娘は厳しい勝利を手に入れたい
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──娘は厳しい勝利を手に入れたい
最初は委員会対抗リレーから。
それぞれの委員会も新人勧誘のために力を入れている。
図書委員会のように最初から勝利を諦めているグループは仮装などをして笑いを取りに来ている。女装している生徒や男装している生徒、あるいはそれぞれの委員会のシンボルであるおすすめの本や文化祭の告知の看板を持って走ろうとしている。
本気なのは体育委員会と生徒会だ。
賭けもこのふたつの委員会に集中しており、どちらが勝つのか注目が集まっている。
「クラリッサ・リベラトーレさん!」
おっと。他にも真剣になっている委員会がいた。
クリスティンの風紀委員会だ。
「君も走るの?」
「そうです! そう簡単に勝てるとは思わないことですね!」
「君、体育は戦闘科目だったっけ?」
「……非戦闘科目です」
「へっ」
「うがーっ! 見ていてください! 今日のために練習してきたんですから!」
クラリッサが軽薄に笑うのに、クリスティンが唸り声を上げた。
「そろそろ始まるよ」
「ええ! 勝負です!」
クラリッサが告げるのにクリスティンが自分の位置に向かう。
「位置について!」
各委員会の代表選手が位置につく。
体育委員会は男子生徒が第1走者。生徒会はフィオナだ。
「よーい、ドン!」
爆竹の音が鳴り響き、各委員会の代表選手が一斉に走り出す。
「図書委員会からおすすめの作品はジョン・ロナルド・ロウエル・ダンセイニの『夢と指輪の物語』ですよー!」
「文化祭は2月からです! 今年からカジノもできますよー!」
一部の委員会は走るのもそっちのけで委員会の活動をアピールする。
真面目に走っているのは体育委員会と生徒会、そして風紀委委員会である。
風紀委員会は真面目に走っているのだが、いかんせんながら速度が真面目さに比例していない。生徒会、体育委員会に差をつけられ、なんとか追いつこうとしている。
「勝つのは体育委員会か?」
「いや。分からん。まだ生徒会は隠し玉を持っている」
観客席ではスポーツくじを買った生徒たちがレースに注目している。
「はあ、はあ。頼みますわ、ジョン王太子!」
「任せてくれたまえ、フィオナ嬢!」
フィオナは何とか風紀委員会は振り切ったものの、体育委員会には大差をつけられてジョン王太子にバトンタッチした。
ジョン王太子にバトンタッチしたと同時に生徒会が体育委委員会に縋りつく、追い越せはしないが、差は縮まっている。ジョン王太子も張り切っているのだ。
ジョン王太子の張り切りもあって、生徒会は体育委員会の背中を見た。そして、風紀委員会は……息も絶え絶えだ。
「頼むぞ、ウィレミナ嬢!」
「任せて!」
続いてジョン王太子がウィレミナにバトンタッチする。
「いっくぜー!」
ウィレミナが一気に突き進む。ウィレミナは体育委員会に並び、そのまま駆け抜ける。体育委員会も陸上部の選手で、ウィレミナにそのまま追い抜かせまいと必死に走る。ウィレミナも本気だが、なかなか追い越すことができない。
「すまん、クラリッサちゃん、頼む!」
「任せろ」
そして、ウィレミナがクラリッサにバトンタッチ。
ここからはクラリッサの勝負だ。
クラリッサは一気に加速し、体育委員会をついに追い抜いた。
風紀委員会はなんとアンカーがクリスティンである。他に人はいなかったのか。
「ふんぬー! 追いついて見せます!」
クリスティンは気合十分だったが、既に生徒会も体育委員会も遥か彼方。
「ゴール」
そして、クラリッサがついに体育委員会を振り切ってゴールイン。
「よっしゃあ! 生徒会万歳!」
「畜生。体育委員会、しっかりしてくれよ!」
観客席ではこの手に汗握る勝負に歓声が上がっていた。
「ゴ、ゴール……」
風紀委員会は息も絶え絶えに3位でゴールイン。クリスティンはへとへとだ。
「頑張ったね」
「嫌味ですか! 受けて立ちますよ!」
クラリッサがクリスティンにそう告げるのにクリスティンが唸った。
「本気で頑張ったって思っている。風紀委員会はどこまでも真面目だね」
「ま、まあ、そうですよ。学園の風紀を守っているのは我々ですからね」
意外なほど素直にクラリッサが宿敵である風紀委員会を褒めるのに、クリスティンがちょっとばかり困惑しながらも、自慢げにそう告げた。
「いいレースだったよ」
「そちらもです」
そして、そこはかとなくいい空気が流れる。
「やっぱりレースは乱戦じゃないとね。勝負が決まり切ったレースに賭ける人間は少ない。ダークホースの風紀委員にも頑張ってもらえて、レースは盛り上がったと思うよ。次からはもっと頑張って賭けを盛り上げていこう」
「貴様ー! そういうことだとは思っていましたー!」
せっかくのいい空気も台無しである。
「さて、私は次のレースに出るから応援してね」
「ま、まあ、応援はしますよ。って、あなた何部でしたっけ?」
「魔術部」
クラリッサはクリスティンにそう告げると、次の競技である部活動対抗リレーに向かった。いよいよ一世一代の大勝負だ。
……………………
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部活動対抗リレーもなかなかのカオスだった。
着ぐるみあり、仮装あり、看板ありと、生徒たちが思い思いの格好をしてレースに臨んでいる。チェス部はポーンやキングなどの駒を模した着ぐるみを纏い、フェンシング部はフェンシングの衣装で参加し、文芸部が口ひげを生やした文豪たちの仮装をしている。
「へへっ。クラリッサちゃん。今回ばかりは敵同士だね」
「そのようだ。でも、勝つのは私たちだよ?」
「どうかな? あたしの脚力がないのは困るかもよ?」
ウィレミナは陸上部のユニフォームを纏っている。王立ティアマト学園のシンボルカラーである赤色のユニフォームだ。
「そっちこそ私の脚力は敵に回すと怖いぞ?」
「まあ、それもそうだ。だが、リレーは個人の力の勝負じゃない。団体戦だ。陸上部には素晴らしい脚力の子たちが揃っているけど、簡単に勝てるかな?」
そう告げてウィレミナが陸上部の方の選手控え場所を見る。
統一された赤いユニフォーム姿の、足に筋肉のついた女子生徒たちがそこでは待っている。見るからに鍛え上げられた人間たちだ。他とは空気からして違う。
ちなみに正確にはウィレミナの入っているのは女子陸上部で、陸上部は男女別に分かれている。しかし、他の部活動から『陸上部が2チームも出るのはずるい』との声もあって、部活動対抗リレーに出場するのは女子陸上部だけになった。
「私たちの方も負けてないよ。今日の日のために鍛え上げてきた猛者たちだ」
そう告げてクラリッサが魔術部の選手控え場所を見る。
「走る。走る。走る。走る。バトンを渡す」
「集中して。集中して。集中して。落ち着いてたらできるから。できるはずだから」
魔術部の部員たちはサンドラを含めて挙動不審になっていた。
「……本当に大丈夫か?」
「……やれることはやった」
ウィレミナが心配そうに尋ねるのにクラリッサがそう告げて返した。
「よーし。じゃあ、勝っても負けても恨みっこなしな。正々堂々と勝負しよう」
「もちろん。けど、退屈なレースにはしないつもりだよ」
「大した自信だ。では、健闘を祈る!」
ウィレミナはそう告げると陸上部の控え場所に向かっていった。
「さて」
クラリッサは挙動不審になっている魔術部員たちを眺める。
「君たち。しっかりして。何のために今日まで練習してきたの」
「け、けど、陸上部ってもう足の筋肉からして全然違うよ。私たちのなんか余計なお肉がついた残念な足だよ。本当に私たちに勝てるの?」
「勝てる。そう思い込むことで勝てます。相手には筋肉があるかもしれないけれど、こちらにはフィジカルブーストがある。それを考えれば勝敗は五分五分です。後は君たちがどれほど勝利を欲しているかにかかっているんだよ」
サンドラがおろおろするのにクラリッサがそう告げる。
「そうだぞ、諸君!」
そして、やってきのは魔術部部長ダレルである。
彼は見る者の正気を損なわせそうなマスコットキャラクター『ペンタゴン君』の印刷されたシャツを纏い、『魔術部ファイト』と書かれた横断幕を手にしていた。
「戦う前から勝つことを諦めてはならない! 勝利は手の届く距離にある! 諸君、頑張るのだ! 我々に勝利を! そして、新入部員を!」
ダレルはそう告げて横断幕を揺らした。
「……そこまで元気があるなら部長が出たらどうです?」
「あたたた。足が痛い」
部員たちに白い目で見られるのに、ダレルがわざとらしく足を押さえて見せた。
「この部長は放っておこう。何の意味もない」
「それは酷くないかい!?」
クラリッサが吐き捨てるのに、ダレルが叫んだ。
「ここで勝利すれば新入部員も、予算もゲットできる。君たちが魔術部員でいられるか、それとも魔術愛好会に脱落するかの瀬戸際だよ。さあ、気合を入れていこう。私が教えられることは全て教えたし、君たちもそれに応えた。後は戦うだけだ」
「う、うん! 頑張るよ!」
「そうでなくっちゃ」
サンドラたちがやる気を見せるのに、クラリッサが頷いた。
「勝つぞ。魔術部、ファイト」
「おー!」
クラリッサが気合を入れるのに、サンドラたちが応じる。
「頑張ってくれたまえよ、諸君! 私も微力ながら応援するからね!」
「あ、先輩は静かにしててください」
「酷い!」
応援するつもりが無下にされたダレルであった。これは自業自得だ。
「部活動対抗リレーに出場する選手の皆さんは位置についてください」
「それじゃあ、いくよ、諸君」
アナウンスが行われるのに、クラリッサがそう告げて魔術部が進む。
「えー。次のプログラムは今年から導入された部活動対抗リレーです。皆さん、新入部員の確保を狙って、思い思いの格好をしています。ここは各部活動の出し物を楽しんでいきましょう。そして、気になる部活があればぜひ参加してください」
体育委員会の狙いは部活動の活発化だ。
あまり部活動に入らない王立ティアマト学園の生徒たちに部活動の楽しさを教えるために、部活動の勧誘の場を作ったのである。王立ティアマト学園が大会で優勝する回数は年々減っており、学園ではスポーツ特待生制度を導入しようかとまで言われている。
確かにそうでもしなければ、優秀な選手は王立ティアマト学園に集まらないだろう。
それでも貴族ばかりが集まる学園では、優れた人間ならば平民でも優遇される聖ルシファー学園などには差がついてしまう。そこら辺は指導者の充実を目指し、立派な選手に鍛え上げることが必要なのかもしれない。
まあ、それはともかくとして、部活動に入って学園生活を楽しんでくれる生徒が出てくれるなら体育委員会の狙いは達成だ。
「それでは位置について!」
そして、いよいよ勝負が始まる。
勝ちを狙っているのは陸上部の他にも体育会系の部活がいくつか。文化系はほぼ勧誘の方に力を入れていて、まともに戦うつもりはない。
「よーい、ドン!」
そして、選手が一斉に走り出した。
トップを進むのは陸上部。そして、それに続くのは魔術部だ。
陸上部はグラウンドを駆け抜けていくが、魔術部も負けずに追いすがる。
後方はコスプレ軍団が部活動のアピールをしながら進んでいる。看板を掲げて新入部員を勧誘し、なんとしても自分たちの部活動を知ってもらおうとしている。
そんなコスプレ軍団とは大差をつけて、陸上部、魔術部、体育会系の部活が続く。
「魔術部、早くねえか?」
「おいおい。冗談だろ」
誰も魔術部が勝つなど予想もしていない。事前に情報を得ていたのは、クラリッサとフェリクスぐらいである。誰も魔術部になど賭けていないのである。
そして、バトンが第1走者から第2走者に向けてバトンタッチされる。
陸上部の背中は見えている。どうやってか追いつかなくては。
魔術部の第2走者はフィジカルブーストを全開にして、体が引きちぎれんばかりに手足を振る。必死になって突き進み、陸上部を追うがなかなか距離は縮まらない。
そうこうしているうちに第2走者から第3走者にバトンタッチだ。第3走者は陸上部はウィレミナ、魔術部はサンドラ。いつもの仲良しコンビが対決だ。
「行くぜ、サンドラちゃん」
「望むところ!」
わずか数秒差でバトンを受け取ったウィレミナとサンドラはグラウンドを駆け抜けていく。陸上部の脚力で走り抜けるウィレミナに、フィジカルブーストを駆使したサンドラが追いすがり、ついに横に並んだ。
そしてふたりは並走したまま、アンカーにバトンを渡す。
「やるじゃん、サンドラちゃん。体育はダメダメかと思ってた」
「もうへとへとだよ。集中力が途中で切れそうだった。けど、ウィレミナちゃんには追い付いたよ。えっへん!」
「よしよし。よく頑張ったな」
「ちょっと! ウィレミナちゃん、私は犬じゃないんだから!」
ウィレミナがサンドラを撫でまわしている間にも、レースは続いていた。
魔術部のアンカーはクラリッサ。
そのクラリッサが凄まじい速度で陸上部を追い抜く。陸上部のアンカーも必死になってクラリッサに追いつこうとするが、クラリッサの速さは段違いである。みるみる間にクラリッサは陸上部のアンカーに差をつけ、そして──。
「ゴール」
ついに魔術部が勝利した。
「おいおい。マジかよ」
「ありえねえ!」
まさか魔術部が勝利するなど思っていなかった観客席からは嘆きの声や歓声が響く。
「やったー! 勝ったぞー! 勝利だー!」
この勝利にダレルもにっこり。
「部活動対抗リレーの勝者は魔術部です。当初の予想をひっくり返し、魔術部が勝利しました。魔術部の部長のダレルさんも優勝を祝っています」
アナウンスが流れ、誰もが魔術部の存在を知る。
「魔術部って実は凄いのか?」
「知らなかった」
やったな、クラリッサ。これで魔術部は新入部員を確保するはずだ。
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