娘は父に友達を紹介したい
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──娘は父に友達を紹介したい
「ただいま、パパ」
「おう。お帰り。今日、選挙結果の発表日だったんだろ。どうだった?」
いつものようにクラリッサが帰宅すると、リーチオが彼女を書斎から出迎えた。
「……屈辱的な敗北だった」
「そうか。金だけでは解決できない問題もあると分かってよかったんじゃないか?」
「ちゃんと暴力も添えたよ」
「何さらっと物騒なものを添えているんだ」
「ベニートおじさんが選挙戦に勝つには脅迫が有効だって」
「あの野郎」
クラリッサに余計なことを教えるのは大体ベニートおじさんだ。
「それで、選挙には負けたけど、選挙そのものは頑張ったってことでパーティーをする。パパ、うちのシマの店を使わせて?」
「確かにいろいろと頑張っていたようだからな。今回もいつもの面子か?」
「ううん。フィオナとヘザーはジョン王太子陣営だったから、今回はサンドラ、ウィレミナ、それからフェリクスとトゥルーデ」
「フェリクスとトゥルーデ……。もしかして、北ゲルマニア連邦の大使のところの双子か? そういえばお前と同い年だって話をした記憶があるんだが」
クラリッサがパーティーの招待客の名前を告げるのに、リーチオがそう尋ねる。
「そだよ。フェリクスとはすでにマブダチ? になった。一緒にいろいろしてる。一緒にいて楽しい人だよ。ベニートおじさんみたいで」
「俺はベニートみたいな奴とは友達になってほしくなかったな……」
クラリッサが嬉しそうに告げるのに、リーチオが深々とため息をついた。
「しかし、大使の奴は問題児だと言っていたが、どっちが問題児だ?」
「姉の方。フェリクスにべったりのブラコン。何故か私は敵視されている」
「何もしてないよな?」
「当たり前。フェリクスとは放課後に一緒に闇カジノをしたり、生徒会選挙では買収と脅迫をしたり、暴力で問題を解決したり、そうやって一緒に過ごしただけ。別にトゥルーデに疑われるようなことは何もしてない」
「……問題があるのは本当に姉の方か?」
クラリッサが語るにはどうにもフェリクスの方が問題児な気がするのであった。
「でも、姉の方も招待するんだろう?」
「そうしないと面倒くさいことになる。招待されなくてもフェリクスについてくる可能性はほぼ100%とみている。あれは面倒くさい姉。私はひとりっ子でよかった」
本当はクラリッサも選挙戦で活躍してくれたフェリクスだけを招待したかったのだが、フェリクスに『姉貴も招待しとかないと後で相当面倒くさいことになる』と言われて、トゥルーデも招待することになった。
なんだかんだで、トゥルーデも女子票をかなり稼いでくれったようだし、無下にはできない。借りは返すのがリベラトーレ家のモットーなのだ。
「パパも出席して。フェリクスとトゥルーデを紹介するから」
「ううむ。まあ、ビジネスパートナーの子供たちだしな。一応顔ぐらいは見ておくか。北ゲルマニア連邦の大使には相当儲けさせてもらっている。互いの信頼を得るためにも、ここは一度会っておくべきだろうな」
それにゲルマニア連邦の大使のところの双子の好みなどが分かれば、誕生日プレゼントを贈ることができる。それは日頃のファミリーへの貢献を労うと同時に、ファミリーはお前のことをよく知っているぞというメッセージを発することになるのだ。
リーチオは別に北ゲルマニア連邦の大使──ペーター・フォン・パーペン伯爵がリベラトーレ・ファミリーを裏切るとは思っていないが、マフィアとは常に恐怖を漂わせて置かなければならないのだ。舐められたらビジネスにならない。
「なら、パーティーの準備をさせよう。いつだ?」
「今週末辺り」
「分かった。今週の日曜日な。シャロン、ちょっと来てくれ」
リーチオはシャロンを呼び出して、伝言を頼むとパーティーの準備を始めた。
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生徒会選挙も終わった7月。
夏休みの賑やかな雰囲気が伝わってくる反面、期末テストという猛獣の気配も伝わってくるこの7月の初週の日曜日に生徒会選挙慰労パーティーが開かれた。
「よ! クラリッサちゃん! 残念賞パーティーだな!」
「今度残念賞って言ったら怒るよ?」
ウィレミナが一番に待ち合わせ場所であるウィリアム4世広場に姿を見せるのに、クラリッサがジト目で彼女を見た。
「まあ、そうだね。一応は副会長だし、残念賞ではないね。クラリッサちゃんはこの反省を次に生かそうな」
「何が悪かったのかさっぱり分からない」
「そういうところを直していこうぜ」
クラリッサは本当にジョン王太子が挨拶程度で勝てたとは思ってないぞ。きっと王室の権力を上手い具合に乱用して勝利したと思っているのだ。
「まあ、今回は失敗だった。今度はより大きな暴力と資金力で学園を掌握するよ」
「次もクラリッサちゃんは副会長留まりだな」
クラリッサ、素直にもっと有権者に訴えかける選挙をしよう。
「お待たせ!」
「まだ時間は大丈夫だよ」
次にやってきたのはサンドラだった。
「残念パーティーだけど、盛り上がろうね」
「サンドラ。今の私の前で残念は禁句だよ」
サンドラにまで残念と言われるクラリッサであった。
「サンドラ。実際のところ、開票結果にどれくらい差がついてたの?」
「僅差だったよ。20票くらいの差。クラリッサちゃんが余計な問題を起こさなければ、もしかすると生徒会長になれていたかもね」
「余計な問題なんて起こしてないよ?」
「選挙管理委員会に暴力沙汰になっているって苦情がいっぱい来たよ」
クラリッサ。認めよう。君は問題ばかり起こしていたぞ。
「クラリッサちゃん。選挙期間中に何回、決闘した?」
「覚えてない。とにかくたくさん」
「覚えきれないほど暴力沙汰を起こしたんだね」
クラリッサが告げるのに、サンドラがため息をつく。
「まあ、中等部でこのままダメだったとしても高等部があるから。高等部の生徒会はもっと自治性が高くて、もっと自由らしいよ。中等部はその見習いって感じだから、目指すなら高等部の生徒会を目指そう」
「おお。いいことを聞いた」
中等部の生徒会はまだまだ教師の介入が多いが、高等部の生徒会になると自主性が高く、自由にやれているようだ。クラリッサはそちらの方に興味を示した。
「そのためには中等部の生徒会で存在感を示さないとね。クラリッサちゃんは副会長だけど、中等部のみんなのために頑張れば、高等部で生徒会長になれるかもしれないよ?」
「よし。張り切っていこう」
敗北からも生まれるものはある。クラリッサは新しい目的を手にしたぞ。
「それなら生徒会、頑張ってね。私も何か委員会に入ると思うから、そのことで生徒会のお世話になるかもしれないし」
「風紀委員だけはやめよう」
「風紀委員に何か問題でもあるの、クラリッサちゃん」
クラリッサは生徒会の傍らで闇カジノも続けるつもりなのだ。
生徒会副会長が闇カジノ。本当に王立ティアマト学園の風紀は大丈夫なのだろうか。
「まあ、私は文化祭に力を入れたいから文化委員を目指すよ」
文化委員は文化祭の他の文化系のイベントを取り仕切る。また文化系の部活動の活動を支援することも行われる。王立ティアマト学園中等部では文化祭の他に、アルビオン王国の伝統について学ぶ講習などもあるのだ。参加者はあまりいないが。
「あたしは引き続き体育委員かな」
「夏の水泳大会、あるよね」
「あるぞー。クラリッサちゃんもなかなかだけど私も負けないぞ」
中等部からは水泳大会が体育系の行事として登場する。
日頃から室内プールで泳いでいる水泳部が有利そうに見える行事だが、さてさて。
「お待たせっ!」
「待たせたか?」
そんな話をしていたら、トゥルーデとフェリクスが登場。
トゥルーデもフェリクスもパンツスーツ姿だ。黒と白のスーツ。そして、それぞれ赤と青の色違いのネクタイを締めている。
「時間ギリギリだ。けど、トゥルーデもパンツルックなんだね」
「お洒落もフェリちゃんとおそろなの! いいでしょ!」
これを聞いたクラリッサがドレス姿のパーペン姉弟を想像したが、案外違和感はなかった。だが、それを言ったらフェリクスが激怒するだろうし、心の中にとどめておいた。最近は本当に空気の読める子に育ってきているのだ。
「ところで、いきなりパーティー決まったけど、当てあるのか?」
「うちのシマならどうとでもなるよ」
フェリクスが怪訝そうに尋ねるのにクラリッサがそう返した。
「こっち。いこう、シャロン」
「はいであります、お嬢様」
クラリッサたちは徒歩で移動を開始し、イースト・ビギンの街を進んでいく。
「はい、ここ。ここが会場」
クラリッサが指示したのは、一見してすぐに分かる高級レストランだった。
「まあ、立派なお店」
トゥルーデは目の前の立派なレストランを前に感嘆の息を漏らす。
「……クラリッサ。カジュアルなパーティーだよな?」
「そうだよ?」
「いや。どうみてもカジュアルなパーティーやる場所じゃないだろ」
「大丈夫。できるようにしてあるから」
クラリッサはそう告げると正面入り口に向かう。
「ようこそいらっしゃいました、クラリッサ・リベラトーレ様。この度は当店をお選びいただき感謝しております。どうぞ心行くまでお楽しみください」
「うん。伝えとくよ。もう始めていいかな?」
「もちろんです。今日の予約はクラリッサ様たちのみです」
この会話を聞いていたフェリクスはクラリッサの実家は本当にやべーところなのではと思い始めていた。サンドラたちはもう総支配人が出てくる程度では動じなくなっているぞ。人間は馴れるものなのだ。
「さて、パーティータイム。いえい」
「待て待て。勝手にひとりで盛り上がるな。事情を説明してくれよ」
クラリッサたちが入店したと同時にバンドの音楽が流れだすのに、フェリクスが突っ込みを入れた。彼には何が何やらさっぱりだ。
「選挙と同じだよ。私たちはみんなの悩みを聞いてあげて、その見返りを受け取る。そして、この街にはパパのお世話になった人が大勢いるわけ。それにうちのファミリーは金払いがいいから、みんなに好かれているんだ」
「……その悩みってどんなのを解決してるんだ?」
「企業秘密」
リベラトーレ・ファミリーでは法律で解決できない問題を解決しているぞ。暴力沙汰は日常茶飯事。浮気相手への制裁から法律で裁かれなかったチンピラへの制裁まであらゆる相手に対する暴力行為を請け負っているのだ。
「お前、マジでワルだな。ある意味では尊敬するぜ」
「私は別にワルじゃないよ。何も悪いことはしてないし」
闇カジノと選挙中の暴力沙汰は十二分に悪いことだったが。
「さあ、さあ、パーティータイムだよ。まずは乾杯しないと。って、パパがまだだった。もう少しばかり待ってね。すぐ来ると思うから」
「え?」
クラリッサが告げるのにフェリクスがぽかんとする。
そして、その時入り口の扉が開く音がした。
「これはリーチオ・リベラトーレ様。お待ちしておりました。クラリッサ様の方はもう既に中にいらっしゃいます」
「ああ。すまんな、いきなりこういうことを言い出して」
「そのようなことは。リーチオ様には借りが多くありますので……」
そのような話し声が聞こえてきたのちに、クラリッサたちのいるホールに身長2メートル程度の屈強な男性が姿を見せた。
「やあ。サンドラちゃんとウィレミナちゃんはもう俺のことは知っているだろう。エデルトルートちゃんとフェリクス君は初めましてだな。リーチオ・リベラトーレ。クラリッサの父親だ。いつも娘が世話になっているようで悪いな」
リーチオは屈み込んで、トゥルーデとフェリクスに挨拶した。
「初めまして、クラリッサちゃんのお父さん。どうぞ、トゥルーデと呼んでください」
「は、初めまして。その、俺の方こそいろいろとお世話になっています」
トゥルーデは通常営業だが、フェリクスの方は相手がかの悪名高いリベラトーレ・ファミリーのボスだと理解して気が気じゃないぞ。
「では、パーティーを楽しんでいってくれ。クラリッサは選挙には落選したようだが、選挙そのものは楽しそうにやっていたようだ。そういうことに力を貸してくれて感謝している。何か頼みごとがあったら受け付けよう。これからもクラリッサをよろしくな」
「は、はい」
何か頼みごとをしたら、その見返りを求められるのではないだろうかと、フェリクスは何も言いだす気になれなかった。
「それからパーペン伯爵によろしくと伝えておいてくれ。彼とはよくやれている」
リーチオはそうとだけ告げると、クラリッサの下に向かった。
「本当に見分けがつかんな、あの双子。そっくりだ」
「見た目はね。少し喋ったらすぐに分かるよ。最近は雰囲気だけでも分かるようになった。服が一緒でもどっちがフェリクスが当てられるよ」
リーチオが感心したように告げるのに、クラリッサがそう告げて返した。
「……フェリクスとはビジネスパートナー以上の関係にはないんだな?」
「ないよ? というか、トゥルーデが今でもうるさいのになれるはずがない。トゥルーデのブラコン具合は度を越してる。その上、お姉ちゃんセンサーとかいう謎の感覚器まで装備している。太刀打ちできない」
「それならいいんだが」
リーチオはいずれクラリッサも自分の彼氏を家に連れてくるのだろうと思って、複雑な気分になった。相手がフェリクスだったらどんな顔をすればいいのやら。
「では、みんな。生徒会選挙、お疲れ様。生徒会長にはなれなかったけど、これから頑張るよ。それでは、乾杯!」
「乾杯!」
クラリッサたちはまたひとつの問題を乗り越えて、仲良くなったぞ。
頑張れ、クラリッサ。高等部の選挙でこそ学園のボスの座を狙おう。
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