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第5話

チュンチュン


 窓の外で小鳥が囀る。

 目を開けると真っ先に眩しい太陽の光が目に入って、目を細めた。

 むくりと身体を起こすと全裸に男物のガロン、伯爵様が着ていた上品なスーツや私のワンピースは脱ぎ散らかされ、隣には半裸の伯爵様が私の腰を抱きながらスヤスヤと眠っていた。

 胸元には赤い痣が無数にあった。


「~~~っ!」


 全然記憶に無い。


「おはよう」


 目覚めた伯爵様の無邪気な笑顔。

 私は顔を真っ赤にさせて彼から遠ざかる。


 彼はニコニコと機嫌がよさそうにシャツを拾って着る。


「あ、あの……伯爵様?昨夜は……っ」


「ふふ、昨夜の君はとても可愛かった。つい無理をさせてしまったようだ。しばらくゆっくりすると良い、朝食を運んでこよう」


「!?」


 その日食べた朝食は全く味がしなかった。


「屋敷まで送るよ」


「けっ、結構です!立ち寄りたい場所もあるので、では」


「クローディア!」


 朝食を食べるなり、私は足早に伯爵様の屋敷を飛び出した。

 馬車を使わなければ徒歩1時間ほどの距離か…仕方ない。


 ダメ……。

 もがけばもがくほど泥沼に浸かってくような?

 それを悪くないと思ってしまってる自分もいる、このまま流されても良いと……。

 それではダメだ。私と伯爵様の間に待っているのは破滅しかない……。


「きゃあっ……」


 後ろから無数のりんごが転がってきた。

 振り返るとシスター姿の少女が大きな紙袋を両手に抱えていた。

 クローディアは落ちたりんごを拾ってあげた。


「ありがとうございます、すみません」


 薄紅色のセミロングヘアにパッチリとした大きな緑色の瞳に華奢な身体、クローディアよりも少し年下の可愛らしい少女。

 キラキラとしたオーラを放ってるまさにヒロインって感じの女の子……!

 それに彼女を見たことがあるわ。


「ガーベラ、さん?」


「はい……。何故、私の名前を?」


 うそ…。本当に『孤独な暗黒伯爵と闇に堕ちたガーベラ』のヒロイン?表紙の絵や挿絵でその容姿は目にしたことがある。

 本来なら現時点でオスワルド伯爵どころかクローディアとは一切接点はないはず、しかもまだ登場は早いわ。


 そういえばすぐそこに教会があったわね。


 そうだった……、伯爵様はヒーローで、この物語のヒロインは彼女なんだ。

 彼女に出逢って、オスワルドは彼女に恋をする。

 はじめからそんな設定だったのに、どうして胸の奥がチクチクするのかしら?


「何か悲しいことでもありましたか?泣きそうなお顔をしていらっしゃるわ」


 ガーベラは心底心配するような顔で見つめてきた。

 私は笑顔を作った。


「何でもないの、えっと…そう幼馴染がたまに教会のイベントに参加してるの、昔あなたと一回会った記憶があったから……私はクローディアよ」


 伯爵様が彼女に惹かれた気持ち、分かるかも。

 こんな見知らぬ女に優しげに笑いかけてくれる、親切にしてくれる良い子だもの。


「ケビンなら知ってるわ、初めまして、クローディアさん」


 いくら彼女がヒロインでも彼女もオスワルドの手によって不幸な目に遭うのよね?

 こんなに天使のように良い子なのに……悪魔によって……。


「ガーベラさん、信じてくれるのかわからないけど、私、実は占い師でね」


 突拍子も無い事を言い出した私に、ガーベラは驚いたような顔をした。


「近いうちに貴女に不幸が起きるの。酷い目に遭いたくなければ青い髪で、青い目のイケメンには要注意よ!天使のような顔をした悪魔なんだから!」


「えっと……クローディアさんの後ろにいるような方ですか?」


「え?」


 背筋が凍った。

 恐る恐る後ろを振り向くと、いつもは常に堅苦しい服装をしているのに今はラフなシャツ一枚にストレートパンツ姿の軽装の伯爵様がいた。

 慌ててクローディアを追い掛けて来たんだろう。


「---!」


 運命の2人が、出逢ってしまった。

 伯爵様はガーベラを凝視している。

 何故か胸がズキっと鈍く痛んだ。


「クローディアさんのお知り合いですか?」


「えっと……」


「はじめまして、お嬢さん。クローディアの婚約者のオスワルドと申します」


「えっ……領主様!?おっお目にかかれて光栄です!そこの教会でシスターを務めています、ガーベラです」


 ヒロインはぺこぺこと萎縮するように礼をした。

 このどこか儚げで庇護欲をそそる少女に、伯爵様は一目惚れしたって独白が小説にあったわね。


 小説じゃなくてリアルの伯爵様は優しくて気遣いも欠かさず良い人そうだ。とても狂気を感じない。今の彼ならきっと大丈夫?

 それにヒロインとヒーローだけあってお似合いの2人だわ。


 私は当て馬にもならない死ぬだけの脇役、邪魔しちゃいけない……。

 それを今思い知った。


「伯爵様、本当に大丈夫です。一人で帰れますから、さ、さようなら!」


 目頭が熱くなって来た私は2人に踵を返し、走り去った。

 伯爵様が驚いたように私の名を叫ぶのが背中に聞こえる。

 でも構わず走った。


 涙が滲んできて人の目もあるので路地裏に隠れた。


「ふう、何で泣いてるのよ、私」


 ゴシゴシと目をこすった。


「居たぞ、お前がクローディアだな」


「へ?」


 突然背後から男に取り押さえられた。

 また1人、また1人と柄の悪そうな男達が路地裏に現れる。

 この辺りにいるチンピラだ。


「悪く思わないでくれよ?こっちは金もらってやってんだからな」


 男が差し向けた短刀の刃が頰に当たり、ひやりとする。

 固まっているうちに手足を縄で括られた。


「金?え?……何で……私?」


「声出すんじゃねえ。さあな?そんな可愛い顔して怨みを買うような真似でもしてたんじゃねえの?」


「そんな事……あるわね……」


 心当たりがあり過ぎで彼らの雇い主の検討もつかないわ。

 大きな麻袋の中に入れられて、荷馬車に乗せられた。


 今はともかく、以前のクローディアは性格がかなり悪くて性根も腐ってて、あちこちで敵を作ってはトラブルを起こしていた。

 噂が広がったのも、もともと彼女が悪名高いせいだ。


 伯爵様と結婚しようがしないが、どのみち死ぬ運命なのね?

 どうせ死ぬ運命なら……瞬く間でも良い、彼と過ごしていたかった。

 こんな薄汚い悪党どもに殺されるくらいなら、オスワルド様に殺されたかった!

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