娘は13歳の誕生日を祝われたい
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──娘は13歳の誕生日を祝われたい
今年も12月が近づいてきた。
12月といえば──。
「クラリッサちゃん。もうすぐ誕生日だね」
「うん。今年も誕生日パーティーをするよ。参加してね」
12月1日はクラリッサの誕生日だ。
これまでクラリッサたちは誕生日には誕生日パーティーを開いていた。クラリッサの誕生日パーティーにはいろいろとやばい面子が集まるのだが、ここ最近ではサンドラたちももうそれに慣れてしまっているようだった。
「クラリッサちゃん。今年の誕生日プレゼント、何がいい?」
「んー。好きなの選んで。事前に分かっちゃうと面白くないし」
「そっかー。じゃあ、よさげなのを選んでおくね」
サンドラが尋ねるのに、クラリッサがそう告げて返す。
「クラリッサ。誕生日が近いのか?」
「そだよ。言ってなかったっけ。12月1日だって」
「聞いてないな。俺も参加していいか?」
「もちろん」
フェリクスが加わろうとするのにクラリッサが快く応じた。
「フェリちゃんにまた別の女の臭いがするわ! フェリちゃんが女誑しになっちゃたわ! どうしたらいいのかしら!?」
「……姉貴。クラリッサはただのダチだし、クリスティンもただのダチだ。妙な勘違いはするな。というか、そこまで気にするなら姉貴も参加しろ」
「うーん。本当にただの友達? なんか怪しくない?」
「怪しくない」
疑り深いトゥルーデである。
「クラリッサさん。私も参加していい?」
「別にいいけど、フェリクス絡みのトラブルはごめんだよ」
「そんなトラブルなんて欠片も起きないわ!」
「……この間のデートのことは既に忘れ去ったのか」
この間のクリスティンとのデートではトゥルーデは大暴れだったぞ。
「じゃあ、今年はパーペン姉弟も追加だね」
「残りは参加してくれるかな?」
「聞いてみたらどう?」
例年ではサンドラ、ウィレミナ、フィオナ、ヘザーのいつもの面子が参加していた。
「ウィレミナ。今年の誕生日パーティーは参加できる?」
「ああ。もうそんな時期かあ。ばっちりいけるよ。プレゼントはあまり期待しないで」
「そういって、ウィレミナはいつもいいものをプレゼントしてくれる」
「安物だよ」
ウィレミナは毎年お菓子などをプレゼントしてくれる。安物だと本人は言っているが、有名菓子店の品である。お小遣いを頑張って捻出してプレゼントしているのだ。
何せ、ウィレミナの誕生日の時にはクラリッサが超高級品をプレゼントしてくれるので、そのお礼をしなければならないとウィレミナも必死なのだ。リベラトーレ家のモットーがモットーなだけに礼はしっかりと返さなければならない。
「じゃあ、ウィレミナも参加するとして、他はどうかな?」
「聞いてみよう、聞いてみよう」
クラリッサが首を傾げるのに、ウィレミナがそう告げる。
「ヘザー。今年も誕生日パーティーだけど参加できる?」
「できますよう。今年もみっともなくて残念なプレゼントを準備しますので、罵ってくださいよう! あの執事さんにい!」
「……普通のプレゼントを準備してくれたら、サービスしてあげる」
「分かりましたよう!」
流石のクラリッサもみっともなくて残念なプレゼントはいらない。
「さて、後はフィオナに」
クラリッサがそう考えて教室の中に視線を走らせるが、フィオナの姿がない。
「あれ? フィオナは?」
「生徒会室じゃない? クラリッサちゃんが仕事しないからフィオナさんが実質副会長やっているような状態だし」
クラリッサの問いにウィレミナがそう告げた。
「失礼な。ちゃんと仕事はしているよ。マラソン大会のスポーツくじだってきちんとこなしたし、今度の文化祭でもカジノをやれるようにちゃんと手配したし」
「うん。それは全部クラリッサちゃんの都合だよね?」
クラリッサは自分の利益がかかわっていることでしか働いてないぞ。
「ちゃんと副会長として頑張らないと、フィオナさんの負担が増えるよ」
「やむを得まい。明日から頑張る」
「今日から頑張ろうな?」
クラリッサが決心を新たにするのに、ウィレミナが突っ込んだ。
「でも、副会長ってそもそも何するの? 正直、生徒会長であるジョン王太子が死んだときの予備の役割でしょ?」
「殺すな、殺すな。副会長は生徒会長の補佐をするんだよ。ジョン王太子は来年度の予算編成とか文化祭の予算編成とかでひーひー言っていたから、助けてあげるといいよ」
「……そこは会計の出番なのでは?」
「私は決まったことを書類にまとめるだけでーす」
ウィレミナも人のことが言えないくらい仕事してないぞ。
「納得いかない」
「納得しよう」
クラリッサもなんだか不可解に思っているのだ。
「それはともかく生徒会室、生徒会室。フィオナさんにも聞かなくちゃ」
「むう……」
納得いかないながらも、クラリッサたちは生徒会室へ。
「ちーす」
「ちーす、ではないよ、クラリッサ嬢。君もちゃんと仕事したまえ」
クラリッサが挨拶しながら生徒会室に入るのにジョン王太子が突っ込んだ。
「仕事をする気分じゃない」
「いつになったらその気分になるのかな!?」
ふるふると首を横に振るクラリッサに、ジョン王太子が告げる。
「そのうち。で、君に用はないんだ。天使の君に用事があるんだ」
そう告げてクラリッサがフィオナの肩に手を置く。
「フィオナ」
「はい? なんでしょうか、クラリッサさん?」
フィオナが顔を上げた。何やら数字の並んだ書類を見ている。
「今度、私の誕生日なんだけど誕生日パーティー、出席できる?」
「もちろんです! 参加させていただきますわ」
フィオナは快諾してくれた。
「ありがとう。場所が決まったら教えるね」
「はい。楽しみにしていますわ」
クラリッサとフィオナがにこやかに微笑む。
「君たち。そういう楽し気な話をする前に仕事をしようとは思わないかな。ウィレミナ嬢もこそこそと逃げようとしないでくれたまえ」
ウィレミナは逃げようとしていたが、ジョン王太子に止められた。
「何か仕事あるの?」
「文化祭が近いのだよ。やることは山ほどある。今年の寄付金から考えて、文化祭の予算配分を決めて、招待状の手配をして、出し物についてはそれなりの精査をしなければならない。まだ出し物の精査は始めなくていいが、基準は決めておかなければ。今年も食料品を取り扱う店を出すなら、衛生の講座の準備なども必要だし……」
そう告げてジョン王太子は頭を抱えた。
「まあ、頑張って」
「頑張って、ではないよ。君も頑張るのだよ!」
クラリッサはそっと立ち去ろうとしたが、ジョン王太子に止められた。
「今年は君の提案でカジノを解禁されるのだから、そのことについても考えなければならないのだよ。カジノで不正が行われるのを防がなければならないし、カジノであまりにも高額のお金が賭けられることも避けなければならない」
「そこは自由でいいんじゃないかな」
「よくないよ! 仮にも名誉ある王立ティアマト学園の文化祭なのだから、品格を持って行わなければ。不正行為はもってのほかだし、あまりに高額のギャンブルはトラブルの種になる。そこら辺を上手く規制しつつ、自由な文化祭を実現するんだ」
「不正を学ぶものいい経験だと思う」
「よくない!」
クラリッサは大人の世界を体験させるのがいいことだと思っているぞ。
「君の提案なのだから、君も協力したまえよ。逃げることは許さんからね」
「会長が頑張ればそれでいいと思うよ」
「押し付けようとしてもダメだ。君も今日は働いてもらう。まずはカジノを出し物にする店への講座内容を考える作業を手伝ってもらおう」
「ええー……」
ジョン王太子が告げるのにクラリッサが心底嫌そうな顔をする。
「君が協力しないなら、今年の文化祭でカジノは禁止だ」
「仕方ない。これもみんなをギャンブルに夢中にさせるためだ」
「ギャンブル中毒の患者を増やすために今年の文化祭からギャンブルを許可するわけではないのだからね。そういうことが起きないように講座を開くのだよ?」
クラリッサの狙いは文化祭で稼ぐことではなく、文化祭でカジノの楽しみを知ってもらい、闇カジノの客になってもらうことにあるのだ。
千里の道も一歩より。大きなビジネスのためには小さな努力からだ。
「賭け金の制限はよくないよ。ギャンブルは賭けるのが楽しみなんだから」
「だから、それはトラブルを生むのではないかといっているのだ」
「殿下、カジノと飲食店を同時にやるというお店も出るかと思いますが──」
あれやこれやとみんなの意見が交わされ、その日のクラリッサの予定は生徒会室での仕事で埋まったのだった。
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「というわけで、カレー支部の件はもう問題ないと思われます」
「ご苦労だった、ピエルト」
そうピエルトとリーチオが言葉を交わすのはリーチオの屋敷の書斎。
ピエルトは粛清が行われ、機能を取り戻しつつあるカレー支部について報告しにやって来ていた。カレー支部は厳しい監査の目が光り、今度こそ反乱が起きないように手配されている。これでアルビオン王国に流入する薬物も減るだろう。
「ただいま、パパ」
「おう。お帰り。今日は帰りが遅かったな。生徒会の仕事か?」
「そう。酷くこき使われた。無賃金なのに。けど、カジノはできるよ」
「……なあ、何も不味いことはしてないよな?」
「……してないよ」
「なら、何故視線を逸らす」
クラリッサの視線は明後日の方向を向いていた。
「それよりパーティーだよ、パパ。ピエルトさんもパーティーだよ、いえーい」
「いえーい!」
クラリッサと一緒になって喜ぶピエルトである。
「いえーいじゃない。何のパーティーだ?」
「もう。私の誕生日パーティーに決まってるじゃない。パパってば忘れたの?」
「ああ。ちゃんとしたパーティーか」
「ちゃんとしてないパーティーがあるの?」
「あるにはある」
世の中にはいろいろなパーティーがあってその中のいくつかはクラリッサたちには早いものなのです。お父さんも昔はそんなパーティーを楽しんだものだ。
「たまにはちゃんとしてないパーティーでもいいかな?」
「ダメ。誕生日は祝ってやるからそれで我慢しなさい」
さっそく碌でもないパーティーに興味を持つクラリッサだ。
「クラリッサちゃん。今年で何歳だっけ?」
「13歳。もうすっかり大人だよ」
「お、大人とは言い難いかなー」
どうだと言わんばかりのクラリッサと反応に困るピエルト。
「そうだぞ。ピエルトの言うとおりだ。大人を名乗るはまだ早い。これからもっと慎みを持って、そして淑女に相応しい礼儀作法を手に入れて、それで大人を名乗りなさい」
「ぶー……。もうすっかり大人なのにー……」
確かに闇カジノを運営したり、ブックメーカーを主催したり、生徒会選挙で不正を働きまくったりして、そういう面だけはすっかり大人である。
「まあまあ、クラリッサちゃん。そんなに早く大人になるよりも、子供時代を満喫した方がいいよ。俺なんて今でも子供のころに戻りたいぐらいだから」
「ピエルトさんはダメな大人なんだね」
「ちょっと酷くないかな!?」
クラリッサにダメ大人認定されるピエルトであった。
「だが、そうだぞ。ピエルトはダメ人間かもしれないが、子供時代というのはいいものだ。大人を頼って、その庇護を受けてのびのびと暮らせる。大人になったら自分で背負わなければならない責任がたくさんでてくるんだ」
「……大人になったら本格的に闇カジノをするのに……」
「何か言ったか?」
「なーにも」
クラリッサは密造酒と密輸葉巻で客の神経を鈍らせて、大儲けするカジノ運営を企てているぞ。この分野ではクラリッサは既にそれなりの経験を積んでいる。
「それで、今年の誕生日パーティーはどんなのがいい?」
「リベラトーレ・ファミリーの名に恥じない派手なの。今年はパーペン姉弟が参加するんだ。彼らにリベラトーレ・ファミリーのいいところを見せておきたい」
「派手なのってなあ。それじゃあ、最上級のプラムウッドホテルにして、バンドでも呼ぶとするか。他には何かしたいことはあるか?」
「シャンパンタワー」
「シャンパンタワー」
思わず聞き返すリーチオである。
「ちょっと待てよ。シャンパンタワーやって誰が飲むんだ」
「……? 私たちだけど?」
「子供に酒はまだ10年は早い」
アルビオン王国の酒税はべらぼうに高く、大人の中でも限られた人間しか、まともな酒は飲めないのである。だからこそ、密造酒の需要が高いわけだ。そんな高級な品を子供に飲ませるなどもったいないし、そもそも飲酒は大人になってからである。
「じゃあ、ストリッパーを呼ぼう」
「お前、もうかなり適当言っているだろ」
出席者ほぼ女子の集まりにストリッパーを呼んでも扱いに困る。
「なんかゴージャス感を出したいんだよ。フェリクスに私がパートナーでいてくれてよかったって思われるような豪華さ。どんなのがいいかな?」
「それなら、プレゼントの山でも作ってやればいいだろう。今回もファミリーのメンバーが参加する。いや、ファミリーのメンバーを参加させるのは不味いのか?」
「不味くないよ。もうみんな堅気じゃないことぐらい知ってるし」
「それが不味いっていうんだよ」
サンドラとウィレミナは薄々理解しているし、フェリクスは父親の件で知っている。知らないのはフィオナ、ヘザー、トゥルーデぐらいのものである。
「まあ、いい。パーティーは例年通りだ。変わったことはなし。シャンパンタワーもストリッパーもなしだ。プラムウッドホテルで豪勢にやろう。それでいいだろう?」
「パールさんも呼ぼうよ」
「高級娼婦を誕生日パーティーに呼ぶのか」
「フェリクスに紹介したいし」
パールはまだフェリクスには会っていない。
「分かった、分かった。招待状を出しておく。他には?」
「特大ケーキ。中から私が登場する」
「却下」
何に影響されたやら、とんでもない提案がいろいろと出てくるクラリッサである。
「じゃあ、ドレスは新調していい?」
「それは構わん。準備してやろう」
「よし。飛び切り色っぽいの選ぼう」
さてさて、クラリッサの誕生日まで残り7日とちょっとだ。
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