娘は夏に向けて動きたい
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──娘は夏に向けて動きたい
既に時期は7月。夏休みは近い。
だが、その前に待ち受けているものがある。
そう、期末テストだ。
それから生徒会も活動を引き継いでスタートさせなければならない。
だが、期末テストがあるのだ。
「第一外国語がようやく理解できたところに第二外国語とは……。ごっちゃになる」
「クラリッサちゃんは相変わらず文系の科目は苦手だね」
机の上でぐでーんと伸びているクラリッサにサンドラがそう告げた。
「けど、私も第二外国語は難しいかな。他にも覚えなきゃいけないことあるし」
「そうだよね、そうだよね。一緒に諦めよう?」
「そこは一緒に勉強しようでしょー」
もはや投げ出す寸前のクラリッサにサンドラが突っ込んだ。
「おふたりさん。どしたの?」
「第二外国語難しすぎって話してた」
ウィレミナがやってきて尋ねるのに、クラリッサがそう返した。
「それならパーペン姉弟に習えばいいじゃん。第二外国語、ゲルマニア語だよ」
「そうだった」
王立ティアマト学園では第一外国語にフランク語、第二外国語にゲルマニア語を習うことになっている。そして、パーペン姉弟の出身はそのゲルマニア語圏である北ゲルマニア連邦だ。ネイティブが身近にいるのである。
「フェリクス、フェリクス。第二外国語教えて」
「無理だ」
「何故に」
フェリクスが即答するのにクラリッサが首を傾げる。
「俺、人にものを教えるのがものすごく下手なんだよ。それに自分の喋っている言葉を教科書でやるみたいに論理的に説明できる気がしない。喋るだけなら、アルビオン語も、フランク語も余裕なんだけどな」
「なるほど」
確かにクラリッサがフェリクスにアルビオン語を教えるとして、文法などを分解して教えられるかと言われればそうでもない。自分が自然に話している言葉を改めて、他の言語を喋っている人たちに教えるというのは簡単ではないのだ。
「フェリクス君。クラリッサちゃん、ヒアリングは得意だから日常会話から教えていってあげてくれない? 今はそこまで文法にこだわらなくていいし」
「それぐらいだったら──」
サンドラの提案にフェリクスが同意しようとした時だ。
「ぶー! お姉ちゃんセンサーが反応しましたー!」
突如としてやってくるトゥルーデである。
「なんなの、フェリちゃん。最近は女の子を何人も侍らせて! ハーレムでも作る気になっちゃったのかな! それならお姉ちゃんも入れてね! お姉ちゃんが正妻だよ!」
「作らねえよ。それから姉弟じゃ結婚できないからな」
面倒くさいトゥルーデの出現にフェリクスがため息をつく。
「本当に作らない? ただの仲良しさん?」
「ただのダチだ。それ以上でもそれ以下でもない。分かったら向こういけ」
「フェリちゃん、最近冷たい! これは女の匂いを感じます!」
「だから、誰とも付き合ってねーって」
そんなフェリクスとトゥルーデの様子を見て、サンドラとウィレミナは苦笑いを浮かべていた。サンドラとウィレミナも兄弟姉妹がいるけれど、こんなに過保護でべったりな兄弟姉妹たちではない。勘違いされそうな言動もしない。
「やあ、フェリクス君、トゥルーデ嬢。今日も仲がいいようだね」
「ちっ」
「また舌打ちしたね、君?」
そして、現れるジョン王太子にフェリクスが明白に舌打ちした。
「今は家族の話をしているので、ジョン王太子は黙っていてください」
「分かったよ! もう君たち姉弟のことは放っておくよ!」
トゥルーデにもないがしろにされてジョン王太子は拗ねた。
「それはそうとクラリッサ嬢。今日の放課後に生徒会の引き継ぎがある。予定を開けておいてくれ。書記や会計も選ばなければならないのでそのことも話し合おう」
「頑張って」
「頑張って、ではない。君も副会長として働きたまえよ」
クラリッサは逃げようとしたがジョン王太子は逃がさなかった。
「書記と会計はどう選ぶの?」
「うむ。こちらから声をかける形になる。有能な人材を選ぼうではないか」
「とか言って、もうフィオナに決めてるんでしょ?」
「うぐ」
図星だったジョン王太子である。
「まあ、いいよ。フィオナがいると華があるから。正直、君と私でふたりっきりの生徒会はぞっとさせられる」
「私もぞっとするよ! 君があの選挙中に何をしていたか知らないわけではないのだからね! 全く、君にはある意味では感心させられるよ」
「それほどでも」
「よく今の文脈で褒めていると解釈できたね!」
照れると言わんばかりのクラリッサにジョン王太子が突っ込んだ。
「とにかく、放課後に生徒会室だよ。忘れないように」
「はーい」
ジョン王太子の言葉にクラリッサが生返事を返した。
「クラリッサちゃん。これから大変だな。生徒会と期末テストの対策を同時進行か」
「うむ。だから、ちょっと教師を買収して問題を手に入れてくる」
「不正はダメだぞー」
ずるはよくないぞ、クラリッサ。
「ウィレミナは今年も余裕?」
「余裕ってわけじゃないけど自信はあるよ」
ウィレミナは初等部1年のときからずっと学年1位だったのだ。
「羨ましい。私と答案交換しない? ギャラは弾むよ?」
「だから、不正はダメだぞー」
隙あらば不正を試みるクラリッサである。
「クラリッサ。後で日常会話くらいなら教えてやるからな」
「ありがと、フェリクス。助かるよ」
ようやくトゥルーデが離れていったフェリクスが告げるのに、クラリッサがサムズアップしてそう返した。
「そういえば、みんな夏の予定もう立てた?」
「ん。うちはいつも通り海外旅行。サンドラは?」
「私の家もスカンディナヴィア王国に6泊7日。けど、せっかくだから数日くらいはみんなで遊びたいよね。予定を合わせて、遊ばない?」
「いいね」
サンドラが提案するのにクラリッサがサムズアップした。
「ウィレミナは予定は?」
「あたしんちは親戚の家にちょっと遊びに行く程度だよ。いつでもオーケー」
お金持ちが羨ましいとでもいうようにウィレミナがそう返した。
「フェリクス。何か予定ある?」
「親父はここに残るけど、母さんと一緒に一度北ゲルマニア連邦に戻る。まあ、3、4日ってところか。予定なら結構空いてるはずだ」
フェリクスの家は大使としてアルビオン王国に赴任しているので、休暇中は母親と一緒に北ゲルマニア連邦の実家に帰るだけである。
「後はフィオナとヘザーに予定を聞こう」
「そういえば、フィオナさんは?」
「あ。いない」
クラスを見渡すとフィオナの姿はなかった。
「どうしたのかな?」
「さあ。ジョン王太子絡みの話かも」
「あっ。生徒会役員の話?」
「そうそう」
ジョン王太子はフィオナをスカウトする気満々だった。
「フィオナには後で話を聞こう。ヘザーは──」
「はあい! 来ましたよう!」
クラリッサの眼前に突如としてヘザーが現れる。
「ヘザー。なんでそんなに前のめりなの。まだ呼んですらいないよ」
「実を言いますと話を聞いていましてえ。そこのフェリクスさんが参加されるなら、是非とも私も一緒にと思いましてえ!」
「フェリクスのこと好きなの?」
クラリッサが何気なく言った言葉でフェリクスが噴き出し、むせてせき込んでいた。
「だって、フェリクスさん。選挙中に凄い暴力の嵐を吹かせていたじゃないですかあ! 私のことも締め上げて、痛めつけて、罵ってほしいなあと思いましてえ」
「有料サービスになるよ?」
「おいくらですかあっ!?」
フェリクスがむせながら必死にクラリッサの背中を叩いている。
「勝手に商売を始めようとするな!」
「じゃあ、商売していい?」
「ダメに決まってるだろ!」
許可を取ろうとしたが却下されたクラリッサであった。
「儲けのチャンスだと思ったんだけどな……」
「はあ。お仕置きのチャンスだと思ったんですけどお……」
クラリッサ。学園でそういうビジネスを始めても顧客は恐らくひとりだけだぞ。
「で、ヘザーの予定は?」
「ヘルヴェティア共和国に5泊6日ですう。それ以外は空いてますよう」
ヘザーも貴族なので海外旅行のようだ。
「じゃあ、後はフィオナが来てから具体的なスケジュールを決めるとして、やっぱり夏に遊びに行くなら海だよね」
「は? 山だろ?」
クラリッサが告げるのにフェリクスが言葉を挟んだ。
「海だよ。開放的な夏に海でわいわい騒ぐのがいいんじゃないか。それに新しい水着も披露したいしね。なんだかんだでフェリクスも私たちの水着に興味あるでしょ?」
「ない」
「え……」
クラリッサが自信満々に告げたのに、フェリクスが即答した。
「フェリクスは本当にトゥルーデでしか発情しない人なの? それとも男の人が好きなの? どちらにせよ否定はしないけど、困惑はするよ」
「どっちでもない! 俺はもっとこう大人の女性が好きなんだ。出るところが出ている人。姉貴もお前たちも真っ平らじゃん。そんな連中の水着見て何が楽しいんだ」
クラリッサが慈しむような眼で見ながら告げるのに、フェリクスがそう返した。
「フェリクス君のスケベ」
「男なら誰だって俺と同じこと言うぞ!?」
「うちの兄貴は慎ましい胸が淑女には相応しいって言ってたよ」
こういう時に男ひとりだと苦労するのだ。
「というか、私たちも真っ平らじゃないし。もうブラ付けてる年齢だよ。多分、水着見たらびっくりすると思うね」
「ありえないな」
「じゃあ、ブラ、見せてあげよっか?」
「お前は自分の体を大事にしろ!」
クラリッサが挑発的に告げるのに、フェリクスが顔を赤くして返した。
「とにかく、俺は山がいい。涼しいし、山は遊ぶ場所がいっぱいあるし、遊び方もいろいろある。海なんて泳ぐらいだろ?」
「ビーチバレーも楽しいぜ?」
フェリクスが山を推すのにウィレミナが海に援護射撃した。
「私は山でもいいかなあ。沢釣りが楽しいんだよ」
「おお! 分かってるな! 餌釣りでもいいが、俺はフライで釣るのが好きだ!」
「お兄ちゃんと同じだね」
急に早口になるフェリクスと頷いて見せるサンドラ。意外に気が合う。
「釣りなんておじさん臭い」
「でも、男の子は釣りが好きっぽいよ。うちの兄貴たちもよく釣りに行くもん。魚は市場で買えばそれいいのにね」
クラリッサが酷いことを言うのにウィレミナがほんのりとフォローする。
「それで、結局山にするの、海にするの?」
「投票で決めよう」
「待った。フィオナの意見も聞きたいからフィオナを待とう」
クラリッサはフィオナなら海に入れてくれると思っているぞ。
「では、その間、俺が山の魅力について語ってやろう」
ふふんという風に胸を張ったフェリクスが語り始める。
「まず何といっても山は涼しい。下界の暑さが嘘のように涼しい。それだけでも行く価値がある。それから豊かな森と川というふたつの恵まれた遊び場。川では釣りをしてもいいし、水遊びをしてもいい。森ではキャンプをして、綺麗な夜空を眺めるのも最高だ。キャンプが嫌ならば別荘を借りることもできる。俺はこのアルビオン王国にどんな別荘があるのかといろいろと調べたが、有名な建築家が素晴らしい立地の場所に建てたものがいくつもある。少し肌寒いくらいの夜は焚火でマシュマロを焼いて食べながら、ホットココアを飲み、温まるのも乙なものだろう。どうだ?」
「フェリクスはどこかの観光業界の回し者なの?」
「山が好きなだけだ!」
あまりに熱く山について語る男。観光業界の回し者だと思われる。
「釣った魚を塩焼きとかにすると美味しいんだよ。鮎とか美味いよ」
「ふむ。ちょっと山でもいい気がしてきた」
フェリクスとサンドラの話もあってクラリッサは今年は山もいいかもしれないと思い始めた。水着を披露するだけなら川でもできる。
「あら。クラリッサさんはここにいらしゃったのですか?」
「フィオナ。どうかした? 私のこと探していたのかい?」
やがて休み時間も終わりに近づき、フィオナがやってくるのにクラリッサがそう尋ねた。フィオナの様子は明らかにクラリッサを探していたようだ。
「それが殿下に生徒会書記をやってはもらえないかと頼まれていまして。参考までにクラリッサさんの意見を伺いたかったのですわ」
「ジョン王太子も手が早いな」
さっき誘おうかなと話していて、もう誘っている。
「まあ、私は大歓迎だよ。私とジョン王太子だけじゃ生徒会に華がないからね。君がいてくれるならば生徒会も華やかなになり、生徒たちも生徒会に敬意を払ってくれるだろう。どうか私とジョン王太子に足りないものを補い、支えると思って勧誘に応じてはくれないかな? 私からもお願いするよ」
「も、もちろんですわ! 頑張りましゅ!」
フィオナは顔を真っ赤にして同意した。
「ところで、フィオナは夏休みのスケジュールはどうなってる?」
「ええっと。スカンディナヴィア王国などを中心に3か国を14泊15日で回りますわ」
「ふむ。みんなの時間が空いていたら一緒に集まって遊ぼうって話になってたんだけど、フィオナは遊べそうな日、ある?」
「皆さんと遊ぶのでしたら時間を作りますわ」
「ありがとう、フィオナ」
クラリッサが手を握って微笑むのにフィオナはあわあわしていた。
「さて、残りの問題は山か、海か」
クラリッサはそう告げて面々を見渡す。
「山がいい人は挙手」
まずフェリクスが手を上げ、サンドラが手を上げ、ウィレミナが手を上げ、それからクラリッサがちょいと手を上げる。遅れてヘザーとフィオナも手を上げた。フィオナの方はよく事態が飲み込めていない感があるが。
「では、山で決まりだ。日時の調整は後日行おう。今年も夏にいい思い出を残すぞー」
「おー!」
というわけで、クラリッサたちの夏の計画は決定。
後は期末試験を乗り切るだけだ。
頑張れ、クラリッサ。テスト前の一夜漬けはやめような。
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