娘はデートの様子を観察したい
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──娘はデートの様子を観察したい
クリスティンとフェリクスの約束の日が訪れた。
待ち合わせ場所はバートン・パーク。
バートン・パークといっても広いので、場所は指定してある。バートン・パークのグリフォンの噴水前という待ち合わせ場所だ。
「隊長。クリスティンさんがもう来ています」
「張り切っているね」
そして、そのグリフォンの噴水を見渡せる場所にクラリッサ、ウィレミナ、サンドラが潜んでいた。彼女たちは待ち合わせ時間15分前に来ていたのだが、クリスティンはそのときには既にグリフォンの噴水前でそわそわしていた。
「おめかししてますな」
「うん。あれ、結構高い品だよ」
クリスティンの格好はブランド物のセーターとシャツ、ロングスカートと黒タイツ。その上からコートを羽織っている。どれもそれなりのお値段がするものだと、最近お洒落に興味を持ち、服の良し悪しの分かるようになったクラリッサには分かった。
「フェリクスは遅いな」
「まだ15分前だし」
「女の子と待ち合わせるなら待たせちゃダメだよ」
珍しく真っ当なことをいうクラリッサであった。
「ん。フェリクスが来た」
「本当?」
クラリッサが告げるのにサンドラが周囲を見渡す。
「悪い。待たせたか?」
「い、いえ! 私も丁度今来たところです!」
フェリクスが手を振って告げるのに、クリスティンがそう告げて返した。
「それならよかった。で、行く店とかは決めてるのか?」
「任せてください。ばっちり調べてあります。お礼ですからね!」
フェリクスが尋ねるのにクリスティンが胸を張ってそう告げた。
「なら、早速店の方に行こうぜ。冷えたから温かい飲み物でも飲みたい」
「分かりました。ついてくるといいです!」
そして、フェリクスとクリスティンは移動開始。
「隊長。目標が動き始めました」
「適切な距離を取って追跡しよう。このことには注目が集まっている」
ウィレミナが告げるのに、クラリッサがそう告げて動き始める。
「ええー……。私たち、フェリクス君がちゃんと来るかどうかを確認するだけって話じゃなかったの? これからも尾行するの?」
「当然だよ。このままフェリクスとクリスティンがいい感じになるか興味ないの?」
「あるかないかといわれたらあります」
「正直でよろしい」
サンドラも人の恋バナには興味があるのだ。そういうお年頃である。
というわけで、クラリッサも尾行を継続。
フェリクスとクリスティンは街中をぶらぶらと歩きながら、目的の店に進んでいる。
「今日は冷えるな」
「もう11月ですからね。風邪などはひかれていませんか?」
「健康なのが取り柄だ」
フェリクスたちはそんな会話をしながら、通りを進む。
「隊長。これは脈ありでしょうか?」
「ううむ。フェリクスの方が積極性に欠ける。手が冷たくなっているなら握ってあげるとかすればいいのに。そういうところに気づかないのはよくない」
初デートでいきなり手を握れるかどうかは人によって分かれるだろう。
「手を握ったの!?」
「うわっ!? どこから出てきたの、トゥルーデさん!」
突如として声が響くのに、サンドラが悲鳴染みた声を上げる。
「静かに。まだ手は握ってもないし、キスもしてない」
「手を握ったら不純異性交遊よ。なんとしても阻止しないと」
「いや。フェリクスだって女の子の手を握ったことぐらいあるでしょ」
突如エントリーしたトゥルーデにクラリッサがなんとも言えない表情を浮かべる。
「ダメよ、ダメダメよ。フェリちゃんはお姉ちゃん以外と手を握っちゃダメ」
「無茶苦茶だ」
とことんブラコンのトゥルーデにはクラリッサもため息しかでない。
「それで、クリスティンさんはどんな人なの?」
「物凄い堅物。風紀委員オブ風紀委員。曲がったことは許さない。融通が利かない。フェリクスとは犬猿の仲だった。私とも犬猿の仲だ」
「そんな子が不純異性交遊を……。フェリちゃんの魅力が時々恐ろしくなるわ」
「私は君の頭の中の方が怖い」
トゥルーデが参ったというように肩をすくめるのに、クラリッサが淡々とそう告げた。確かにトゥルーデの頭の中はフェリクスのことでとろけてしまっている。
「コートだけで大丈夫か?」
「だ、大丈夫です。こう見えて寒さに強いのです。くしゅん!」
そして、フェリクスたちはといえばクリスティンがクラリッサたちに噂されているためかくしゃみをしていた。
「大丈夫じゃないみたいだな。これ、使えよ」
フェリクスはそう告げて自分のマフラーを外してクリスティンに投げ渡す。
「で、ですが、これではあなたが寒いのでは?」
「言ったろ。健康なのが取り柄だって。そう簡単に風邪はひかん」
おろおろするクリスティンにフェリクスがそう告げて返した。
「うわー……。ナチュラルに凄いことしてる。フェリクス君って天然?」
「あれは脈ありだね。なんだかんだで、フェリクスはクリスティンを気にかけている」
ウィレミナが目の前の光景に驚きの表情を浮かべるのにクラリッサがそう告げた。
「止めないと! フェリちゃんが一線を越える前に止めないと!」
「大人しく見守るんだ。邪魔しちゃいけない」
トゥルーデが今にも突撃しそうになっているのを、クラリッサたちが取り押さえる。
「あ。隊長、目標がお店に入ります」
「よし。私たちも追うぞ」
「トゥルーデさんはどうするの?」
「そこに縛り上げておいて」
そして、クラリッサたちはマフラーなどで手足を縛られたトゥルーデを置いて、フェリクスたちの入った喫茶店への突入を試みた。
「いらっしゃいませ、3名様ですか?」
「そ。窓際の席で」
ウェイトレスが尋ねるのにクラリッサたちがそう告げて窓際の席をゲットした。
「様子は?」
「ばっちり見えるよ。お互いちょっと緊張しているみたい」
クラリッサが問うのに、ウィレミナがそう答える。
クラリッサたちの席からはフェリクスとクリスティンの席が良く見えた。絶好の観察スポットだ。クラリッサたちはフェリクスたちに動きがないかをしっかりと観察する。
「これはあくまで礼だよな?」
「そ、そうです。他意はないです。しっかりもてなされてください」
フェリクスの確認にクリスティンがそう答える。
「まあ、そうだよな。風紀委員の優等生が俺みたいな不良と付き合ったりはしないか」
「そこまで悪い人だとは思っていませんよ。あの時も助けてくれましたし……」
「まだ気にしているのか、あの時のこと」
「気にするですよ! あんな風に助けられたら、その……」
ごにょごにょと聞き取れない声を漏らすクリスティン。
「なんて言ってるんだろう」
「聞き取れない」
人狼ハーフの聴覚でもクリスティンが何を言っているかは分からなかった。
「まあ、これで礼はしてもらったし、お互いすっきりしたな」
「え、あ、あの、その、これで終わりにするのはやめませんか?」
フェリクスがそう告げるのにクリスティンが縋るようにそう告げた。
「どういう意味だ?」
「うがーっ! こういう時は察しの悪さ発揮するのですね! 付き合おうと言っているのです! その、男女の交際関係として……」
「あー……。聞き間違いじゃないよな? 付き合いたいのか?」
「悪いですか!」
ちょっと切れ気味に応対するクリスティンである。
「いや、待てよ。俺みたいな不良と風紀委員が付き合うのは風評が悪くないか? そっちまで俺たちの仲間扱いされたら、真面目な生徒としてやっていけなくなるぞ?」
「だから、そっちが更生するです。闇カジノとも手を切り、クラリッサ・リベラトーレとも手を切るです。私が真面目な生徒に育て上げて見せます!」
「いやいやいや。俺はこのやり方を貫くぞ。他人にとやかく言われたくない」
「ダメです! 立派な生徒になって、そして私と付き合うです!」
もう押せ押せのクリスティンだ。
「待ってくれよ……。本当に待ってくれ。俺はお前と──」
「フェリちゃん! そこまでよ!」
フェリクスが何事かを言いかけた時、縛り上げていたはずのトゥルーデが喫茶店に押し入ってきた。どうやら縛り方が甘かったようである。
「クリスティンさん! あなたはいい人そうだけど、フェリちゃんは渡せないわ! フェリちゃんはトゥルーデと一緒になるの! 赤の他人には絶対に渡さないから!」
「ま、待つです! エデルトルートさんはフェリクス君の兄弟でしょう!? それこそ付き合えないはずです!」
「いいえ! 付き合えますー! フェリちゃんとトゥルーデは生まれた時から一緒なんだから! 同じ子宮で育ったこともない人は引っ込んでて! 引っ込んで!」
トゥルーデの凄い言い分である。
「ダメです! そんなインモラルなことは風紀委員として認められません! エデルトルートさんは引っ込むといいです!」
「ぶー! フェリちゃんとの交際はこのトゥルーデが許しません! 絶対にダメ!」
クリスティンとトゥルーデがお互いにわいわいと非難し合う。
「クリスティン、姉貴。そこまでだ」
そこでフェリクスが重々しく口を開いた。
「これ以上続けるなら外だ。店に迷惑が掛かっている」
フェリクスはそう告げて周囲を見渡した。
そこには困った顔のウェイトレスがどうしたものかというようにクリスティンたちの方を見ている。周囲の客も何事かというようにして見ていた。
「……恥ずかしい」
「お姉ちゃんはフェリちゃんへの愛を語ることは恥ずかしくないわ!」
しおしおしおというようにクリスティンが席に着くのに、トゥルーデは勝者のように胸を張って見せていた。
「じゃあ、姉貴は外な。騒ぐ奴は外だ」
「じゃあ、フェリちゃんも出ましょ! わざわざここに残る必要性なんてないわ!」
「姉貴は外な」
フェリクスは頑なな防御モードに入ったぞ。
「ぐすん。フェリちゃんが反抗期で悲しい。ちょっと前までは一緒にお風呂に入ったり、結婚式ごっこしたりしてたのに。フェリちゃんが反抗期になっちゃうなんて」
「そんな挑発に俺は乗らんぞ」
ちらちらとフェリクスを見ながらトゥルーデが告げるのにフェリクスはそう返した。
「その、今は一緒にお風呂に入ったりしてませんよね?」
「入ってるわけねーだろ。そろそろ出ようぜ。周囲の目が痛くなってきた」
流石のフェリクスもこのまま店に居座るのはつらくなってきた。
「支払いは任せるのです。お礼ですからね」
「そうか。じゃあ、すまんが頼む」
クリスティンが告げるのにフェリクスがそう返した。
「フェ、フェリちゃんがヒモに……」
「おい。人聞きの悪いこというなよ」
トゥルーデが戦慄するのにフェリクスがとても渋い表情でそう返した。
「で、どうするのですか?」
「そうよ。どうするのフェリちゃん!」
そして、店を出たと同時に、クリスティンとトゥルーデが尋ねる。
「どうもしない。一先ず姉貴は──」
フェリクスの視線が後方を向く。
「クラリッサ。いつまで見ているつもりだ?」
「あれま。気づいてた?」
フェリクスはフェリクスたちの後から喫茶店から出てきて、こそこそと物陰に隠れようとしていたクラリッサを捕まえ、そう告げた。
「途中からな。で、クラリッサたちは姉貴を連れて行ってくれ。邪魔だ」
「オーケー」
フェリクスの言葉でクラリッサたちがトゥルーデを捕らえる。
「待って! 待って、フェリちゃん! 話は終わってなーい!」
「いいから君は大人しく向こうに行こう」
トゥルーデがばたばたと暴れるのに、クラリッサたちが無慈悲に連行する。
「それで、話だったよな」
「そうです、フェリクス君。あなたの結論はどうなさるのですか? 付き合うのですか、付き合わないのですか」
トゥルーデが連行されて去っていくのに、クリスティンがそう尋ねた。
クリスティンは少し不安そうで、胸をどきどきさせていた。
「いきなり付き合うのは無理だ」
「そうですか……」
フェリクスの言葉にクリスティンが肩を落とす。
「だから、友達から始めようぜ。それならいいぞ」
「友達……。昇進の見込みはありますか?」
「これから次第だな」
クリスティンの問いに、フェリクスが肩をすくめる。
「では、それで。友達として一緒に学園生活を送りましょう。私が立派な模範生に育てて見せますからねっ!」
「だーかーらー。そういうのは嫌だっての。お前が俺に合わせろよ」
「ダメです! 風紀委員として取り締まるべきものはこれからもバリバリ取り締まります! 闇カジノもいつか摘発して見せますからね!」
「面倒くさいなあ、お前。だけれど、まあそれがお前らしいか」
クリスティンが叫ぶのに、フェリクスが小さく笑ってそう返した。
「俺は学園一のワルを目指す。止められるものなら止めてみな」
「うがーっ! 風紀委員をなめるなー!」
そんなこんなでふたりのデートは終わった。
頑張れ、クリスティン。君の恋は前途多難だぞ。
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