娘は友達と別荘での夜を過ごしたい
……………………
──娘は友達と別荘での夜を過ごしたい
最終的にババ抜きで負けたのはフィオナであった。
ゲーム初心者ということもあって、彼女が負けるのは当然だったように思える。
「というわけで、晩御飯はフィオナさんが一品作ります」
「わー!」
ウィレミナが告げるのに、クラリッサたちが歓声を上げる。
「うーん。どんなものを作ったらいいでしょうか? 私も家庭科で習った範囲のことぐらいしかできないのですが。皆さんには美味しい料理をおなかを壊さずに召し上がっていただきたいですし、困りましたわ」
「おなかを壊さないのは絶対条件ですよ」
フィオナが材料を見て悩むのに、サンドラがそう告げた。
明日からはいよいよキャンプと釣りだ。おなかを壊している場合じゃない。
「もちろん清潔にして料理はしますわ。でも、何を作りましょう?」
「うちから連れてきた使用人はシチューを作るそうだから、それと被らないものだな」
「シチュー以外ですわね。なら、パイを作りますわ。お肉もあるようですし、いいものが作れるように頑張りますわ」
「期待しているよ、フィオナ」
「ひゃい!」
クラリッサが告げるのに、フィオナが顔を赤くした。
「罰ゲームといえば罰ゲームなんだけど、私たちも何か手伝おうか?」
「ありがたいですわ。それならジャガイモの皮をむいていただけますか?」
「了解」
サンドラが告げるのに、フィオナがそう返す。
「私たちも手伝おう」
「罰ゲームじゃねーのか」
クラリッサもフィオナのサポートに向かい、フェリクスが呆れた顔をする。
「おっと。クラリッサちゃんは絶対に火元には近づいたらダメだぜ?」
「何故に」
「家庭科室を料理しようとしたことを忘れたとは言わせないぞ」
怪訝そうな顔をするクラリッサにウィレミナが立ちふさがってそう告げる。
「忘れた」
「なら、思い出して。私も手伝うよ、フィオナさん」
都合の悪いことは早急に忘れる。クラリッサ流の人生の生き方だ。
「クラリッサちゃんは大人しくトマトでも切っておきなさいって」
「仕方ない」
それからトントン拍子に料理は進み、パーペン家の使用人がキッチンに現れるころには料理は完成していた。香ばしい匂いのする羊肉のパイだ。
「ふう。皆さん、助かりましたわ。そういえばキャンプでは何を作りますの?」
「あたしはカレーがいいな」
フィオナがクラリッサたちに頭を下げるのに、ウィレミナがそう告げた。
「私はチーズフォンデュとかお洒落でいいと思う」
「私は野外で料理するものといったら密告者ぐらいしか思い浮かばない」
「クラリッサちゃん?」
クラリッサはベニートおじさんの農場で密告者が活きたままミンチされて、そのまま豚さんたちのご飯になった様子を何度も見ているぞ。碌な思い出じゃないな。
「お前がいうとシャレにならねえよ。材料ならいろいろあるが、手軽なカレーがいいかもな。カレーが嫌いって奴はいないだろ?」
「いるはずないぜ!」
ウィレミナはカレーが大好きだ。
「釣った魚はどうするの?」
「それは昼飯だな。塩焼きにして食うと美味いぞ」
クラリッサが尋ねるのに、フェリクスがちょっとワクワクしながらそう告げた。
「丸焼き?」
「だな。そこまででかい魚でもないから火は通りやすいぞ」
「なまずとか釣れたらどうしよう」
「うーん。どうしたものかな……」
食べられない魚はキャッチ&リリースしよう。
「お坊ちゃま方、食事ができました。お召し上がりください」
「飯だ」
まあ、それはともかく今日は明日に備えて体力を養うのだ。
「いただきます」
今日のメニューは鴨肉のシチューと羊肉のパイである。
「パイ、美味いぞ。流石だな」
「ありがとうございます、フェリクスさん。これも皆さんに手伝っていただいたおかげですわ。私ひとりでは作れなかったでしょう」
フェリクスがそう告げるのに、フィオナが嬉しそうに微笑んだ。
「明日はお姉ちゃんが作る! お姉ちゃんがとっても美味しいご飯を作るから!」
「いや。明日は全員で作るからな?」
「やだー! 私もフェリちゃんに料理褒められたいー!」
面倒くさい姉である。
「明日は包丁で指を切ったり、焚火の炎で火傷したり、不味いものを入れて食中毒になったり、楽しみですよう」
「君はテント設営係に任命する」
「そんなー!?」
クラリッサも食中毒を起こすようなものを入れられては困る。
「その代わりシャロンに罵られながら馬車馬のようにテントを設営する権利を上げよう。シャロンは元軍人だからビシビシ鍛えられるよ」
「そ、そんなご褒美をただでいただいていいんですかあ!?」
「もちろんだとも。私たちは友達だからね」
うろたえるヘザーにクラリッサは優しく微笑みかけた。
クラリッサはただ面倒くさい仕事を押し付けたいだけだぞ。
「テントの設営って結構力使うよ? ヘザーさんひとりで大丈夫?」
「お任せを! 必死になって設営しますう!」
一応アウトドア経験ありのウィレミナがそう告げるのに、ヘザーが興奮してえそう返した。もう今からご褒美を待ちわびている感じである。犬か。
「これ終わったら明日の食材の下準備な。キャンプ場にあんまり道具を持ち込みたくないし、ゴミもあまり出したくないから皮ぐらいは剥いておくことにしよう」
「頑張って」
「頑張って、じゃない。お前もやるんだよ」
クラリッサが食べ終えた食器を持って立ち去ろうとするのに、フェリクスが腕を掴んで阻止した。友達ばかりを働かせて自分は働かないのはよくないぞ。
「ごちそうさまー!」
「美味かったー。フィオナさんはいいお嫁さんになれるよ!」
そして、全員でごちそうさま。
ウィレミナに褒められたフィオナはテレテレしているが、王妃になる君が料理をすることは稀になると思うぞ。
「さて、では明日の準備だ」
キャンプのことは俺に任せろと言わんばかりにフェリクスが立ち上がる。
実際のところ、アウトドアに関してはフェリクスはこの中で一番経験がある。火の起こし方から、テント設営場所の選び方、川魚の調理方法に至るまでいろいろと知っているのだ。普通なら使用人に任せることも自分でやってしまうぞ。
そういう意味ではリーチオの手ごわいライバルになる。リーチオはクラリッサにアウトドアの楽しさを教えるのを楽しみにしているが、その前にフェリクスが教えてしまいそうなのであるからにして。気を付けるんだ。敵は身近なところにいるぞ。
ちなみにベニートおじさんも所有する農場にクラリッサたちを招待しているが、アウトドアらしきことはやっていない。どちらかというと密告者を豚に食わせたり、フランク王国の犯罪組織のメンバーのそのまま指をかみちぎった犬を飼っていたり、アウトドアというよりもアウトローな感じである。
「食材をどうしておくの?」
「皮をむいて、それぞれのサイズにカットしておく。それからカレールーを作っておくことだな。キャンプ場では鍋に材料をぶち込んで、完成させるだけにしておきたい」
「フェリクスはカレールー作れるの?」
「作れるぞ。うちの秘伝の味を見せてやろう」
クラリッサが尋ねるのにフェリクスが自慢げにそう告げる。
「まずはこのニンニクをだな……」
「ほうほう」
「って、見学してないでお前は野菜の皮剥いてカットしてこい」
「ちっ」
ここでフェリクスのカレールー作りを眺めて時間を潰そうとしたのがばれたクラリッサは舌打ちすると、ウィレミナたちの方に向かった。
「クラリッサちゃん。バリバリ皮剥いていってね。何といっても6人分だから」
「シャロンのことも数に入れてくれてる?」
「もちろん。シャロンさんもついてきてくれるんでしょ?」
「おお。流石。持つべきものは友だな」
というか、クラリッサはシャロンに何を食べさせるつもりだったのだろうか……。
「ジャガイモはちゃんと芽を取ってね」
「カレーってジャガイモ入れるの?」
「いれるよ。当たり前じゃん」
クラリッサはあまりカレーを食べたことがないのだ。
「普通は入れないよ!? ジャガイモ入れたら辛さがマイルドになっちゃうじゃん!」
「ええー。ジャガイモがないカレーなんて物足りないよ。食べた気がしない。ゴロゴロッと大きな野菜が入っている方が美味しいに決まってるよ」
「むむ。野菜ゴロゴロが美味しいのは認めます。でも、ジャガイモは溶けちゃうでしょ? 溶けたら味が薄まるとは思わない?」
「ジャガイモの溶けたカレーも美味しいって」
そして、突如として始まるサンドラとウィレミナの『カレーにジャガイモは入れるのか?』論争。人類が延々と悩み続けるテーマである。
「フィオナさんはどう思う?」
「わ、私ですか? カレーには詳しくないので何とも言えませんが、外で食べたカレーにはジャガイモは入っていませんでしたね。け、けど、ジャガイモが入っていてもきっとおいしいですわ! フェリクスさんもその点は考えられているはずですし!」
ウィレミナがフィオナに話を振るのにフィオナがあわあわしながらそう告げる。
「フェリクス。ジャガイモは入れるべき?」
「俺のカレーは入れた方が上手いぞ。ちょっと辛めだからな。それにジャガイモも入れるタイミングを間違わなきゃ、そんなに溶けたりしない」
フェリクスはフライパンで何やら作業しながらそう告げる。
「だってさ」
「よし。ジャガイモを入れよう」
クラリッサが告げるのに、ウィレミナがうきうきと皮をむいていく。
「クラリッサちゃんって家庭科苦手だったのに皮剥くの上手だね」
「ん。まあ、ナイフの扱いはちゃんとしておかないとね。殺しから拷問まで用途が幅広い道具だから。私もこの点だけはできるんだよ」
「包丁は料理にだけ使うものだよ?」
普通、包丁で殺しや拷問を連想したりしない。
「できた! 完成!」
「こっちはもうちょっとかかる。先に遊ぶなり休むなりしててくれ」
フェリクスの方からは既にカレーの香ばしい匂いがしてくる。
「この匂いを前にお預けとは……」
「おなか減っちゃうね」
ウィレミナがすんすんとに香ばしい香りを嗅ぎ、サンドラがおなかを押さえる。
「明日が待ちきれませんわ」
「みんなさっき食べたばっかりだよ?」
はらぺこな皆さんにクラリッサが突っ込んだ。
「夜食作ろうぜ、夜食。サンドイッチ程度ならいいでしょ?」
「太るよ?」
「運動するから大丈夫」
クラリッサが忠告するのにウィレミナがサムズアップしてそう返した。
「サンドイッチ食べながら、またカードゲームする?」
「いいね。今度は七並べにしよう。フィオナはルール分かる?」
そんなこんなで時間は過ぎていき、やがて夜が訪れた。
……………………
……………………
別荘についていたお風呂に入ってすっきりしたら寝る時間。
「夜の警備はお任せくださいであります!」
「うん。よろしく、シャロン」
シャロンが告げるのに、クラリッサが大きく欠伸をすると部屋に向かった。
「クラリッサちゃん、こっち、こっち!」
クラリッサの部屋はフィオナ、サンドラと共有だ。ベッドはふたつしかないので、クラリッサはサンドラの方に押し込まれることになるぞ。
狭くなるのにテンションの高いサンドラである。
「ふわあ。今日は手先を使ったから眠い」
「手先は使っても普通は眠くならないよ」
不器用なクラリッサが手先を使うと脳内の糖分が大量消費されてスリープモードに移行するのだ。恐らくは。
「明日はいろいろあるから今日は早く寝よう。明日は釣りにキャンプに楽しいことがいっぱいだ。水着も披露しなくちゃいけない」
「そうだね。今日はもう寝よう」
クラリッサがサンドラのベッドにもぐりこんでくるのに、サンドラが魔道灯を消す。
「お休み、フィオナ」
「おやすみなさい、クラリッサさん」
クラリッサがフィオナにそう告げてサンドラの方を向く。
「お休み、サンドラ」
「お休み、クラリッサちゃん」
そして、サンドラにもそう告げるとクラリッサはそのまま目を閉じた。
(クラリッサちゃん。こうしていると本当に可愛い。口さえ開かなければ妖精さんみたい……。いけない、いけない。私も眠らなきゃ。見とれている場合じゃない……)
そう告げてサンドラも目を閉じる。
「フェリちゃーん! お姉ちゃん、トイレに行くからついてきてー!」
「うるせえ、姉貴! ひとりで行け!」
そして、ドアの外ではロマンも何もない会話が響いていた。
……………………
面白いと思っていただけたらブクマ・評価・励ましの感想などお願いします!




