娘はデートを茶化したい
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──娘はデートを茶化したい
「フェリクス・フォン・パーペン君!」
体育祭も終わった翌週のことである。
高らかとフェリクスの名を叫んで1年A組の教室に乱入してきた人物が。
クリスティンだ。
「なんだよ、ちびっこ風紀委員。俺は何もしてないぞ」
「うがーっ! 私はちびっこではありません! それはそうとこれをどうぞ!」
クリスティンは唸り声を上げながら、フェリクスに何かを差し出した。
「……なんだ、これ?」
「手紙です、手紙! 見て分からないんですか!」
手渡されたのは便箋に収まった手紙だった。
「お前からか? お前から俺に手紙か?」
「そうですよ。って、私の目の前で開けるな―! 何のための便箋だと思っているんですかー! 私が立ち去ってから読むです! 分かったですか!」
「分かったよ。読むからとっとと出ていけ」
「言い方!」
クリスティンは唸りながらも、頬を赤らめながら教室から立ち去った。
「フェリクス。手紙?」
「ああ。ちびっこ風紀委員からな。何が書いてあるやら」
クラリッサが覗き込みに来るのに、フェリクスがそう告げて返した。
「何々。『拝啓。肌寒さが身にしみる冬隣。公私ともに年末に向けて慌ただしい時期に入りましたが、お元気でご活躍のことと拝察申し上げます。さて、この度は以前、助けていただいたお礼をしたいと思い、ご連絡させていただきます。そこで今週末、バートン・パークに集合し、お茶などいかがでしょうか。おひとりではなかなか応じがたいものだと思いますので、ご友人などお誘いください。敬具。クリスティン・ケンワージー』っと」
フェリクスがえらく畏まった感じの手紙を読み上げる。
「なんだこれ」
「お茶のお誘い?」
フェリクスが首を傾げるのに、クラリッサがそう告げた。
「どしたの、クラリッサちゃん、フェリクス君?」
「ちびっこ風紀委員からフェリクスに手紙が来た」
クラリッサはそう告げて手紙を野次馬にやってきたウィレミナに見せた。
「……これってデートのお誘いじゃない?」
「デート」
ウィレミナが声を落として告げるのに、クラリッサが繰り返す。
「デートだってさ、フェリクス」
「いや。違うだろ。デートの誘いで他の人連れてこいって書くか、普通?」
クラリッサが告げるのにフェリクスがそう突っ込んだ。
「照れ隠しなんじゃない? ひとりだと本当にデートに誘ってるみたいだから」
「照れ隠しにしては他に方法があるだろ。そもそもこんな公衆の面前で渡さずに、こっそり渡すとか。こんな場所で渡したら、それこそお前たちみたいなのに勘繰られるだろ」
「フェリクス君。放課後も決まった場所にいないし、帰る時間もまちまちだし、クリスティンさんが手紙渡そうと思ったら、こういう時しかチャンスはなかったんじゃない?」
「それでも下駄箱に入れるとか」
「下駄箱にクリスティンさんからの手紙入ってたらどうする?」
「……捨てる」
「でしょ?」
フェリクスが渋い表情で告げるのに、ウィレミナがそう告げた。
「しかし、なんだってあいつが俺とデートしようなんて言うんだ?」
「この間、助けてあげたから惚れられたんじゃない?」
「そんなにちょろいのか」
手紙にもこの間助けていただいたお礼をと書いてある。
「こらこら。女の子の恋心をちょろいとか言っちゃダメだよ。クリスティンさんも勇気を出してフェリクス君を誘ったんだから、それなりに応えてあげなきゃ」
ウィレミナはそう告げながらも、笑いながら肘でフェリクスを突っついている。
「応えるって言われてもな。俺にその気はこれっぽちもないんだが。断るか」
「断るなんてとんでもない。ちゃんと受けよう」
「……何考えている、クラリッサ」
フェリクスが手紙を折りたたもうとするのをクラリッサが止めた。
「別に面白そうだからとかこれっぽちも考えてないよ。ただ私も女の子の思いには真摯に向き合うべきだと思っているだけ」
「面白そうだからと思っているんだな」
フェリクスがそう告げるのにクラリッサはそっと視線を逸らした。
「全く。他人事だと思って、勝手に盛り上がりやがって。俺はああいう小うるさい女には興味はないんだ。クラリッサも風紀委員が相手だと困るだろ?」
「困らないよ?」
「いや。そこは困れよ」
風紀委員が身内になると闇カジノが摘発されてしまうぞ。
「とにかくこれは断る。相手にする気はない」
「えー。ダメだよ、フェリクス君。女の子が勇気を出したんだから応えないと」
再び手紙を閉じようとするフェリクスをウィレミナが止める。
「ウィレミナちゃんたち、何しているの?」
そんなこんなしていたら、サンドラまでやってきた。
「フェリクスが女の子の純情を踏みにじろうとしている」
「ちょっと待て、クラリッサ。言い方が悪い」
クラリッサが真顔で告げるのに、フェリクスがそう告げた。
「……フェリクス君、結構遊んでそうだもんね」
「だから! 違う! 俺はただ誘いを断ろうしているだけだ!」
サンドラが軽蔑の視線をフェリクスに向けるのに、フェリクスが叫ぶ。
「クラリッサちゃん。誘いって?」
「クリスティン。前にフェリクスが助けたから、そのお礼がしたいってさ」
「ああ。あの風紀委員の子か」
そこでサンドラがにやりと笑った。
「クリスティンさん。フェリクス君のこと、凄く気にしている感じだったもんね。体育祭の時は応援してたし、いつも背後から様子を窺っているし」
「体育祭で応援してたのは同じ紅組だったからだろ。それにいつも背後からみられているとかちょっと怖いんだが!」
クリスティン、ストーカー疑惑。
「けど、女の子が勇気を出したんだから、フェリクス君も勇気を出さないと──」
「ぶー! お姉ちゃんセンサーが不純異性交遊の気配を察知しました!」
サンドラが何事かを言いかけたとき、恐るべき乱入者──トゥルーデが現れた。
「ねえ、ねえ! どうしたのフェリちゃん!? ラブレターをもらっちゃったの!? 分かるわ! フェリちゃんはワイルドでカッコいいものね! でも、ダメよ! ダメダメよ! お姉ちゃんが不純異性交遊なんて許さないわ!」
「だから、付き合う気はねえって何度も言っているだろうが……」
トゥルーデが告げるのに、フェリクスがうんざりした様子でそう返した。
「けど、フェリちゃんがどうしても付き合いたいって言うなら、清いお付き合いだけならちょっとちょーっとだけ許してあげるわ! でも、最後はお姉ちゃんのところに戻って来てね! フェリちゃんが帰る場所はお姉ちゃんの胸の中よ!」
「……クリスティンと付き合った方が100倍マシかもしれん」
「何なのフェリちゃん!? 反抗期なの!?」
姉の胸に帰るぐらいなら、クリスティンに小言を言われる方がマシかもしれない。
「じゃあ、クリスティンには会うということで。おめかししていこうね」
「なあ、何人かで一緒に来いって書いてるから、お前も……」
「とんでもない。人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死ぬ定めを背負うんだよ」
フェリクスがクラリッサを誘おうとするのにクラリッサがふるふると首を振った。
「ウィレミナとサンドラは?」
「私たちも遠慮しとこうかな。デート、頑張って!」
「デートだとは認めてねえからな」
ウィレミナとサンドラも笑顔でフェリクスを見捨てた。
「はいはい! お姉ちゃんが同行するわ!」
「話がクソみたいにややこしくなるから姉貴はすっこんでろ」
「酷い!」
「酷いのは姉貴の脳みそだ」
フェリクスの指摘は割と正確だ。
「じゃあ、これからどうすればいいんだ?」
「まずはお返事を返さないと。オーケーですって旨を記したお手紙を準備する」
「口で言えばよかないか?」
「それだとロマンがないよ」
サンドラが告げるのにフェリクスが渋い表情をする。
「そうだよ、フェリクス。ロマンは大事だ」
「お前は適当言っているだけだろ」
クラリッサはよく分かっていないぞ。さっきまで口で言えばいいと思っていたぞ。
「しかし、手紙か。面倒な。適当でいいだろ」
「ダメだよ。相手がきっちりとした手紙を送っているのだから、こっちもちゃんとしたのを返さないと。季節の挨拶から始めて、しっかりとお受けいたしますということを伝えて、相手を思いやる言葉を添えるんだよ」
「面倒くせえ……」
サンドラが可愛らしい便箋などを準備するのに、フェリクスが面倒くさそうに鉛筆を取って、カリカリと文面を記していく。サンドラやウィレミナにあれこれ指摘され、書き直したりしながら、フェリクスが文をしたためる。
そして、かれこれ数十分が経過。休み時間を挟みながら、フェリクスの手紙作成は進み、ついに3時間目の休み時間に完成した。
「で、こいつを渡すのか」
「そうそう。なるべくロマンチックにね」
「ロマン云々はもういい。腹いっぱいだ。あいつは昼休みはいつも学食だったな。学食で渡しておく。言っておくがこのことを吹聴するなよ?」
「しないしない」
フェリクスが釘をさすのに噂好きのウィレミナが頷いて見せた。
「私の口は口止め料で止まるよ」
「……金をとるのか」
「冗談。けど、風紀委員はいい具合に取り込んでね。一度、身内にすれば、ある程度の圧力の緩和が狙えるよ。いつまでも闇カジノの件で追及されても困るから」
「だから、俺は付き合う気はないからな。会いはするがちゃんと断る」
クラリッサはクリスティンを堕落させてしまうつもりだ。
「デートしたら、その考えも変わるかもよ?」
「変わらない。俺は口うるさいちびっこなんて興味ない」
「まあまあ、デートしてみよう」
サンドラも今回は乗り気だ。
「しかし、バートン・パークで待ち合わせというのもいいよな。ロンディニウム内の自然公園。ちょうどいいデートスポットだよ。都会の喧騒から離れて、ゆっくりとした時間を過ごすってもロマンがあるぜ」
「そうだよね。流石はクリスティンさんが選ぶだけはあるってものだよ」
ウィレミナとサンドラがそう告げ合って盛り上がる。
「なあ、そんなにバートン・パークってのはデートスポットなのか?」
「物陰はいっぱいあるから、こっそりいたせるよ」
「……何をだ?」
「言わせないで」
クラリッサは娼婦たちが特殊なプレイに応じていることもしっているぞ。これはピエルトが教えたからである。そういう方面の人々にバートン・パークは人気なのだ。
もちろん、美しい自然で彩られたデートにうってつけの公園であることも確かだが。
「それじゃあ、今日のお昼休みには手紙を渡そうね。きっとクリスティンさんも楽しみにしているよ。ファイト!」
「だから、付き合う気はないっての……」
サンドラの言葉にフェリクスがため息混じりに応じた。
その日の昼休み。
クリスティンはいつものように学食で食事をしていた。
「クリスティン」
そのクリスティンにフェリクスが気まずそうに近づく。
「な、なんですか。お手紙は読んでいただけましたか!?」
「読んだよ。だから、叫ぶな。これが返事だ。俺ひとりで行くつもりだからな」
そう告げてフェリクスはクリスティンに手紙を手渡した。
「ひ、ひとりですか? それだと、その、勘違いされたりとかは?」
「お前なあ。あんな公衆の面前で渡された時点で勘繰られているんだよ。ほら、あそこに野次馬が潜んでいるだろ」
そう告げてフェリクスが学食の隅を睨む。
学食の隅のテーブルではクラリッサ、ウィレミナ、サンドラの3名がフェリクスの様子を観察していた。完全に珍獣扱いだ。
「え、あ、その、ごめんなさい……」
「謝るな。悪いのは野次馬どもだ。それよりまあそれなりに楽しみにしてるからな」
フェリクスはそう告げるとクリスティンのテーブルを去った。
「クリスちゃん。本当にフェリクス君に告ったんだ」
「告ってないです! この間のことのお礼をと思ってお茶にお誘いしただけです」
「顔真っ赤だよ?」
クリスティンの顔は真っ赤であった。
「うがーっ! 茶化すなです! 私は真剣なのですからね!」
「真剣に告ろうとしてるのか」
「違うです!」
頑張れ、クリスティン。フェリクスは今フリーだぞ。
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