娘は秘密の計画を立てたい
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──娘は秘密の計画を立てたい
水泳大会でのギャンブルは各方面から敢え無く却下された。
だが、クラリッサはその程度のことで諦めたりはしないのだ。
「スポーツくじ?」
場所はテーブルカードゲーム部の部室。闇カジノの拠点だ。
「そ。水泳大会でギャンブルをする。もちろん、内密にね」
「いいな。悪くない」
クラリッサが告げるのに、フェリクスがにやりと笑った。
「でも、どういう仕組みでやるんだ?」
「水泳大会は個人戦とクラス対抗戦がある。それぞれふたつのギャンブルを行う。どちらも控除率は30%。どちらが勝っても、負けても、私たちには収入が入ってくる。事前に各選手のプロフィールを作成し、売り上げ数次第でオッズを変えて、大穴狙いのチャンスも作るよ。そして、重要なのはこの学園全体で賭けをするということ」
「学園全体で? 今の闇カジノだけでもかなりのリスクを冒していると思うが」
「ダメダメ。私たちに確実な収入があるとしても、賭ける人間が少なかったら収入は僅かなものだ。ここは大勢に少額でいいので賭けてもらって、私たちの取り分を増やしたいと思ってる。風紀委員の目を盗んで、ね」
どうやらクラリッサは大きな勝負に出るようである。
「どうやって風紀委員をごまかす?」
「決闘騒ぎをちょっとばかり起こせばいい。決闘未遂事件ってところだね。確実に火の手が上がりそうな方に風紀委員の注意は向けられる。その間にこちらは闇カジノの顧客たちに紹介状とくじを渡し、学園内に広めてもらう。そして、期日にはくじを回収」
「なるほど。陽動か。それは俺が担当しよう」
「任せたよ、フェリクス」
風紀委員は闇カジノの摘発に向けて動いているように見えるが、実際に動いているのはクリスティンぐらいである。他はほとんど買収され、闇カジノにも、クラリッサにも手出ししようとしなくなっている。
その状況でフェリクスが騒ぎを起こせば、隙が生まれるだろう。
「やっぱり、せっかくのエンターテイメント性に溢れる行事なのだから、楽しくやらないとね。そして楽しさはお金によって演出される」
「いい言葉だな」
こうしてクラリッサたちによるスポーツくじ計画が開始された。
「スポーツくじ?」
「ええ。水泳大会の競技で賭けをするんです。どうです? 興味あります?」
いつものように放課後に闇カジノを運営するクラリッサが顧客たちに声をかける。
「水泳大会で賭けるのか」
「面白そうだな」
流石は闇カジノの顧客なだけあって、違法性とか校則とかは全然気にしない。
「よろしければ信頼のおけるご友人にも紹介してあげてください。賭け金が増えれば増えるほど、当たった時の配当額も増えますよ」
「それはいい。秘密を守れる奴にだけ教えてやろう」
闇カジノの顧客たちはスポーツくじをクラリッサから分けてもらうと、それを持って闇カジノの外に出る。
そして、それと同時にフェリクスが行動していた。
場所は中等部1年が収まっている校舎の廊下。
「あ? 何、ガンつけてんだ? 喧嘩売ってるなら買うぞ」
「なんだよ! この女男のくせに!」
「言いやがったな、てめえ」
フェリクスは事前に用意してあった手袋を外すと相手に投げつける。
「決闘だ! 俺の名誉をかけてここに決闘を宣言する!」
もちろん、これはただのやらせである。喧嘩を売ったフェリクスも、その相手もどちらも闇カジノの関係者だ。これからどう動くのかもしっかりと決めてある。
「そこまでです! 学園内での決闘は禁止です!」
颯爽と現れるのはクリスティンだ。彼女が決闘を止めにやってきた。
「は? 俺たちの勝手だろうが? ちびの癖に出しゃばるなよ」
「ちびは関係ありません! 校則です! 校則で学園内での暴力行為は禁止されています! 校則違反者は反省文を書いてもらいます! いいですか!」
「反省文にこう書いてやるよ。『くたばれ、クソ野郎』ってな」
クリスティンがフェリクスを睨むのに、フェリクスもクリスティンをにらみ返す。
「ダメです! いいですか。反省文は校則違反を犯したことを恥じ、反省したという気持ちが示されていなければ受理されません! そして枚数は原稿用紙5枚と決まっています! 反省文を書きたくなかったら今すぐ決闘を中止してください!」
「分からねーよ。誰に指図してると思ってんだ。ちびの言うことなんて聞くはずねーだろ。さっさと失せろ。ピーチクパーチク騒ぎやがって。うるせえんだよ」
「ダメです! 絶対にダメです! 校則をちゃんと読んでください! そして、今はあなたも王立ティアマト学園という名誉ある学園の生徒のひとりであることを自覚してください! あなたの行動によって北ゲルマニア連邦の名誉も汚されていますよ!」
「国の名誉なんて知ったことかよ。おい。表に出ろ。外でやるぞ」
「うがーっ! 話を聞きなさい!」
フェリクスは可能な限り、クリスティンを引き付ける。
クリスティンから要マーク対象になれば上出来だ。クリスティンはフェリクスの方に気を取られて、クラリッサたちの方が何しているかを把握できなくなる。
「スポーツくじ?」
「そう。今度の水泳大会で賭けるんだ。注目選手のプロフィールはこれ。勝ちやすい選手ほどみんな賭けるから、配当金は少なくなるぞ。確実に勝ちに行くか、それともイチかバチかで大穴に賭けるか。そこは自由だ」
「面白そうだな。その話、乗った」
「いいか。これはここだけの話だからな……」
そして、ゆっくりとだが、確実にクラリッサたちのスポーツくじ計画は進んでいた。
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「生徒の皆さん。今日も鍛えていきましょう。水泳大会が近いので今日も水泳です」
王立ティアマト学園のプールは室内プールである。この時期になっても普通にプールの授業ができるのだ。それも初等部、中等部、高等部で別々にプールはあり、他の学年と授業が被っても水泳の授業は行えるのである。
なんともゴージャスな設備を持った王立ティアマト学園。
しかし、そのプールの授業はハードである。
「今日は遠泳の訓練です。1000メートルを目指しましょう」
そう、こういうところが。
「クラリッサちゃん。しっかり練習して、水泳大会は優勝しような!」
「ううむ。どうしよう。うちのクラス、結構オッズ低いんだよね。私も他のクラスに賭けるつもりだし。ここは負けておかない?」
「何を企んでるんだ?」
クラリッサの言葉にウィレミナが笑顔のままそう尋ねた。
「何も。何も企んでないよ。ギャンブルなんて絶対にしてないからね」
「してるんだね」
クラリッサの言葉にウィレミナがため息をつく。
「賭けるなら自分のクラスに賭けなよ。そうすれば優勝への意欲もわくものでしょ」
「オッズが低いから勝っても配当金が少ない」
「はいはい。訳の分からないことを言わないの」
普通の中等部の生徒はオッズなど知らないのだ。
「そうだ。ウィレミナも八百長に協力してくれたら配当金分けるよ。そうだね。10万ドゥカートはいくかな」
「いつの間にそんな巨大ビジネスを……」
「私とフェリクスなら余裕だよ」
「フェリクス君もグルかー」
最近フェリクスの言動が攻撃的で、風紀委員のクリスティンがマークしているという話だったが、この件と無関係ではないのだろうとウィレミナが察しを付けた。
「さあ、ウィレミナ。八百長をしよう」
「クラリッサちゃんが優勝を目指さないなら、このことをクリスティンさんに伝える」
「なっ……。私を裏切るの、ウィレミナ?」
「裏切ってるのは八百長企んでるクラリッサちゃんだと思う」
ウィレミナが正論です。
「仕方ない。勝ちに行こう。評価は個人戦と団体戦の合計点だったよね」
「そうそう。クラリッサちゃんは何に出るんだっけ?」
「自由形50メートルとメドレーリレー」
「あたしはバタフライ100メートルとフリーリレーだ」
クラリッサとウィレミナはそれぞれ違う競技に出る。
「それでは皆さん、柔軟から始めて、体をほぐしたら泳ぎ始めましょう」
体育教師が告げるのにクラリッサたちが柔軟運動を行う。
「それにしても」
クラリッサが体育教師の方を向きながら告げる。
「あの人、胸が大きすぎじゃない? 水の中の抵抗が凄そうだ」
「失礼なこと言っちゃダメだよ、クラリッサちゃん。それにシャロンさんはあれ以上に立派なものをお持ちであったよ」
「ううむ。私のもあれぐらい育つだろうか」
「キャベツ食って、牛乳飲むといいらしいぜ」
ウィレミナがなんだか胡散臭くてあやふやな民間伝承を伝える中、クラリッサたちはプールに飛び込んでいった。
水泳大会まで残り4日だ。
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「賭け金は全部回収できた。くじもな」
フェリクスはそう告げて開店前の闇カジノのテーブルにドンとスーツケースを置いた。そして、それを開くと600万ドゥカート近い額の金とそれぞれの賭けるクラスと金額が記されたくじが収まっていた。
「上出来だね。ここから30%いただくから──」
「俺たちの儲けは180万ドゥカートか」
クラリッサたちはこの莫大な賭け金の中から、巧妙に30%をいただく。
「それから私たちも賭けには参加しているから、そっちの儲けもある」
「そっちは不確かだろう?」
「まあね。流石に八百長をやるのは難しい環境だ」
クラリッサは八百長をやるならクリスティンにスポーツくじのことをばらすと、ウィレミナに脅迫されているのである。いや、脅迫なのかこれは。
「八百長、頼めないのか? この180万ドゥカートがあれば買収できるだろ」
「ギャンブラーたるもの誠実でなくては。私たちの信用が失われると、闇カジノの運営にも差し障る。ここは大人しく結果を拝見しようじゃないか」
クラリッサはウィレミナに止められるまで八百長を企んでいました。
「しかし、これで180万ドゥカートとはぼろい商売だな。体育祭とマラソン大会でも同じことをしようぜ。この調子で稼いでいけばビジネスをもっと拡大できる」
「もちろん。ここも手狭になってきたし、部室棟の拡張もお願いしたいかな」
テーブルカードゲーム部の部室は20人入ればいっぱいという具合だ。闇カジノの顧客を増やして、勢力を拡大するには部室棟の改築も必要とされていた。
「しかし、お前はよくいろいろと思いつくものだよな。感心する。どこでこういうのは学んできたんだ? やっぱり親が、その、マフィアだからか?」
フェリクスが遠慮気味にそう尋ねる。
「パパはあまりこういうことは教えてくれない。暴力についてはベニートおじさん。賭け事についてはピエルトさんに教えてもらってきた。ベニートおじさんとピエルトさんが組むと最高の八百長が発生して、大儲けできるんだ」
クラリッサに余計なことを教える悪い大人ナンバーワンのベニートおじさんはクラリッサに暴力沙汰についてしっかりと武勇伝を聞かせ、悪い大人ナンバーツーのピエルトはギャンブルの仕組みや儲け方、八百長の方法について『生活のコツ』的なノリで教えるのである。悪い大人がたくさんでリーチオは心休まる暇がないよ。
「カジノはなんだかんだで数をこなしてもらって、大金を賭けてもらわないと控除率が低いから儲かりにくいんだけど、この手のくじなら、控除率はかなり高い。闇カジノのように個人個人の大金が動かなくても、胴元としては儲かる。いい話だ」
「確かに。賭けのハードルは低い。ちょっとだけだからと賭けて、それが積もり積もって山となり、俺たちはごっそりと分け前をいただく。悪くない話だ」
クラリッサとフェリクスが悪い顔をしてそう告げ合う。
「しかし、やはり公に賭けができないのは困るな。フェリクスもちびっこ風紀委員にマークされ続けているでしょ?」
「あのチビはうざいだけだ。中身はてんでポンコツだから相手にならん」
「ううむ。風紀委員長は買収済みなんだけどな」
このスポーツくじの問題点は闇カジノのような“聖域”がないことだった。
くじのやり取りは校内で行われ、賭け金のやり取りも校内で行われる。風紀委員が摘発に動くのならば、ひとりの摘発者から芋づる式に胴元までたどられる危険性があった。
今はフェリクスが陽動でどうにかしているが、クリスティンがやる気を見せるならば、彼女によってスポーツくじが摘発される可能性は十二分にあった。
「生徒会から圧力はかけられないか? あのちびさえいなくなればどうとでもなる」
「やってみよう。しかし、私はもっといい手段を思いついたよ」
「というと?」
クラリッサがにやりと笑うのにフェリクスが尋ねた。
「民主主義に頼ろうじゃないか」
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