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扉の少女  作者: K・t
第七章 さいごの審判
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第三十一話 雷とのそうぐう

 進路を変えたのは、中腹に差し掛かった頃でした。道が二股に分かれ、一方は山の向こうへ、もう一方は頂きへ続いています。

 しかし、頂上への道は縄で封鎖されていました。きっと雪で危険な時期だからでしょう。


「急ぐ事情がなければ、もっと良い頃合いを見計らうのだけど」


 疲労を隠せない少女を見つめる瞳の、その睫毛が震えています。


「登るんでしょ? まだまだいけるから」

「……えぇ」


 握った手に力をこめ、刺すような寒さにも関わらず汗を滲ませるミモルが笑いかけました。縄をくぐり、二人は立ち入り禁止の山中へと入りました。


 すぐに鼻先に白いものが触れるようになります。ひやっとした感触に思わず目を閉じた、その一瞬に、それは溶けて消えました。


「雪だ……」

「滑るわ。気をつけて」


 短い草が絨毯状に広がる上に、更に白い布が覆いかぶさっています。

 ちらほら程度だった雪が、奥へ行くほどに量を増しました。息も、白く吐き出される前に凍りつきそうです。


 足音がざくざくという小気味良いものに変化し、埋まる感触も強くなってきました。


「あそこで休みましょう」


 二人は数時間登り続け、やがて山肌にぽっかりと開いた大きな穴を見つけました。覗いてみても、何か居る気配はなく、吹雪き始めた山中よりは安全のようです。


「暖かい」


 入って、最初に感じたのがそれでした。風が届かない奥まで歩き、崩れるように座り込みます。


「体が冷え切ってしまったのね。こんな時は、火の精霊の力を借りられれば良いのだけれど」

「火の精霊?」


 ぴったりと寄り添うパートナーの口から零れた言葉を、ミモルが問い直しました。これまで水、風、光、闇の精霊と契約を交わし、今は雷の精霊に会おうとしています。


「エル、次が最後って言わなかった? 雷の精霊と契約すれば終わりだって」

「そうね、そろそろ話すべき頃合いね」


 エルネアは一呼吸置いて話し始めました。

 風の音は一層強く、洞窟に反響して幾重にも聞こえてきますが、不思議と彼女の静かな語りを邪魔することはありませんでした。


「雷の精霊・サリアと契約を交わすと、あなたが力を与えられるに相応しいかどうかを選定する者が現れるの。それが、火の精霊――フィアよ」

「選定……って? 私は何をしなきゃいけないの?」


 相応しいかを試される。つまり、相応しくなければ力は得られないということです。

 マカラとの約束を破るところか、ダリアの身も自分達の命さえ終わりになってしまいます。必死なミモルを落ち着かせるように、エルネアは肩を優しくでました。


「何もしなくていいの。選定の材料は、契約に至る旅そのものだから。ここに来るまでにあなたが何を感じ、何を失って、そして得たのか……それを見せるだけ」


 少女は安心するどころか深く項垂うなだれてしまいました。


「私、何もしてない。エルやネディエやみんなに助けられてばっかりで。そんな旅をしてきたって知られたら、相応しくないって太鼓判を押されちゃうよ」

「ここまで頑張ってきたのはあなた自身よ。私はただ、その手伝いをしただけ」


 言いながら、エルネアは登山の途中で拾った木を取り出して手際よく火をつけました。ぱちぱちとぜる音が、外からの寒さを跳ね除けていくようです。


「もう日が暮れるわ。明日の朝、頂上へ向かいましょう」



 吹雪は一晩のうちに納まり、二人は予定通り出発しました。


「良く眠れた?」

「……夢を見た気がするけど、忘れちゃった」


 寝ずの番をしてくれたエルネアが問いかけると、ミモルも頷きます。心が沈んで眠れないかとも思いましたが、体の疲労が十分に彼女を意識の底へ連れて行ったようです。


「頂上へ着いたら、旅も終わりになるんだね」


 いずれにしろ、進むしか道は残されていません。今朝、目が覚めてそのことに気がついたミモルの顔には、昨日のかげりとは打って変わり、決意が浮かんでいました。


「えぇ。みんなで帰りましょう」


 洞窟から頂上へはさして距離もなく、言葉少なに歩けばすぐに到達することが出来ました。

 硬くなった雪だけが積もった、何もない場所です。景色が開け、眼前には山々の峰が、眼下には通り過ぎた町がぽつんと見えました。


「出てきて、サリア。私の主を連れてきたわ!」


 エルネアが張り上げた声が、洞窟の中に居たときとはまた違った反響をしてみせるのを聞いて、ミモルはこれが「山びこ」なのだと知ります。


「!」


 急に、吹いていた風が止みました。途端、凄まじい光が目に飛び込んできて、思わず目を閉じ耳をふさぎます。


『私との契約を望む者?』


 顔を上げます。そこには茶色の長い髪を風になびかせた女性が浮かんでいました。緑の瞳には、これまで出会ってきたどの精霊よりも、ずっと濃い野性味が宿っています。


「あなたが雷の精霊・サリア? あの……っ!?」


 ぱりっ、と何かが弾ける音がして、ミモルは伸ばしかけた手に鋭い痛みを感じました。火で焼かれたような、熱い痛みです。

 見れば、雷の精霊と思われる女性の全身に、青い膜のようなものが張り巡らされていました。


『この身は常に空の力を宿している。契約を望むというなら、私の手を取りなさい』


 破裂するような振動が鼓膜を震わせます。ちょっと近寄っただけであれだけ痛みを感じたのです。触れたらどんなに辛いか、ミモルは恐怖を感じました。


「……わかった」


 驚きを顔に浮かべたのはサリア本人です。


『本気? この手を掴めば雷に貫かれて死ぬかもしれないのに?』

「死なないよ。エルが引き合わせてくれた精霊が、私を殺すはずない」


 言葉を言い終わる前に、少女の小さな手と、健康的な肌色をした女性の手はしっかりと繋がっていました。


『こんなにためらいのない相手に出会ったのは久しぶりね』


 痛みはありませんでした。見れば、サリアは満足そうに笑っています。

 勇気を出しながらも恐れを抱いていたミモルは、なんともないことに安堵のため息をつきました。


『以前、私を恐れなかった少女も、あなたを信じていた』

「……チェクのことを言っているの?」


 呟いた天使が、顔を歪めてこめかみを押さえます。


「大丈夫?」

『先に契約を。この手を離しては駄目』


 駆け寄ろうとしたミモルの手を、精霊がぎゅっと引き寄せて制止します。

 間もなく、全身にしびれのような何かが走りました。これが雷を受け入れることなのかと思い至るまでに、時間はさしてかかりませんでした。

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