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 アリアが住んでいるのは四半刻ほど歩いた先にある小さな村だった。村に建つ家々は日本とは違い、ふすまや障子、縁側などはなく建物は木の壁で密閉されていてわずかに窓がある程度だった。今は春先ぐらい(だと思う)だけど夏になったら暑そうだ。でも代わりに冬は暖かいから一長一短なのか。

「普通の村だと思ってましたがそんなに珍しいですか?」

「そ、そういう訳じゃないんだけど」

 アリスにも不思議がられてしまう。ふと村にお社みたいなものがあるのが目についた。鳥居のない神社みたいである。

「あれ? あれは村の守護神様を祀っているところです」

「へー、守護神なんているんだ」

「そうなんです、この村は特別なんですよ。作物を豊かにしてくれるし、魔物の侵入も阻んでくれるんです」

アリアは少しほこらしげに言う。なるほど、この世界にもそういう信仰はあるんだな。アリスの言い方から察するに、七柱の神とかよりももっと在地の神様なのだろう。ちなみにエリスの記憶にもないので本当にこの村独自の文化だと思われる歩いていくとアリアはいくつも並んでいる家のうちの一つに入っていく。


「お母さん、帰ったよ」

「ごほっ、アリア、お帰り」

 アリアの母親がせき込む声が聞こえる。世界は違っても私の咳と同じ病気かもしれない。そう思うと少しだけ親近感がわいた。

「どうぞ、上がってください」

「お邪魔します」


 私はアリアが靴を脱がずに家に上がったことに驚愕しながらも何くわぬ顔をして土足で家に上がる。家には台所と食卓がくっついたような部屋があり、そこを抜けると寝室があった。母親は三十代ぐらいの女性で、寝台に横たわっていて顔色が悪い。それでもアリアの姿を見ると少し嬉しそうにする。

「あら? その方は?」

「実は魔物に襲われたところを助けていただいたんだよ。旅の方らしいのでお礼もかねてお招きしたの」

「ごほ、それはアリアが、げほげほ、ありがとうございました」

 母親は寝台の上で上体を起こそうとして激しくせき込む。私は慌てて寝台に駆け寄ると母親の体を寝かせる。


「いや、私には構わず横になっていてください!」

「すみません……せっかく娘を助けていただいたのに何も出来ず……」

「いえ、私はただの旅の者なので本当にお構いなく!」

「すみません……」

 母親は申し訳なさそうにはするものの体が辛いのか、それ以上身を起こそうとはしなかった。自分のこともあるので病の人に無理に応対してもらうとかなり心が痛む。もしどうしてもと言われたらベッドに押さえつけようかとすら思った。


「代わりと言ってはなんだけど、私がご馳走するよ!」

 アリアはそう言ってくれるが、家の中と母親の様子を見た限りこの家が裕福とは思えない。私が来たからといって無理しないでくれるといいけど……。とはいえ、それを直接言うのも失礼なので私は笑顔を浮かべて答えることしかできない。

「ありがとう、楽しみにしとくね」

「はい! あ、でも準備の間暇になっちゃいますね」

「そういえば今日剣の稽古してなかったな。夕飯の前にちょっと一汗かいてくるね」

「分かりました」


 今日どころか一体何か月稽古してなかったのだろうか。アリアはちょっとほっとしたようだが私も少し一人になって頭の中を整理したい。私はいったん家を出ると、納屋に隠れて剣を抜く。見慣れない私が剣を振っているのが見られたらどう思われるか分からないし、出来るだけ隠れて稽古したかった。

 私は剣を振りながら今起こった一連の出来事を整理する。そういう夢なのか本当にそうなったのかはさておき、確かに私は違う世界に来ている。そして私の体は全快している。これはとりあえず事実だ。アリアが言うには伝説とはいえ悪魔がこの世界を作ったらしい。そして生命の実というものもあるという。アリアの反応を見る限り、かなり稀少なものと思われるけど。

ということは悪魔の言っていることは今のところおおむね合っている。でもどうやって探したらいいんだろう。ここは小さい村っぽいから江戸や京都みたいな都会に出れば分かるのかな。そのためにも出来るだけ早くこっちでのお金を稼がないと。でもこっちの世界のことはよく分からないし、私は剣しか取り柄がないからあの化物とかを倒す仕事に就くしかないだろう。


さっきの戦いで戦闘の空気みたいなものを思い出したからか、少し私の素振りにはキレが戻っていた。とはいえ寝たきり生活で体力は落ちているのだろう、すぐに息が上がってしまう。ちゃんと毎日鍛えないと、と思っているとちょうど夕飯が出来たと思われるいい香りがしてきたので私は素振りを打ち切って家に戻った。


 アリアが作った夕飯は私には見たことのないものばかりだった。小麦粉を練って焼いたと思われるふかふかしたパン、汁が白く肉や野菜など具がたくさん入ったスープ、そしてシャキシャキした野菜をあえたサラダ、飲み物もエリスの記憶にはあるけど私は初めてなコーヒーだった。

 私が料理を見て目を丸くしていると、アリアは照れたように頬を赤らめる。

「そ、そんなに大層なものではないのですが……」

 そこで私は料理を見て固まってしまっていたことに気づく。

「ち、違うの、いや、違くはないんだけど何というか私の故郷の料理とは全然違うなと思って」

「え、すごい普通のものを作ったつもりですが……」

 アリアは困惑している。それを見て私の方まで動揺してしまう。どうやったらこの感じをうまく伝えられるんだろう。

「うん、私の故郷はまず主食が違うからね。米っていう……いや、それよりもまずは食べよっか」

 この世界に米という食べ物が存在するのかどうかすら怪しいな、と思った私は話題を変えることにする。

「はい、食べてください」


 アリアの作った食事はどれも新鮮な味がした。サラダはみずみずしい食感の野菜に香ばしいドレッシング、スープは肉や野菜が柔らかく煮込まれていて口の中に入れるととろとろととろけた。まろやかな白いスープとも合っている。主食と思われる食べ(パンというらしい)はふわふわしてほのかに甘く、スープに浸して食べてもおいしかった。飲み物は甘いけど一筋の苦みが混ざっており、飲んだことのない味だった。食べている間の私の表情の変化が珍しいのか、アリアはおろおろして食事に集中できないようだった。

「ふう、ごちそうさま」

「あの、そんなに珍しかったですか?」

「うん、そりゃもう」

「そんな反応されたことないので照れてしまいます……。これまで普通の村娘としてしか生きてこなかったので」

 そう言って赤面しているアリアは少し可愛かった。


エリスの記憶は思い出そうとすると思い出せるぐらいの記憶、ぐらいのイメージです。

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