娘は体育祭を下心を持って頑張りたい
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──娘は体育祭を下心を持って頑張りたい
王立ティアマト学園中等部の体育祭はジョン王太子の挨拶から始まった。
ジョン王太子の挨拶に特筆するべき点などはなく、体育委員長の選手宣誓もあって、無事に体育祭は始まった。
ここでクラリッサのブックメーカーの賭けの対象を見て見よう。
まずは総合優勝の部門で紅組か白組か。
それからそれぞれの試合の勝敗を紅組か白組かで賭ける。
白組は陸上部のエース選手などが集まっていることもあってオッズが低い。対する紅組は白組に比べれば劣るとオッズは高い。
まあ、勝ち負けがどうであれ、クラリッサのブックメーカーは控除率に応じた額の収益金を手にすることになる。表のブックメーカーは収益金の一部を優勝賞金などにして生徒会に手渡すことになっているが、裏のブックメーカーはそのまま利益をがっぽりだ。
「体育委員会の手伝いと聞いていたけれど何もないね」
「ないね」
競技の運営も全て体育委員会が回している。怪我人の治療などは保健委員会が行っているが、基本的には体育委員で全て回っていた。
「ここは彼らに任せて、私たちは観客席に行かない?」
「ちょっと待った、クラリッサちゃん。さりげなく逃げようとしてない?」
「違うよ? 純粋にやることがないから撤収するだけだよ?」
ウィレミナがストップをかけるのに、クラリッサがそう告げる。
「次の種目のライン引き、誰か手伝ってー」
「今、リレーの準備で手が離せないよ」
そして、体育委員たちの視線がクラリッサたちの方を向く。
「はあ。来年度から体育委員の予算は削ろう。自分たちの仕事も自分たちでできないんじゃ、予算を受け取る資格もない」
「そういうこといわないの、クラリッサちゃん。さて、手伝いに回ろうか!」
それからクラリッサたちはライン引きであったり、大道具の出し入れであったりと体育委員が忙しくてできないことを請け負って回った。クラリッサはやる気なしだったが、ウィレミナに引き摺られるようにして、準備に奔走したのだった。
「給料もなく、こんなに働かされるとは聞いてない」
「いやいや。生徒会なんてこんなもんだぞ。クラリッサちゃんは何か大きな勘違いしていたみたいだけど」
「学園における最高権力者の位置じゃないの……?」
「違うよ」
クラリッサは重大な思い違いをしているぞ。
「おかしい。私の見込みでは、生徒会長になりさえすれば、圧倒的な権力の下にこの学園を完全な支配下におけるはずだったというのに」
「どんな想像をしてた」
クラリッサ的な生徒会の説明がなされるのに、それを聞いたウィレミナが神妙な表情で突っ込んだ。生徒会を議会か国王だと思っているクラリッサであった。
「でも、実際にギャンブルは合法化できたし、力はあるよね?」
「んんん。あると言えばあるだろうけれど、クラリッサちゃんの想像するようなそれではないよ。絶対に違うぞ」
生徒会は生徒会でしかないのだ。
それにギャンブルが合法化されたのはどちらかというとクラリッサの粘り勝ちだ。
「やはり学園のボス──生徒会長にならなければ意味がないんだね。副会長なんかじゃ顎で使われるだけなんだ。生徒会長になればこの学園を牛耳れる」
「ジョン王太子が学園を牛耳っているように見えるかな?」
「あれは権力の使い方を分かってない。それかいずれは国を牛耳るのだから、学園を牛耳ることなどどうでもいいのかもしれない。いずれにせよ私が権力を握った暁には、学園を完全な支配下に置き、私のいいように校則も変える」
「とんでもない暴君宣言がなされた」
クラリッサが意気込みを新たにするのにウィレミナが呆れた顔をする。
「クラリッサ嬢、ウィレミナ嬢。ご苦労だったね。後はいいそうだ」
「やっとか」
やがてジョン王太子がきて告げるのにクラリッサがため息をついた。
「クラリッサ嬢とウィレミナは早速400メートルリレーだろう。ささ、ここはいいから競技に向かいたまえ」
「……本当にこれ以上こき使われない?」
「……こき使った記憶はないのだが」
クラリッサたちは普通に仕事していただけだ。それにジョン王太子の方も体育委員の手伝いであっちこっちにあたふたし、生徒会の仕事であっちこっちにあたふたし、クラリッサたち以上に忙しかったのである。
「全く。私が生徒会長になった暁にはこういう雑用は人を雇ってやらせるよ。生徒会は君臨して、統治するだけにするんだ」
「君も随分と野心家だね!」
君臨するし、統治もする。クラリッサによる絶対生徒会制である。
「それはそうと、スポーツくじの方に問題はないのだろうね? 払戻金はきちんと準備できているのかい? 生徒会で承認したことだから、問題があっては困るのだよ」
「ばっちり。私たちに任せておけば、問題はないよ。私のブックメーカーは学園一の信頼があるブックメーカーだからね」
「……学園一もなにもブックメーカーは君のところしかないぞ」
「何故だろうね?」
ジョン王太子の指摘にクラリッサはわざとらしくきょとんとして見せた。
「……私たちが予定していたブックメーカー設立の講座にはどういうわけか誰も出席しなかったし、申請が出されてもすぐに取り消されている。本当に君たちは何もしていないのだろうね? クラリッサ嬢、君だけでもやっかいなのにフェリクス君までいるのでは」
「フェリクスはいい奴だよ」
「いい奴は選挙戦に暴力を持ち込まない」
ジョン王太子もフェリクスが生徒会選挙で暴れまわっていたのを知っているぞ。
「確かに乱暴な人間かもしれないけど、その心は澄み渡っていて、心優しい男の子なんだよ。君だっていかがわしいアルバイトの斡旋をしていた女子生徒が退学処分になったのを知ってるでしょ? あれはフェリクスのおかげなんだ」
「む。そうだったのか。彼に対する認識を改めるべきだろうか」
「そうだよ。フェリクスは税関職員の股間を踏みつぶして去勢するところだったんだから。こんなに心優しい人間はいないよ」
「……心優しいという言葉の定義が分からなくなってきた……」
ジョン王太子は混乱している。
「しかし、クラリッサちゃんってフェリクス君とすげー仲いいいよね。実は付き合ってたりするの? 好みの男性?」
「ううむ。難しい。フェリクスにはその気がないように思える」
クラリッサとフェリクスの関係は金で繋がっているだけである。
「クラリッサちゃんにはその気はあるの?」
「フェリクスのことは嫌いじゃないよ。でも、多分トゥルーデがうるさい……」
「あー……。確かに……」
フェリクスのこととなるとヒートアップするトゥルーデを忘れてはならない。
「それはそうとリレーの準備をしよう。紅組の優勝が求められているよ」
「おー!」
そして、クラリッサとウィレミナはリレーに出場するためにグラウンドに向かった。
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リレーは100メートルずつ4人の走者で走る。
クラリッサにとっては勝負の時だ。
紅組が勝利しなければ賭けはパーだ。クラリッサも紅組に賭けているのだから。
リレーの出場者はクラリッサ、ウィレミナ、トゥルーデ、そして男子1名。
トゥルーデはフェリクスと同じ競技に出ると言い張ったのだが、あいにくのところフェリクスに拒否されて、泣く泣くリレーに出ることになった。
ちなみに体育の成績は抜群だ。流石はフェリクスの姉というべきか、走るにしても、戦うにしても抜群の成績を見せている。もちろん、体育は戦闘科目を選択だ。フェリクスとおそろにするためである。
第一走者は男子、それからトゥルーデ、ウィレミナ、アンカーはクラリッサ。
そして、ジョン王太子は何に出ているかというとフィオナと一緒に二人三脚だ。こういうときにもアプローチを欠かさない立派な男子になったものである。
さて、そろそろリレーがスタートだ。
「位置について! よーい、ドン!」
爆竹が鳴り響き、一斉に走者が走り出す。
男子生徒は善戦したものの、第2走者に変わる時には最後尾になっていた。
「フェリちゃーん! 見ててねー! お姉ちゃん、頑張るからねー!」
トゥルーデはそう言いながらバトンを受け取る。
フェリクスは明らかに視線をトゥルーデから逸らしていたものの。
そして、トゥルーデが一気に駆けのぼる。ひとり、またひとり追い越し、一気に走者の中の半ばより上にまで到達した。凄まじい追い上げだ。そして、次はウィレミナに向けてバトンタッチする。もう少しで首位が狙える。
「フェリちゃーん! お姉ちゃん、やったわよー! 見ててくれた―!?」
トゥルーデが叫ぶのにフェリクスは他人のふりをしている。
そして、今度はウィレミナの追い上げだ。流石は陸上部なだけあって、その速度はすさまじい。魔術は非戦闘科目を選択しているのでフィジカルブーストはそこまでのものではないが、素の身体能力の高さから一気に追い上げていく。
「クラリッサちゃん。任せた!」
「任された」
そして、最後はクラリッサだ。
クラリッサがこのままゴールまで一直線なら紅組の勝利は確実。
クラリッサの走りは見事としか言いようがない。素の身体能力は人狼ハーフの力で凄まじく高く、加えてアークウィザードの母ディーナから受けついだ高度な魔力の操作能力もあって、フィジカルブーストも高度なものになっている。
本当に音楽はできず、図工はできず、外国語などの文系科目も苦手なクラリッサだが、運動神経においては抜群の成績を発揮するのである。どこの誰に似たのやら。
クラリッサは他の選手を寄せ付けず、一気に追い放すと、そのままゴールイン。
「よし。勝った」
「やったな、クラリッサちゃん!」
クラリッサがガッツポーズで喜ぶのに、ウィレミナが駆け寄ってきて肩を叩いた。
「総合勝利は?」
「紅組だよ。クラリッサちゃんも勝利に貢献したね」
「そうか。これで2万ドゥカートの払い戻しだ。儲けた」
「……クラリッサちゃん、下心もほどほどにな」
クラリッサは紅組の勝利に5000ドゥカート賭けていたぞ。
「この調子で優勝を目指そう。優勝すれば15万ドゥカートだ」
「本当に下心はほどほどにしてくれよな」
その後も競技は続き、障害物走、借り物リレー、二人三脚、エトセトラの競技が行われていく。ジョン王太子はフィオナと一緒に二人三脚に出場し、見事に1位を勝ち取った。そのあまりのジョン王太子とフィオナの仲の良さに男子の一部が嫉妬したのはそっとしておいてあげよう。彼らもそのうち恋人ができる。
恋人と言えば一部の男子にはクラリッサが依然として人気だった。あの荒れ果てた生徒会選挙におけるクラリッサたちの暴挙を見ても、なおクラリッサに惹かれている人間はいるのである。まあ、黙って、何もしないでいれば銀髪の美少女だからね。
だが、クラリッサが今のところそういう求めに応じる気配はなく、男子生徒たちは既にフェリクスと付き合っているのではないかとフェリクスに嫉妬心を向けていた。君たちにもそのうち恋人ができるはずだ。多分。
そして、紅組はギリギリで白組を上回った状態のまま競技は進んでいく。
だが、紅組と白組の最後の勝敗を決する前にある競技が行われる。
部活動対抗リレーと委員会対抗リレーだ。
いよいよ魔術部──サンドラたちの実力が試される時が来たのである。
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