備えられた向かい合わせのソファにも、小さな花がふんだんに刺繍されて、まるで花畑のようです。
本当なら、今頃はここで景色を眺めながら談笑しているはずでした。けれど、運ばれてきた高そうなカップの中で揺れる薔薇色の水面に、それぞれが憂いの表情を映しています。
鼻孔をくすぐる魅惑的な香りがどんなに漂っても、気持ちは沈む一方でしかありません。エルネアの呟きに、ネディエも黙って頷きます。
塔の者達が総出で探しても見つからないのだから、街の中にいるのかさえ怪しいものです。
「ルシアさんは?」
「必死に探してくれてる」
ヴィーラの失踪がいよいよはっきりしてくると、ネディエの叔母であるルシアは顔色を青くし、睡眠もとらずに水晶を覗き始めました。
「彼女にとっても、ヴィーラは大事な存在のはずだもの」
「そりゃ、この地を守護してる天使だからだろ」
ひとり、陰気な空気を吸いたくないと窓辺に立ち、外に視線を送り続けていたスフレイが振り返ります。
「恩恵を受けていた分、領地の活気が落ちる。領主としちゃあ困るだろうぜ」
「それだけじゃない」
ばっさりと斬るような言い様に、ネディエは顔を瞬時に赤らめました。
「じゃあ何だ。大事な姉さんの代わりだからか」
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