父は娘の現状を聞きたい
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──父は娘の現状を聞きたい
「ただいまー」
今日もクラリッサが家に帰宅する。
最近はいろいろと部活に体験入部してお試ししているため、下校時間が遅い。だが、父親のリーチオはその点は心配していない。愛する娘がいきなり非行少女になるはずがないし、帰宅時間が遅くなってもファビオという護衛を付けてあるのだから。
「今日という今日は金を返させろ。どうせギャンブルに使ってやがるんだ。容赦はするな。必要なら骨の2、3本は折ってやってもいい」
「パパ、ただいま」
リーチオが部下に物騒な命令を出している中、クラリッサが書斎にやってきた。
「おお。帰ったか。そろそろ入る部活は決めたか?」
「まだ。いろいろと面白そうで全部やりたい」
リーチオが出迎えるのに、部下たちが退室していく。
リーチオの組織は形としてはリーチオと何名かの幹部による運営だ。だが、実際はリーチオによるワンマン経営に近く、部下たちはリーチオの機嫌を損ねて暗殺対象者名簿に名を乗せないように、リーチオの溺愛するクラリッサにも気を配っていた。要は家族の時間を邪魔しないようにしているのだ。
「それは無理だ。どれか選ばなきゃならん。陸上部はいい感じだったんだろう?」
「それなり。料理研究部も面白そうだったしね」
「……お前が料理するのか?」
「ダメなの?」
リーチオの表情が強張るのに、クラリッサが怪訝そうな顔をした。
「お前なあ。この間のクリスマスの日に手作り料理作るって言って食材もろともキッチンを丸焼きにしたのをもう忘れたのか」
「都合の悪いことは忘れるようにしている」
「よし。今度からそれは改めろ」
クラリッサのある意味ポジティブシンキングにリーチオが突っ込んだ。
「部活動はともかくとして、学園生活は普通にこなせているんだな?」
「んー……。うん。ある程度」
「その間はなんだ、その間は」
クラリッサの視線が泳ぐのに、リーチオがため息をつく。
「ファビオから聞いたが、また決闘騒ぎを起こしたらしいな」
「ちゃんと勝ったよ」
「勝った負けたの問題じゃない」
クラリッサがブイッとVサインを送るのにリーチオがまたため息をついた。
「勉強するだけなら学園に通わなくてもいいんだぞ。学園に通う意味、分かるか?」
「……将来の商売相手を探すため?」
「違う」
クラリッサがしばし考えた末に告げるのに、リーチオは首を横に振った。
「集団生活というもの。社会性というものを学ぶためだ。俺にはどうにもお前にはこういうものが不足しているように思えてならん。学園では入学初日に決闘騒ぎをやらかすし、最近でも王太子と仲が悪いんだろう?」
「また馬の首を置いた方がいいかな?」
「そういうところだぞ」
クラリッサが平然と告げるのに、リーチオがため息を漏らす。
「今度はメッセージも残すよ。“お前を見ているぞ”とかどうかな?」
「だから、馬の首を置くとかやめなさい。いったいどこで覚えた、それ」
「前にベニートおじさんがやってた」
「あの野郎」
ベニートおじさんは組織の中でもバリバリの武闘派で、敵対者を容赦なく脅迫するぞ。馬の首戦法はベニートおじさんのお気に入りの女優を舞台に上げさせない監督に対して行われたものだ。当時、クラリッサは4歳だったがばっちり覚えている。
「私、友達もできたよ?」
「それはいいことだな。みんなと仲良くなるんだぞ」
「それは無理。生理的に無理」
「お前のクラス、どんな奴がいるんだよ」
リーチオが告げるのにクラリッサがふるふると首を振る。
「王太子。凄くねちっこい。そのうちストーカーになる。貞操の危機を感じる」
「どこまでが本当でどこからが嘘だ?」
「全部本当だよ。襲われたら大変でしょ?」
「お前が素直に襲われるようなタイプの人種には俺には見えないんだが」
「酷い。パパはもっと娘の心配をするべき」
襲われるとか貞操の危機とか言っても怯えた様子も見せず、ケロリという具合に平然としているクラリッサからは危機感は欠片も感じないぞ。
「2度も決闘して、どっちも勝ってるからな、実際。お前のどこをどう心配したらいいのか俺には分からなくなってきたぞ」
「か弱い女の子だよ?」
「か弱い女の子は王族にボディブローを叩き込んだりしない」
お父さんが正論です。
「まあ、友達ができたならいいだろう。どんな子だ?」
「宮廷魔術師になりたい子と、貧乏な子と、ちゃらんぽらん」
「ちゃらんぽらん……?」
ちゃらんぽらんとはフィオナのことだぞ。
「よく分からんが仲良くしておけよ。貴族の友達はいずれ役に立つぞ」
「うん。利用するだけ利用するね」
「言い方が悪い」
マフィアの父親から口が悪いといわれるクラリッサである。
「そういえば、ファビオから聞いてたが今度新入生歓迎パーティーがあるんだろう。ドレスを仕立てておかなければならんな」
「ドレス。可愛いのにしよう。可愛さで勝利したい」
「うんうん。そうだぞ。女の子はそう言う考えをするものだ」
「ガーターにナイフとか仕込みたい」
「可愛さどこ行った」
クラリッサはアクションものの演劇が大好きだ。登場人物が死ねば死ぬほど面白いと思っているぞ。リーチオはあんまりそういうのは見せないようにしているけど、部下が買収されて連れて行っていることをリーチオは知らないのだ。
「暗器はロマンだよ?」
「お前は何をしに新入生歓迎パーティーに行くつもりだ。こういうパーティーはお上品にしておいて、友達を増やすチャンスだぞ。ファビオが言うには中等部の先輩たちも歓迎してくれるんだろう。上にコネを作っておいて損はないぞ」
「流石パパ。人を利用することについて考えさせれば世界一」
「褒めてるのか、それ」
クラリッサは純粋に凄いと思っているぞ。
「どうやって利用しようかな? 鉄砲玉にする?」
「上級生を鉄砲玉にしようとするのはやめなさい。俺が言うのもなんだけど、お前は本当にマフィアの子に育ったな……」
「蛙の子は蛙ってことだね」
「お前はディーナに似てほしかったんだがな」
お父さんはクラリッサにはお母さん似に育ってほしかったのだ。
「私はパパみたいに育って誇らしいよ」
「そうか。それも嬉しいけどな」
「ところで、バタフライナイフとメリケンサックのどっちがいいかな?」
「俺はパーティーでそういうことはしてないからな。そういうのを似たというなよ」
にこりとした笑顔で告げるクラリッサにリーチオはそう返した。
「暗器、しこんじゃダメ?」
「ダメだ。そもそも何と戦うことを想定している」
「……学園に乱入してきたテロリスト?」
「そんなものは一生来ないから普通に過ごしなさい」
誰もが想像する妄想を告げるクラリッサにリーチオがそう告げる。
「パパはなんでも禁止し過ぎ。もっと子供は自由に育てるべき」
「いいや。俺はそんな言葉には騙されないからな。パーティーに暗器を持ち込ませることを自由とは言わない。それは無責任というものだ」
ぶーとクラリッサが告げるのに、リーチオがそう返す。
確かにパーティーに暗器は必要ない。それをわざわざ持たせてやる必要もない。
「ぶー……。ぶー……。私の女の魅力はまだ不足しているのかな……。こんどパールさんにいろいろと聞いてみよう」
「おい。高級娼婦の名前が聞こえたんだが」
「気のせい、気のせい」
パールさんは宝石館という名の娼館の高級娼婦だぞ。
「女の魅力を磨こうと、逆立ちしようとも、俺の意見は変わらんぞ。そもそも6歳児に女の魅力もクソもあるか」
「そういう需要はない?」
「あったとしたら俺が叩きのめしてやる」
ロリコンには容赦ないリーチオだぞ。
「仕方ない。暗器は制服に仕込もう……」
「学園は武器の持ち込み禁止だ」
さりげなくそう告げるクラリッサにリーチオがそう告げる。
「武器がないと身の危険を感じる……」
「嘘をつくな、嘘を。武器がなくても決闘で勝ってるだろうが」
クラリッサは父親を相手に嘘をつくのが苦手だぞ。
「本当に暗器、仕込まなくても大丈夫?」
「何のためにファビオを付けていると思っているんだ。汚れ仕事は奴にやらせろ」
「うーん。やっぱりボス自ら手を下した方がよくない?」
「何のボスになったんだ、お前は」
「ゆくゆくは学園を傘下に治めようと思う」
クラリッサの野望は始まったばかりだぞ。
「とにかく、学園への武器の持ち込みは禁止だ。決闘もこれ以上するな」
「分かった。これからは学園にある道具で密かに仕留める」
「やめなさい」
そんなこんなのやり取りをしながら、リーチオは懇意の服屋にクラリッサのドレスを作らせるために、クラリッサを連れて服屋に向かったのだった。
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リーチオが懇意にしている服屋は高級店だが、貴族向けの店ではない。
平民の富裕層向けの店で、どちらかといえば品質は貴族向けの店より上だ。ウィレミナが語っていたように、ここ最近では貴族より金持ちのブルジョア層が増えていて、そういう階級向けに商売をすることは利益になるのだ。
「いらっしゃいませ、リベラトーレの旦那」
リーチオがクラリッサとともに入店するのに店主が頭を下げる。
この街の人間は良くも悪くもリベラトーレ家の影響下にある。
リベラトーレ家に上納金を納めておけば、街のごろつきたちが店に手出しをすることはない。強盗や盗みに入られることもない。もし、ごろつきどもがリベラトーレ家の配下にある店舗に手出ししようものならば、リベラトーレ家の構成員がどこまでも追いかけて、落とし前を付けさせることになるからだ。
マフィアにはよくある金の稼ぎ方だが、リベラトーレ家のそれは比較的良心的だ。上納金を納めていれば、確実に約束は果たすし、上納金の額も良心的だ。
もっともリベラトーレ家の傘下に入ったということで、リベラトーレ家と抗争状態になった別のマフィアに狙われる可能性は否定できない。アルビオン王国の暗黒街はほぼリベラトーレ家が握っているとしても、他の犯罪組織がいないわけではないのだ。
そういうわけで良くも悪くも街の人間は影響を受けていた。
「娘が今度、王立ティアマト学園の新入生歓迎パーティーに出席する。最近の流行りのドレスをあつらえてくれるか。娘には一番いい格好をしてもらいたい」
「おや。リベラトーレのお嬢さんは王立ティアマト学園に?」
「ああ。どうしてもというものだからな」
リーチオの言葉に店主が意外そうな顔をする。
「いろいろと大変でしょう。あそこは貴族の坊ちゃん嬢ちゃんの学校ですから」
「そう。とても大変。命の危機を感じる。いざという時に動けるドレスにしてほしい」
店主がうんうんと頷くのにクラリッサがそう告げる。
「普通の、今流行りのドレスを頼む。こいつのいうことは聞かなくていい」
「酷い。着るのは私なのに」
クラリッサの頭をわしゃわしゃしながらリーチオが告げる。
「となると、こういうのはいかがですか?」
「ふむ。フォーマルで悪くないんじゃないか」
店主が提示したのは藍色のイブニングドレスだった。イブニングドレスながら露出度が低めでフォーマルな雰囲気のある一品だ。
「色は黒がいい」
「どうしてだよ。葬式に行くんじゃないんだぞ」
「血の色が目立たないから。赤でもいい」
「……行くのは新入生歓迎パーティーだぞ?」
何をしに行くつもりなのか分からないクラリッサである。
「なら、赤だ、赤。血が目立たないからと言って血を浴びるような真似はするなよ」
「しない、しない。……向こうが仕掛けてこない限り」
「何か言ったか?」
「なーにも」
口笛を吹いてそっぽを向くクラリッサだ。
「それで、いつ頃仕上がる?」
「明後日には」
「分かった。前金だ。ちゃんとした仕事を頼むぞ」
「ありがとうございます、リベラトーレの旦那」
リーチオは他のブルジョア層よりも金払いがいいので店にとっては上客だった。
「さあ、サイズを測ってもらってこい、クラリッサ。お前も最近はよく背が伸びるからな。ディーナも長身だったし、これは生まれ持った性質なのかもしれんな」
「パパぐらい大きくなりたい」
「それは育ちすぎだ」
リーチオは2メートルはある長身だぞ。
「それではこちらへ、リベラトーレのお嬢さん」
クラリッサはそれから採寸を受けると、リーチオとともに店を出た。
「パーティーでは思いっきり目立ってこいよ。悪い意味じゃなくてな」
「任せといて」
リーチオが告げるのにクラリッサがサムズアップして返した。
しかし、どうにも不安なリーチオであった。
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本日7回目の更新です。
ちょっとペース早すぎるでしょうか?