第二十二話 つかいの帰還
「ティストの体を乗っ取ったひとが操っていた人達だって、私達と同じくらいの能力があったでしょ」
触れる物を消したり、空間を切り取ったり。常人を超える力を発揮してみせた彼らは、十分に脅威でした。
対抗し切れなかったからこそ、復活を許してしまったのです。
「封印される間際に自分の力を残したんだよね。そんな真似が出来ちゃうひとがまた復活したのに、世界はまだ存在してるよ」
エルネア達が黙り込んでいるのを見て、ミモルは目線を町の外へと投げました。
「あのひと、もしかして――自分で封印、いつでも解けたんじゃないかな」
返事はありません。二人は硬直し、思考は表面で空回りしていました。ミモルの意見は彼らの価値観を根底から覆すものでした。
ナドレスは揺れる視界を振り切ろうと頭を揺すります。
「そ、そんなの暴論だ。ただのあてずっぽうだろ」
そうであって欲しいと願う響きが、多分に含まれていました。
「……操られていた時に感じたの。私を縛る見えない糸から伝わってきたのは、底なし沼に沈んでいくような悲しみだった。私自身が怒りに駆られていたから、違いはすぐに分かったよ」
王が自分から家族を奪った犯人かもしれない。ティストは両親の仇の息子なのかもしれないと、疑う心が膨れ上がってどうしようもありませんでした。
「敵の力の源が復讐心だったら、もっと同調してた。きっと、今ここに座ってなんていられなかったよ」
話しているうちに、あやふやで掴みどころのなかった考えが形を持ち始めます。言葉にすることで、疑惑ははっきりと胸に刻み込まれます。
ミモルは突然、スープ皿を両手で持ち上げて一気に飲み干しました。急に空腹を感じて、ナイフで切るのももどかしそうにがつがつと食べ始めます。
「何かがおかしいよ。どこかで間違ってる」
「み、ミモルちゃん?」
あまりのことに呆気に取られていると、少女はひとしきり食事を胃に詰め込んでから「ティストを助けたいの」と言いました。ナドレスは目を見開きます。
「なんの目的で動いているのか、さっぱりだけど。確かなのは友達を助けたいってこと。それだけは変わらないよ」
カチン、とフォークを置いて決意を告げます。エルネアは丸くしていた瞳をふいに細めました。
「どうやら難しく考え過ぎていたみたいね」
あなたはどう? と、目で問われたナドレスも、頭をくしゃくしゃとかき乱します。ふっと口元を緩ませました。
「俺、こっちに来てから無力感に苛まれっ放しだった。ムイにはどやされるし、エルネアにも活入れられてばかりでさ。一人前になったつもりだったけど、もっと学ばなきゃいけないことがいっぱいあるみたいだ。そのためにも、まずはティスト様を助け出さなきゃな」
「うん」
二人の笑顔を見ていると、ミモルもどんどん元気がわいてくる気がしました。
「考えはまとまったのか?」
ノックもなしに入ってきたのは、先に食事を済ませたスフレイです。
彼の立場は捕虜に等しいものですが、敵側からすれば与えられた役目を終えたいわば用済みの男です。
本人も気だるそうに「後は勝手にやってくれ」と言うので、目に見えての拘束だけは解いてやっていました。
「そろそろ解放してくんねーかな。何もしやしないからさ」
「アホか」
ナドレスが口を荒げて立ち塞がり、睨みつけます。
「ふん、出て行きたければ勝手に行け」
出口はあちらだと言えば、今度はスフレイが「あのな」と突っかかりました。
「お前が変な術をかけるから、出ていけないんだろうが」
「変な術?」
ミモルが問いかけると、エルネアが説明してくれました。
「宿と彼に結界を張ったの。宿には邪悪な者が寄ってこない結界を、スフレイには力が外に出ない結界をね」
つまり、スフレイの「体」ではなく「力」が拘束されているというわけで、今の彼はただの人と同じなのです。
「でも、普通に暮らすなら問題ないんじゃないの?」
「二つの結界が相反するように組んであるんだ。宿から出ようとすると弾かれるようにな」
「くそっ。分かってて『勝手に行け』とか言うんじゃねぇ。それでもお前、天使なのか? つか、そんな力を持ってるなら、どうして俺とやりあってる時に使わなかったんだ」
今度はナドレスがむっとなって言い返しました。
「この術は仕掛けるのに時間がかかるんだ。だからお前もあの時、俺に声を出させないようにしてたんだろ」
「ん? あぁ、そーいやそーだっけ」
「~~~~!」
二人とも相当沸点が低いのか、一触即発の空気が流れます。宿を破壊し始めそうな勢いです。
「まるで子供の喧嘩ね」
止め処ない応酬を一言の元に斬って捨てたのは、扉に立つオレンジの髪の少女でした。
「ムイ! 帰ってきたんだね!」
「ただいま。一体何なの? 廊下まで丸聞こえじゃないの。いつからここは託児所になったのよ」
呆れ顔を隠そうともしていません。そんな相変わらずの歯に衣着せぬ物言いから、別れる前の疲れた面持ちから脱したことが感じられて、ミモルは嬉しくなりました。
「おかえり。……あのね、聞いて欲しいことがあるの」
真剣な表情に、ムイが一瞬驚き、頷きます。出会ってからまだ数日と経たない間に、ミモルの中で何かが確かに変わったのを見たからでした。
椅子を寄せて5人は座り、今しがた話し合った意見を共有します。
敵の狙いが、世界をどうこうするのとは別のところにあるのではという彼女の考えには、ムイやスフレイも衝撃を受けました。
「それって、神々の言葉に真っ向から対立するってことよ。分かってるの?」
詰問されてミモルは怯みかけましたが、ややあって、逆に疑問をぶつけました。
「おかしいと思うのは、そんなにいけないこと? まだ知らないことがきっとあるはずだよ。それを突き止めなきゃ、今回の事件は解決出来ない気がする」
真正面から返ってきた決意に、神の使いは地面がぐらつく感覚を覚えます。今は、少女を論破するだけの手持ちなどありませんでした。
「ちょっと待てよ。じゃあ何か? 俺はその『真の目的』とやらのために、ただ利用されただけだって言いたいのかよ」
「まだ判断するには材料が足りなさ過ぎるわ」
きつく問い詰めるスフレイは、今にもミモルに掴みかかりそうです。それをエルネアが目で制しました。
ぶつぶつ文句を言っていた彼はやおら立ち上がって、「拘束を解けよ」と言います。
「何だと。野放しにするわけが――」
「違ェよ。……俺も行く」
『?』
「利用するだけしておいて、見返りもなく捨てようって馬鹿野郎には、一発喰らわせてやらなきゃ気が済まねェからな」
「協力してくれるってこと?」
ミモルは信じられない思いで訊ねました。事が決着を見るまで宿に留めておくべきか、見張りも兼ねて連れ歩くか。思案していたところだったからです。
「あくまで自分のために、だ。まだ当初の予定通りって線も消えたわけじゃねぇからな。もし計画に変更ナシっつう展開なら、俺は傍観者に徹するだけだ」
ナドレスが忌々(いまいま)しげに口を開きかけ、ムイアのひと睨みで慌てて噤みます。これ以上、生産性のない会話で時間を浪費するなとその目が語っています。
「じゃ、連行でキマリね。言っておくけど、少しでも妙な真似したら生きているのが嫌になる思いをさせてあげるから」
「『連行』か。つくづく、この世に神の慈悲はないらしいな」
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