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娘は魔力を鍛えたい

……………………


 ──娘は魔力を鍛えたい



 いよいよ魔術の授業が始まった。


 体育では一緒だったウィレミナとは暫しの別れとなるが、今度はサンドラが一緒に授業を受けることになっている。


「諸君! 魔術師にとって重要なことは分かるか!」


 やけにちっこい──初等部高学年ほどの魔術担当の教師が告げる。恰好だけはローブを羽織って、タイトスカートのスーツ姿なので違和感が半端ない。


「はい! 正確さです!」


「違う! 魔術はあいまいでもどうにかなる!」


 生徒のひとりが自信満々で告げるのに、教師が吐き捨てるようにそう告げた。


「ええっと。魔力量の管理?」


「それも重要だが、魔術における戦闘にはもっと重要なことがある!」


 別の生徒が告げるのに教師は首を横に振る。


「はい」


 ここでクラリッサが手を上げた。


「分かるか。戦闘における魔術師にとって重要なものが」


「分かる。それは──」


 魔術教師が尋ねるのにクラリッサが口を開く。


「火力。どれだけ強力な火力が叩き込めるかが重要」


「その通りだ!」


 クラリッサの回答に魔術教師が拍手を送る。


「いざ、戦闘になったら魔術師にとって求められるのはいかに火力を発揮するかだ。魔力管理も、正確さも無視して、いかに強力な一撃を放てるかに全てがかかっているといっても過言ではない。強力な一撃は何事にも勝る!」


 この魔術教師は元宮廷魔術師で、魔術による戦闘の経験者だった。


 地球における示現流のように第二撃を考えずに、第一撃に全力を注いで、敵に打撃を与える。第二撃が必要だった場合には他の魔術師と連携するか、死を覚悟する。それがこの魔術教師の教え伝えられてきた魔術戦闘であった。


 どうにも疑問は感じざるを得ないが、教師の言うことに従うのが生徒である。


「では、早速諸君らの腕前を見せてもらおう。何も考えず、全力で目の前の目標に向けて魔術を叩き込め! 全力でだぞ!」


 ちんまい魔術教師が命じるのに、まずは男子から列に並ぶ。


「では、やれ、諸君」


「てえいっ!」


 魔術教師の合図で男子生徒たちが魔術攻撃を50メートル先の藁人形に向けて、盛大に叩き込んだ。炎が吹きすさび、火の玉が藁人形に襲い掛かるっ!


「その程度か!」


 だが、派手なエフェクトの割には、藁人形は僅かに焦げただけだった。


「次! あの藁人形が倒れるまで授業を続ける!」


 魔術教師の叫びに次の男子生徒たちが並ぶ。


 次の男子生徒たちの中にはジョン王太子の姿もあるぞ。


「フッ」


 ジョン王太子は不敵な笑みを浮かべると、ちらりとクラリッサに視線を向けた。


「ぷい」


 そして、クラリッサは視線を露骨にそらした。


「その反応はなんだ、クラリッサ嬢! この魔術の授業でこそ君に勝つからな!」


「やかましい! さっさと目標に攻撃を放て!」


 ジョン王太子が叫ぶのに魔術教師が手に握った杖でジョン王太子の頭を叩いた。


「くうっ……! 目にもの見せてやるからな、クラリッサ嬢!」


 ジョン王太子は涙目になりながらも、目の前の目標に神経を集中する。


「我が敵を焼き尽くせ、ファイアーボール!」


 ジョン王太子が詠唱して、魔術を放った。


 その手に凝集した火球が渦を巻くと、それが藁人形に向けて飛翔する。


 そして、命中!


 ……藁人形が焦げ跡がわずかについただけで健在だった。


「馬鹿者! 誰が詠唱などをしろと教えた! 詠唱など時間の無駄だ! 魔術に必要な想像力を欠如させる害悪だ! 貴様は最初から全てやり直せ!」


「そ、そんな……」


 魔術教師にぼろくそにののしられて、ジョン王太子の視界は真っ暗になった。


「あの程度で魔力切れとは情けない! 次だ!」


 ジョン王太子の支持者がジョン王太子をわきに引っ張っていく中、次は女子生徒が位置についた。クラリッサも並んでいるぞ。


「始め!」


 魔術教師の号令の直後、空気が変わった。


 クラリッサの手のひらに空気が凝集されていき、青白い炎が膨張していく。それは一定の大きさになるとさらに燃え上がり、クラリッサの身長を超えて、地面の芝生を焦がしながら膨張すると、クラリッサの手から勢いよく放たれた。


「……見事である!」


 クラリッサの放った炎は藁人形があった場所をクレーターに変えていた。


「見たか、諸君! これこそが魔術だ! これこそが本当の魔術だ! よくやった、そこの女子生徒! 貴様は戦場で生き残れるぞ!」


 魔術教師が褒めるのにどやあという表情でクラリッサがジョン王太子を見た。


 まあ、クラリッサは世界最強のアークウィザードを母に持つ家系だ。フィジカル面のみならず、こういう場面でもアドバンテージがあるというものだ。


「それでは次だ! もうひとつ目標を生み出す。それが倒れるまで攻撃を続けろ。合格したそこの女子生徒は休んでいていい」


 魔術教師が杖を振るとクレーターが元通りになり、新しい藁人形が生まれる。


「私、やるよ、クラリッサちゃん……!」


 今度はサンドラの番だ。


 サンドラは魔力を入念に練り込みながら、先ほど見たクラリッサの火球をイメージする。文字通り、体中の魔力を使う勢いで魔力を凝集させていき、それを炎に転換する。


 ゴウッと炎が浮かび上がり、それが藁人形に向けて放出される。


 藁人形はその炎で丸焼けになり、焼け落ちた。


「それなりだな。悪くはない。これから鍛錬を積めば、それなり以上の魔術師になれるだろう。決してこれで満足するな。いいな!」


「は、はい!」


 魔術教師が告げるのにサンドラが緊張した様子でコクコクと頷く。


「それでは次だ!」


 また藁人形が現れ、生徒たちが魔術攻撃を叩き込む。


 ひとり、またひとりと合格をもらって休憩に向かう中、ジョン王太子だけは必死に目標を撃破しようと頑張っていた。そう、彼は最後まで頑張っていたのだ。彼が最後まで合格できないひとりであったのだ。


「魔力を全力で放出しろ! 後のことを考えるな! 失禁してでも、全力で魔力を込めて叩き込め! 急げ、急げ、急げ! 戦場では敵は魔力を込めるまで待ってはくれないのだぞ! ちんたらやっていたら敵の魔術師に焼かれるだけだ!」


「分かっています!」


 分かっていても出るのはさっきのしょぼい火球ばかり。


(宮廷の人間は私が魔術が使えるのを凄い凄いと言ってくれていたが、あれはお世辞だったのか……! これが現実というものなのか……!)


 ジョン王太子はしょぼ火球をぽふんぽふんと打ち込んでは、魔術教師に頭を杖ではたかれていた。これは終わりそうにない。


「クラリッサちゃん。凄かったね。あれってどうやったの?」


「なんとなくでできた」


「な、なんとなくで……」


 ジョン王太子がぽふぽふしている間、クラリッサたちはお喋りに興じていた。


「魔術の初心者はあれこれ考えるよりも、魔力を体から出す訓練をした方がいいって本に書いてあったから、その通りにした。魔力を体から放出する感覚を覚えておかないと、高度な魔術も、それどころか基礎的な魔術も使えないから」


「なるほど。魔力を出す癖をつけるんだね」


「そう。それから魔力量を考えた戦術的な魔術を身に着けていく。ここの先生は一撃必殺論者だけど、戦場にはいろいろなやり方がある──」


 クラリッサがそう告げていた時、クラリッサの頭がポカリと杖で叩かれた。


「教師の言うことを否定するんじゃない! こっちは生徒たちのことを考えて教育を施しているのだからな。貴様のような小娘が魔術を語るなど100年早い!」


「ごめんなさい」


 魔術教師がそう怒鳴るのに、クラリッサが叩かれた頭を撫でながらそう返した。


「フフフ……」


 そして、その様子を見ていたジョン王太子がにやりと笑っている。


「貴様は笑っている場合か! この鼻垂れ王太子め! 貴様は居残りだ! 今日はあの藁人形を倒すまで家に帰ることを許さんからな!」


「そ、そんなあ……」


 その日、ジョン王太子が帰宅したのは夜10時を回った時間であった。


 そして、結局ジョン王太子は藁人形を倒せていなかった。


 頑張れ、ジョン王太子! 魔術は才能ではなく努力だぞ!


……………………


……………………


 魔術の授業は次の日も行われた。


 しかも、体育の授業に続けて。


「今日も全開まで魔力を放出していくぞ! 一撃必殺。見敵必殺。それを心得よ。第二撃のことなど考えるな。そんなものは考える必要はない。一撃で敵を葬れば、二撃は必要ないのだからな。魔力を臓腑の底から全て吐き出していけ!」


 体育で戦闘科目を選んでいた生徒はへとへとの状態で魔術の授業を迎えた。


「クラリッサちゃん、クラリッサちゃん。体育の授業ってそんなに厳しいの?」


「ん。普通かな」


「そっかー」


 へとへとの運の悪い生徒たちを見ながら、サンドラはどうも違う気がしてきた。


「ちなみに今日は何したの?」


「筋トレとランニング。腕立て伏せ3セット、クランチ3セット、スクワット3セット。それからグラウンドを4周」


「それ絶対普通じゃないよね?」


「普通じゃないの?」


 ランニングを除けば成人男性の必要とするトレーニング量である。


 ちなみに繰り返すがクラリッサたちは6歳だぞ。


「私のところ、非戦闘科目だけどそんなに運動しないよ。グラウンドは1周だし、筋トレなんてしないし。みんなでドッチボールしたりするぐらいだよ」


「えっ……。それ何の意味があるの……」


「否定しないで! ドッチボールも楽しいんだから!」


 理解できないという顔をするクラリッサにサンドラが告げる。


「魔術も非戦闘科目はのんびりやってるのかなあ」


「今度ウィレミナに聞いてみる」


 今日もしごく気満々の様子の魔術教師を見て、思わずサンドラはそう告げたのだった。非戦闘科目はここまでしごかれないぞ。


「前の時間が体育だったようだが手は抜かんぞ。戦闘科目だったものも、自分が選んだ結果なのだから、素直に運命を受け入れよ。今からの選択科目の変更はできんからな」


 どうやら魔術教師は体育の時間にどれだけ生徒たちがしごかれているかを知っているらしい。この教師、サディストの気があるのではなかろうか。


「今日の目標は藁人形ごときではないぞ。これだ!」


 魔術訓練用の広場に置かれたのは甲冑を纏った藁人形だった。


「今日のは炎で燃やして終わりでは済まないぞ。鎧を叩き潰す必要がある。さあ、創意工夫を凝らして、あの甲冑を撃破せよ。魔力をありったけ、惜しみなく、完膚なきまでに叩きだして、必殺の一撃を加えるのだ!」


 前回から急にハードル上がりすぎである。


 ひとり、藁人形すら倒せなかった男がいるというのに。


「よし。今日は女子からだ。クラリッサ・リベラトーレ。皆の者にお手本というものを見せてやるがいい。貴様の魔術ならば倒せるだろう」


「了解」


 魔術教師がクラリッサを呼ぶのに、クラリッサが立ち上がって広場に進む。


 距離50メートル程度。障害物なし。


 クラリッサが手をかざすと、魔力が目に見える形で凝集していく。キラキラときらめく魔力はやがて金属の槍を形成した。大きな先端部に鋭い切っ先が備え付けられている。そして、その槍はクラリッサの手から秒速1000メートルで射出された。


 クラリッサの放った槍は金属の鎧を貫くと同時に爆発四散し、鋼鉄の鎧を内側から完璧に破壊した。飛び散った金属の破片は最小限で、生徒たちには及んでいない。


「上出来だ! 魔力を腹の底から全て出したな! それでこそ魔術師だ!」


「ども」


 上機嫌な魔術教師と平常運転のクラリッサ。


 生徒たちは『あれって人間が食らったらどうなるんだろう……』とドン引きしているぞ。多分、人間が食らったら文字通りのミンチ肉の出来上がりだ。


「では、他のものもやるように。今日も倒すまでは帰さんぞ」


 悪魔の宣告を前に生徒たちがうめき声を漏らす。


「クラリッサちゃん、クラリッサちゃん。何かコツとかあるのかな……?」


「うーん。まずはおなかに力を入れて」


「うんうん」


「世界に対する呪詛みたいなものを吐き出せばいいと思う」


「……うん?」


 サンドラが尋ねるのにクラリッサが神妙な表情で告げる。


「こう『こんな世界なんて滅んでしまえー』とか『うっとうしい人間全て死に絶えろー』とか『私に逆らう奴は全員八つ裂きにしてやるー』とか思いながら放つと、いい感じの攻撃魔術が放てるよ。おすすめ」


「……ちなみにさっきの魔術の時はなんて思ってたの?」


「内緒」


 サンドラが尋ねるのに、クラリッサは首を横に振って返した。


 ちなみにクラリッサは物凄いことを考えながら魔術を放っていたぞ。


「と、とりあえず、おなかに力を入れるところから始めるね」


「世界に対する呪詛も忘れちゃダメだよ」


「私は世界に対する恨みはそんなにないかなー……」


 クラリッサのアドバイスはあまり役に立たなかった。


「次!」


「は、はい!」


 魔術教師の号令で、サンドラが広場に向かう。


「おなかに力を入れて……」


 それによって心なしか魔力がより凝集するのが感じられた。


「あ、後は世界に対する呪詛を吐き出して……」


 サンドラは最近あった嫌なことを思い出す。


 そう言えば、いつも嫌いだと公言しているピーマンがこの間山盛りになっていた。お母さんたちは好き嫌いせず食べなさいの一点張りで全く相手にしてもらえなかった。ピーマンなんて栄養もさしてあるわけでもないだろうに……!


「ピーマン滅べ!」


 次の瞬間サンドラの手に禍禍しい氷の槍が形成され、それが目標に向けて放たれた。氷の槍はかなりの速度で目標を目指し、鎧を貫くと砕け散った。


「うむ。なかなかだな。……だが、好き嫌いはせずに食べるのだぞ」


「は、はい……」


 目標は達したけれど、どこか大事なものを失った気がするサンドラだった。


 それから女子たちが挑むも、鎧に覆われている藁人形はなかなか撃破できない。全員が必死になって魔力を叩き込み、なんとか力業で撃破することになった。


「もっと魔力を吐き出す訓練に励むように。出し惜しんでいるものがいるぞ」


 魔術教師は厳しくそう告げる。


「次、男子!」


 男子とくればこの人、ジョン王太子の出番である。


 この間は居残りをさせられた彼だが、今回は無事に目標を撃破できるのだろうか?


「ジョン王太子、頑張って!」


「あの平民よりも強力な一撃を叩き込んで!」


 魔術の授業にも平民ぎゃふんといわせ隊のメンバーたちはいるぞ。


 そんな彼らに期待に応えるのが、次の国王であるジョン王太子の役割だ。


「魔力を臓腑から吐き出して……」


 ジョン王太子の掲げた手がキラキラと光る。


「魔力を練り込み、練り込み……」


 魔力が槍の形へと姿を変えていく。


「そして、放つ……!」


 ジョン王太子の放った槍は甲冑に向けて飛翔し──。


「あれ?」


 甲冑を前にしてぼろりと崩れた。


「この馬鹿者が! 土の槍で甲冑が貫けるはずがないだろうが! ちゃんと放つものをイメージしろ! それぐらいのこともできんのか!」


「り、理不尽……」


 結局のところ、ジョン王太子は今日も目標を授業時間内に撃破できず、居残りで魔術の訓練をやることになったのだった。


 だが、今日はちゃんと目標を撃破して夜9時には帰れたぞ。


 やったね、ジョン王太子!


……………………

本日9回目の更新です。

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