娘は体育祭の裏方を頑張りたい
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──娘は体育祭の裏方を頑張りたい
王立ティアマト学園中等部の体育祭開催。
クラリッサは今年は紅組。だが、生徒会としていろいろと働かなければならない。
体育委員会の活動の補佐。保護者の観客席への誘導。今後の大会運営のためのレポート作成における情報収集。
「面倒くさい……」
「クラリッサちゃん。諦めようぜ」
クラリッサは来客者数を調べ、今後のための観客席の数の準備などの参考にするために情報を集めていた。こういう地道な作業はクラリッサが一番嫌っていることである。
「来客者数なんて適当でよくない? 入場料を取るなら目安になるけど」
「入場料を取られる体育祭なんて聞いたことがない。クラリッサちゃんも生徒会に入ったんだからちゃんと仕事しなくちゃダメだぞ」
「はあ」
ウィレミナが宥めるのに、クラリッサが深々とため息をついた。
「しかし、初等部の時と違ってそこまでお客さんは多くないね」
「生徒の数が違うから。初等部は360名だったけど、中等部は180名でしょ。1人につき保護者2名って考えるなら720名と360名。それだけ大きな差があるよ」
「そりゃそうだね。少ないわけだ」
文化祭は初等部、中等部、高等部と同時開催するが、体育祭は初等部、中等部、高等部で別々に開催だ。流石に身体能力が違いすぎる団体をひとまとめにして、大会をするというのは少しばかり無茶があるし、スケジュール的にも1日では収まらない。
「おう。クラリッサ。ちゃんと仕事しているようだな」
「パパ。いらっしゃい。ベニートおじさんとサファイアも来てくれたんだね」
クラリッサがそんな愚痴を漏らしていたとき、リーチオが姿を見せた。
「パパ。ここに名前書いてね。入場者数を調べているんだ」
「よしよし。ここに書いておくな」
リーチオが名簿に3名分の名前を記す。
「……クラリッサちゃん。サファイアさんの苗字は?」
「……? 秘密だよ? 変な客にストーカーされたら困るからね」
「……そうだったね」
ウィレミナはサファイアが高級娼婦であることを思い出したぞ。
「ベニートおじさん。スポーツくじはちゃんと紅組に賭けてくれた?」
「もちろんだとも! クラリッサちゃんなら間違いなく勝たせてくれるからな!」
クラリッサはちゃっかりスポーツくじをベニートおじさんにも購入させている。いや、ベニートおじさんだけではなく、来場している保護者の3割はクラリッサの主催するブックメーカーからスポーツくじを購入しているのだ。
それから高等部の生徒などもスポーツくじを購入している。流石に初等部の生徒にスポーツくじを購入させるのはジョン王太子がイエスと言わなかった。クラリッサは初等部でも売り捌く気満々であったのだが。
「期待には応えるよ。楽しみにしてて」
「ああ。楽しみにしている!」
ベニートおじさんはそう告げてガハハと笑った。
「クラリッサちゃんってば保護者の人にまでスポーツくじを買わせちゃって。これじゃ体育祭というより競馬のレースだよ」
「似たようなものじゃない?」
「体育祭はな、日頃の成果を保護者の人に見てもらうためのもの。決して競馬のレースと同じではありません」
「競馬の選手も日頃の成果を見てもらうんだよ?」
「何かが決定的に違う」
クラリッサが告げるのに、ウィレミナが頭を押さえた。
「それはそうと、ピエルトさんは?」
「あいつは今、カレー支部の件で手が離せない。応援していると言っていたぞ」
「来てくれないのかー……」
クラリッサはちょっとしょんぼりとした。
「ボス。今からでもピエルトの野郎を引きずってきましょう。元はと言えば奴の仕事が遅いのが悪いんです。クラリッサちゃんのために連れてきましょう」
「ベニート。優先順位を間違えるな。あくまでカレー支部の方が優先だ。もう二度とあそこでクソッタレなことが起きないようにするためにはな」
ベニートおじさんが鼻息を荒くするのに、リーチオがそう返した。
カレー支部は現在再編成中だ。再び薬物取引に手を染めることがないように監査体制を強化し、本部の目を光らせることになっている。
カレーでベニートおじさんたちがどったんばったん暴れまわったことによる被害の補填と官憲の再買収、市民感情の回復にも努めなければならない。あの抗争で数名の市民が怪我をしている。それに対してリベラトーレ・ファミリーは手厚く補償するつもりだ。
ジャングルにおけるゲリラが現地住民の支持を受けて行動するように、都市部におけるマフィアも現地住民の支持を受けて行動するのである。
そして、カレー支部さえしっかりと押さえておけば、アルビオン王国に流入する薬物量は減少するはずだ。フランク王国の犯罪組織から小童のギャングどもが薬物を手に入れようとしてもアルビオン王国への最大の玄関口であるドーバーとカレーのふたつはリベラトーレ・ファミリーの手の中にあるのだから。
今もドン・アルバーノの宣言した麻薬戦争は続いている。アナトリア帝国からのアヘンの流入は各地で妨害されているものの、完全には阻止できておらず、いつ自分たちのシマが薬物で汚染されるのかは分からないのだ。気を引き締めなければならない。
まあ、そんなことは放っておいて、リーチオもベニートおじさんも体育祭に来ているわけなのだが。呑気なものである。
「パパも紅組に賭けてくれた?」
「紅組に3点だけな。それ以上賭けるつもりはない」
「そんな……。大金を賭ける人が多いほど儲かるのに……」
「そういう不純な考えはスポーツマンシップに反するぞ」
クラリッサが戦慄するのに、リーチオがそう突っ込んだ。
「サファイアは賭けてくれた?」
「ええ。紅組に賭けたわ。それからクラリッサちゃんが出場する400メートルリレーでも紅組に賭けてるから。頑張って勝ってね」
「サファイアは分かっている大人だ。パパは何も分かっていない」
クラリッサがそう告げるのにリーチオは凄い渋い表情をしている。
「それはそうと頑張るから応援してね。みんなのために勝つよ」
「おう。頑張れよ」
リーチオはクラリッサを励ますと観客席の方に向かった。
「そういえば中等部でも応援団はあるんだよね? うちのクラスからは誰が出るの?」
「ヘザーさんとエイダさん」
「ヘザーかー……」
「そういいたくなる気持ちは分かるよ、クラリッサちゃん」
初等部の時の経験からしてまた問題を起こしていることだろう。
「まあ、問題は起きても体育委員がどうにかする──」
「クラリッサ嬢!」
クラリッサが他人事のように告げようとしたとき、ジョン王太子が駆け込んできた。
「何事?」
「そ、それがヘザー嬢が短パンを履かずに応援団に出ようとしているのだ。エイダ嬢では止められず、君たちに助力を頼みたい!」
「はあ……」
体育委員はエイダだが、彼女ではあの超ド級変態を止められなかったようである。
「仕方ない。私が一言言ってくるよ。ウィレミナはここをお願い」
「任された」
さてさてクラリッサは暴走機関車ヘザーを止められるのだろうか。
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「大丈夫です! 大丈夫ですからあ!」
「全然大丈夫じゃないよ! それ、普通のパンツじゃないですか! せめてアンダースコートなんりなんなりにしてください!」
「普通のパンツじゃないと興奮しないですよう!」
体育祭の会場の片隅ではエイダが必死になってヘザーを止めようとしていた。
変態であったとしても同じ『ジョン王太子殿下名誉回復及びクラリッサ・リベラトーレ対策委員会』の一員である。最近はそれすらもちょっと怪しくなってきたが、友達であることには間違いない。なのでエイダも必死だ。
「ヘザー。何を暴れているの?」
そこに現れたのがクラリッサだ。それもシャロンを伴っている。
「大衆の面前でパンツ丸出しになって、冷たい視線で見つめられるんですよう! ただそれだけのことなのにどうして止めるんですかあ! これもプレイ!? プレイなんですかあ!? 羽交い絞めにされて、見世物にされるう!」
「してない! してないから! プレイじゃないし!」
ヘザーが頭の温かいことを告げるのに、エイダが必死になって否定した。
「ヘザー。もし、ちゃんと短パンを履いて出場するなら、後でシャロンからご褒美があるよ。君もご褒美には興味があるよね?」
クラリッサがそう告げるのにシャロンがぎょっとした表情を浮かべた。
「ド、ドエスの執事様に罵って鞭打ってもらえるですかあ!?」
「それは君の態度次第だね。素直に言うことを聞く子にはご褒美を上げよう」
ヘザーが思わずつばを飲み込むのに、クラリッサがそう告げて返した。
「聞きますう! 聞きますよう! 命令してください!」
「シャロン。命令してあげて。軍隊風に」
ヘザーが大興奮するのに、クラリッサがそう告げた。
「ごほん。こののろまな豚野郎! さっさと着替えて準備しろ! 貴様はなめくじか! それともかたつむりの観光客か! あるいはそれ以下か! 公衆の面前に見苦しいものを出すんじゃない! 分かったらさっさと動け! 動け、動け、動け!」
「了解ですよう!」
シャロンが軍隊式に命じるのに、ヘザーが更衣室にすっ飛んでいった。
「これで問題はひとつ解消」
クラリッサが満足そうにそう告げたが、シャロンは体育祭が終わった後のことを考えてげんなりしている。
「エイダ。他に問題はある?」
「な、ないわよ。別にお礼なんて言わないからね」
クラリッサが尋ねるのにエイダがそう告げて返した。
「それなら結構。君も体育委員頑張ってね。私も生徒会頑張るから」
「あ、う、うん」
思ったより素直な反応にエイダがちょっと動揺する。
「その、ありがと……」
「なんてことはないよ」
エイダがぽつりとつぶやくのに、クラリッサはそう告げて去っていった。
頑張れ、エイダ。体育祭はまだ始まってすらいないぞ。
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クラリッサたちの受付の仕事はまだ続いていた。
クラリッサは受付窓口にスポーツくじの販売コーナーを設置しようなどとしていたが、それはあえなくウィレミナによって阻止された。それは止められるというものである。
「クラリッサ嬢、ウィレミナ嬢。ご苦労様。もう引き上げて構わないよ」
「やっと終わりか」
やがてジョン王太子がやってきてそう告げるのに、クラリッサがため息をついた。
「これからまだまだ仕事があるのだよ。我々も体育委員会による大会運営の補助に当たらなければならない。仕事はいろいろとある。頑張ってくれたまえ」
「頑張ってくれたまえって、君は何もしないつもり?」
「そんなわけないだろう。私も仕事に加わる。それに私にはその、挨拶もあるしな」
ジョン王太子が少し頬を赤らめてそう告げる。
「晴れ舞台。フィオナに見てもらいたいの?」
「うぐ。確かにそれもあるが……」
「それしかないんじゃないの?」
「生徒会長としての務めももちろんある!」
クラリッサが尋ねるのに、ジョン王太子が必死になって告げた。
「生徒会長として学園を代表して挨拶するのだ。それなりに緊張もするというものだ。わ、私もこれほどの人前で挨拶するのは初めてだしな」
「そういう時には深呼吸して。それから周囲の人を美味しいカボチャだと思えばいいよ。そうすればあんまり緊張しないから」
「む。そうなのかね。試してみるとしよう」
「まあ、頑張って」
クラリッサは滅多に緊張などしないが、緊張したときの対処法は知っているのだ。
「さて、では張り切っていくとしよう! 諸君も励みたまえよ!」
「適当にやるよ」
「真剣にやってくれないかな?」
クラリッサがばいばいと手を振るのに、ジョン王太子が突っ込んだ。
「それより急がないと体育祭、始まるよ?」
「そうだった! 急がねば!」
クラリッサの言葉でジョン王太子が壇上を目指す。
「では、私たちは適当にやりますか」
「真剣にやろうぜ、クラリッサちゃん」
クラリッサがやれやれという風に告げるのにウィレミナが突っ込んだのだった。
いよいよ王立ティアマト学園中等部の体育祭が開催だ。
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