Ⅳ
その後私はお風呂をいただいたり、アリアの話を聞いたりした。アリアの父親はそこそこ名の知れた魔物ハンターだったが、ある日強敵と戦って帰らぬ人となった。
幸い蓄えはそれなりにあったものの、子育てと生計を両立させようとした母は、過労がたたって寝込んでしまったらしい。体力が落ちたところに病をもらってしまい、村の医者も首を横に振っているという。
「でもすごいね、そんな状況で一人で家を支えているなんて」
人を斬る以外のことはしてこなかった私は感心する。
「いえ……。蓄えも薬もあとどれくらい持つやら……」
アリアは肩を落とす。正直、通りすがりの私にはなんて言葉をかけていいやら分からなかった。薬は高価だろうし若い娘一人で二人分の食い扶持を稼ぐのも大変だろう。ただ、そもそもまず私自身の生計も寝床もない状態で他人の心配をしようというのがおこがましいことに気づく。私が重苦しい気持ちになっているとアリアはぱっと顔を上げた。
「すみません、助けていただいたのに嫌な気持ちにさせてしまって。でも実は治るかもしれない方法があるんです。だからそれを試してみようと思います」
アリアは何か重大なことを決意したような表情で言う。治るかもしれないという割にはあまり明るい表情ではない。
「本当!? それは良かった」
そう言いつつも私は疑問に思う。普通、そんな方法があるならすぐ試しているはずだ。試していないとしても、ああいう話し方にはならない。もっと明るい話し方になると思う。ということはそれは何らかの問題がある方法ということになる。危険が伴うか、副作用があるかもしれないのか、それとも倫理的に問題があるか。でも、アリアの決断に私がいいとか悪いとか言う筋合いはない。私に出来ることがあるとすれば。
「ねえ、もし危険があることだったら私も一緒に行くけど」
が、アリアは首を横に振った。
「ありがとうございます、でも危険とかはないですから」
私に他人の嘘を見破る力はないけど、アリアの表情からは嘘をついている雰囲気は感じられなかった。というか、病気の母親を助けるためなら私への申し訳なさとかにこだわらずに私に助けを求めてくる気がする。だからやはり剣の腕で何とかなることではないのだろう。まあ、普通病気の母親を治すのに剣の腕は必要ないか。私は少しばつが悪くなる。
「さて、寝ようと思うけど布団だけ貸してもらえない? 私床で寝るから」
「え!? そんな、恩人を床で寝かせるなど私には出来ません! 私が床で寝ます!」
アリアが血相を変える。そうか、こっちの人はそういう風に思うのか。
「違うの。単に私の出身地では床に布団敷いて寝てたから寝台だと落ち着かないってだけ」
「なるほど、そうだったんですね」
アリアはほっとしたように息を吐く。日本で例えるなら恩人を庭に布団敷いて寝かせるようなものなのだろうか、と思って私は勝手に納得する。
こうしてなかなか濃厚だった異世界一日目は幕を降ろし、私は眠りについた。もしかしたら人生で一番濃厚な日だったのかもしれない。いや、池田屋の時には負けるかな。そんなことを考えているうちに疲れていた私の体は眠りに落ちていた。
「いやあ、異世界一日目はどうだったかい? 楽しんでくれたかな?」
夢を見ているのだろうか。私の前を例の悪魔がふよふよと浮いている。少しイラっとしたけど聞きたいことは色々あるので出てきてくれてありがたいと言えばありがたい。
「うーん、日本とは全然違ってびっくりだった。ていうか魔物って何?」
「日本には不逞浪士。異世界には魔物。どの世界にも悪い奴はいるってことさ。見つけたら即殺してOKだよ」
一応私たちも出来るだけ斬殺ではなく捕縛に努めてはいるんだけどそれはさておき。
「そうなんだ……他にも色々聞きたいことあるんだけど」
「違う違う、君の疑問に答えに来た訳ではないんだ。ちょっと重要なことを忘れてて」
いや、違うじゃないんだが。
「重要なことって何?」
「生命の実を探せとは言ったけど、手がかりを何も与えてなかったなと思って」
「そんなのもらえるの? それなら早く欲しいんだけど!」
私はがばっと身を乗り出す。何も手がかりがないものだからとりあえず生きる手段を見つけてからのんびり探そうかと思ってしまっていたところだった。そんな私の気持ちが伝わったのか、悪魔も気持ち申し訳なさそうにする。
「ごめんごめん、おわびに一つ目は直接場所を教えてあげよう」
「え、そういうものなの?」
てっきり実を探す試練なのかと思っていた。
「要は別に実を探す過程にそんなに意味はないってことさ」
では何に意味があるのだろうか。私が口を開く前に悪魔の言葉が続く。
「それは行けば分かるよ、きっと。で、一つ目はこの村のお社にある」
「そんな近くに!?」
とは言うもののそういうところのご神体とかに生命の実が使われているのは少し納得である。守護神様にその辺の果物とかを供えるよりはよほどまともだ。
「うん。あと、私は別に七柱の神々に負けた訳じゃないから。勝とうと思えば勝てたけど、戦いでこの世界が滅びるのも忍びないって思っただけだから」
唐突に言い訳を始める悪魔。負けず嫌いか。
「知らないよそんなこと」
悪魔はひらひらと手を振った。でも、そうと決まれば善は急げだ。さっさと実を手に入れてしまおう。もたもたしていては間に合わなくなる。