娘は父に褒めてもらいたい
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──娘は父に褒めてもらいたい
リーチオがアルビオン王国に戻ったのは、クラリッサたちが税関でどったんばったんやった2日後のことだった。
リーチオはどうにも出入国管理が厳しくなったなと思いながら、アルビオン王国の地に足を付けた。数日振りのシマへの帰還だ。
「お帰りなさいませ、ボス」
港ではリーチオの部下たちがボスの帰還を待っていた。
「留守中、問題はなかったか?」
「それが……」
「どうした?」
部下が言葉を濁らせるのにリーチオが尋ねる。
「クラリッサお嬢様とベニート様がカレーの連中と抗争を起こしまして。アルビオン王国にいた連中の手先は全員逮捕されるか、吊るされました。カレーについてもボスの許可が下り次第軍隊を送るということで準備を」
「クラリッサが……?」
リーチオはあまりにも現実感のない言葉を前に言葉を失っていた。
「クラリッサは無事なんだな?」
「はい。特に問題もなく」
「クラリッサが抗争に関わっている時点で問題だ」
リーチオは頭痛がするのを感じた。
「すぐに屋敷に回せ。それからベニートを屋敷に呼び出しておけ。全く、俺の留守中にいったいなにをしていたっていうんだ」
リーチオはそう告げて、馬車は真っすぐリーチオの屋敷を目指した。
季節は秋。紅葉した植物が街を彩っているがリーチオにそれを楽しむ余裕はなかった。リーチオはまずクラリッサとベニートおじさんから留守中に何を騒いでいたのかについて聞きださなければならないのだ。
「帰ったぞ」
リーチオが屋敷に帰ってきたのは夕方7時。
「お帰りなさい、パパ」
「お帰りなさいじゃないだろ。俺が留守の間に何してた?」
「ファミリーの敵をやっつけてたよ。ボコボコにしてやった」
クラリッサは凄いでしょと言わんばかりにリーチオを見上げる。
「あのなあ。お前はファミリーのメンバーでもなんでもないんだ。勝手に抗争を始めるな。誰がそんなことを唆した?」
「自分で考えたよ。囮作戦で相手の懐に潜り込んで、そこからボコボコにした」
「立派に育ったな……」
どやっという感じでクラリッサが告げるのに、リーチオはため息をついた。
「シャロンはいるか」
「はっ。ここであります」
リーチオが尋ねるのにシャロンが物陰から姿を見せた。
「全く、どうしてお前がついていたのに止めなかった。危ないところがあったんじゃないのか? 相手はカレー支部の連中だったんだろう?」
「いえ。全く危険はありませんでした。お嬢様は襲い掛かる敵をばったばったとやっつけられまして、まさに敵なしの無双状態だったであります。まあ、魔道式小銃やらが火を噴いていたのは事実でありますが……」
「おい。危険だらけじゃねーか。止めろ。そういうときはちゃんと止めるんだ。お前も一緒になって騒いだ口だろう?」
「そのようなことは。お嬢様もお守りするために腐敗した税関職員とカレー支部の人間に魔術攻撃をちょっと叩き込んだだけであります」
「……それを一緒になって騒いでるっていうんだよ」
リーチオはもはやため息しかでないぞ。
「パパ。褒めてくれないの?」
「んんん。どこにお前を褒める要素があるのか俺には分からない」
クラリッサ。父親に無断で抗争を起こしたり、腐敗しているとは言えど税関職員をボコボコにしたりしてはいけないのだ。
「だって、パパもいずれは薬物取引をしている連中を潰すつもりだったんでしょ? それに私たちのシマが荒らされてたんだよ? 連中、学園の女子生徒を使って、税関職員を買収していたの。それって許せることじゃないよね?」
「確かにそうだがな。そういうことはパパたちがするから、お前は何もしなくていいんだ。というか、何もしないでくれ」
「そんな。私も一家の一員なのに」
「そのファミリーと家族のファミリーは全く別だし、お前はまだ中等部1年生だ」
クラリッサが戦慄するのにリーチオがそう告げて返した。
「ぶー……。パパのためにと思ってやったのに。本当に褒めてくれない?」
「褒めない。むしろ怒られなかっただけよしと思いなさい」
クラリッサが唇を尖らせるのに、リーチオがそう告げて返した。
「でも、学園で勝手に商売してた奴も潰したよ? 退学処分になって出ていったよ?」
「……お前も一緒に退学処分になる可能性は考えなかったのか」
「ちゃんと教師陣には袖の下を渡してあるから大丈夫」
クラリッサがそう告げてサムズアップする。
「お前はなあ……。俺はお前に堅気に育ってもらいたいんだ。マフィアなんて日陰者だぞ。それなのにお前ときたら勝手に抗争を起こすわ、生徒を退学処分に追い込むわと……。なあ、お前は本当に俺の跡が継ぎたいのか?」
「継ぎたい。私はパパの仕事は誇れるものだと思ってる。私もパパみたいに立派な大人になりたい。私たちは日陰者なんかじゃないよ。闇夜に潜むものだよ」
「格好よく言いつくろっても、日の光の下で暮らせんのは変わらん。俺たちははっきり言えば犯罪者だ。法の正義に反している。だから、俺の跡を継ぐとかいうな。堅気になれ。それがお前にとって一番いい道だ」
クラリッサがリーチオの腕にしがみついて告げるのにリーチオはそう言い返した。
マフィアは今でこそ存在が許されているが、法の正義に反しているのは事実だ。いずれマフィアが解体されるときが来るか、マフィアの規模が小さくなる時が来るだろう。その時にリーチオはクラリッサが貧しい思いをするのはごめんだった。
だから、ビジネスを合法化する。合法的に富を手に入れ、合法的に支配する。
「よくない。私はずっとパパと一緒に過ごしてきた。もう私にとってマフィアの仕事は人生の一部。それをいきなりやめろだなんて酷い」
「酷くない。お前のためを思っていっているんだ。それにいずれにせよリベラトーレ・ファミリーは合法的な存在になる。もう街で暴力を振るうことも、誰かを吊るしたり、川に浮かべたりすることもしなくなる」
「そうか……。寂しくなるね……」
「どういう感性してたらそんな感想が出るんだ?」
クラリッサの感性はベニートおじさんの影響を受けているぞ。
「それはともかく、今回は私たちが頑張ったんだよ。褒めて」
「褒めない」
「酷い。親は子供の成長を褒めて伸ばすことは必要なんだよ」
「それは一般的な教育の場合な。今回みたいに勝手に抗争なんてしたときには当てはまらない。勝手に喧嘩して、危険な目に遭って褒める親がいると思うか?」
「中にはいるかもしれない」
「目を見て言え、目を見て」
クラリッサはそっと視線を逸らしている。
「ボス! シチリーはどうでしたか!」
などと、クラリッサと話していたら、クラリッサに悪影響を与えている人物ナンバーワンのベニートおじさんが颯爽と登場した。
「どうでしたか、も何もあるか。結論が出てから抗争はすると言っただろうが。どうしてお前はちょっとした約束事を守れないんだ?」
「ボス。連中は俺たちのシマを荒らしてたんですぜ。クラリッサちゃんのシマである王立ティアマト学園や聖ルシファー学園まで。そして、女子生徒にいかがわしい接待をさせて、税関職員を買収し、俺たちのシマでヤクを売ってたんです」
「そうか。で?」
ナチュラルに王立ティアマト学園をクラリッサのシマにしているベニートおじさんである。碌なことをしない大人の代表格の座は伊達じゃない。
「そんなの許せるはずがないでしょう。ボスだって激怒していたはずです。児童買春に薬物取引を俺たちのシマで堂々とやりやがったんですからね。目にもの見せてやりましたよ。連中の売人は全員官憲に突き出すか、あるいは吊るしてやりました。後、川にも浮かべてやりましたよ。こちらのメッセージはこれで十二分に伝わったでしょう」
「まあ、結局はそうするわけだったんだが、せめて俺の指示を待て。万が一、シチリーの会合でドン・アルバーノが薬物取引を認めてたら七大ファミリーからつまみ出されるのは俺たちの方になっていたんだからな?」
「でも、そんなことはありえないでしょう。ドン・アルバーノは理解のあるお方だ」
「はあ」
ベニートおじさんの根拠のない自信にリーチオはため息しかでなかった。
「……ちょっと待てよ。クラリッサ。お前、囮をやったといったな? それは税関職員を買収するためのいかがわしい行為をする方か?」
「ん。そうだよ」
「何もされなかっただろうな?」
「フェリクスがセクハラされてた」
「……フェリクスって男だったよな?」
「私も疑問」
クラリッサは税関職員は同性愛者なのだろうかと思っている。
「ボス。もう俺たちのシマは大丈夫ですぜ。次はカレーに仕掛けましょう。今度こそ連中を叩き潰してやらなければ。ルカ・リッツオーリの裏切りは明白です。これからはカレー支部の幹部は監視してやらなければなりませんな」
「そうだな。お前にも監視が必要だ」
ルカはカレー支部のボスだ。今のところ、彼が表に出ていることはないが、この状況からして無関係とも言えないだろう。
「明日に幹部会を開いて告げるがドン・アルバーノは薬物取引との徹底対決を決定した。俺たちも戦いに参加することになる。ベニート、だからと言って無茶はするなよ」
「戦争ならば任せてください。連中を皆殺しにしてやりますよ」
無茶をする気満々のベニートおじさんだ。
「いえーい。皆殺しだー」
「お前までノリノリになるんじゃない。お前はいつも通り学園に通って勉強」
「そんな」
クラリッサがノリノリになるのにリーチオが釘を刺し、クラリッサが戦慄する。
「今回の一番の功労者にパパは冷たいよ。役立った部下はちゃんと報いないと」
「ボスの命令なしに勝手に抗争を始めるのは功労者と言わない。だが──」
リーチオはカバンを開く。
「ドン・アルバーノからだ。お前の好きなお菓子。俺は褒めないが、ドン・アルバーノならばちょっとは褒めてやるだろう」
「む。私はパパに褒めてほしかったのになあ」
そう言いながらもちゃっかりとお菓子は受け取るクラリッサだ。
「さて、夕食はもう食べたか? まだなら食いに行くぞ」
「行く行くー!」
リーチオが告げるのにクラリッサが歓声を上げた。
頑張れ、クラリッサ。リーチオの賞賛が得られるような功績を上げるんだ。
……………………
……………………
ドン・アルバーノによる麻薬戦争の宣告はなされた。
七大ファミリーの全てが戦争に加わり、あちこちで薬物の密売人を始末する。
売人もその人間から買った人間も、無差別な殺戮が吹き荒れた。
テムズ川には死体が毎日のように浮かび、その全てが“事故死”とされる。
七大ファミリーは薬物を扱う敵対組織の幹部たちに膨大な懸賞金をかけ、どこまでも追っ手を放った。買収されていた官憲たちも敵対組織に勝ち目がないと分かると、裏切り、その首を持って七大ファミリーに恭順を誓った。
そして、リベラトーレ・ファミリーにおいても、カレー支部の鎮圧作戦が始まっていた。カレー支部も既に七大ファミリーが宣戦布告したことは理解しているだろうが、彼らは未だに動かずにいた。いや、動けなかったのかもしれない。
カレーを放棄して逃げようにも周りはフランク王国の犯罪組織がいる。これまでは良好な関係を築いていたが、七大ファミリーが宣戦布告してからは関係は劣悪なものになっている。フランク王国の犯罪組織にとっては元リベラトーレ・ファミリーも、現リベラトーレ・ファミリーも同じように敵とみなしているのだ。
物資と人員の輸送はカレーを回避し、ダンケルクを経由して行われた。ダンケルクに大きな港はないが、カレーに何の策もなく突っ込むよりはマシである。
「ファビオ。準備はいいな?」
「はい、ベニートさん」
カレー強襲部隊を指揮するのはベニートおじさんとファビオ。
ファビオも幹部見習いとして着々と経験を積み重ねており、幹部になるのはそう遠いことではなくなっている。後は得意の修羅場をいくつか潜れば、箔も付き、他の幹部とも対等にやり合える立場になれる。もっともそれでもベニートおじさんたちのような古参には及ばないが。
「まずは俺が銃声を鳴り響かせて一般人を追い払う。それからファビオ、お前たちがカレー支部の根城であるレストランに突入しろ。レストランの中の連中は全員カレー支部の連中だ。皆殺しにしても構わん」
「ルカについてはどうします?」
「ルカ・リッツオーリはそれなりの見せしめにしてやらなきゃならん。可能ならば生かして捕らえろ。ダメなようだったら逃げる前に殺してしまえ」
「了解」
幌馬車の中でベニートおじさんとファビオが打ち合わせをする。
「カレーは厳戒体制下にあるはずだ。連中はすぐに俺たちに気付くだろう。こそこそやるのはなしだ。正面突破し、片っ端から殺しまくるぞ」
ベニートおじさんがそう告げるのにカレーの城門が近づいてきた。
城門は開け放たれたままになっており、官憲の姿はない。ただ、堅気ではない男たちが城門の前でたむろしている。カレー支部の構成員たちだろう。
「止まれ」
その中の男のひとりがベニートおじさんたちの馬車を止める。
「中身はなんだ?」
「人間だ」
男が尋ねるのに御者がそう告げて返す。
「どんな人間だ?」
「こんな人間だ」
男が近づくのに御者の男がピストルモデルのマスケットを男に突き付けて引き金を引いた。銃弾が男の脳内でバウンドし、脳漿を掻き乱して、射出孔から出ていく。
「リベラトーレだ!」
「カチコミだぞ!」
男たちが叫ぶのに、荷台から魔道小銃が乱射されて男たちが八つ裂きになる。
「行け行け行け! 突っ込め!」
ベニートおじさんたちを乗せた幌馬車はそのまま街に突っ込み、中央の広場に入った。中央広場には教会などが面している。
ベニートおじさんはそこで馬車から飛び降りると2丁のピストルモデルのマスケットを上空に向けて撃った。周囲に鼓膜を揺るがす銃声が響き、街は一気に騒然となる。
「関係ない連中は逃げろ! 死にたくなければとっとと逃げろ! 戦争だ!」
ベニートおじさん、ノリノリである。
ちなみに連続した射撃もできる魔道式小銃に対してマスケットが優れている点は携行性とその銃声にある。魔道式小銃がその仕組み──長い銃身に刻まれた魔法陣──のため小型化が困難だが、マスケットならば命中精度を無視すれば小型化は可能だ。そして、その黒色の発する銃声。それは合図にもなるし、相手を威圧することにもなる。
「レストランはこっちだ。撃ってくる人間はすぐに殺せ。ボスはカレー支部の粛清を決定された。例外はなしだ」
「了解」
そして、ファビオたちがレストランに向かっていく。
「リベラトーレが来たぞ!」
「応戦しろ!」
街中では男たちが魔道式小銃を構えて、遮蔽物に隠れながら射撃してくる。
「甘い」
ファビオは道路の真ん中で魔道式小銃を構えると、片っ端からヘッドショットを決めていく。撃ちこむのは氷の刃。脳に刺さったそれがカレー支部の構成員たちの命を屠り、カレー支部の構成員たちは痙攣しながら倒れていく。
「ファビオさんに続け!」
「行け! 裏切者を殺せ!」
ファビオが先陣を切って進み、目標のレストランが射程内に入る。
「ま、待て! 降伏す──」
レストランの中から両手を挙げた男たちが出て来るのに、ファビオたちは魔道式小銃から魔術攻撃を浴びせかけてやった。
「誰も捕虜にするな。ボスは皆殺しを所望しておられる」
ファビオはそう告げて、レストランに突入する。
それからは皆殺しだ。
レストランにいた人間はどんな人間だろうと皆殺しにされた。女、老人、怪我人。あらゆるものに魔道式小銃が火を噴いた。周囲はものの焦げる臭いと血の臭い、そしてアンモニアの臭いが立ち込めている。だが、アドレナリンが全開になっているファビオたちがそんな些細なことを気にする様子はない。
そして、彼らはレストランの2階と地下室に分かれて捜索を行う。
目標は裏切り者と思われるルカ・リッツオーリ。
ファビオたちは2階に向かい、そこで銃声を聞いた。
ファビオたちが銃声の響いた扉を蹴り破ると、ピストルモデルのマスケットを手に握ったルカが血の海に沈んでいた。頭部には銃創があり、自殺したものと思われる。
「最後は自分で終わらせたか。死体の首を持って帰れ。このカレーの城門に吊るす」
「了解です、ファビオさん」
こうしてリベラトーレ・ファミリーはカレーの支配権を取り戻した。
これからはカレー支部においては厳重な査察が行われ、支部の代表者も頻繁に交代させられることになる。そして、リーチオは信頼できる人間にしかカレー支部を任せないだろう。もうカレー支部が薬物取引を行うことはない。
他のファミリーも薬物取引を行う犯罪組織を追い詰め、壊滅に追いやった。
だが、これで全ては解決しないだろう。
麻薬というものが存在し、それを求める人間がいる限り、需要がある限り、どこかで供給が行われるのだ。それが経済というものなのだから。
それでも今は薬物を遠ざけることができた。
七大ファミリーの勝利である。
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