娘は父にも賭けてもらいたい
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──娘は父にも賭けてもらいたい
「問題はいまのところひとつ。カレーの件だ」
定例の幹部会でリーチオがそう告げる。
「カレーに送り込んだ連中の離反をこのまま許すなら、リベラトーレ・ファミリーの勢力は落ちたと思われるだろう。だが、無理にカレーの連中を叩こうというならば、向こう側が雇っている可能性のある官憲と揉め事になる可能性もある」
幹部会の話題は離反したカレー支部をどう処理するべきかだった。
リーチオたちも七大ファミリーの一角として、薬物絡みの抗争は知っている。港町マルセイユで薬物を取り扱う犯罪組織と従来のマフィアが官憲を雇いあって、銃撃戦を行うという内戦沙汰の事態もちゃんと把握している。
そのうえでどうするべきかを決めなければならなかった。
「官憲が買収されていようと構うものですかい! 叩きのめさなければリベラトーレ・ファミリーの名が廃りますぜ! 裏切者どもをひとりずつ追い詰めていって、最後には全員豚の餌にしてやろうじゃないですか!」
ベニートおじさんはいつも通りだ。
「官憲が敵に回るのは面倒ですね。官憲を下手に敵に回すと民衆の信頼を失います。政治家たちや貴族たちも信頼しなくなるでしょう。せめて、官憲が買収されているという事実を物的証拠として押さえるか、事前にそういう噂を流さなければ」
「フランク王国には我々の使える新聞社はない。あっちは完全に敵地だ。政治家や貴族たちの買収もそこまで進んでいないのが現状。ここは下手に手を出すべきじゃありませんな。様子を見た方がいいかもしれません」
ピエルトと他の幹部がそのように告げる。
「ファビオ。俺たちの手勢だけで、カレーに陣取っている連中を始末できるか?」
定例の幹部会にはファビオも幹部見習いとして出席していた。
「まずは状況の把握が最優先です。敵が身の回りを官憲で固めていると面倒ごとになるでしょう。それでも隙は生まれるはずです。危険な任務になりますが、まずはカレーに向かい、敵の情報について掴まなければなりません」
「しゃらくせえ。魔道式小銃が10丁程度と勇敢な男が10名いれば一瞬で終わる」
ファビオが告げるのにベニートおじさんが紙巻きたばこを灰皿に押し付けた。
「それでは現地の官憲との関係は悪化し、今後のビジネスに影響が出ます」
「そうだ、ベニート。俺たちの商売は基本的に官憲を敵に回さずに行われる。奴らはある意味では市民のヒーローだ。いたずらに殺して、こちらの評判に傷がつくのはよくない。やるなら連中が堕落した官憲であることを証明してからだ」
ベニートおじさんは検事の息子を誘拐して脅迫したりと完全なアウトローだが、リベラトーレ・ファミリーそのものは官憲と折り合いをつけている。リベラトーレ・ファミリーは少ない官憲の給料を賄賂で増やしてやり、官憲はその見返りにリベラトーレ・ファミリーに関する犯罪を見逃す。そういう取り決めだ。
多くの市民にとって官憲は法を守る正義の味方に見えるだろうが、その実は犯罪組織と結託した堕落した存在なのである。
だが、その堕落に誘う金にも種類がある。
リベラトーレ・ファミリーは確かに犯罪組織であるが、薬物は扱わない。一方、フランク王国の犯罪組織は薬物に手を出し、その金で官憲を味方につけている。
政治家や貴族が眉を顰めるのは後者だ。彼らは官憲の堕落をある意味では仕方ないものとして受け入れているが、それが国を害する薬物取引によるものだと知れば、これまでのような“優遇措置”を取り消していくだろう。
純粋な金か。政治力を伴った金か。
新興の組織ほど政治との繋がりが薄く、薬物に手を出しやすい。カレー支部もある意味では新興の組織だった。そして、彼らは純粋な金の力によって暴力を雇い入れ、従来の組織に牙を剥いてくるのである。
「それと、だ。今は七大ファミリーのいずれも薬物取引は行っていない。だが、状況が変わる可能性がある」
リーチオはそう告げてコーヒーに口を付けた。
クラリッサの入れてくれるコーヒーよりも不味い。自分の好みと合っていない。
「七大ファミリーが薬物取引を解禁する可能性があると?」
「可能性だ。七大ファミリーはどこもケツに火が付きかけている。ここで一致団結して薬物取引をしているクソ野郎どもを叩きだすか、それともこちらもクソにまみれるか。ドン・アルバーノ・アンドレオッティが決断を下すだろう」
ベニートおじさんが眉を歪めるのにリーチオはそう告げた。
「今月末、シチリーで七大ファミリーの会合がある。ドン・アルバーノ・アンドレオッティの呼びかけだ。その会合の結果次第で、カレー支部との関係も変わる」
そう告げてリーチオはふうっと息を吐いた。
「対応はその会合が終わってから改めて決める。七大ファミリーが薬物取引を認めるとすればカレー支部がカレーだけで薬物をどうこうしようとするのは認めよう。だが、俺たちは決して国内に薬物を入れない。その点は変わらん」
そう告げてリーチオは幹部たちを見渡す。
「何か異論は?」
リーチオはそう尋ねたが、声は上がらなかった。
「では、そういうことだ。話は俺が会合から帰ってきたからにしよう。留守中のことばベニートとピエルトに任せる。いいな?」
「了解です、ボス」
リーチオが尋ねるのに、ベニートおじさんが頷いた。
「さて、どうなることやらな」
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「ただいま」
「おう。お帰り」
リーチオが定例会議から帰宅して、暫く経ったのちクラリッサが帰宅した。
「パパ。今年の体育祭は賭けられるよ」
「……まだそれ企んでたのか」
「今回は学園公認」
クラリッサは自慢げにブックメーカーの営業許可書を見せる。
「あーあ。とうとうこういうのまで始めちまうか。よく許可が下りたな」
「民主主義の力だよ」
「本当にか?」
「民主主義には若干の暴力とお金が含まれている」
リーチオがじーっと疑いの視線をクラリッサに向けるのに、クラリッサはそう告げて視線をぷいっと逸らしてしまった。
「まあ、過程はどうあれ学園が公認しているなら構わないが。しかし、副代表者はフェリクス・フォン・パーペンってパーペン伯爵の息子かよ。本当にごろつきだな、この息子は。姉の方はそこまで問題を聞かないが」
「違うよ、パパ。姉の方がやばい。マジでやばい」
リーチオはトゥルーデのクレイジーさを知らないのだ。
「どうやばいんだよ」
「フェリクスに執着してる。ブラコンをこじらせすぎて、もはや病気。それから『お姉ちゃんセンサー』なる謎の感覚器で私とフェリクスが話してる場所を特定してくる」
「……姉の方がやばいな」
「でしょ?」
トゥルーデのブラコン具合は病気の域である。
「それでね。パパも賭けてよ。体育祭の統合優勝を賭けるものから、各種目ごとの賭けまでいろいろとあるんだよ。それからブックメーカーの収益が学園に還元されるものと、そうじゃない奴の2種類があるんだ」
「おい。ちょっと待て。還元されない方の奴は学園の認めた奴か?」
「……何事も法を潜り抜けた方が儲かるってパパにも分かるよね?」
「分からんでもないが、お前はそういうことはやめなさい」
「パパだって密造酒や密輸煙草で儲けてるのに。ずるい」
リーチオも法を潜り抜けて、大稼ぎしているぞ。リベラトーレ・ファミリーの主要な収入源は違法カジノと売春クラブ、そして密輸品だ。
「ずるいも何もありません。禁止と言ったら禁止だ」
「そういうことにしておこう」
「おい」
クラリッサはあくまでやめる気はないぞ。
「それよりパパも賭けてよ。ちなみに私は紅組ね。オッズも紅組が高いよ」
「1点いくらから買えるんだ?」
「スポーツくじは500ドゥカートだよ。良心的でしょ?」
「まあ、競馬と変わらん額だな」
アルビオン王国は競馬も盛んな国で、毎年大会が開かれている。
「紅組を3点買おう。ほら、1500ドゥカートだ」
「毎度あり!」
リーチオはクラリッサからスポーツくじを3点購入した。白組優勝に賭けている。
「それからクラリッサ。今月末に俺はシチリー王国にまで出かける」
「シチリー王国? アルバーノおじさんに会いに行くの?」
「そうだ。ファミリーにとって問題が起きていて、それを解決するためにな」
クラリッサは七大ファミリーを束ねるドン・アルバーノ・アンドレオッティとも顔見知りだ。アルバーノはそれなりに高齢なだけあって、クラリッサを孫のように可愛がっていたぞ。アルバーノは七大ファミリーのボスなだけあって、両手は血で真っ赤だが。
「……ひょっとしてそれってドーバーと関係ある?」
「ドーバー? いや、ドーバーで問題は……」
そこでリーチオはあるものが思い浮かんだ。
「ドーバーで何が起きているのか知っているか?」
「具体的には何も。ただ、うちの学園でドーバーでアルバイトすれば大金がもらえるって話が流れているの。何だか変だよね? てっきりまたフランク王国の組織が何かしているのかと思ったんだけどな」
「ドーバーで高額のアルバイト、ね」
ドーバーの対岸にはカレーがある。すぐそばだ。
「クラリッサ。お前は絶対に関わるな。これはファミリーの問題だ」
「私もファミリーの一員だよ。それに学園は私のシマ」
「子供がおふざけ半分に手を出していいことじゃない。シャロン、警戒を強めておけ。月末の会合の結果次第では、クラリッサの身も危険にさらされる」
リーチオがそう告げるのにシャロンが頷いて返した。
「クラリッサ。もう部屋に戻りなさい。パパは仕事ができたから出掛ける」
「分かった。気を付けて」
「ああ」
リーチオはそう告げると馬車を準備させ、ベニートおじさんの屋敷に向かった。
ドーバー。カレーの対岸に位置するこの都市で何が起きているのだろうか。
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クラリッサのブックメーカーは好スタートを切った。
スポーツくじは物珍しいものとして見られ、飛ぶように売れていく。
「ああん! 見られてるう! 欲望の対象として見られているう!」
ヘザーも宣伝に一役買っている。
彼女がバニーガール姿でクラリッサの“777ベット”の宣伝をして回り、そのことで興味を覚えた男子生徒がスポーツくじを買いに来るのだ。
無給で働かされているヘザーだが、本人は幸せそうなので良しとしよう。
無論、幅広く儲けるには男子生徒だけを相手にしていてはいけない。
クラリッサは新聞部に頼んでまた広告を出した。
その内容はというと。
「『スポーツくじで財テクをしよう。できる女への第一歩。スマートな投資がスマートな女性を育てる。投資をするならスポーツくじへ』と」
その広告をウィレミナが何とも言えない表情で読み上げていた。
「なあ、クラリッサちゃん。こういうのを誇大広告っていうんじゃないかな?」
「そんなことないよ。できる女になるためには投資もできないと」
ウィレミナが尋ねるのに、クラリッサがそう答えた。
「スポーツくじを通じて投資のノウハウを学ぶ。学園生活を普通に過ごしていたら学べないことが学べるんだよ。学園は私に感謝してほしいぐらいだね」
「そっかー……」
まあ、ある意味では投資もギャンブル性があるが。
「ウィレミナもスポーツくじ、買わない? 1点500ドゥカートとお安いよ」
「私にはちょっと出せないお金だな。節約生活しているから」
「何故に?」
「んー。母さんの誕生日プレゼントを買うんだ。なるべくいいものを買ってあげたいしさ。兄貴たちはもう就職して自分たちだけでプレゼントを買うし、私は年下の妹と弟たちと一緒に買うことになったんだ。だから、節約中」
ウィレミナの兄たちももう大学を卒業して就職を始めている。
家にお金が入って暮らしはやや楽になったが、貧乏子沢山なウィレミナの家では生活費と教育費に全てが回って、ウィレミナたちまでお金が回ってこない。
なので、母親の誕生日プレゼントを買うにも、節約が必要なのである。
「ここはどかんとスポーツくじで儲けて、いいものを贈らない?」
「その手には乗らないぞ。絶対にそんな目論見で賭けたら負けるんだ」
ウィレミナは慎重であった。
「それよりあれからいかがわしいアルバイトの話聞いた?」
「うん。パパから手を出すなって」
「クラリッサちゃんのパパが出てきたってことは」
「まあ、そういうことだね」
つまりはマフィア絡みの問題。
「でも、学園は私のシマだ。私のシマを荒らすなら覚悟はしてもらう」
クラリッサはそう告げて、窓の外を眺めた。
頑張れ、クラリッサ。手を出すなというのはある意味ではネタフリだぞ。
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