娘は風紀委員の勇気だけは認めたい
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──娘は風紀委員の勇気だけは認めたい
クリスティンの囮捜査が始まった。
クリスティンは友達の力を借りて、だぼだぼのスカートを何とか短くし、髪型をちょっと弄って、化粧をし、ネイルまで整えた。
その結果がこちらです。
「うう。恥ずかしいです……」
「恥ずかしくないよ、クリスちゃん! 似合ってる! 似合ってる!」
クリスティンは生まれ変わったかのようになっていた。
と、言いたいところだが、やはり背丈はちんりくりんだし、童顔には化粧はあまり合っていない。初等部の子が背伸びしてお化粧してみたという感じである。まあ、これはこれである意味生まれ変わったのかもしれないが。
「正直、ちょっといまいちかな」
「やり直すです!」
クリスティンの友人のひとりがばっさり告げるのにクリスティンが吠えた。
「いや。これぐらいの方がいいと思うよ。明らかに校則に喧嘩売ってますっていうアウトロー感が出て。これなら間違いなく、件のいかがわしいアルバイトを斡旋している連中も食らいつくと見たね」
「ほ、本当ですか?」
「本当、本当」
嘘である。
実のところ、クリスティンの友人2名はクリスティンが怪しい組織と接触することに反対だった。クリスティンが現場を押さえられたとしても、そのあとのことが問題になる。クリスティンは後ろから数えた方が早いくらいの運動音痴で、その上ちびっ子だ。怪しい組織に接触して彼女が何かしらの行動を取ろうとしたとき、逆に返り討ちに遭う可能性はかなり高かった。
殺されるようなことはないだろうが、暴力は振るわれるかもしれない。それが心配で友人たちは明らかにいかがわしいアルバイトの斡旋が来そうにない格好にしたのである。
クリスティンはやめようと言ってやめる人間でもないため、こうするしかなかったのだ。ある意味ではとても友達思いな友人たちである。
途中でちょっと楽しくなって、過剰に演出したのは否定しないが。
「じゃあ、これから3日間、その格好で過ごそうね。制服はそのまま。化粧は毎朝私たちがしてあげるから安心して」
「こ、こんな校則違反を3日間も……」
ふらりと気を失いそうになるクリスティンであった。
「じゃあ、やめとく? 先生たちに任せるのも手のひとつだよ?」
「いいえ! やめません! なんとしても摘発して見せます!」
クリスティンの友人はここで諦めてもらいたかったのだが、クリスティンが諦めることはなかった。彼女は最後まで徹底的にやるつもりのようだ。
「でも、クリスちゃん。先生からその格好、怒られたらどうするの?」
「事情を説明し、理解していただきます。これも風紀委員の職務の一環なのですから」
クリスティンはそう告げてガッツポーズを取る。
「では、早速この格好で校内を巡ってきます。きっといかがわしいアルバイトを斡旋している組織も私に引っかかることでしょう!」
「あ。待って──」
クリスティンは友人の言葉を最後まで聞くことなく、教室から飛び出した。
「あ」
「あ」
そして、遭遇したのがクラリッサである。
「どこのチンドン屋かと思ったら、風紀委員か。大胆なイメチェンだね」
「むぐ。だ、誰がチンドン屋ですか! 私は今崇高な──」
と、言いかけてクリスティンは言葉を飲みんだ。
件のいかがわしいアルバイトにはクラリッサがかかわっている可能性がある。ここでこれが囮捜査のための変装だとばれてしまうのは不味い。ここはあくまで不良になり切らなければならないのである。
「そーですけどー! 私、ワルになったんですー! 超ワルですー! 怖かったらとっととそこを退くがいいです!」
クリスティンがそう告げるのにクラリッサが首を傾げた。
「どこら辺がワルなの?」
「こ、このスカート丈の短さや化粧が目に入らないんですか! 堂々と私は校則違反をしているのですよ! これをワルと言わずになんというのですか!」
「へっ」
「うがーっ! なんですかー! その軽薄な笑いはー!」
クラリッサが鼻で笑うのにクリスティンが叫んだ。
「とにかく! 今の私はワルです! さあ、とっととそこを退くがいいです!」
「……例のいかがわしいアルバイトの件、調べているの?」
クリスティンが叫ぶのに、クラリッサが首を傾げてそう尋ねた。
「ち、違います! 私は今日はお日柄もよくワル日和だからワルになったんです! いかがわしいアルバイトの件とは実際無関係です!」
「調べてるんだね」
クラリッサはそう告げてため息をついた。
「あれは危ないから私たちに任せておいてって言ったよね? ただ怪我をするだけじゃ済まなくなるかもしれないよ。それにそんなに目立つ格好をしたからって、相手が簡単に引っかかってくれると思ってるの? もうやめておいた方がいいよ」
クラリッサはどこまでも真剣な表情でそう告げた。
「う。ダメです! 学園の風紀を守るのは、守るのは私たち風紀委員なんです! あなたたちのような不良には任せておけません!」
クリスティンはそう告げるとクラリッサの脇を走り去っていった。
「やれやれ。困ったな」
クラリッサは走り去っていったクリスティンを見て、顎を摩った。
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クリスティンはそれから空き教室や屋上、体育館裏など怪しげな場所は一通りチェックした。だが、そこにはいかがわしい連中はおらず、無人のままであった。
「むう。どうしたらいいのでしょうか」
クリスティンはそんなことを考えながら、下駄箱にたどり着いた。
「ねえ、君」
「はい?」
不意に声がかけられたのに、クリスティンがそちらを向く。
「実は簡単に儲ける方法があるんだけど、乗ってみない?」
話しかけてきたのは見知らぬ男子生徒。
来た。ついにクリスティンが捜索していたいかがわしいアルバイトの斡旋と遭遇したのだ。だが、まだこの時点では断言できない。もう少しばかり様子を見なければ。
「興味あります。どうしたらいいんですか?」
「説明するからこっちにおいでよ。その代わり、ここから先のことは内密にね」
よし。間違いない。後は犯人の顔をよく記憶して、後で取り調べるだけだ。
クリスティンと男子生徒は下駄箱から上がって、3階を目指す。
クリスティンは男子生徒の顔をよく記憶しようと見つめようとしたが、視線に気づかれたのが怪訝そうな視線が帰ってきた。ここで顔を覚えるのは得策ではなさそうだ。それにこの男子生徒はただの使いっぱしりなのかもしれない。
クリスティンが抑えるべきは主犯の顔である。誰がこの王立ティアマト学園で不埒なことをしているのか突き止めなければならない。
そして、その組織を根絶やしにするのである。
そうすれば学園の風紀は取り戻され、いかがわしいアルバイトの餌食になる生徒もいなくなる。学園の平和は保たれるのだ。
「ここだよ。じゃあ、本当に内密にね」
男子生徒がクリスティンに念を押すと、彼女をクリスティンがまだ見ていなかった空き教室へと招き入れた。
「おーい。アルバイト、連れてきたぞー」
「お。やったな。これで3人──」
男子生徒がそう告げてクリスティンを中に入れるのに、他の男子生徒たちの視線がクリスティンに向けられた。
「こいつ、風紀委員だ! 騙されやがったな、馬鹿野郎が!」
「な、なんだって!?」
クリスティンの変装もむなしく、クリスティンは一発で風紀委員だとばれてしまった。クリスティンは逃げ出そうとしたが、その逃げ道を男子生徒がふさぐ。
「生徒手帳、出せ」
「嫌です!」
「出せって言ってるんだよ!」
男子生徒は無理やりクリスティンの制服を漁って、そこから生徒手帳を取り出した。
「クリスティン・ケンワージー。間違いない。風紀委員だ」
「畜生。てめえ、嵌めやがったな」
男子生徒たちの怒りの矛先がクリスティンに向けられる。
「そこまでです! あなたたちが学園でいかがわしいアルバイトの斡旋を行っているのは分かりました! 大人しく生徒指導を受けてください! さもなければ──」
「さもなければ、何だってんだよ?」
男子生徒はそう告げてクリスティンの髪を掴んだ。
「てめえ、ただで帰れると思うなよ。俺たちのことを知ったからにはただじゃ帰さねえ。それなりの目に遭ってもらうからな。ここでのことをチクらないぐらいには、痛い目と、恥ずかしい目に遭わせてやるよ。覚悟しろ」
「せ、生徒に暴行を加えれば停学処分ですよ!」
「知ったことか。要はてめえが黙ってればいいんだ」
そう告げてクリスティンの髪を掴んだ男子生徒は折り畳みナイフを抜き、構えた。
「その髪型、俺たちが整えてやるよ」
「や、やめ……」
クリスティンはここでようやく気付いた。
どうしてあそこまでクラリッサが危険だと警告していたのか。どうして友人たちが止めようとしていたのか。
結局のところ、クリスティンが無力だからである。
「楽しみにしておけよ。愉快な髪型に──」
その次の瞬間、ナイフを持った男子生徒が吹っ飛んだ。
「だ、誰だ!?」
「あ? わざわざてめえらに名前を名乗らないといけねーのか?」
男子生徒たちが慌てて尋ねるのに、聞き覚えのある男子生徒の声が響いた。
「フェリクス・フォン・パーペン……?」
「だから言っただろうが。クラリッサが散々勝手に動くなって」
クリスティンが告げるのに、フェリクスがため息混じりにそう返した。
「この! 舐めてんじゃねーぞ、女男が! 可愛がってやる──」
「誰が女男だ!」
ナイフを握りなおしてフェリクスに向けて構えようとした男子生徒の顔にフェリクスの右ストレートが見事に決まった。
「畜生。こいつはやばい。逃げるぞ」
「どこに逃げるのかな?」
教室の反対の扉に向けて進もうとした男子生徒たちの前に立ちふさがるもの。
クラリッサだ。
「よくも散々うちのシマを荒らしてくれたよね? 覚悟してくれる?」
「ク、クラリッサ・リベラトーレ……。冗談だろ……」
クラリッサの姿が見えるのに男子生徒たちの戦意がゴリゴリと削れる。
相手は生徒会選挙中に格闘部の部長ですら屠った猛者だ。そして、彼女に従う“クラリッサ・ギャング”の数は学園内に50名以上存在するという。
もちろん、これはただの噂です。もっとも、生徒会選挙中に格闘部の部長を一撃で叩きのめしたのは事実であるけれど。
「フェリクス。そっちを押さえておいて。誰も逃がさないように」
「任せろ。それからこれ、使うか?」
フェリクスがクラリッサに向けてあるものを投げる。
折り畳み式ナイフだ。今は畳まれている。
「悪くないね」
クラリッサはにやりと笑った。
暗器を学園で使うのはクラリッサのロマンであった。これまではリーチオの猛烈な反対を受けて使えなかったが、今日はそんな制約はない。自由に使って構わないのだ。
「さて、少しばかりお喋りしようか? 君たちの裏に誰がいるかとか」
「だ、誰が喋るかよ! 舐めんな!」
クラリッサがそう告げるのに部屋にいた4名の男子生徒のうち、ひとりがクラリッサに向けて突撃する。手には折り畳みナイフだ。
「じゃあ、喋りたくしてあげる」
クラリッサは突撃をひょいっと躱すと、男子生徒のナイフを持った腕をねじ上げ、そのまま肩の関節を外した。
「あがががっ!」
「はい。まだお喋りしたくない?」
肩の関節が外れた衝撃でひとり気絶。
「ち、畜生! あんな化け物の相手、無理だ!」
2人目はフェリクスの方に向けて逃走する。
「いかせねーよ」
自分に向かってきた男子生徒にフェリクスが拳を振るい、腹部に叩き込まれた打撃によって2人目がダウンした。完全に気絶している。
「ま、待ってくれ。お、俺は何も知らないんだ。ただ彼らに雇われていただけで。本当だ! だから、勘弁して──」
「ダメ」
3人目の股間にクラリッサが蹴りを叩き込んだ。安心せい。去勢はしておらぬ。
そして、その衝撃によって3人目がダウン。
「残りは君だけだけど、お喋りしたくなった?」
「ふ、ふざけんな! 誰が──」
クラリッサは抗弁しようとした男子生徒の手を椅子の上に乗せると、手のひらに折り畳み式ナイフを突き立てた。男子生徒が悲鳴すら上げられず、嗚咽を漏らす。
「お喋りしたくなった?」
「て、てめえ! こんなことしたら停学、いや退学だぞ!」
「そうだね。教師陣が中立公平で、事実を知ったらそうなるかもしれないね」
クラリッサがそう告げて男子生徒の髪を掴んで自分の方を向かせる。
「けどね、君たちなんて言うつもりなの? いかがわしいアルバイトの斡旋しようとしていて、女の子に暴行しようとしていたら、ボコボコにされましたって先生に言うの? そんなこと言ったら、君たちも責任を問われるよね?」
「ぐ……」
「それにいざって時に先生に泣きつけるほど、君たち素行良くないでしょ?」
クラリッサはそう告げて男子生徒の顔を椅子に叩きつける。
「誰も助けには来ないよ。素直に喋らないなら、指の2、3本は切ろうかな?」
クラリッサはそう告げてナイフを握った。
「喋る! 喋ります! だから、助けて……!」
「素直でよろしい」
クラリッサはそう告げて折り畳み式にナイフを手のひらから抜く。
「黒幕は?」
「ヒ、ヒルダ・ホーク。けど、奴が本当の黒幕ってわけでもない。この件には学園の外の人間がかかわっているんだ。外にいる犯罪組織が、ドーバーで女子生徒が必要になるから、雇い入れているんだ。どこの犯罪組織とかはしらないけれど……」
「ドーバーか……」
クラリッサはリーチオにドーバーと告げた時にリーチオが急に出かけたのを知っている。シャロンに後で聞いたところ、それはベニートおじさんの屋敷に向かったと。
「リベラトーレ・ファミリーって知ってる?」
「し、知らない。それが関係しているのか?」
「さてね」
この男をこれ以上問い詰めても無駄だということは分かった。
「いいかい。君たちはここで格闘技の練習をしていて怪我した。そういうことにしておくんだ。下手に教師に喋ったりはしないことだよ。私は報復はきっちり行うからね?」
「わ、分かった。そう伝える。必ずそう伝える」
クラリッサが淡々と告げるのに、男子生徒は手を押さえたまま怯えたウサギのように震えて、従順にコクコクと頷いて見せた。
「さて、大丈夫? クリスティン?」
「ど、どうして助けたんです!?」
クラリッサが話しかけるのにクリスティンが叫んだ。
「助けたつもりは全くないよ。私たちが用事のあった場所にたまたま君がいただけ。それより私、言ったよね? こういうのは危ないからやめておけって」
「そ、それはそうですが……。それでも私は風紀委員です!」
「お給料がでるわけでもないのに頑張るね、君」
「正義の心があればなんだってできます!」
クラリッサが呆れたように告げるのに、クリスティンがそう告げて返した。
「それより怪我とかはない?」
「ありません。その、危ないところをフェリクスさんに助けていただいたので」
そう告げてクリスティンが頬を赤らめてフェリクスの方を見る。
「じゃあ、君も口裏合わせてね。私たちはここにいなかった。そういうことに」
「待つです! 助けてもらったのに礼も言えていません!」
クラリッサがフェリクスと一緒に立ち去ろうとするのに、クリスティンが告げた。
「お礼なんてどうでもいいよ。もう言ったように私たちは別に助けに来たわけではないのだし。君が勝手に助かっただけ」
「そういうわけにはいきません! 恩は返すものです!」
「む。いいこというね、君」
クラリッサがそこでクリスティンを振り返った。
「なら、これで君に貸しひとつということにしよう。いつか返してくれたらそれでいいよ。リベラトーレ家のモットーは『受けた恩は絶対に返す。受けた害は必ず血を以てして報復する』だ。恩を返してくれることを期待しているよ。それじゃ」
クラリッサはそう告げてクリスティンに手を振ると教室を出た。
「ああ。言い忘れてたけど、その格好凄く似合ってないから早く化粧落としてスカート丈元に戻した方がいいよ」
「うがーっ! 分かってます!」
クラリッサがニッと笑って告げるのにクリスティンが叫んだ。
そして、クラリッサたちは立ち去っていく。
「……実はいい人たちなのでしょうか?」
クリスティンは首を傾げると教室を去った。
頑張れ、クリスティン。いつか文武両道の出来る女になるんだ。
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