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「う……うーん……」

 目を開けると、目の前には抜けるような青空が広がっていた。元々寝ていたのは屋内だから今のがただの夢だったという訳ではないらしい。次に深呼吸してみる。あれほど苦しかった呼吸も今は快適だ。まるで悪魔と会っていたときと同じである。上半身を起こしてみると、どうやらここはどこかの山道らしい。時折木々の隙間から吹いてくる爽やかなそよ風が心地いい。

そこで思い出した。私はこの世界ではエリスという十七歳の少女として生きてきたのだと。エリスは若くして両親を病で失ったため冒険者という存在になった。冒険者という概念はよく分からないけど、エリスの記憶をたどったところ浪人のような感じだ。武芸を生かしてその日その日で誰かに雇われて生計を立てる。しかしそんなある日、エリスはこの付近に出た熊と戦っていたところ、不意な落石で意識を失った。そして目覚める代わりに私の意識を入れて覚醒したということらしい。

エリスはカタギではなさそうな職業に就いていた割に華奢な体形をしている。きっと顔立ちも可愛らしいのだろう。そしてこれが一番大事なのだが、腰には私の愛刀菊一文字(誰がなんと言おうと本物)がきちんと差してある。

これが悪魔の言っていた異世界というものだろうか。空気がおいしく感じるのは異世界だからか、私の体調の変化によるものか。落石を受けた右肩は痛むものの、ずっと止まらなかった咳は全くでない。

 うれしくなった私は体を起こしてみる。ずっと眠っていたからかだるさは感じるものの、異常は特にない。肩の痛みも次第に薄れていった。となれば次はこれしかない。私は愛刀菊一文字を抜く。久しぶりに抜いたせいか随分重く感じる。

「さすがに腕がなまったかな」

 ここ最近寝たきりだったとはいえ、少し悲しい。ひゅっひゅっと何回か普通に素振りしてみる。やはり体がなまっているのか私が思っているほどの切れが出ない。さらにいくつか、私が昔使っていた技を使おうとしてみるけど体がうまくついていかない。

「うーん、私一人だし、この世界に不逞浪士とかいないといいけど」

 京の街では食い詰めた浪士たちが数人で盗みたかりをしている現場に出くわすことがあった。全盛期なら何人でもかかってこいだったけど、今の腕だとちょっと心もとない。まあエリスの記憶にそれらしき存在はないが。

「きゃあああああああ!」

そんなことを考えていると遠くから叫び声が聞こえてくる。女性の悲鳴に聞こえる。とりあえず私はそちらに走った。すると背が低く全身真っ黒な背の低い者たちが一人の少女を囲んでいる。エリスの記憶によるとあれはゴブリンという魔物らしい。魔物が何なのかはよく分からないが、ある意味不逞浪士に近いのかもしれない。何をしているのかは定かではないが、良からぬことをしているのは確かだろう。

「大丈夫?」

私が駆け寄るとゴブリンたちは一斉にこちらを向く。一方の少女は私に気づくと、私に向かって助けを求める。

「た、助けて!」

少女の声は悲痛だった。その声に私は覚悟を決めて近づく。

ゴブリンたちは手に持っていた棍棒を振り上げると、しゅーとかしゃーとかよく分からない奇声を発しながらこちらに向かってくる。私は息を吸って刀を抜く。魔物というのがどういう存在なのかは分からない。ただ、そいつらから感じられる明確な敵意に私の失われていた闘志が呼び起こされていくのを感じる。それと同時に神経が研ぎ澄まされてくる。さっきまで全然動かなかった体だったけど、今ならやれる気がする。相手の殺気が空気と絡み合い、次の動きが見える。遅い。そうだ、これだよこれ。これが実戦。

気が付くと私の体は動いていた。相手の攻撃は見えているのだからそこに当たらないように動いて斬りつければいいだけだった。私は真っ黒な者たちに近づくなり刀を突く。ぐぇぇぇ、と気持ち悪い悲鳴を上げてそいつは倒れた。噴き出したのは真っ赤な血ではなく、紫色の体液だった。私にとっては人と化け物どちらが斬りやすいのかはよく分からない。

でも、迫りくる相手と本物の殺気に触れたことで私の体は覚醒した。それとも、異世界に来たことと何か関係あるのだろうか。とにかく、私の体は思い通りに動き、気が付くと周りには五つの人ならざる者の死体が転がっていた。


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