娘は魚が食べたい
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──娘は魚が食べたい
それから水遊びが1時間ばかり続き、フェリクスがチラチラとシャロンの胸を見る中、次のスケジュールである釣りに移行した。
「この釣り具は自由に使ってくれ。餌はそこにある」
「うげっ。生臭い」
フェリクスが釣り竿2本を岩に立てかけ、ついでに餌もおく。シラスだ。
「フェリクス。仕掛けってこんな感じでいいのかな?」
「そうそう。それでいい。それなら釣れるぞ」
クラリッサは釣り具店で教わっていた仕掛けづくりを終え、それをフェリクスに見せていた。フェリクスからは満点との回答がいただけている。
「クラリッサちゃん。それ、どうやんの?」
「この重りを──」
ウィレミナが尋ねるのに、クラリッサが釣り具店で習った方法を教えていく。
「私は自分で釣り具、持ってきたよ。お兄ちゃんのだけどね」
サンドラは釣り具持参。もう仕掛けもセットしてある。万端だ。
「トゥルーデはみんなの活躍を見守るわ。フェリちゃんが大物を釣り上げるのを楽しみにしているからね。頑張って釣ってね、フェリちゃん。応援は必要かしら?」
「あまり大きな音を出すと魚が逃げる。静かにしていてくれ」
トゥルーデは期待に満ち溢れた視線をフェリクスに向けている。やりにくいことこの上ない。大声で応援されるよりはマシかもしれないが。
「ヘザーさん。使われますか?」
「私はいいですよう。フィオナさんが使ってください。それでうっかり、私に釣り針をひっかけてくださったりすると幸いですう」
「ひ、引っかからないように気を付けますわ」
フェリクスが用意した予備の釣り竿はウィレミナとフィオナが使うことになった。
「やはり澄んだ水はいいな。魚が見える。釣り甲斐があるぞ」
「ねえ。魔術でドーンってやった方が釣りやすくない?」
「絶対にそれやるなよ。法律違反だからな」
あれだけリーチオに止められていたことを提案するクラリッサであった。
「やっぱりダメか。そんな気はしてたんだ」
そんな気も何もリーチオはちゃんと止めていたぞ。ダイナマイト漁は禁止である。
「それにしてもフェリクスの餌は毛玉? 毛玉で釣れるのは猫だけだよ?」
「毛玉じゃない。フライだ。これはな。水辺に近づく昆虫を模しているんだ。川魚などは昆虫を餌にする。だから、このフライで昆虫の動きを再現してやれば、鮎でも釣れるというわけだ。まあ、餌で釣った方が早いと言えば早いけどな」
「テクニカル」
フェリクスが自慢げに語るのにクラリッサが感心して見せた。
「いままでどんなのが釣れたの?」
「鮎だろう。ニジマスだろう。トラウトだろう。まあ、いろいろ釣ったぞ」
「ベテランじゃん。凄い。そんな毛玉で魚が釣れるなんて」
「まあ、慣れれば結構いけるぞ。小学生の時から釣りは趣味だったしな」
フェリクスは鼻高々だ。
「ぶー! そこまでです! お姉ちゃんセンサーが不純異性交遊の気配を察知しました! 会話はそこまでです!」
そして乱入してくるトゥルーデである。
「おい。ただ釣りの話をしていただけだぞ」
「フェリちゃんがお姉ちゃん以外と楽しそうに話してるんだもん! ダメです! そういうのは絶対にダメ! フェリちゃんはお姉ちゃんだけ見てて!」
「前々から酷かったけど、最近さらに悪化したな……」
「フェリちゃんが女の子を侍らせているのが悪いんだよ?」
トゥルーデはそう告げてクラリッサをジト目で見る。
「お姉ちゃんセンサーがフェリちゃんの本命はクラリッサちゃんだと言っているよ。けど、他の女の子にも優しいし、フェリちゃんはやっぱりハーレムを狙っているの? フェリちゃんならハーレムぐらい余裕だと思うけど、お姉ちゃんは不純でよくないと思うわ」
「狙ってねーし、クラリッサは別に本命じゃねーよ」
トゥルーデの言葉にフェリクスがため息混じりにそう返す。
「えっ。あれだけ愛を囁いてくれたのに?」
「面倒くさくなるから、今その手のジョークはやめろよ、クラリッサ」
ここでさらりと嘘八百を告げるクラリッサだ。
「やっぱりそうなのね! ダメよ、フェリちゃん! お姉ちゃんだけを愛して!」
「トゥルーデと私、どっちが大事なの?」
そして、ややこしさに拍車をかける2名である。
「はあ。どっちもない。俺はもっと大人の女性が好きだ」
「残念」
「その全然残念と思ってない顔はなんだ」
クラリッサは澄ました顔をしているぞ。
「ぶー。フェリちゃんってばお姉ちゃんから離れていくばかりね。お姉ちゃん悲しい」
「姉貴はその性格を直せよ」
ごもっともな意見を述べるフェリクスであった。
「それより釣りだ、釣り。昼飯分は釣るぞ」
「おー!」
それからクラリッサたちは釣りにチャレンジした。
「えいっ!」
ウィレミナはキャスティングに成功。
「てい」
クラリッサもキャスティングに成功。
「はいっ!」
フィオナも思いっきりロッドを振り回したが──。
「ひゃあ! スカートが、スカートが! 露出プレイですかあ!」
「ご、ごめんなさい!」
フィオナの釣り針はどういうわけだかヘザーのスカートに引っかかっており、スカートがめくれてパンツ丸出しになりながらヘザーは大興奮していた。
「釣りは静かにやってくれよ……」
フェリクスも呆れながらキャスティング。
そして、待つこと15分。
「かかった!」
「おお。釣れてる」
フェリクスがロッドを引き上げ、リールを巻き取りながら獲物と格闘する。
ラインが水面を左右に激しく動き、獲物が釣り針から逃れようとしているのが分かる。フェリクスは逃さぬようにロッドを引き上げて、リールを巻き取り続ける。
そして──。
「よし! 釣れた! なかなかのサイズのアマゴだな」
釣れたのは20センチほどのアマゴ。悪くないスタートだ。
「お? かかった?」
「引き上げろ、引き上げろ。逃げられるぞ」
続いてウィレミナの垂らしていた浮きが水面下に沈みこんだ。
「おお。私もかかったっぽい」
そして、クラリッサの方も釣り針に反応があった。
「ぬおー! 大人しく釣られろー!」
「えい」
ウィレミナが格闘するよこでクラリッサが思いっきりロッドを引き上げた。
魚が宙を舞い、クラリッサの手にホールインワンする。
「すげーな……」
「まあ、ちょろいもんだ」
一発で獲物を引きずり上げたクラリッサ。
獲物は30センチほどのサツキマス。これでふたり分の獲物を確保。
「ぬぬぬ! 引き上げられません、隊長!」
「頑張れ、ウィレミナ隊員。一発で仕留めるんだ」
などとやっていたら、ウィレミナの釣り針にかかったはずの獲物は釣り針を無理やり外して逃げていってしまった。残念。
「無念なり」
「また次があるさ」
落ち込むウィレミナをクラリッサが励ます。
「つ、釣れませんわ……。どうしてかしら?」
「ちょっと引き上げて見ろ」
フィオナが首を傾げるのにフェリクスがそう告げる。
「あら。餌がなくなっていますわ」
「餌だけ取られたな」
フィオナの釣り針からは餌だけがそっくり消えていた。
「つけ方が甘かったんだろう。こうやってつけるんだ」
「なるほど」
フェリクスはシラスを手に取り、釣り針にしっかりと付ける。
「私、勘違いしておりましたわ」
「何をだ?」
フィオナが告げるのに、フェリクスか怪訝そうな顔をする。
「生徒会選挙の時に他の生徒の方に乱暴したと聞いていましたので、てっきりもっと危険な人かと思っておりましたの。とんだ勘違いでしたわ。実際のあなたはとても優しい方なのですね。クラリッサさんが親しくされるのも分かりますわ」
フィオナはそう告げてフェリクスを見る。
「勘違いするなよ。別に優しいわけじゃない。釣れない人間がいると面白くないからだ。それに自分で釣った魚を食った方が、人に釣ってもらった魚を食うよりも美味い」
「それが優しいというのですよ」
フェリクスがぶっきらぼうに告げるのに、フィオナが微笑んだ。
「ぶー! お姉ちゃんセンサーが浮気を検出しました! その子はジョン王太子という婚約者がいるんだから、口説いちゃダメよ、フェリちゃん!」
「そうだよ、フェリクス。フィオナは婚約者持ちなんだから口説いちゃダメ」
そしてやってくるトゥルーデとクラリッサ。
「口説いてねーし。さあ、急がないと人数分釣れないぞ」
「クラリッサちゃんは一応フィオナさんに婚約者がいることは認識してたんだね……」
クラリッサはフィオナに婚約者がいると認識したうえであれなのだ。
「釣れたー!」
その時、サンドラが声を上げた。
「おお。サンドラも釣れ……小さいな」
「これは食えねーぞ」
サンドラが釣ったのは6、7センチほどの小魚だった。
「ううむ。やっと釣れたと思ったのになあ……。どうしよう、クラリッサちゃん?」
「逃がしてあげたら? それともそれも塩焼きにする?」
「逃がしてあげよう」
サンドラは慈悲の心で小魚を逃がしてやった。ばいばい、小魚!
「さて、気を取り直して釣らないと」
「よし! かかった!」
サンドラが餌を仕掛けなおしている間にフェリクスが2匹目をゲット。
20センチのアマゴだ。これはいい。
「お。私も釣れたっぽい」
そして、クラリッサも2匹目をゲット。
15センチのイワナだ。
そんなこんなで釣りは進み、ウィレミナ、サンドラ、フィオナもそれぞれ獲物をゲットした。なかなか美味しそうな魚が揃ったぞ。
「調理はお任せあれであります!」
そして、川辺ではシャロンが火を起こし、まな板とナイフで釣った魚の臓物を取り出し、たっぷりと塩を振り、串に刺して焼いていく。実に手慣れた仕草である。
「シャロンさん。手先器用だし、調理早ーい」
「軍隊にいたときに覚えたであります」
サンドラが感心しながらその様子を見るのに、シャロンがテレテレとそう告げた。
「シャロンさん。家庭的なのか」
「惚れた?」
「そ、そんなわけあるか」
クラリッサがからかうように告げるのにフェリクスがそっぽを向いた。
「さあ、焼けたであります! どんどん食べてください!」
「食べるぞー!」
シャロンが串を取り出すのに、ウィレミナが自分の釣った魚に飛びついた。
「うん。美味い! 自分で釣った魚はやっぱり格別だな!」
「だろ? これがいいんだよな」
ウィレミナが満面の笑みを浮かべるのに、フェリクスがそう告げた。
「確かにこれは最高の美食ですわ」
「美味しいね」
フィオナたちも大満足。
「さて、食ったな。後片付けしたら、キャンプ場を目指そう」
「おー!」
全員分の魚が食べ終えられると、クラリッサたちは荷物を畳み、焚火を消し、後片付けをきっちり済ませてから、キャンプ場を目指す。
「ここからキャンプ場って結構距離あるよね」
「そうかな? 4、5キロだよ?」
「それって結構な距離だよ」
サンドラが辛うじて整備された山道を進みながら告げるのにクラリッサが首を傾げた。クラリッサにとって長距離とは10キロ以上を指すのだ。
「あたしは陸上部で鍛えてるから余裕!」
「私はダメかもしれませんわ」
ウィレミナが元気よく告げるのにフィオナが息を吐き出してそう告げた。
「いざとなれば私が背負って運ぶから安心して、天使の君。君を置いて行ったりはしないよ。君の天使のような体ならば羽のように運べるだろう」
「ひゃ、ひゃい!」
クラリッサは荷重が1フィオナぐらい増えても余裕の筋力だ。
「もう歩けなーい! フェリちゃん、おんぶして、おんぶ!」
「この姉貴はここに置き去ろう」
「フェリちゃん酷い!」
一方のフェリクスはトゥルーデを担いで運ぶつもりなど毛頭なかった。
「お疲れになられたようなら自分が運ぶであります」
「トゥルーデはフェリちゃんに運ばれたいので遠慮します」
「そ、そうでありますか」
シャロンの申し出は呆気なく断られた。
「私はここに置き去りにしてください。手足を縛っていただけるとなおいいですう」
「君は大人しく歩いて」
ヘザーの申し出も呆気なく断られた。
「そろそろキャンプ地だ」
クラリッサが地図を見てそう告げる。
「到着!」
そして、クラリッサたちは目的のキャンプ地へたどり着いた!
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