娘は派閥争いに勝利したい
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──娘は派閥争いに勝利したい
中等部ももう5月下旬。
パーペン姉弟もクラスにそれなりに馴染み、フェリクスも数名の男子生徒たちと会話している様子が見える。表向きは王立ティアマト学園中等部1年は平和を享受していた。
だが、ここには深い闇がある。
文字通りの闇である闇カジノもそうなのだが、もっと大きなイベントを控え、学年全体が緊張状態にあるのだ。それは──。
「えー。では、6月30日に生徒会選挙が行われます。立候補する人は先生のところまで申し出てください。立候補の受付期間は来週までです」
1年A組の担当教師がそう告げてホームルームを終わらせる。
そうなのである。
ついに生徒会選挙が行われるのだ。クラリッサが学園のボスになるとして目指した生徒会選挙が実施されるわけなのである。ちなみに本当に生徒会長は学園のボスとかそういうものではないぞ。この学園だけ特別ということはないのだ。
そして、既に選挙を見据えて、それぞれの立候補予定者が動いていた。
中等部1年からはクラリッサとジョン王太子が立候補予定だ。
そして、それぞれの支持層が派閥と化して、暗闘を始めていた。
クラリッサの支持層はサンドラやウィレミナたち仲のいい女子たちとフェリクスを始めとする男子生徒たち。そして闇カジノの顧客たちが含まれている。無視できない規模の軍勢をクラリッサは揃えていた。
対するジョン王太子は仲のいい男子たちにフローレンスの『ジョン王太子殿下名誉回復及びクラリッサ・リベラトーレ対策委員会』のメンバーたち。そして、ジョン王太子だからという理由で支持する王党派。これまた巨大勢力だ。
生徒会長になるのはクラリッサかジョン王太子のいずれかだろうと思われている。そう考えたのか、2年生からの立候補は全くなかった。
事実上のタイマン。勝つのはどちらだろうか。
「ただいま、パパ」
「おう。お帰り。最近、帰りが遅いが部活を決めたのか?」
「まだ部活にうつつを抜かしている暇はない」
「……なら、放課後に何やってるんだ?」
リーチオの問いにクラリッサは視線を逸らした。
「それより重要なことがある。私の将来を左右すること」
「放課後にやってることと関係しているのか?」
「してない、してない」
リーチオが訝し気に尋ねるのにクラリッサが首を横に振る。
「で、何が重要なんだ?」
「私が学園のボスになれるかどうかがかかってる」
「意味の分かるように言ってくれるか?」
リーチオにはちんぷんかんぷんな説明だったぞ。
「今度生徒会選挙があるのは知ってるよね?」
「ああ。夕食の時間にも聞いたし、シャロンも話してた。……立候補する気なのか?」
「もちろん。生徒会長の椅子は私の物だよ」
クラリッサは自信満々にそう告げた。
「悪いことは言わん。やめておけ。お前に務まるものじゃない。いいか。生徒会長っていうのは好き勝手やれる王様じゃないんだぞ。学園の日々の退屈な仕事をこなしていくのが主な仕事だ。お前にそういう仕事は向いてないだろう?」
「酷い。娘の可能性を否定する酷い親だよ。それに生徒会長になれば校則も自分たちで決められるらしいし、校則を変更して学園内のギャンブル合法化と生徒たちへの融資を可能にする金融委員会を設立するんだ」
「……お前、それ公約に掲げたら間違いなく落選だからな?」
夢というか下心を語るクラリッサにリーチオが神妙な表情でそう告げた。
「分かっている。分かっているよ。表向きの公約と──票を買うための資金が必要になってくるということは。選挙委員会も買収しないといけないから、お金がちょっと足りない。闇カジノで得た資金が500万ドゥカートほどあるけどまだ確実な額じゃない」
「おい。闇カジノってなんだ」
「聞き間違い、聞き間違い」
リーチオの追及に視線を逸らすクラリッサである。
「というわけで、パパ。お小遣い頂戴。1000万ドゥカートほど」
「ダメ」
「酷い」
速攻で却下されたクラリッサのおねだりであった。
「なんでダメなの? 理由を説明して?」
「理由はもう自分で言ったようなものだろう。お前は下心丸出しで、生徒会長に向いてない。すぐに金で解決しようとするところもダメだ。生徒会長になりたいなら自分で頑張りなさい。ずるをするのはよくないぞ」
「パパも検事や裁判官買収してる……」
「あ、あれはファミリーの仕事だからだ」
今回ばかりは日頃の行いが悪いリーチオにも問題があるぞ。
「それにジョン王太子だって王太子だから票を入れるって人がいるんだよ。それって実家の権力を使ってるじゃん。ずるだよ、ずる。ずるにはずるで対抗するしかないと思う」
「お前はなあ……」
クラリッサの言葉にリーチオが額を押さえる。
「分かった。500万ドゥカートだけやる。それ以上はなしだ。選挙にだけ使えよ」
「了解。ありがとう、パパ。大好き」
クラリッサはリーチオを思いっきり抱きしめると、トトトと部屋から出ていった。
「ねえ。パパ」
と思ったら、クラリッサが戻ってきた。
「なんだ?」
「パパのところの傭兵って12名を1か月雇うとしてどれくらいかかるかな?」
「……選挙に傭兵を使おうとするのはやめなさい」
先が思いやられるクラリッサであった。
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正式な選挙の告示はまだだが、既に暗闘は始まっている。
「お前のところの水泳部、ジョン王太子に票を入れるらしいな」
フェリクスが絡んでいるのは中等部2年の水泳部員である。
「ま、まだ、そうと決まったわけでは……」
「なら、クラリッサに票を入れると約束しろ。神に誓ってクラリッサに票を入れると約束しろ。さもないと、二度と泳げない体にしてやるぞ?」
フェリクスと闇カジノのスタッフたちに囲まれた水泳部員はうろたえている。
「い、入れる。神に誓ってクラリッサさんに票を入れるよ。本当だ」
「よし、行っていいぞ。水泳部員のお友達にも同じように伝えておけ」
なにやらベニートおじさんを連想させる手法で票を確保していくフェリクスたち。
それもそうである。フェリクスたちに票の獲得方法を教えたのはクラリッサであり、クラリッサに票の獲得方法を教えたのはベニートおじさんなのだ。マフィアの血はこうやって脈々と引き継がれていくわけである。嫌な血だな。
「次は?」
「アーチェリー部です。クラリッサ嬢からはアーチェリー部は買収でいけとのこと」
「オーケー。ちいと金をばらまいてくるか」
ジョン王太子が王太子の権力で票を集めるなら、クラリッサたちは金の力で成り上がるだけである。クラリッサはこの勝負に勝てば、もっとカジノの規模を大きくでき、収益も増えることを予想しているので遠慮なく金をばらまいているぞ。
だが、フェリクスたち“選挙スタッフ”が動いている向こう側でも動きがあった。
ジョン王太子陣営の“選挙スタッフ”の動きである。
ジョン王太子は公式な告示があるまで行動を起こさないつもりだったが、彼の支持層は既に行動を起こしていた。そう、フローレンスの率いる『ジョン王太子殿下名誉回復及びクラリッサ・リベラトーレ対策委員会』は動いていた。
「フローレンス嬢。既に我々は中等部全体で過半数の票を確保しました」
「ですが、それが徐々にクラリッサ・リベラトーレ陣営によって切り崩されています」
初等部の理科準備室から中等部の理科準備室に拠点を移したフローレンスの『ジョン王太子殿下名誉回復及びクラリッサ・リベラトーレ対策委員会』では、現在の票の獲得予想状況が報告されていた。
フローレンスはジョン王太子が勝てば、国王陛下は気をよくされ、今の在校生たちに大きな褒美を与えてくださるだろうといい、もしクラリッサが勝てば逆に国王陛下は激怒され、今の在校生たちに報いを受けさせるだろうと脅迫して回り、票を獲得していた。
生徒たちもジョン王太子の王太子という肩書のために、票を入れることに前向きであった。既にジョン王太子は選挙の告示前から過半数の票を確保し、ここまでくれば当選間違いなしだと思われていた──はずだった。
だが、クラリッサの容赦ない買収工作と脅迫によって投票先をジョン王太子からクラリッサに変える生徒が続出し、選挙戦は乱戦へと変わった。
「いいですか。ここには12名の生徒がいます。誇り高きアルビオン王国貴族です」
フローレンスはそう告げて『ジョン王太子殿下名誉回復及びクラリッサ・リベラトーレ対策委員会』のメンバーたちを見渡す。12名の中にはヘザーも含まれているぞ。
「アルビオン王国貴族の誇りにかかわることでなければ、どのような手段を使っても構いません。ひとり9票の票を確実に確保していきなさい。そうすれば過半数は我々が制することになります。難しい課題ではないはずです」
フローレンスはそう告げる。
王立ティアマト学園中等部は一学年につき60名の生徒が在校しているので、中等部全体では約180名の生徒がいることになる。学園の施設の規模に比べると、思ったより生徒の数が少ないところが、上流階級の学校であることを思わせる。
「9、9名ですか? 我々が全員被らずに9名ですよね?」
「そうです。それぐらいのことはできるでしょう、エイダ」
いつぞやのいじめ失敗犯エイダがうろたえるのに、フローレンスがそう返す。
「いや、無理ですよ……。私たちが1年生で9名票を確保したら、絶対に誰かと被ります。かといって、2年生や3年生の伝手があるのは部活をしている生徒ぐらいですし」
「エイダ。あなた、部活にすら入ってないの? なんのために学園にいるの? 人生に生きている価値があるの?」
「帰宅部ってそこまで言われるものなんですかっ!?」
ため息混じりにフローレンスが告げるのに、エイダが突っ込んだ。
「それはともかくひとり9票です。なんとしても確保しなさい」
「はあい。質問ですよう」
フローレンスが改めて告げるのに、ヘザーが手を上げる。
「なんですか、ヘザー」
「票を確保できなかった場合はどのようなご褒美──もとい罰があるのですかあ?」
「……『ジョン王太子殿下名誉回復及びクラリッサ・リベラトーレ対策委員会』から除名します。それだけですわ」
「それだけなんですかあ? それだけでいいんですかあ? もっと公衆の面前で罵られるとか、鞭打たれるとかそういうのはないんですかあ!?」
「ヘザー」
こいつは戦力外だなと考えたフローレンスであった。
「ところで、フィオナ嬢はどちらに投票を?」
「あの方はジョン王太子殿下に投票されるに決まっています。婚約者なのですから」
フィオナは実際のところクラリッサとジョン王太子のどちらに投票すればいいのかかなり迷っているぞ。ジョン王太子のことは婚約者として愛しているが、クラリッサもまた友達として無下にできないのだ。
「あ。それじゃあ私がフィオナ嬢の票を確保してきます」
「誰に入れるか分かっている人間を確保するとは言いません。自力で票は稼ぎなさい」
「理不尽!」
エイダの提案はあっさりとフローレンスによって却下された。
「とにかく、投票日までにひとり9票です。なんとしても確保なさい以上です」
さて、これから選挙選はどうなるのだろうか。
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「クラリッサ。これで中等部の半数の票は手に入るはずだ」
「ふむ。上出来だね」
フローレンスの『ジョン王太子殿下名誉回復及びクラリッサ・リベラトーレ対策委員会』が選挙対策を行っているときにクラリッサとフェリクスたちも選挙戦を戦い抜こうとしていた。まだ告示されてないのに。
「クラリッサちゃん。100歩譲ってお金を使うのはいいとして、暴力はダメだよ? 私、選挙管理委員会をやることになったけど、そういう苦情が来たら困るからね?」
「分かった。ところでサンドラ。ここに200万ドゥカートあるんだけど、いくつかの票を無効票にしてくれないかな。ジョン王太子に投票された奴で」
「クラリッサちゃん」
サンドラもクラリッサを応援しているがやり方はあまり支持していないぞ。
「あたしは賄賂とかいいよ。陸上部はみんなクラリッサちゃんに投票するから。その代わりクラリッサちゃんが生徒会長になった暁には、陸上部の予算をなにとぞ」
「任せておきたまえ」
不届きものはいっぱいいた。
「もー。ウィレミナちゃんもお金に誘惑されてー」
「いい走りを見せるにはいいコンディションのグラウンドが不可欠なんだよ」
サンドラが呆れるのに、ウィレミナがにやりと笑う。
「問題は、だ」
そこでフェリクスが告げる。
「この半数から先の票を切り崩すのがなかなか難しいってことだ。向こうも守りを固めてきてる。買収もそう簡単には通用しないだろう。脅迫も容易くない。となると、やっぱり選挙管理委員会の方で票を弄るしかなくなる」
「私はそういう不正には協力しないからね」
フェリクスが告げるのにサンドラが両手で×印を作って返した。
「サンドラ。私たち友達だよね?」
「友達だからこそだよ。選挙管理委員会の不正が発覚したらそのまま失格だよ。せっかく集めた半分の票も意味がなくなっちゃうんだよ」
クラリッサが身を乗り出して告げるのに、サンドラがそう告げる。
「勝てなかったらその半分の票も意味がないんだよ?」
「ダメです。だから、初等部の時からクラリッサちゃんのいいところをアピールしておこうって新入生歓迎パーティーでも言われたじゃない」
そうだぞ、クラリッサ。選挙は地道な努力の積み上げによってなされるのだ。
「というか、クラリッサちゃん。選挙公約とか選挙演説ちゃんと考えている?」
「うん。まず学食のバラエティを増やす。それから部活動への予算の増額と友達の作りやすいイベントの充実を行うよ。それが私の選挙公約」
「……ギャンブルと金貸しは?」
「……何のことかな?」
世の中には公約にないことをする政治家やそれとは逆に公約を果たさない政治家もいるので大丈夫だぞ。公約は適当でいいのだ。
「実際のところ、選挙公約とか選挙演説とかはどうせどんぐりの背比べだ。決定打にはならない。それよりも部活などの組織票を確実に得ていくことが重要だ。金をばらまけば、組織票はある程度は手に入る」
「それでいいのかなあ……」
フェリクスの言うことはもっともだが、選挙管理委員会としては疑問の残るサンドラであった。実際のところ、選挙演説を真面目に聞く生徒は少ないぞ。
「それよりも票の切り崩しだ。どうする?」
「ここは仕方ない。校則に則った方法で対処する」
フェリクスが告げるのにクラリッサが立ち上がった。
「では、諸君。手袋を準備しよう」
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