娘はパーティーを満喫したい
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──娘はパーティーを満喫したい
新入生歓迎パーティーの日がやってきた。
王立ティアマト学園というのは豪華な学校で、ホテルのようなレセプションホールを有する建物があるのだ。調理場も併設されており、一流の料理人たちが腕を振るう。
そんな王立ティアマト学園のレセプションホールは今日は新入生歓迎パーティーの会場になっていた。パーティーは立食形式で、ホールには楽団までもが揃えられている。こういうことをしてるから学校運営が赤字になるのではと思わなくもない。
「フィオナ嬢。素敵なドレスですね」
「ありがとうございます、王太子殿下」
会場では早速、ジョン王太子が婚約者のフィオナに挨拶していた。
素敵なドレスといっても、まだまだ6歳児のドレスである。七五三をちょいとばかりお上品にしたようなレベルでしかないものだ。
そんな中に現れたのが──。
「やあ、フィオナ。素敵なドレスだね」
クラリッサである。
深紅のドレスを身に纏い、背中に流した銀髪の間から真っ白な肌が覗くという6歳児にあるまじき色気を持った彼女が、フィオナに挨拶にやってきた。
「も、もう、クラリッサさん。あなたに言われても嫌味にしか感じられませんわ。そちらのドレス、とてもお似合いではないですか。そのプラチナブロンドの髪に深紅のドレスだなんて。色気がありすぎますわ」
「そんなことはないよ。君のドレスもいいじゃないか。真っ白なドレス。君のふわふわの髪と合わさって、天使みたいだよ。白いドレスは着こなすのが難しいから、そういうものが似合う君のことはとても羨ましいな」
「い、いやですわ、クラリッサさん。照れてしまいましゅ……」
クラリッサが今日もフィオナに平常運転で接するのに、フィオナの顔が真っ赤になった。クラリッサは実際のところ、どこを目指しているのだろうか……。
「クラリッサ嬢。どういうつもりだね。フィオナは私の婚約者だぞ」
「そうだね。君こそどうかしたの? 私が何かした?」
「こ、この……」
流石のジョン王太子も女の子が女の子を口説いているとは指摘しづらい。
「今日は決闘は受けないよ。ドレスだからね。ファビオ、行こう」
「はい、クラリッサお嬢様」
クラリッサはジョン王太子に手を振るとファビオを連れて去っていった。
今日はエスコートする男性、エスコートされる女性の代わりに使用人たちがパーティーの会場に出ている。ここも貴族のアピールポイントだ。自分がどれだけ優れた使用人を連れているか相手に見せつけるのである。
例えば、ジョン王太子は老練の隅々まで心配りのできる執事を連れている。フィオナは若くて、それなりに美しい侍女を連れている。
一方のクラリッサはファビオだ。スラリとした長身で、美男子。顔に刻まれている傷については誰も質問しないが、その傷が渋いという評判もある。
だが、ファビオは殺し屋だ。執事ではない。
「クラリッサ嬢! 覚悟しているがいい! いずれは──」
ジョン王太子がクラリッサに向けて叫ぶのに、ファビオがジョン王太子の方を向いた。その眼光には確かな人殺しの色があり、見るものを有無を言わさず黙らせる威圧感があった。ファビオのそんな眼光を前にジョン王太子が黙り込む。
「あ、あれは本当に執事なのか?」
「素敵な方ですわよね」
ジョン王太子がファビオの眼光に怯えて告げるのに、フィオナが相変わらずちゃらんぽらんな意見をのたまっていた。
「クラリッサちゃん!」
「お。サンドラ、君も着飾ってきたね」
クラリッサがぶらぶらと会場を歩いていると、サンドラがやってきた。
サンドラは藍色のドレス。クラリッサのものより露出は少ない。
「クラリッサちゃん。ドレス、似合ってるね。でも、ちょっと目立ちすぎのような」
「パーティーでは思いっきり目立てって、パパが。上級生にコネを作れるといろいろ便利だから、目立つべきだって言ってた。私の魅力でいちころ?」
「う、うーん。それは正しい判断なのかどうか私には分からないかな」
サンドラとしては平民であるクラリッサが貴族より目立ってしまうと、貴族の生徒たちには面白くないのではないだろうかと思っていた。
「ところでそちらのお兄さんはクラリッサちゃんの執事?」
「そだよ。ファビオ・フィオレ。ファビオ、こっちは友達のサンドラ」
サンドラがファビオを見上げるのにクラリッサがそう返した。
「うわあ。とっても背が高いね。それに素敵な人だね」
「ありがとうございます、サンドラお嬢様。これからもクラリッサお嬢様をよろしくお願いします。まだクラリッサお嬢様は友達の少ない方ですから」
「は、はい。私も友達はそんなに多くないので、お願いします」
ファビオが告げるのに、サンドラがコクコクと頷く。
「『受けた恩は絶対に返す。受けた害は必ず血を以てして報復する』がリベラトーレ家のモットーだから、サンドラには必ず恩返しするよ。何か欲しいものがあったら遠慮なく、私に言ってね。大抵のものは手に入るから」
「あ、ありがとう」
もはやサンドラにはクラリッサの家が堅気ではないことは分かっている。恩を返してもらうとしても、より多くの見返りを求められそうで恐ろしいところだ。
「お! ちーす、クラリッサちゃん」
「おお。ちーす、ウィレミナ」
クラリッサとサンドラが話していたところにウィレミナが訪れた。
彼女は紺色のドレスだが、やや古ぼけた感じを受けるドレスだ。
「ウィレミナは今日のためのドレス作らなかったの?」
「あいにく、貧乏男爵一家にそんな余裕はなくてね。お姉ちゃんのお古をサイズを合わせなおしてきてるんだ。クラリッサは新品ピカピカのドレスだね。羨ましいなー」
ウィレミナの一家は家族が多いせいと収入源となる事業が少ないせいで、そこまで裕福ではないぞ。それでも一応は貴族である。
「ウィレミナさんもクラリッサちゃんのお友達になったの?」
「うん。あたしは貧乏だから平民がどうのとか気にしないし。それにクラリッサちゃんはなかなかにいい性格をしていますからね」
サンドラの問いにウィレミナはにししと笑って返した。
「うん。私、性格いいよね。我ながら人の上に立つ人材だと思う」
「そういうところがいい性格だよ」
自画自賛するクラリッサにウィレミナが肘でクラリッサの脇腹を突っついた。
「ところで、クラリッサちゃんは結局陸上部には入らないの?」
「まだ考え中。どれかひとつしか入れないから慎重に選ばないと」
「そっかー。あたしはもう陸上部に決めちゃった。一緒に走れたらよかったのに」
「ううむ。いろいろと興味を惹かれる部活が多くて困る」
ウィレミナは体を動かすのが好きな子なので、陸上部を選択したようだ。
「クラリッサちゃん。フェンシング部だけはやめてね」
「どして?」
不意にサンドラが真剣な表情で告げるのに、クラリッサが首をかしげる。
「ジョン王太子がフェンシング部だから」
「よし。フェンシング部は選ばない」
面倒くさいものは避けて通る程度の知識はあるクラリッサだぞ。
「サンドラは部活、決めた?」
「私も考え中。自分に合った部活がいいなって思ってるけど、なかなか自分に合う空気の場所って見つからないよね」
「空気は適応するものじゃないよ。変えるものだよ」
「クラリッサちゃんは空気は読まないタイプだよね」
クラリッサは空気に適応する以前の問題だぞ。
「テニス部なんてよさそうな感じだったんだけどどうだろう?」
「テニス部かー。私、運動音痴だからなー」
ウィレミナが勧めるのに、サンドラがそう告げる。
「じゃあ、やっぱり陸上部に入る? 鍛えられるよー」
「あまり体は動かさない系の部活がいいです」
どうやらサンドラは文系の部活がいいようだ。
「けど、サンドラちゃんって魔術は戦闘科目選んでたよね?」
「宮廷魔術師になるなら戦闘科目だって先生が。魔力は鍛えるよっ!」
ウィレミナは魔術は非戦闘科目を選んだが、サンドラは戦闘科目だ。
「私もバリバリ鍛えていくよ。街の平穏のためにね」
「街の平穏かー。クラリッサちゃんの家は金融業をやってるって聞いたけど、そっちの方で後は継がないの?」
「継ぐよ?」
「え? 金融業と街の平穏の間に何の関係が……?」
ウィレミナは街の平穏のためと言っているから騎士にでもなるつもりなのかと思ったが、どうやらクラリッサは実家の金融業を継ぐという。
「お金の流れは人の流れ。その流れを妨げるものを容赦なく排除することで街の平穏は守られるのです。お金を借りといて返さない人とかは、流れを邪魔する困った人だから、それなりの報いを受けてもらわないとね」
クラリッサは平然とそう告げた。ちなみにクラリッサは6歳である。
「ク、クラリッサちゃんからはお金は借りない方がいいね……」
「そ、そうだね」
サンドラとウィレミナはドン引きだ。
「ん? 君たちは借りなくても大丈夫だよ。君たちは私の友達だからね。友達は利用するだけ利用するために大切にしなさいってパパも言ってたし。私も友達は基本的に大事にするよ。これまで私って、同年代の友達いなかったから……」
しゅんとして見せるクラリッサ。
「り、利用するだけ利用することを推奨する父親……」
「クラリッサちゃん。私たちは友達だからね。友達だからね?」
気づくんだ、クラリッサ。新入生歓迎パーティーで友達を作るどころか現在の友達との距離も離れていっているぞ。
「お集りの皆さん!」
クラリッサたちが話し込んでいたとき、グラスの鳴らされる音がした。
「ようこそ王立ティアマト学園へ、新入生の皆さん。これより皆さんを歓迎するために上級生からスピーチがあります。ご清聴ください」
レセプションホールの演台に学年指導の教師が立ち、そう告げた。
「退屈だね」
「そんなこと言ったらダメだよ、クラリッサちゃん」
素直な感想を素直すぎる感じで述べるクラリッサにサンドラがそう告げた。
「中等部生徒会長のルシアン・ラムリーです。今日は皆さんを王立ティアマト学園に歓迎できて嬉しく思います。皆さんはこれからこの学び舎で友人を作り、学問に励み、将来のために重要な経験をしていくことでしょう。ここでの経験は決してひとつも無駄にならないはずです。貴重な1日、1日を大切に過ごしていってください」
中等部の生徒会長がそう挨拶し、それから初等部6年の代表生徒がまた挨拶し、それぞれの交友会が始まった。
「生徒会って何?」
「んー。学園の自治をする組織だね。校則とかも決めたりするらしいよ」
「む。それは学園を支配しているのも同然なのでは?」
「い、いや、学園を支配してはいないんじゃないかな……」
クラリッサが怪しい表情を浮かべるのに、ウィレミナが首をかしげる。
「大きなシノギの匂いがするね。初等部には生徒会はないの?」
「初等部にはないっぽいよ。まだまだあたしたちに自治は早いってことだね」
王立ティアマト学園初等部に生徒会はないが、児童会はあるぞ。権限は生徒会ほどではないが、各種委員会の頂点に立つ組織である。
「そういえば委員会も決めなきゃいけないね。どうしよう?」
「あたしは体育委員会に立候補予定!」
王立ティアマト学園では初等部1年のころから何かしらの委員会に入ることが推奨されている。別に絶対に入らなければならないわけではないが、内申点を稼ぎたければ入る方がいいだろう。教師の覚えもよくなる。
「金融委員会ってある? 学園でビジネスを展開しようと思うんだけど」
「残念ながらそんな委員会はないぜ、クラリッサちゃん。それから学園で勝手にビジネスするのはやめておこうね」
「トイチで貸すよ」
「それはいろいろと不味いよね」
学園で勝手に高利貸しを始めてはいけないぞ。
「そこの君」
クラリッサたちがそんな会話で盛り上がっていたとき、あの中等部の生徒会長──ルシアンがクラリッサに話しかけてきた。
「ん? 私?」
「そう、君だ。君が今年の新入生代表の挨拶したそうだね」
クラリッサが周囲を見渡したのちに自分を指さすのに、ルシアンが頷いた。
「はい。私です。我ながらいい挨拶だったと思っている」
「今年はジョン王太子が入学していたのではなかったかな?」
「それと何か関係が?」
ルシアンが渋い表情を浮かべるのに、クラリッサはきょとんと首を傾げた。
「いや。君が優秀な生徒であるということの証なのだろうな。しかし、君は平民だと聞いているが間違いないのだろうか?」
「うん。平民だよ。何か問題でも?」
「流石に成績優秀でも平民が挨拶というのは──」
ルシアンが苦言を呈そうとしたとき、彼は鋭い視線を感じた。
ルシアンが恐る恐ると顔を上げると、ファビオが殺し屋の表情でルシアンを見ていた。その眼光には確かな殺意の色が浮かんでいる。
「──と、特に問題はないな。うん。君も学問に励みたまえよ」
「そのつもり」
ルシアンが身を震わせながら告げるのに、クラリッサが頷いて返した。
「ところで、生徒会長ってどうやればなれるの?」
「君は生徒会に入るつもりなのかい?」
「でかいシノギの匂いがするからね」
クラリッサが何気なく尋ねるのに、ルシアンが首を傾げた。
「シノギ……。まあ、生徒会長になりたければ、初等部のうちから生徒たちの支持を集めることだね。私は児童会の役員をして、他の生徒たちが過ごしやすいような環境を整えることに尽力したよ。君も生徒会長になりたいならば、常日ごろの行いに気を付けることだ。生徒たちを落胆させてしまったならば、生徒会長になるための票は手に入らない」
「票か……」
ルシアンの言葉にクラリッサが考え込む。
「まあ、6年もあるんだ。じっくりと君のいいところをアピールすることだね」
「はい。いいところを知ってもらうね」
ルシアンはそう告げて立ち去った。
「本気で生徒会長目指すんだ、クラリッサちゃん」
「目指すよ。学園のボスになる。そして、金融委員会を創設する」
「それは無理だと思うなー……」
「夢はそう簡単に諦めちゃダメだよ」
夢というか下心だぞ、クラリッサ。
「しかし、生徒会長になるのは票がいるのか。どれくらい必要かな」
「うーん。うちの学年だけでも60名は生徒がいるから、60票以上はいるかな」
「いや。そうじゃなくて選挙委員会を買収するための費用」
「……お金で解決するのはよくないと思うぞ」
確実に選挙に勝ちたいなら大金を積んで不正をすればいいいじゃない。それがクラリッサ流選挙必勝術である。
「会長が言っていたみたいにクラリッサちゃんのいいところをアピールしなきゃ」
「金払いがいい?」
「お金からちょっと離れよう」
サンドラが告げるのにクラリッサが神妙な表情でそう告げる。
「クラリッサちゃんは可愛いし、運動神経もあるし、他の人の前でも物怖じせず喋れるし、あたしと一緒に体育委員をやって、その魅力をアピールしたらどうかな?」
「なるほど。私の色気でいちころというわけだね」
「色気じゃないよ。別のものだよ」
どちらかというとその度胸を買われているぞ、クラリッサ。
「よし。じゃあ、体育委員をやろう。……体育委員って何するの?」
「体育祭の準備とか、マラソン大会の準備とか、体育系の部活の運営支援とかかな」
「体育祭で賭けをする準備とかも?」
「賭けはしませーん」
自然に学校行事でギャンブルをすることを企てるクラリッサであった。
「地味な仕事だ。仕方ない。今は臥薪嘗胆。学園のボスになるまでの辛抱だ」
「だから、生徒会長は学園のボスじゃないよ、クラリッサちゃん」
ぐっと拳を握り締めるクラリッサに、サンドラが突っ込んだ。
「クラリッサちゃんとサンドラちゃんって友達、今どれくらい?」
「私はクラリッサちゃんだけかなあ」
そこで不意にウィレミナが話題を変えるのに、サンドラがそう答えた。
「だったら、私の友達、紹介するからついてきなよ。友達は多い方がいいでしょ?」
「そうだね。行こう、クラリッサちゃん」
ウィレミナは社交的な性格で内気なサンドラより友達は多いぞ。
「友達は大事だよね。いざという時には鉄砲玉にできる友達が欲しい」
「て、鉄砲玉?」
この世界の銃──マスケットの普及率は7割程度だぞ。
「おーい! 友達連れてきたよー!」
それからウィレミナの案内でクラリッサは幾分かの友達を増やした。
だが、ジョン王太子についている平民ぎゃふんといわせ隊のメンバーとは結局のところ、打ち解けることはなかった。これは長期戦になりそうだ。
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本日8回目の更新です。