娘は賭けの結果を把握したい
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──娘は賭けの結果を把握したい
委員会対抗リレーと部活動対抗リレーが終われば再び競技は紅組白組の対決に戻る。
とは言え、クラリッサにはもう出場する競技もないので、結果を見届けるのみである。それから払戻金についても準備を始めなければならない。
「よう。クラリッサ。儲かったか?」
「それなり。けど、部活動対抗リレーではぼろ儲けさせてもらったよ」
「俺もだ。情報ありがとな、クラリッサ」
「フェリクスだから特別だよ?」
フェリクスが大勝ちしたスポーツくじを手に告げるのに、クラリッサがそう返した。
「ぶー! お姉ちゃんセンサーが不純異性交遊を感知しました!」
そして、微妙にいい感じになったところで乱入してくるトゥルーデだ。
「姉貴……。クラリッサとは賭けの話をしていただけだ」
「本当に? 本当にそれだけ?」
「本当にそれだけ」
トゥルーデが問い詰めるのに、フェリクスがため息混じりにそう告げて返す。
「そうはいかねえぞ!」
そして、ここでさらなる乱入者が。ベニートおじさんだ。
「北ゲルマニア連邦の坊主にクラリッサちゃんを取られるのは惜しいが、そこまでの関係になっているとなれば仕方がない。ただし、クラリッサちゃんは必ず幸せにしろ。ちょっとでも不幸な目に遭わせたら、脳天ぶち抜かれると思え!」
「ベニートおじさん。フェリクスと私はそういう関係じゃないから」
ベニートおじさんが息を荒くしてそう告げるのに、クラリッサがそう告げて返した。
「ん? しかし、さっきこっちの娘が不純異性交遊だと」
「トゥルーデの言うことは話半分に聞いておいて」
ベニートおじさんが首を傾げるのに、クラリッサはため息をついた。
「お互いに苦労するな」
「いい人なんだけどね」
フェリクスとクラリッサが恋人を作る時は相当苦労することになるだろう。
「それからフェリクスの好みの子はクリスティンって子だよ。ちびっこ風紀委員。当たるならそっちの方を当たった方がいいよ」
「そうなの、フェリちゃん!? お姉ちゃん、すぐに調べてくるからね!」
クラリッサが告げるのにトゥルーデが飛んでいった。
「おい。姉貴、あいつとは何も……」
「目くらましにはなる。そうでしょ?」
フェリクスが渋い表情を浮かべるのにクラリッサがウィンクした。
「ああ。クソ。それで、紅組と白組。どっちが勝つと思う?」
「紅組だね。彼らはゲームを上手く進めてきてる。この調子なら──」
フェリクスが尋ねるのに、クラリッサがグラウンドを見つめる。
今行われている競技は騎馬戦。この後に大会が一番盛り上がる魔術競技が行われる。
「騎馬戦は白組が勝ちそうだぞ」
「最後の競技でひっくり返せば大丈夫」
騎馬戦は白組が優位に進めていた。白組には騎馬戦にこの人ありのフローレンスが参加しており、次々に相手を撃破して回っていた。紅組は戦意に欠け、このまま白組が勝つように思われていたし、実際に勝つのは白組だ。
「騎馬戦は白組の勝利です。これで得点が並びました。紅組は最終競技で巻き返せるでしょうか? それとも白組がこのまま勢いに乗るのか? 最終競技、模擬魔術戦はまもなくです。出場選手は控え場所に集合してください」
アナウンスが流れ、生徒たちが集まる。
「クラリッサさん!」
「何?」
そこでクラリッサに声がかけられた。フィオナだ。
「それがサンドラさんが模擬魔術戦に出場予定だったのですが、魔力切れでダウンされてしまっていて。代わりに出場をお願いできませんか」
「お姫様にそう頼まれたら断れないな。任せておいて。私が行ってくる」
「お願いしますわ、クラリッサさん!」
本来ならば最終競技である模擬魔術戦には魔術で戦闘科目を選んでいるサンドラが出場するはずだった。これは基本的に選択科目で戦闘科目を選んだ生徒による競技なのだ。だが、そのサンドラは先ほどの部活動対抗リレーの頑張りすぎでダウン。
そこでお声がかかったのがクラリッサであった。
魔力も体力もばっちりなクラリッサはオールマイティな選手だ。リレーに出場したのは、そこでフィジカルブーストと体力の両方が必要とされていたからであり、別に模擬魔術戦が苦手だということはない。
ただ、クラリッサの魔術はちょっと目立つのだ。
「お待たせ。サンドラの代わりのクラリッサだよ」
「クラリッサさん! 来てくれて助かる。君がいれば絶対に勝てるからね」
クラリッサは他の選手に暖かく歓迎された。
「模擬魔術戦のルールは知っているよね?」
「もち。ターゲットをいかに早く、そして確実に倒すかでしょ?」
「それから美しくね。芸術点も加味されるよ」
模擬魔術戦は指定された目標を倒す試合である。
相手よりも早く、相手よりも確実に、相手よりも美しく、目標を倒すことが求められる。採点方式の競技で、審査員4名が判断を下す。持ち点は各5点。20点が出たら満点だ。同一点にはならないように配慮はされている。つまりそれだけ審査員たちの審査が厳しいということだ。
そして、この競技はチーム戦である。
ひとつの目標に対し、複数の生徒が、複数の手段で挑むのがこの競技の難しさだ。
壁を崩壊させる係、可燃物を焼き尽くす係、内部の目標に打撃を与える係。
クラリッサならば全てをひとりでやってしまえるだろうが、それでは芸術点は入らない。芸術点を手に入れるには3名1組のチームが力を合わせなければならないのだ。
「さて、今年の目標は──」
魔術教師が杖を振ると、現れたのは一戸建ての家屋とその中にある甲冑を纏った藁人形だった。家屋には草木の茂る庭があり、塀があり、遮蔽物を形成している。
「結構難しそうだな。まずは塀に穴をあけて、庭の木々を焼き倒して、それから目標を仕留めると言ったところか?」
「面倒くさいから全員で一気に藁人形攻撃しない?」
「それだと芸術点が入らない」
クラリッサにかかれば塀も庭の遮蔽物も家そのものも纏めて吹き飛ばせるぞ。
「じゃあ、ひとりが塀を吹き飛ばして、ひとりが庭を焼き払って、ひとりが家屋をぶち抜いて目標を仕留める。役割分担は?」
「私は最後に颯爽と決めたい」
ここでわがままをぬかすクラリッサである。
「じゃあ、クラリッサさんは最後を担当してください。私は広域破壊魔術が得意なので、最初の塀の破壊を担当します。塀を広くぶち抜くので、次は庭の掃討を」
「それは俺が担当を」
というわけでそれぞれの担当が決まった。
「この試合に勝てば紅組優勝だ。張り切っていこう」
「おー!」
クラリッサが告げるのに、選手たちが気合を入れる。
「それでは紅組、1年A組から始めてください」
一番槍はクラリッサたちからだった。
他のクラスの作戦や様子がうかがえないのは難点だが、パフォーマンスとしては印象に残る一番手だ。ここで高得点をはじき出せば、後の選手はクラリッサたちを基準に採点されることになるだろう。
「それでは位置について!」
アナウンスが告げるのにクラリッサたちが横一列に並ぶ。
「始め!」
開始の合図とともにまずは塀を破壊する魔術を行使する。
広域破壊魔術といっても爆発を引き起こす魔術である。もちろん、中等部の学生が使える爆発の魔術などたかが知れている。
火球が放たれ、200メートルほど離れた地点にある塀にぶつけられた火球が爆発を引き起こす。手榴弾程度の爆発が生じ、簡素な塀がなぎ倒される。
「次!」
「はい!」
次は庭の木々を焼き払う役割だ。
火炎放射のような技が使えればそれは見た目も見事だったのだろうが、中等部1年生にそんな危険な魔術が使えるはずもない。
庭に向けて放出されたのは何発もの火球で、それがどろりと粘着質に木々にまとわりつき、障害物を焼き尽くしていく。──のはいいのだが、木々を下手に燃やしたことによって煙が生じ、家屋の中の目標が見えにくくなってしまった。
「わわっ! ごめん、クラリッサさん!」
「任せろ」
庭を煙で視界不良にした生徒が最後のトドメを託すのはクラリッサだ。
「位置は掌握済み。貫いて、木っ端みじんに」
クラリッサは金属の槍を生成すると、目標に向けて投擲した。
「ていっ」
槍は一直線に飛翔していき、庭の煙の中を貫き大穴を開けると、家屋に突入した。
そして、クラリッサの手から放たれた槍はものの見事に目標を貫くと炸裂し、周辺に破片をまき散らしながら、目標の甲冑を八つ裂きにした。そのピンポイントの攻撃に、審査員たちが驚きの声を上げる。
「1年A組。目標撃破。審査が始まります」
審査員たちがそれぞれの得点の記された札を上げる。
「4点、4点、5点、5点。計18点です!」
アナウンスに観客席がわあっと盛り上がる。
「それでは続いて1年B組──」
それから各クラスがそれぞれの手法で目標の撃破を目指す。
あるクラスは1年A組の失敗から、壁を破砕するところまでは同じだが、ふたりで槍を放って、庭の木々や家屋の壁を突破しようとしていた。
もちろん、そういう甘い考えは封じられるようになっている。草や木々が邪魔で目標を射抜くことができず、外したクラスもある。
「それでは最後に1年D組──」
ここで颯爽と現れたのはフローレンスである。
フローレンスたちはクラリッサたちを一瞥すると鼻で笑い、配置につく。
「何をする気かな?」
「まあ、見て見ようか」
他のクラスの生徒たちがこそこそと話すのに、クラリッサは静かに1年D組の模擬魔術戦を見つめることにしていた。
「それでは位置について!」
フローレンスたちが位置につく。
「始め!」
そして、フローレンスたちが一斉に動く。
彼女たちがやったのは──。
「はあっ!」
3人同時爆撃である。
策もクソッタレもない力業だ。塀が吹き飛び、庭の木々が吹き飛び、家屋の窓が吹き飛んで家屋の中の藁人形がなぎ倒される。
「……1年D組。目標撃破」
アナウンスが少し困惑した様子でそう告げる。
「採点は──」
審査員たちに注目が集まる。
「3点、2点、2点、1点。計8点です」
「なんでっ!?」
あんな力業で突破しようとすればそりゃ点数は落ちるというものである。
そして、総合優勝は──。
「最終プログラム終了。優勝は紅組です!」
そのアナウンスに観客席で歓声が上がる、
「勝ったー! やったぜ!」
「畜生。5000ドゥカートをすっちまった」
もちろん、賭け事をしていた生徒や保護者たちも声を上げている。
こうしてクラリッサの中等部1年の体育祭は終わりを告げた。
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「さて、どれだけ儲かったかだ」
後片付けは体育委員に任せて、クラリッサとフェリクスは払戻金の準備をしていた。スポーツくじの換金は今日の午後6時から1週間後のの午後6時までで、それまでに換金されない場合は効力を失効する。
クラリッサたちは一先ず、自分たちの儲けだけでも確認することにした。
「控除率が20%に設定されてるから、私たちの純粋な儲けは550万ドゥカート。これは収益金を生徒会に還元したうえでの数字」
「ぼろ儲けだな。文句なしだ」
ブックメーカーそのものの収益金は550万ドゥカート。それだけ大金が賭けられていたということである。何せ保護者から高等部の生徒まで賭けているのだ。これほどの巨大ビジネスは学園の中には他に存在しないだろう。
「賭けそのものはどうだった?」
「15万ドゥカートの収益だ。部活動対抗リレーで大きく勝ったのはいいものの、他で負けが込んだ。もうちっと勝ちたかったんだけどな」
「私は30万ドゥカート。こういう賭けにはコツがあるというものだよ」
「詳しく教えてくれないか?」
「企業秘密」
クラリッサはこれまでの“様々な経験”から勝てる勝負を理解していた。
何せ、幼少の時からベニートおじさんやピエルトに連れられて競馬場やカジノに出入りしていたのだ。勝負の臭いというものは、それなりに理解できるものである。
「しかし、楽しい勝負だったな。これは盛り上がるってもんだ」
「そうそう。ギリギリのせめぎ合いあり、大逆転あり。やっぱり体育祭はエンターテイメント性に優れているね。これまでどうして収益化しようとしなかったのか謎だよ」
体育祭を収益化しようとしたのはクラリッサたちぐらいのものだぞ。
というのも、本格的に収益化しようものなら、不正なブックメーカーの設立や八百長などを防止するのに予算がかかる。実際にクラリッサは不正なブックメーカーを運営しているし、生徒会の編成する監査委員会は人手不足、予算不足で、対応できていない。
このままでは体育祭は不正の温床になるだろう。
「甘い蜜を吸うのもいいけれど、吸える人間は限定しないとね。これからも他のブックメーカーは潰していくよ。脅して、買収して、取り込んで、私たち以外のブックメーカーが存在することは阻止しよう。私たちだけなら、不正も制限できる」
クラリッサたちとしてもこの賭けの場において不正がはびこって非難されることを避けるために、不正は防止するつもりだ。自分たち以外に不正をする人間がいないようにすることによって。滅茶苦茶なやり方である。
「次はマラソン大会だよな?」
「もちろん、そっちでも賭けるよ。逃す手はない」
「いいね。悪くない」
クラリッサが告げるのに、フェリクスがにやりと笑う。
「これからも一緒に儲けていこう」
「おう!」
そして、固い握手を交わしたクラリッサとフェリクスであった。
「あいつ、本当に碌でもないことばっかりしているな……」
だが、クラリッサたちの会話は人狼の聴覚を持つリーチオに丸聞こえだった。
「クラリッサちゃん、頑張っていたじゃないですか」
「どうにも裏がある。というか、下心がある」
サファイアが告げるのにリーチオがそう告げて返した。
「俺は文句はないですよ。クラリッサちゃんのおかげで大勝ちしましたからね!」
ベニートおじさんは賭けに勝って大喜びだ。
「はあ。こういうのは周りの環境が悪いんだろうな……」
頑張れ、リーチオさん。クラリッサはその手の分野では腕を上げつつあるぞ。
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