娘は新学期から頑張りたい
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──娘は新学期から頑張りたい
夏休み、終了──。
楽しいものには必ず終わりがある。
終わりがあるからこそ、限られた時間で人は楽しむのかもしれない。
「はあ。今日から学園か……」
「体調は大丈夫でありますか、お嬢様?」
クラリッサが憂鬱な表情で馬車に乗り込むのにシャロンが心配そうに尋ねた。
「ダメ。体力がない。病気のような気分がする。今日は休もう」
「そうでありますか。でしたら──」
シャロンがクラリッサを馬車から降ろそうとするのに、リーチオが馬車の外に立っていた。見送り、というわけでもなさそうである。
「クラリッサ。夏休みの宿題、昨日必死になって終わらせただろう。仮病はやめろ」
「うっ……。心臓が……」
「嘘をつくな、嘘を」
心臓を押さえるクラリッサにリーチオがそう告げた。
「それだけ顔色が良ければ心配することはない。ちゃんと始業式に出席してこい」
「酷い。パパはもっと娘の心配をするべき」
「心配はしてるぞ。授業をサボったりしないかどうかとかな」
クラリッサはリーチオに勉強することを約束しているのだ。大人しく勉強しよう。
「ぶー……。夏休みがあと1ヶ月ぐらい続けばいいのに」
「もう夏は終わった。次は冬休みまで我慢だ。ちゃんと学園に行くなら、誕生日に別荘を買うって話をオーケーしてやってもいいぞ。好きな別荘を選ばせてやる」
「やった。じゃあ、行ってくる」
「本当に現金な奴だな……」
クラリッサがやる気になったのを見て、リーチオはため息をついた。
「誕生日プレゼントに別荘とは流石はリーチオ様でありますね」
「うん。私もパパのこと大好き」
今の状況でそんなことを言ってもパパの財布が好きとしか思われないぞ。
「はあ。早く冬休みにならないかな」
「もうちょっとの辛抱でありますよ」
頑張れ、クラリッサ。2学期は始まったばかりだぞ。
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「おはよ」
「おはよ、クラリッサちゃん」
教室には既にウィレミナたちがいた。クラリッサが学園に行きたくないと駄々をこねていたため、今日は遅くなったのだ。
「クラリッサちゃん。いよいよ水泳大会だぜ」
「うむ。今度こそ生徒会権限で賭けられるようにする」
「それはやめておくべきだ」
またギャンブルを話題にするとクリスティンに噛み付かれるぞ。
「私、泳ぐの遅いからなあ。リレーとかは足引っ張っちゃいそう」
「大丈夫。私がその分、速く泳ぐから」
サンドラが憂鬱そうに告げるのに、クラリッサがサムズアップして見せた。
「よおしっ! あたしたちでひとつ優勝を目指そうぜ!」
「悪くないね。優勝賞金は私たちのものだ」
「優勝賞金なんて出ないぜ」
「では、なんのために……」
ウィレミナが静かに首を横に振るのに、クラリッサが心底理解できないという顔をして、ウィレミナを見つめ返した。
「普通に楽しむためだよ。クラリッサちゃんも優勝しないより、優勝した方がいいでしょ? 優勝したら他のクラスの子にも自慢できるし」
「でも、敢えて負けることで入ってくるお金もあると思う。例えば賭け金を操作するためとか、八百長で優勝賞金を山分けするとか。やっぱりお金だよ。お金が全て」
「現金過ぎる……」
クラリッサの発想にウィレミナは引いた。
「クラリッサちゃん。思い出も大事だよ。私たちが頑張って優勝したって思い出は何物にも代えがたいものになるから」
「思い出は換金できないアイテムなのか……」
「普通に思い出をお金にしようとするのはやめて」
思い出はいくらで売れるのだろうか。
「まあ、楽しまないと損なことは分かる。最大限楽しめるようにしよう」
「頑張れ、クラリッサちゃん」
クラリッサは生徒会としてもやれることをやるつもりだぞ。
ギャンブルとか、賭けとか、賞金とか、見学料とか。
「体育の授業で練習しないとね」
「戦闘科目はバリバリ泳がされるぜー」
戦闘科目では着衣水泳の訓練も行われている。実戦的だ。
「ちーす、クラリッサ」
「ちーす、フェリクス」
そんな話をしていたらパーペン姉弟が登校してきた。
「フェリクス。今月、水泳大会があるよ。君は泳ぐの速かったよね」
「それなりにはな。だが、そういう行事は面倒くさい。当日は欠席する」
堂々とサボり宣言するフェリクス。
「ダメよ、フェリちゃん! こういう行事に出てクラスに馴染まないと! お姉ちゃんはフェリちゃんが大活躍するところが見たい! 周囲にどや顔で『フェリちゃんはウンディーネのような存在なんです』って自慢したい!」
「ますます出席する気がなくなった」
「なんで!?」
自分の胸に聞いてみよう、トゥルーデ。
「フェリクス。オッズから作って賭けをするよ」
「よし来た」
クラリッサが告げるのに、フェリクスがガッツポーズを決める。
「控除率30%ぐらいで行こう。外部の見学者も入れて見学料から徴収する。若い男女が水着姿で頑張るんだから見に来ない客はいないよ」
「クラリッサさんや。そういうのは冗談抜きでやめておこうな?」
クラリッサがフェリクスに計画を語るのに、ウィレミナが突っ込んだ。
「ウィレミナ。私たちは生徒会なんだよ。この学園の最高権力者なんだよ。その権力を乱用しなくてどうするのさ。権力は乱用するためにあるんだよ」
「絶対に違う」
クラリッサが告げるのにウィレミナが首を横に振った。
「かの有名な古代ロムルス帝国から現代にいたるまで、権力者はその権力を乱用して地位と名声と偉業を成し遂げてきたんだよ。私たちも歴史にならわないと。今こそ生徒会がその権力を使って偉業をなすべき時だ」
「クラリッサちゃん。いつからそんなに歴史に詳しくなったの? この間の歴史の成績、いまいちだったよね?」
「……大きな偉業も最初の一歩から」
「名言でごまかそうとしない」
サンドラの追及をかわそうとしたクラリッサだったが、そうはいかなかった。
「賭けやらねーなら俺は出席しないぞ」
「ほら。クラスメイトの出席率を上げると思って、ここは思い切った選択肢を」
フェリクスはやる気がないようだ。
「賭けはダメだよ、クラリッサちゃん。クラリッサちゃんはギャンブル中毒なの?」
「世の中、誰もがギャンブルに飢えていると思う」
「飢えてない、飢えてない」
世の中は普通に過ごしたい人でいっぱいだ。
「仕方ない。フィオナを味方につけて、ジョン王太子を動かそう……」
「あ。作戦が高度になった! フィオナさんに騙されないように言っておかないと!」
ジョン王太子はフィオナの言うことならなんでも受け入れてしまうのだ。
犬の鳴き真似しろと言われたらしてしまうだろう。まあ、フィオナはそんなことをいう人間ではないのだが。
「あら。おはようございます、皆さん」
「天使の君。話が──」
そしてやってきたフィオナにクラリッサが話しかけようとしたのがフェリクスを除く全員によって阻止された。
「何をする。私は副会長だぞ」
「そういうことしてると高等部になってから生徒会長になれないよ?」
「む。それは困る……」
クラリッサは真の学園のボスになるには高等部の選挙戦に勝利しなければならないことを理解している。今のうちから評判を落とすようなことがあっては困るのだ。
「分かったら、水泳大会で賭けはなしだよ。見学料の徴収もダメだからね」
「分かった。諦めよう……」
クラリッサたちがそんな会話を交わしていたとき、朝のホームルームの始まりを告げる鐘の音がなった。さあ、今日から新学期だ。
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新学期は問題なく始まった。
クラスメイトの顔触れは変わらず、皆がいつも通りだ。
そして、初等部の時と違って、中等部になると男女の付き合いが見られる。
そう、初等部までは男女の付き合いなどしていたらエロ魔人扱いされていたのが、今度は男女の付き合いがないと童貞扱いされるという理不尽な状況になるのである。
まあ、男女の付き合いがあっても貴族の家に生まれた人間は貞操観念が強いので、問題を起こすような生徒はいない。あくまで付き合いが無いとあだ名が童貞になるだけである。それはそれで非常に嫌な話であるのだが。
ちなみに、フェリクスは夏を女子6名と過ごしたということもあって、男子生徒たちから尊敬と嫉妬の眼差しを受けているぞ。
「──なので、今学期も様々な行事を通じて生徒の皆さんが一致団結できる校風を作っていきたいと思う。皆さんが応援してくれるならば何よりだ。以上、ジョンでした」
生徒会長であるジョン王太子の挨拶も終わり、今日は夏休みの宿題を提出したらお終いである。一般の生徒は。
生徒会には仕事があるのである。
9月の目玉行事である水泳大会について体育委員と打ち合わせをしなければならないのだ。それから各委員会の予算請求書も纏めなければならない。
生徒会は新学期から大忙しだ。
「では、それぞれの委員会の予算請求と新学期の抱負を受け付けよう」
ジョン王太子がそう告げて各委員の代表たちを見渡す。
「それでは体育委員から」
「今学期は水泳大会から体育祭、マラソン大会まで体育委員の従事する仕事が多々あります。我々はそのひとつひとつと真剣に向き合い、生徒の皆さんが楽しめる行事にしていきたいと思っています。僅かながらでも楽しい学園生活に貢献できれば何よりです」
体育委員長はそう告げて席に着いた。
「楽しい学園生活というからには行事にエンターテイメント性を持たせた方がいいのでは? ここは生徒会が主導し、各行事での金銭的なやり取りを発生させたいと思う。ただ賭けをするのではなく、その収益金の一部を優勝者に還元することによって、より競技に真剣に打ち込めるようにするのが適切だと思われる」
「……クラリッサ嬢。ギャンブルはなしだ」
「『開かれた学園生活』」
「私はギャンブルを解禁するとは一言も言ってないよ!」
クラリッサがジョン王太子の掲げたモットーを持ち出すのにジョン王太子が吠えた。
「クラリッサちゃん。賭けはダメだよ」
「はあ。せっかくエンターテイメント性に溢れる行事だというのに」
ウィレミナが脇から告げるのにクラリッサがため息をついた。
「それでは次は文化委員」
「今年度の文化祭も盛り上げていきたいと思っています。衛生講座を強化し、冷たい食べ物なども提供できるようにしていきたいと思います。また文化祭を実行するに当たって、様々な部活動とも連携し、部活動の勧誘の場にもしたいと考えています」
「いいアイディアだ。その方向性で進めてもらいたい」
ジョン王太子はナイスという具合に告げたのち、即座にクラリッサの方を向いた。
「クラリッサ嬢。文化祭でならば小規模なカジノはやっても構わないよ。ただし、本当に少額の賭け金のみ許可するからね。それからいかさまは禁止だよ?」
「酷い言われようだ。私はいかさまをしたことなどないのに」
ジョン王太子が告げるのにクラリッサが不貞腐れる。
「では、次は──」
「はい! はい!」
ジョン王太子が次の委員会を指名しようとするのにぴょんぴょん跳ねて存在をアピールしている小柄な女子生徒がいた。
クリスティンである。
「ええっと。なら、風紀委員から話を聞こう」
「文化祭においてもギャンブルは禁止するべきです! ちょっとした規律の乱れが、この名誉ある王立ティアマト学園の名に傷をつけることだってありえるのです! 学園内でギャンブルなどするべきではありません!」
「だ、だが、本当に小規模なものだし、不正の監視のための監査委員会も特別に組織する予定だ。校風の乱れには繋がらないように万全の対策を尽くす」
「ダメです! 未だに闇カジノも摘発できていないのに、生徒たちにギャンブルなど教えるべきではありません! これは闇カジノの勢力拡大に繋がりかねないのです! 私が以前に行ったように学園内でギャンブルを行うなら風紀委員の数を2倍に!」
ジョン王太子はいろいろ考えていたのだが、クリスティンにあっさり蹴られた。
「つまり今の風紀委員はちょっとした風紀の乱れも正せないほどの役立たずだと」
「うがーっ! 言いましたね! 我々にはやるべきことがたくさんあるのです! 日々の服装検査から学食におけるマナーの取り締まりまで! なのに、ここにギャンブルまで加わったら人員不足になるのは当然です」
「役立たずなのは認めるんだね」
「うがーっ! 認めません!」
クラリッサが煽りまくるのに、乗りまくるクリスティンである。
「ま、まあ、おふたりともそこら辺にしておいてくださいまし。文化祭におけるカジノについてはまた後日、体制が整ってから改めて検討するのではどうでしょう?」
「うん。それでいいと思う」
フィオナが両者を取り持つのに、クラリッサが頷いた。
「風紀委員もそれでよろしいですか?」
「我々はギャンブルには絶対反対の立場です! それが揺らぐことはないです!」
クリスティンは戦う気満々だぞ。
「そ、それでは他の委員からも話を聞こう。それから各委員会は予算請求書を出してくれ。2学期における予算配分については9月7日までには発表する」
こうしてなんとか委員会の意見は聞けた。
予算についてはクラリッサが執拗に風紀委員の予算を削減しようとしたが、これまでの活動実績としっかりした書類があったために予算削減はできなかったぞ。ウィレミナが会計を纏めてしまい、クラリッサの野望は打ち破られた。
「裏切者」
「いや、あたしに言わないでくれよ、クラリッサちゃん……。予算について決めたのジョン王太子たちだよ……」
頑張れ、クラリッサ。風紀委員を制して、学園を牛耳るんだ。
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