Ⅱ
「格好いい……」
見ると私が助けた女の子がきらきらした目でこちらを見つめてくる。一瞬で五体の化け物を倒した私に憧れの気持ちを抱いているらしい。この世界では普通の顔立ちだけど、どちらかというと日本人というよりは西洋の女の子に近い。服装は簡素なワンピースだった。近くに彼女が積んでいたと思われる薬草のかごが落ちている。すると彼女ははっとしたように私を見る。
「す、すみません、お礼が先ですよね。このたびは助けていただき本当にありがとうございました。あ、私、アリアって言います」
そう言われて私は少し困る。案外、「悪魔に呼ばれてやってきたんですよー」とか言ったら「ああ、あなたも何ですね。最近よくいるんですよそういう方」みたいになるかもしれないが、もし「悪魔? そんなもの信じてるんですか?」みたいにドン引きされたら悲しくなる。とりあえずエリスで名乗っておくのが無難か。何とも言えない居心地の悪さがあるけど。
「私はエリス。冒険者として旅をしている」
あんまり突っ込んだことを話すとボロが出そうなので出来るだけ曖昧に話す。
「一人で旅なんてすごいですね!」
「まあ、これでもちょっと剣には自信があってね」
良かった、この世界でも私の剣術が通用して。
あと、体調も本当に全快してる。元々不治の病をわずらっていたことは彼女に言うことでもないが、そのことが私の気持ちをかなり軽くしている。
「そう言えば見慣れない剣をお持ちですね」
「ああ、これは遠くの国で造られてる剣なんだ」
「そんな遠くから来られたんですね! 旅の目的は?」
そういえば悪魔が言ってたな。生命の実とか。少女に聞いて知ってるのかな。変な顔されないといいけど。とはいえ、生命の実を見つけないことにはどうにもならないし最悪変な顔されたら記憶喪失でごまかそう。とりあえず聞いてみないことには始まらない。
「私、理由は言えないけど生命の実を集めてるの」
病弱なのを同情されるのは好きじゃないのでぼかして話す。それに今は健康になってるし。
「生命の実!?」
アリアは驚いたような困ったような複雑な表情になる。何だろうこの反応は。もっと知らないか驚くかどちらかだと思ったけど。
「どうしたの?」
「……い、いや、珍しいものをお探しだなと」
そしてアリアは気まずそうに眼をそらす。これは単に驚いてるだけの反応じゃないな。もしかしたら何か知っているのだろうか。それとも単に寿命が延びるだけの実ではないとか? とりあえず私は他にも聞きたいことがあったので深くは追及しなかった。
「そういえばアリアちゃんは悪魔って知ってる?」
「え、悪魔って世界を作った悪魔のことですか?」
え、あいつ世界を作ったの? でも確かにあの悪魔がこの世界を作ったんなら急に私を呼び出してもおかしくはない。これだけ色々とおかしな目に遭っているのに今更おかしくない訳はないんだけど。とりあえず話を合わせよう。
「う、うん」
「あ、私知ってます。お母さん、そういう昔話とかよくしてくれるんで」
「じゃあ聞かせて欲しいかも」
するとアリアは少し嬉しそうに話し始める。
「あるところに悪魔がいました。悪魔はこの世のすべてを自在に出来る力を持ってましたが、だんだんそれに飽きてきました。何でも出来る力を持つと逆に自分で何とかならないものが恋しくなるものです」
「そんなもんなんだ」
言われてみれば、幼いころ、試衛館道場に通うまでは周りの人みんなより強くて物足りなかった。強くなりたいけど、誰よりも強くなってしまうと寂しくなる。そういうものだろうか。まあ、京都に出てからは全然“誰よりも強い”て感じではなくなっちゃったけど。
「私は何でも出来る力欲しいですよ? それはともかく、悪魔は新しい世界を作ることにしました。なぜなら新しい世界は悪魔が介入しない世界。そこで起こることは悪魔の予想を超えることのはずです。悪魔はしばらくの間、世界が発展していく様子を見て楽しんでいました。しかしやがて人々は言い始めます。『この世界を作った悪魔のせいでこんな災害が起きる』『悪魔に心があるならなぜ私の子供は非業の死を遂げなければならなかったのか』と」
「ああ、私たちが嫌なことがあると天を呪うような心境だね」
「そうですね」
うっかり言ってしまったけど、エリスの記憶をたどる限りこの世界にそういう概念はないらしい。神とか悪魔とかそういうもっと具体的な存在がいるらしい。アリアがあまり深く考えずに頷いてくれてよかった。
「でも悪魔はカッとなりました。心があるもないもこの世界には全く介入してなかったのに、と。そして自分の悪口を言う人を次々と雷で殺していきます。それに対して立ち上がったのが七柱の神々でした。彼らは三日三晩の壮絶な戦いの末、ついに悪魔を倒してこの世界に介入しないよう約束させたのでした」
「……あれ?」
「どうかしました?」
「いや、それで皆がいいんならいいけど」
何というか、神も悪魔も思ったよりしょうもない存在だということが分かった。でもなるほど、そういう感じの悪魔なら私を使ってお遊びするのも分かる気がする。私をこの世界に送り込むのは介入のような気もするけど。
「という感じです。助けていただいたお礼もしなきゃですし、今夜は私の家に来ませんか?」
「ありがとう」
そう、今の私は根無し草で一文無し。私はちゅうちょなくその提案に飛びついた。はしたないとは思うけど、いきなり飛ばされてきた異世界だし仕方ないよね。
日本人とか中国人以外にもままならないことがあったときに天を呪う人っているんですかね。
というか天って何だろう(哲学)