娘は闇カジノを続けたい
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──娘は闇カジノを続けたい
「ういーっす。クラリッサちゃん。今、帰るところ?」
「ううん。これから用事があるんだ」
「へえ。部活かな?」
放課後。
風紀委員クリスティンによって闇カジノが摘発されてから、2日後のこと。
「部活じゃないよ。ビジネスだよ」
「……またよからぬことをしているので?」
「またとは失礼な。私は一度もよからぬことはしてないよ」
ウィレミナがジト目で見るのに、クラリッサが頬を膨らませた。
「この間、風紀委員にギャンブルを摘発されたばっかじゃん。また何か企んでるの?」
「風紀委員は何も摘発できてないよ。教師陣からもお咎めなし」
それもそうである。
クラリッサは初期投資として用意した資金で教師陣を買収している。だから、空き教室の使用許可も下りたし、あれ以上風紀委員がクラリッサたちについて追及することもできなかった。そして、今は既に初期投資分の資金は回収し終えている。
「あれ? クラリッサちゃん、まだ残ってたの?」
「うん。これから仕事があるから」
ウィレミナとクラリッサがそんな会話をしていたとき、サンドラがやってきた。
「仕事……。またフェリクス君と何かしているの?」
「フェリクスは大事なビジネスパートナーだよ」
「学園でビジネスをしない」
クラリッサの言葉にサンドラがため息をつく。
「サンドラはもう部活決めたの?」
「うーん。文芸部にまた入ろうかなって思ったけど、結構レベルが高いことしてて、ついていけそうにないから別の部活を探しているところ。いい部活に巡り合えるといいな」
「陸上部なんてどうよ?」
「私は文化系がいいです」
何かとサンドラを鍛えたがるウィレミナだった。
「クラリッサちゃんも変なことしてないで部活に入りなよ。その方が健全だよ。また風紀委員の人に見つかったら、今度は先生に怒られるかも。風紀委員のクリスティンさんって結構厳しい感じの子みたいだから」
「大丈夫。上手にやるから」
「そういう問題じゃないよ」
上手くやれば問題はないと考えているクラリッサであった。
「ウィレミナだって校則で決められているよりスカート短いでしょ?」
「まあ、これはお洒落の範疇だし」
「私のやることも課外活動の範疇だよ」
「……本当に?」
ウィレミナの問いにクラリッサはすっと視線を逸らした。
「クラリッサ」
「おお。フェリクス」
フェリクスが手を振って現れるのに、クラリッサが手を振り返す。
「そろそろ行こうぜ」
「おうよ」
そう言葉を交わすとフェリクスはクラリッサを連れて出ていった。
「クラリッサちゃんたち。絶対不味いことしてるよね……」
「まあ、クラリッサちゃんだし大丈夫じゃないかな……」
そんなふたりの背中をサンドラとウィレミナは見送ったのだった。
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クラリッサたちが向かったのは部室棟。
その中でもテーブルカードゲーム部の部室にクラリッサたちは上がり込んだ。
「約束の金だ。場所を借りるぞ」
「はい。確かに」
フェリクスが50万ドゥカートの収まったスーツケースを手渡すと、テーブルカードゲーム部の部員がそれを受け取った。
「それじゃあ、始めるとするか」
「そだね。始めよう」
クラリッサたちは部室のカーテンを閉じ、ルーレットやテーブルを設置していく。
「シャロン」
「はい。お嬢様、なんでありましょうか」
クラリッサが名を呼ぶとさっとシャロンが姿を見せた。
「この部屋の入口を見張ってて。招待状を持っている客以外は問答無用で追い返していいから。特に風紀委員の腕章を付けている人間は追い返して」
「了解であります」
シャロンは頷くと部室の外で待機した。
「いよいよ第2幕だな」
「勝負はまだまだこれからだってことを彼らに教えてあげよう」
フェリクスが笑うのに、クラリッサがカードをシャッフルしながらそう返した。
そうである。
今度、クラリッサたちが闇カジノの現場に選んだのは部室棟。
万年予算不足のテーブルカードゲーム部の部室を金を出して借りて、そこにカジノを準備した。換金所も併設してある。
これではまた風紀委員に踏み込まれたときに面倒なことになるのではと思うだろう。だが、そうはならないのだ。クラリッサは校則の抜け穴を見つけ出し、その穴を突く形で闇カジノを再開したのである。
そして、密告者がいた可能性を含めて人数制限を施した招待状を信頼できる生徒たちに配り、その生徒たちが同じくカジノを楽しみたい生徒たちを誘う。
こうして金払いのいい上客だけが集まり、カジノは利益を上げ始める。客の目的は純粋にゲームが楽しみたいものや、お小遣いをちょっとでも増やしたいものなど様々だ。だが、クラリッサにかかればどんな客にでも大金を賭けさせられる。
招待状も少しずつ発行数を増やし、いつの間にか闇カジノは王立ティアマト学園の裕福な貴族たちのための社交の場となっていた。この王立ティアマト学園でも爵位が高かったり、実家の事業が順調な生徒たちにとって、このカジノに通うのはステータスとなった。無論、口の堅い彼らはそのようなことを外で公言しないが、密かに噂は広がり、自分の家も立派な家だと信じるものたちは招待状を待ちわびた。
クラリッサたちはスタッフとして女子生徒を雇い、彼女に飲みものや食べ物の給仕サービスを頼んだ。この場がより快適になるにつれて、賭け金も増えていき、カジノに入ってくる金も次々に増えていく。
収益は10万ドゥカートから始まり、50万ドゥカート、100万ドゥカートと快調に増え続け、クラリッサたちはそこからテーブルカードゲーム部の買収や教師陣の買収を含めた必要経費を差し引き、残りを分配していった。
「大儲けだな」
「まだまだだよ。君のお父さんのところは500万ドゥカートはお金を動かすから」
「そうだな。もうちっとばかり頑張ってみるか」
放課後に利益を配分した後、フェリクスとクラリッサがそう言葉を交わす。
「ところでフェリクスはどうしてカジノに付き合ってくれるの?」
そこでクラリッサは疑問に感じていたことを尋ねた。
フェリクスはマフィアの子供ではない。父親はマフィアと癒着しているとは言えど、立派な外交官だ。そのフェリクスがどうしてこんなカジノに拘るのだろうか。
「ん。ぶっちゃけ、俺って女みたいに見えるだろう?」
「別に。トゥルーデに似ているとは思うけど」
「それは女に見えてるってことだ」
クラリッサの言葉にフェリクスがため息をつく。
フェリクスは姉が暴走しないように合わせた髪形と美少女とも美少年とも取れる中性的な顔立ちのために、姉であるトゥルーデと並んでいると、少女のように見える。
「こんななりだから、同い年の連中にはからかわれまくったし、舐められまくった。いい加減にうんざりなんだよ、姉貴と一緒ってのは。だから、北ゲルマニア連邦の学校では不良どもとつるんでたし、こうしてここでもワルとつるんでるてことだ」
そう告げてフェリクスはふうと息を吐く。
「不良は良くも悪くも舐められない。俺のことを女みたいって言う奴がいたら遠慮なくぶん殴れる。だから、こうしてるんだよ」
「私は不良じゃないよ?」
「お前ほどのワルはみたことねーよ」
クラリッサ、認めよう。君は立派な不良だ。
「それに、なんというか、お前といると居心地がいいしな……」
「へえ。私もいい相棒を持てて助かってるよ」
フェリクスが照れた様子で告げるのに、クラリッサがそう告げて返した。
「相棒か。まあ、それでいいか」
「……?」
少ししょげた様子でフェリクスが呟くのにクラリッサは首を傾げたのだった。
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クラリッサたちの闇カジノは放課後に限定して催されているにもかかわらず、膨大な利益を上げ続けていた。いまでは収益200万ドゥカートの巨大ビジネスだ。
学園内で大金が動くのに警備の人員が増員され、外ではシャロンが、中ではフェリクスが警備の長を勤めた。だが、基本的に金はテーブルカードゲーム部の部室内から外に出ることはほとんどない。換金所も内部に設けられ、クラリッサの初期投資の資金と賭けで得た収益が引かれた分が、賭けに勝った客にチップと引き換えに渡される。
だが、既に招待状を持った生徒も40名を超え、闇カジノ再開の噂が広がり始めると、これを見過ごすわけにはいかない人間が動き始めていた。
「忌むべきことです」
風紀委員の会合でちっこい風紀委員──クリスティンがそう告げる。
「学園内でギャンブルが行われていることは確実です。前回の摘発は不発に終わりましたが、今回はそういうわけにはいきません。王立ティアマト学園の生徒として、そして何より良識を持った人間として、学園内でギャンブルをするなど言語道断です」
クリスティンはそう報告する。
「あー。その可能性もあるのだろうね。だが、そういうことは我々風紀委員の仕事ではないのではないかな。そういうのは教師陣に任せるべきだ。違うかね」
「何を仰っているのです、委員長! 学園の風紀を守るのが我々風紀委員の仕事ではないですか! これは間違いなく我々が対処するべき事態です! 今すぐ関係者を取り調べ、闇カジノの存在を白日の下に晒しだしましょう!」
中等部3年の風紀委員長の男子生徒がそう告げるのにクリスティンが吠えた。
「だが、我々が取り締まるのはせいぜい制服を規定通りに着ていなかったり、髪の毛を伸ばし過ぎている生徒ぐらいだよ。ギャンブルの取り締まりなどやったことはない。私は王立ティアマト学園の一生徒として言わせてもらうが、学園でそのようなことが行われているとは思えないのだがね」
風紀委員長はそう告げて肩を竦めた。
「そんなことはありません! 前回の取り締まりでも……!」
「前回の取り締まりでは何も問題はなかったのだろう?」
ここでクリスティンが違和感に気付いた。
「さては、委員長。奴らに買収されましたね……!」
クリスティンがそう告げて風紀委員長を睨む。
「なんてことを言うんだ、君は。私が買収されたなどとは人聞きの悪い。君は疲れているようだ。暫くの間、休みたまえ。中等部に入って張り切っているのは分かるが、張り切り過ぎは体に毒だよ。委員会の仕事は2学期からでも再開するといい」
そうである。
この風紀委員長はクラリッサによって買収されているのである。間違いなくクリスティンは賄賂など受け取りそうにもない。だが、別の人間ならば? その人間が指揮系統上、クリスティンより上位のものだったら?
クラリッサたちは風紀委員長に賄賂を渡し、風紀委員の動きを封じた。これで表立って風紀委員が動くことはない。教師陣も買収してあるので、教師から摘発される心配もなくなった。誰もが今や闇カジノの存在を黙認しているのだ。
流石はクラリッサ。伊達にマフィアの娘をやっていない。
「むむむむ……」
委員会が解散する中、クリスティンは唸っていた。
このような暴挙が許されてなるものか。この誇り高き王立ティアマト学園でギャンブルを行っているような人間が許されてなるものか。それはどう考えても間違っている。
主犯はふたり。
ひとりはクラリッサ・リベラトーレ。王太子とも決闘騒ぎを起こし、入学早々学園の風紀を乱した人間である。それ以降も要注意人物としてマークしていた。
ひとりはフェリクス・フォン・パーペン。北ゲルマニア連邦からの転入生だが、クリスティンの情報によれば前の学校でも不良たちとつるんでいたそうである。
このふたりが闇カジノを運営しているのは間違いない。だが、どこで?
「こうなったら私ひとりだけでも学園内ギャンブルの尻尾を掴んで見せる!」
クリスティンはそう決意を新たに、委員会室から飛び出していった。
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意外にも早くクリスティンは闇カジノの行われている場所の目星を付けた。
部室棟のテーブルカードゲーム部の部室。そこに部員ではない人間が大勢出入りしているのである。テーブルカードゲーム部の活動は低調なもので、イベントの類も行っていない。それにもかかわらず、この人間の数は明らかにおかしい。
そして、決定的なのはそこにクラリッサとフェリクスの両名が出入りしていたということだ。よくよく見れば出入りしている人間の中には前回の闇カジノ摘発で見た覚えのある顔がちらほらと混じっているではないか。
クリスティンはテーブルカードゲーム部の部室こそ闇カジノの現場だと確信して、現場を取り押さえるために部室に向かった。
「招待状はお持ちでありましょうか?」
だが、部室の扉の前にはとても背の高い──ちっこいクリスティンから見ると巨人のような大きさの──執事服の人物が、クリスティンが中に入ることを防いでいた。
「風紀委員です。ここで学園内では禁止されているギャンブルが行われているとの情報が手に入りました。調べさせてもらいます」
「残念ですが風紀委員であろうと何であろうと招待状を持ってない人物を中にいれるわけにはいかないであります。お帰り願えるでありますか?」
「私は風紀委員ですよ! ここを調べる権利があります!」
背丈の大きな執事服の人物──シャロンがそう告げるのに、クリスティンが『風紀委員』と記された腕章を指さして叫んだ。
「残念だけれど、君にここを調べる権利はないよ」
そこでシャロンの後ろから声がした。
クラリッサである。彼女が余裕の態度で出てきて、クリスティンにそう告げた。
「クラリッサ・リベラトーレ! あなたがここで校則違反のギャンブルをしていることは分かっているのですよ! 大人しく調べさせなさい!」
「そういうわけにはいかないな。ここでギャンブルが行われているにせよ、そうでないにせよ。風紀委員にここを調べる権利はないんだから」
「何を言って……」
掴みかからん勢いでクラリッサを睨むクリスティンにクラリッサが生徒手帳を開いて見せた。そこには学園に関する校則が記されている。
「“学園自治の観点から部室棟の管理は部員または担当教員が自主的に行うこと。”つまり、この部室棟に立ち入り検査ができるのはその部の部員か、あるいは担当教員に限られるんだよ。風紀委員が無理やり部室に押しかけようとするのは校則違反なんだ」
その言葉はクリスティンにとってショックであった。
学園の風紀を守るため、日々頑張っていた自分がまさか校則違反を犯しそうになるとは。そして、その校則こそがクラリッサたちの闇カジノを守っているとは。クリスティンは認めたくなかったが、これは事実であった。
「こ、これで勝ったと思わないでよ、クラリッサ・リベラトーレ!」
クリスティンは捨て台詞を残して逃げ去っていった。
「さて、ビジネスを続けよう。引き続き門番を頼むよ、シャロン」
「了解であります」
頑張れ、クリスティン。学園の風紀は君にかかっているぞ。
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