Ⅵ
「え、ちょっと?」
アリアは困惑しているが私は気配を追ってお社の外まで走っていく。しばらくの間気配は床下にいたが、追いかけっこをしていても埒が明かないと思ったのだろう、やがて月明りの下に一人の人影が走り出た。人影は両手に短剣を抜く。月明りに二本の短剣がきらきらと光った。私は人影に向かってゆっくりと剣を構える。
相手を観察すると十代ほどの軽装の女だ。半袖の上着にスカートという軽装だが要所要所に手甲や脚甲などの防具をつけている。構えには油断がなく、先ほどの隠密も見事だった。
「あなた、目的はあの実?」
「それ以外に何があると?」
女はにやりと笑う。しかし目つきは油断ならない。別に私が殺し合う必要はないが、放置しておけばアリアから実を奪うかもしれない。ちょっと時間をかければアリアは実を母親にあげるだろうか。でも、今は夜だしさすがに夜中に叩き起こしてという訳にはいかないだろう。迷っていたつもりだがいつの間に実をどうするかは決まっていたようである。
「ちょっと明け方まで私とお茶する気はある?」
「こんな時間にナンパなんて非常識ですよ?」
彼女は私を見てくすりと笑う。私は少しだけ体を沈ませる。女が動く。右手の短剣が消える。そうか、体の影に隠して月光が当たらないようにしたのか。女はまっすぐに私に近づかずに、円を描くようにその場を動き回る。
しかしその円の大きさは一定でなく、動きは読みづらい。だが、女が次にどこに向かうか分からなくても斬ることは出来る。女が動くまでに突けばいいだけのことだ。後は彼女が間合いに入るのを待つだけ。
不意に彼女の右手に光が現れる。女はまだ私の間合いに入っていない。ということは。私は溜めていた力を吐き出すように光に向かって剣を突く。短剣は女の手を離れて飛翔する。キン、と甲高い音がして短剣は弾き飛ばされる、と同時に女が私の間合いに入る。来た。
私は剣を引くと左手に向けて再び突く。それを見て女の顔に驚愕が走る。突きをほぼ同時に二回繰り出すとは思わなかったらしい。カン、と音がして光るものが女の手を離れて飛んでいく。私はそのまま三度目の突きを女の喉元に向けて突き出す。そこで女は両手を挙げる。
「はいはい降参降参。無理無理、強すぎですよもう」
女は観念した表情でたたずんでいる。私は喉元に剣を突き付けたまま尋ねる。
「あなたの名は?」
「シルア」
「なるほど。シルア、諦めてくれたかな?」
はいと言われたら解放するのだろうか、と自問しつつ私は尋ねる。
「諦めるどころじゃないですよ。勝てる気が全くしませんもん。ていうか、あなたはいいんですか?」
「何が?」
「何がって実に決まってるじゃないですか。あなたも実をとりに来たんですよね?」
シルアはまっすぐな瞳で私を見つめる。欲しいものは奪ってでも手に入れる。そのために実力をつける。おそらく彼女はそのような思想の持主なのだろう。それゆえ私のやり方に疑問があるのだろう。ただ、それ以上に彼女の瞳には何か強い気持ちを感じた。例えば、私に何かを期待しているような。それが何なのかは分からないけど。
結論が出ているとは言っても私も自分の中に迷いも葛藤もある。でも、出来るだけそれを表に出さないように答える。
「あの娘には病気の母親がいる。私は今のところ健康。理由はそれだけ」
「!?」
私の答えを聞いた時、シルアはどこかほっとしたような何かを決意したような表情になる。
「ということで分かってもらえた? 分かってもらえてなければ夜明けぐらいまでずっとこうしてるけど」
「分かりました。あなたはどうしようもなくお人好しだということが」
あまりお人好しと言われても嬉しくはない。
「そこはとても優しい人だ、とかそんな感じで言って欲しかったんだけど。それでどうする?」
「分かりました。実は諦めるのであなたを下さい」
「は?」
こんな時間にナンパするのは非常識なんじゃないだろうか。私は困惑する。困惑する私をよそにシルアは私をまっすぐに見つめながら言葉を続ける。
「私は単にお金のために実を探してたんですが実なんてどうでもよくなりました。この世のものとは思えない剣の腕。一生に何度も出会うことのない生命の実をあっさり譲っちゃうところに憧れました。ご一緒させてください」
彼女は割と真剣な表情で言う。直感的に私は彼女が全てを語ってないような気がする。と言ってもそれがどういうことなのかはよく分からないが。ただ、命乞いにしては手が込んでいる。それに私が命をとる気がないことは彼女なら分かるはずだ。
でも、この世界に詳しくない私に道連れが出来るならそれはそれで嬉しい。それに彼女にどんな目的があるにせよ、彼女が私に不利益を与えてくることはないはずだ。何せ私は何も持ってないのだから。それにこの世界で恨みを受けていることもない。こうして私は不可解ながらもシルアを受け入れることにした。
「いいけど、私について来ても何もないよ?」
「いいですよ、私はただあなたを尊敬しているだけなので。それで、お名前は?」
そんな手放しで尊敬されても困るんだけど。彼女には裏があると思った方がむしろ落ち着く。
「沖田総司」
なぜか私は本名(?)の方を口にしていた。自分でもなぜかは分からない。
「……聞きなれない名前ですね。とりあえず沖田さんってお呼びします」
「うん。それで早速なんだけどシルア、私と行動を供にするなら知ってもらわないといけないことがあるんだけど」
「え……なんですか? 実を探してるってことはもしかして……」
いや、それもそうなんだけど。とりあえず今はもっと直近のことかな。
「今晩の寝床をなくしたんだけどどうしたらいいかな」
「え? 何でですか?」
「だって私、さっきの娘の家に泊めてもらってたんだよ? 今戻ったら彼女、私に気兼ねして実を母親に食べさせてあげられないでしょ」
「そんなお人好しな!」
シルアが愕然とする。まあ自分でもそう思うけど。
「私だって盗みにこの村に来たのに宿なんてとってるはずないじゃないですか」
「確かに!?」
こうして、私の異世界一泊目の夜は野宿になったのだった。
第一章、終わり