娘の友達はプレゼントを選びたい
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──娘の友達はプレゼントを選びたい
「プレゼント決まった?」
「まだー。クラリッサちゃん、何なら喜んでくれるかなあ」
クラリッサの誕生日が近づく中、ウィレミナとサンドラがそんな言葉を交わしていた。彼女たちが悩んでいるのはクラリッサへの誕生日プレゼントだ。
何せ、クラリッサは毎年山のようにプレゼントを受け取っており、下手な品を贈ると見劣りしてしまう。それにウィレミナとサンドラも自分たちの誕生日にはクラリッサからとても高価な品を贈られているのである。
友達としてはなんとも悩みどころである。
クラリッサは真心が籠っていればなんでもいいよと言ってくれているが、その言葉を額面通りに受け取っては大恥をかきかねない。何かしらの価値のある品を、自分たちのお小遣いで買える範囲で準備しておかなければ。
「なあ、ちょっといいか?」
「フェリクス君。どうした?」
ウィレミナとサンドラが頭を悩ませているのに、フェリクスが話しかけてきた。
「クラリッサの誕生日プレゼントってどんな品を贈ってるんだ? 俺よりそっちの方が付き合いも長いし、詳しいだろ? 参考までに意見を聞かせてくれ」
「あたしたちもそれを悩んでいるのだよ」
どうやらフェリクスもウィレミナたちと同じ悩みのようだ。
「あたしは例年通り、お菓子を贈るつもりだけど、そこそこお高い品を選ばないといけないし。この時期はお菓子屋さん巡りだ」
「お菓子か。それなら邪魔にもならずに済むな」
「形としても残らないけどね」
フェリクスがいいアイディアだと頷くのに、ウィレミナが肩をすくめた。
「だが、下手な品を贈って場所を占拠するのも問題だろう。食い物や飲み物なら、楽しむことができて、終わった後は場所も取らない。いいアイディアだと思うぞ」
「けどさあ、思い出として見るとどうよ? 何かひとつくらいは形に残る品を贈りたくない? それこそ学園を卒業した後も学園時代のことが思い出せる品とかさ」
「ううむ。そういわれるとそうだが、学園生活は後6年弱あるんだから、急ぐ必要はないだろう。それこそ学園最後の誕生日に渡してもいいわけだしな」
「それもそっかー」
フェリクスの言葉にウィレミナが頷く。
「サンドラは何にするんだっけ?」
「本。クラリッサちゃん、国語苦手でしょ? だから、本を読んで読解力を付けてもらおうと思って。けど、どんな本がいいかなーって思ってるところ。クラリッサちゃんが飽きなくて、ちゃんと最後まで読んでくれるような品がいいなって」
「この間、マフィアものの小説見かけたぞ」
「そういうのはなしで」
フェリクスが告げるのにサンドラが両手で×を作った。
「あのクラリッサちゃんがさらに狂暴になったら手に負えないでしょ。ここはお淑やかなクラリッサちゃんに育ってもらうために、いい本をプレゼントしたい。できればクラリッサちゃんの成績が目に見えて改善するようなものを」
「そんな魔法のような本があるかね」
サンドラが意気込むのにウィレミナが突っ込んだ。
「探せばあるよ。魔法……ファンタジー小説なんていいかも。最近流行の本があるんだ。クラリッサちゃんは絶対読んでないだろうし、内容も地道な努力が報われるっていう王道ストーリーだから教育にもいいよ!」
「お前、クラリッサの親みたいな発想しているな」
サンドラがナイスアイディアという風に手を叩き、フェリクスがちょっと呆れた。
「さて、フェリクス君。私たちはこんな感じだよ。なるべくなら被らないようなものを選んでね。被っちゃうと気まずくなるから」
「うーむ。クラリッサの好みって何だと思う?」
「えーっと。お金?」
「直球できたな」
確かにクラリッサはお金が大好きだぞ。
「ああ。いいものが思い浮かんだ。金だな、金」
「え。まさか現金をそのまま渡すつもり……?」
「ちげーよ。俺をなんだと思っているんだ」
サンドラが動揺するのに、フェリクスはそう告げて去っていった。
「ウィレミナさん、サンドラさん!」
次にやってきたのはトゥルーデだ。
「クラリッサさんへのプレゼントは決めた? 何にしたかな?」
「まだ未定だけど、あたしはお菓子でサンドラは本と考えてます」
「なるほど。そういう路線なのね」
ウィレミナの返答にトゥルーデが考え込む。
「私はフェリちゃんとおそろの品を贈るわ! それじゃあね!」
トゥルーデはそう告げて颯爽と去っていった。
「……あの人、あたしたちの意見聞く必要あったのかな?」
「さあ……」
トゥルーデの行動は謎であった。
「それはそうとある程度目星は付けたし、今週末買い物に行かない?」
「いいね。クラリッサちゃんには内緒で準備しないと」
というわけで、ウィレミナとサンドラは週末に買い物に。
「ところで、ウィレミナちゃん。生徒会の仕事は?」
「ジョン王太子が頑張ってるよ」
「……クラリッサちゃんとウィレミナちゃんは?」
「聞かない方がいい」
サンドラの問いにウィレミナは静かに首を横に振ったのだった。
文化祭に向けての準備はジョン王太子が必死になっているぞ。
みんなもジョン王太子を少しは労ってあげよう!
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ウィレミナとサンドラはロンディニウムの商業地区であるオクサンフォード・ストリートを訪れていた。通りには百貨店の看板などが目に見える。ここにはお菓子屋さんもあるし、本屋さんもある。なんでもあるのだ。
ロンディニウムでここを訪れれば手に入らないものはないという具合で、交易で集まった世界中の品が並んでいる。治安もよく、昼間なら女子生徒2名が買い物をしていても問題は起きない。クラリッサの誕生日プレゼントを買うのにはうってつけだ。
「まずはウィレミナちゃんの品から買う?」
「んー。そうしよっか。まあ、のんびりとやっていこう」
サンドラが尋ねるのにウィレミナがそう告げて返した。
「お昼も今日はここで済ませちゃおうか」
「いいね。悪くない」
サンドラとウィレミナは今日はショッピング気分だ。
「けど、クラリッサちゃんがいないと寂しいね」
「そだね。調子が外れるというか。ボケのない漫才みたいな感じ」
「酷いたとえだよ」
ボケのない漫才とはいったい。
「あ。あそこにいるのフェリクス君とトゥルーデさんじゃない?」
「本当だ」
ウィレミナが告げるのにサンドラがフェリクスとトゥルーデの姿が見つけた。
「フェリクス君たち! そっちもクラリッサちゃんの誕生日プレゼントを買いに?」
「ああ。ウィレミナか。まあ、そんなところだ。姉貴もついてきたが……」
ウィレミナが声をかけるのにフェリクスがそう告げた。
「フェリちゃんとプレゼントはおそろにするんだから当然じゃない! おそろ! おそろ! フェリちゃんとおそろ! ここ最近はどうしてかフェリちゃんがお姉ちゃんに冷たいから、これを機に距離を縮めるの!」
「はあ。ふたつも同じものもらったらクラリッサが困るだろ?」
「大丈夫。クラリッサさんなら私たち姉弟の絆の固さを認めてくれるわ」
「どういう自信だよ」
フェリクスが何をプレゼントするかは知らないが、クラリッサは同じものをふたつももらうことになる。困ったことに。
「そっちももう誕生日プレゼント決めたのか?」
「ある程度は。これから具体的な商品探し」
「そっか。まあ、そっちとは被らんと思うから頑張って選んでくれ」
フェリクスはそう告げるとトゥルーデと一緒に去っていった。
「フェリクス君、何プレゼントするんだろう?」
「さあ? でも、被らないらしいし、気にしなくていいんじゃないかな」
サンドラが首を傾げるのに、ウィレミナがそう告げた。
「それよりあたしたちの買い物、買い物」
「そうだね。頑張って選ばなくちゃ」
そう告げ合ってウィレミナたちが向かったのは、お菓子屋さん。
お菓子屋さんといっても100ドゥカート程度の子供でも買える駄菓子を扱っているような店ではない。1箱5000ドゥカートはする高級菓子を扱っている店である。南方から輸入した珍しい植物を使ったお菓子などが作られており、チョコレートからクッキーまでメジャーな商品がラインナップされている。
「どれにしよう?」
「クッキーの詰め合わせは?」
「去年贈ったから別のがいいかな」
「チョコレートもこの時期なら溶けちゃう心配はないね」
「そうだね。チョコレートもいいね」
飾りも綺麗で、美味しそうなお菓子が並んでるのに、ウィレミナとサンドラがわいわいと盛り上がる。店の方もその身なりのよさから、貴族の子女だろうと目星をつけて、高い品を購入していくれることを期待している。
「よーし! 今年のプレゼントはチョコレートの詰め合わせに決定ー!」
「1箱7000ドゥカートだね」
「……必要な経費だ」
貧乏少女には辛い出費だ。
「では、次はサンドラのプレゼントだね。本屋さんに行こう!」
「そうだ。百貨店の中に本屋さんがオープンしたんだよ。覗いていこう」
「いいね!」
というわけでウィレミナとサンドラは百貨店へ。
百貨店というのは最近できたお店で、様々なお店がひとつの建物の中に集まっている。ロンディニウムでは高級百貨店が4店舗ある。サンドラたちはその中の1店舗を訪れることにした。百貨店そのものは初めての経験ではないが、子供だけでは初めてだ。
「広いねえ。どれだけのお店があるんだろう」
「食材から洋服、化粧品、玩具に本まで様々なものを扱っているみたいだね」
ウィレミナが百貨店の入り口のわくわくとさせられる光景を眺めるのに、サンドラが各フロアの案内を見ながらそう告げた。
この百貨店はエレベーターも完備されており、実に近代的だ。
「ねえねえ。下着売り場、見ていかない?」
「……なんで?」
「せっかくだからだよ」
サンドラが首を傾げるのにウィレミナが押し切った。
「……ウィレミナちゃん。正直言って新しい下着は要らないんじゃ」
「非情な現実を突きつけないで」
ウィレミナの胸は初等部5年のころから成長がないぞ。
「かくいうサンドラさんはとても立派なものをお持ちで。持つものには持たざるものの気持ちはわからないか!」
「そ、そんなことないよ。平均的な成長だって」
「私は平均以下だと言いたいのか!」
「落ち着いて、ウィレミナちゃーん!」
ウィレミナはスレンダーなので、そこまで胸の大きさにこだわる必要もないだろう。
「ごほん。それはともかく、実は友達と話してて知ったんだけど、つけるだけで胸が大きくなるブラが売ってるらしいんだよね。私としてはそういうものを有効活用しながら、それなりのボディが手に入れたいところなんだ」
「それってパッ──」
パッドじゃない? と言いかけて、サンドラは辛うじて口を閉じた。
友達の夢を壊すようなことをしてはいけない。パッドでもいいじゃない。大事なのは上を目指す心だよ。そうだよ。
サンドラはそう納得してウィレミナについていった。
「うわあ。下着売り場、広い」
「でも、私たち向けのは向こうのコーナーだよ」
下着売り場はびっくりするほど広かったが、ウィレミナたち向けのコーナーは隅の方だ。他はもう少し大人の女性が身に着ける品を扱っている。
「そういえばさ」
「何?」
「シャロンさんの胸って大きかったよね?」
「うん」
シャロンはいつもは胸の大きさなど感じさせないほどに中性的だったが、この間の夏のキャンプで水着姿になった時にはびっくりするほど大きな胸を有していた。
「あれって何が原因だと思う?」
「食生活……とか?」
「食生活か」
サンドラの言葉にウィレミナが考え込む。
「やっぱり卵とかかな」
「何故に?」
「ほら、母性的な感じで。牛乳もいいかもしれない」
何を食べても胸が大きくなるという保証はないぞ。
「ウィレミナちゃんはいまのままでもスタイルいいから気にしなくていいと思うけどなあ。そんなに胸のこと気になるの?」
「気になる。最近はクラリッサちゃんさえ膨らみがあるんだよ。ぺったんこなのあたしだけだよ。これを気にしなくて何を気にするのさ」
「ま、まあ、美的センスは人それぞれだし。けど、ウィレミナちゃんが今のままでも背も高いし、体は引き締まってるし、問題ないと思うけどな」
ウィレミナがそう告げて自分のぺったんこの胸を見下ろすのに、サンドラの方は今のウィレミナのままでも問題はないように思っていた。
「それに陸上部の先輩が言ってたけど、14歳までで胸の大きさは決まるらしいんだ。だから、なんとしても今のうちに育てないと」
「それ絶対いい加減なこと言われてると思うよ」
陸上部の先輩はウィレミナを煽っているだけだ。
「で、下着売り場に来たわけですが」
「胸の大きくなる下着なんてどこにも置いてないよ」
子供用下着売り場にパッド付の下着はおいてなかった。
「むう。店員さんに聞いてみようか?」
「やめよう。やめておこう。絶対にやめた方がいい」
ウィレミナは胸の大きくなるブラというのが、パッド入りのブラだと未だに気づいていないのだ。聞いたら恥ずかしいことになってしまう。
「仕方がない。また今度探そう。それではサンドラのプレゼント選びに!」
「おー!」
ようやく路線が元の順路に戻った。
「本屋さんも広いなー」
「いっぱいあるね!」
百貨店内の本屋はウィレミナたちが想像していたより広かった。
普通の本屋ではちょっとしたスペースにぎっちりと本がひしめいているところだが、この百貨店の本屋では、そういうことはなく、広々としたスペースにたくさんの本が店頭ポップなど付けられておかれている。
「これ、最近流行りの恋愛小説だよ! ウィレミナちゃんにもお勧めしておくね!」
「へえ。どんな内容?」
「愛憎どろどろ。流血沙汰多数。毎巻必ず主要人物がひとり以上死ぬ」
「……サンドラちゃん。めっちゃクラリッサちゃんの影響受けてるな」
確かにクラリッサの好みそうな内容である。
「で、クラリッサちゃんへのプレゼントはっと」
サンドラはそう告げて歴史小説のコーナーに向かった。
「贈るのは歴史小説?」
「うん。クラリッサちゃんって歴史も苦手でしょ? エンターテイメント性のある小説で歴史が学べればいいかなって。ちょっとの誇張程度ならテストじゃ引っかからないし、最近じゃ歴史を史実のまま書いて、それでいて面白い作品もあるんだよ」
「ほへー。流石は元文芸部。詳しいね」
「まあ、それなりにはね!」
サンドラは自慢げにそう告げると歴史コーナーを漁り始めた。
「あった、あった。この本だよ。とっても面白いんだ。クラリッサちゃんも喜んで読んでくれるといいけれど」
「サンドラちゃんからのプレゼントならクラリッサちゃんも喜んで読むよ」
何の因果か。サンドラが手に取ったのはシチリー王国の歴史について記された本だった。シチリー王国。マフィア誕生の地であり、ドン・アルバーノのいる国の歴史だ。
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