娘は闇カジノを守りたい
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──娘は闇カジノを守りたい
「それでさ。どうなのよ、クラリッサちゃん?」
「何が?」
昼食の時間。クラリッサたちは学食で食事していた。
クラリッサはいつものようにパスタ。サンドラはがっつりハンバーグセット。ウィレミナはお弁当。それぞれの食事をしている中、ウィレミナがクラリッサにそんな意味深な問いかけをしてきたのであった。
「例の転入生。フェリクス君。仲良くなろうとしたんでしょ? 上手くいったの?」
「私も気になる。トゥルーデさんはすぐにクラスに馴染んだけど、フェリクス君はまだ距離を感じるというか。ちょっと話しかけにくいタイプだよね」
ウィレミナとサンドラがそれぞれそう告げる。
フェリクスの問題は1年A組の生徒ならば知らぬ者のいない問題となっていた。双子の姉のトゥルーデは速攻でクラスに馴染んだものの、弟のフェリクスは依然として人を寄せ付けないオーラを纏っている。
ジョン王太子などが積極的に話しかけてはいるものの、フェリクスから返ってくるのは舌打ちだけであり、ジョン王太子もかなり落ち込んでいた。
そんなフェリクスと仲良くなろうとクラリッサは動いているという話であった。
「仲良くなったよ。もうずっともと言っていいかもしれない」
「マジで? どうやったの?」
「企業秘密」
ウィレミナが驚くのに、クラリッサは『へへん』と笑って見せた。
「隣、いいか?」
そんな話をしていたら、その話の当事者であるフェリクスがやってきた。
「どうぞ」
「じゃあ、邪魔するぞ」
ウィレミナたちの唖然とする中、フェリクスが席に着いた。
「ステーキサンド? それも美味しいよね」
「学食は初めてでよく分からんから肉にした。でも、パスタも美味そうだな」
「一口食べる?」
「じゃあ、もらおうか」
クラリッサがフォークでパスタを刺して差し出すのにフェリクスがそれを食べる。
「うん。今度はパスタにしよう」
「ピザもあるよ。南部料理が充実してて助かる」
ウィレミナたちは言葉もなく目の前の光景を眺めていた。
ついこの間までは周囲に対する敵意しかなかった少年が、今は完全に打ち解けてクラリッサと話しているのである。この変わりようは何なのだろうかと、ウィレミナとサンドラは心底疑問に思った。まるで魔法でも使ったようである。
「フェリクス。友達を紹介しておくね、こっちはウィレミナ、こっちはサンドラ」
「ああ。クラリッサの友達か。よろしく頼むな」
そして、笑顔こそないものの挨拶までしてくれた。
「ウィ、ウィレミナ・ウォレスです。よろしく!」
「サンドラ・ストーナーです。よ、よろしく?」
ウィレミナとサンドラがやや用心しながら挨拶する。
「別に取って食いはしねーよ。そんなにビビるな。これから仲良くしてくれ」
「もちろん! フェリクス君ってまつげ長いよね。羨ましいな」
「まつげなんて気にしたことないな」
早速サンドラが会話に飛びついた。
「で、おふたりの馴れ初めは?」
「な、馴れ初めとか言うな。お前ら懐くとうざいタイプだな。まあ、クラリッサとは共通の話題があって仲良くしている。お前らはそのクラリッサの友達だから仲良くする」
「共通の話題かー……」
サンドラはその言葉で何やらロマンチックな想像をしたが、ウィレミナは碌でもないことだろうと予想を付けたぞ。
「フェリちゃん!」
クラリッサたちが会話に華を咲かせていたとき、トゥルーデが学食のプレートを手に物凄い勢いでクラリッサたちのテーブルにやってきた。
「フェリちゃん! 学食で食事するならお姉ちゃんに教えておいてよ! お姉ちゃんがいろいろと教えてあげたのに。ここの紅茶、とっても美味しいんだよ。流石は紅茶の国よね。それからアイスクリームも美味しいのよ! チョコレートとミントとレーズンとバニラの4種類の味があって、二つ重ねもできるの。フェリちゃんも食べてみて!」
「はあ」
「なんでため息をつくの、フェリちゃん!? 甘いもの好きだったよね!?」
深々とため息をつくフェリクスを前にトゥルーデがあわあわしていた。
「姉貴は向こうで食ってただろ。向こうに戻れよ」
「嫌よ。フェリちゃんがいる場所がお姉ちゃんのいる場所なんだから。フェリちゃんも学食に来たってことはなんだかんだで、お姉ちゃんと一緒にいたいんでしょ?」
「ちげーよ。ダチがいるから来ただけだ」
「ダチ? 友達ってこと? フェリちゃん、友達ができたのね!」
フェリクスが面倒くさそうに告げるのに、トゥルーデの表情がぽあっと明るくなる。
「フェリちゃん、なかなか学校に馴染めてなかったし、お姉ちゃんとっても心配してたの。友達ができて本当によかったわ! それで友達っていうのは?」
「ここにいる。クラリッサだ」
フェリクスがそう告げてクラリッサを指さすのにクラリッサが手を振った。
「クラリッサさん! あなたがフェリちゃんの友達になってくれたのね! 嬉しい! でも、あくまで友達よ? 男女の付き合いをするなら、トゥルーデの許可を取ってね?」
「姉貴。いい加減にしておけよ」
トゥルーデが神妙な表情をして告げるのに、フェリクスが大きくため息をついた。
「大丈夫。フェリクスとはただのパートナーだから」
「パ、パートナー……?」
クラリッサがそう告げるのにトゥルーデの顔色が変わった。
「それってお友達より上? それとも下?」
「どちらかと言えば上」
「そんな……」
突き付けられた事実にトゥルーデがふらりと揺らぐ。
「ダメよ、ダメ。お友達から先に進むにはトゥルーデの許可が必要になります」
「トゥルーデ。フェリクスは男の子なんだよ。そうやって縛り付けようとするのはよくないと思うな。男の子は少し無茶をして、怪我をするぐらいがちょうどいいんだ」
「ダメったらダメ! フェリちゃんはトゥルーデのなの! フェリちゃんに色目を使ったらダメだからね! クラリッサさんとはいい友達になれると思ったのに残念!」
「色目は使ってないよ」
流石のクラリッサもトゥルーデを相手にすると疲れる。
「ここは撤退するけれど、フェリちゃんはトゥルーデのだからね! 覚えておいて! それからフェリちゃん! お姉ちゃんのおすすめアイストッピングはレーズンとチョコレートの二段重ねよ! それじゃあね!」
トゥルーデは嵐のように訪れて嵐のように去っていった。
「君も大変だね……」
「分かってくれるか……」
ふたりしてため息をつくクラリッサとフェリクスであった。
「ん。そこにいるのはフェリクス君かね?」
嵐のように去っていったトゥルーデの次に訪れたのはジョン王太子だった。
「君も学園に馴染む気になってくれたのだね。私は嬉しいよ。改めてよろしく」
「ちっ」
「今舌打ちされるようなこと言ったかな、私!?」
露骨に舌打ちするフェリクスとわめくジョン王太子だった。
「ごほん。それはともかく君たちに関係ないだろうが、ここ最近学園内でギャンブルをしているという不埒な輩がいるそうだ。君たちも気を付けてくれたまえよ。学園でのギャンブルはご法度だからね。フェリクス君もそういうのに巻き込まれないように」
ジョン王太子はそう告げて去っていった。
そして、そのジョン王太子から露骨に視線を逸らしていたクラリッサとフェリクス。
「……クラリッサちゃん。共通の話題って何?」
「忘れた」
「何かな?」
「覚えてない」
サンドラの問いにクラリッサは答えなかった。
「もー……。クラリッサちゃんでしょ。ばれないようにやってね」
「ギャンブルしてる人にはそう伝えておくよ」
頑張れ、クラリッサ。闇カジノの運営は軌道に乗ったところだぞ。
……………………
……………………
闇カジノもすっかり学園に馴染んだ5月中旬。
今日も一攫千金を夢見て、多くのお客が空き教室の闇カジノを訪れる。
「ついてなかったね。でも、次は取り戻せるかもしれないよ。このまま負けて帰ると彼女へのプレゼントも格が落ちちゃうし、ここはもう少し粘ってみたらどうかな。今度はいいカードが回ってくるかもしれないよ」
「よし! 賭ける!」
クラリッサは相変わらずの煽りスキルで客に多くの金を賭けさせる。
「そこのお前とそこのお前。グルになっていかさましてるな。出ていってもらおうか」
「そんな。何かの間違いだ!」
「じゃあ、その手に持ってる鏡はなんだ? 手札を映していただろう」
フェリクスの方はいかさまへの対応や礼儀のなっていない客を追い出す。元より人間不信なところがあった彼にいかさま破りをさせるのは完璧な人員配置で、彼はいかさまを摘発すると腕をねじ伏せて外に叩きだしていた。
「ご苦労様、フェリクス」
「これぐらいはしないとな」
クラリッサが告げるのに、フェリクスは小さく笑った。
その時だ。空き教室の扉が大きく開かれたのは。
「そこまでよ! 風紀委員です! 全員、その場を動かないで!」
教室に飛び込んできたのは初等部の生徒と見間違いそうな小柄な女子生徒と男子生徒2名だった。全員が腕に『風紀委員』の腕章をつけ、全員が学園の規定する髪型と制服の着用方法で整えられている。
クラリッサ辺りになるとお洒落のためにスカート丈を縮めたり、フェリクスだと面倒くさくてジャケットの前のボタンを開けっ放しにしているのだが、この3人組にはそれがない。きっちり全部学園の規定通りである。
「ここが学園内でギャンブルをやっているという場所ね! ついに突き止めたわ!」
ちっこい女子生徒がそう宣言する。
「あ? なんだ、お前。ここで騒ぐなら痛い目見てもらうぞ」
「脅しには屈しません! 私たちは風紀委員! 学園の風紀を守るのです!」
フェリクスが女子生徒を見下ろして威嚇するのに女子生徒がそう告げた。
「あいつ、クリスティン・ケンワージーだ」
「げっ。マジかよ」
クリスティン・ケンワージー。クラリッサと同時期に入学した生徒で、初等部のころから風紀委員を務めている。クラリッサも初等部の時はスカート丈の短さを指摘されていたものの、すっかりとその名は忘却の彼方へ消えていた。
「責任者は誰ですか? あなたですか?」
「責任者なんていねーよ。ここでギャンブルなんてしてねえからな」
クリスティンが尋ねるのに、フェリクスが彼女を睨んだ。
「まあ、ここは私に任せて」
「いいのか?」
「いいとも」
そこでクラリッサが颯爽とふたりの間に割り込んだ。
「フェリクスも言ったけれど、ここでギャンブルはしてないよ。ただカードゲームで遊んでいるだけ。カードゲームは学園の規則で禁止されてなかったよね?」
「嘘をつかないでください。お金を賭けているのは分かっているんです」
「証拠は?」
クリスティンが告げるのにクラリッサがにこりと笑って闇カジノ内を見渡した。
「ほら。どこにも現金なんてないですよ。あるのはチップだけ。これは勝負の勝敗を盛り上げるための小道具でギャンブルとは一切無関係です。でしょ?」
「そうだな。ここで現金はやり取りしてない」
クラリッサが告げるのにフェリクスがにやりと笑った。
「そ、そんなはずは……」
クリスティンもテーブルを見て回るが現金の類は一切見つからない。
それもそうである。
クラリッサたちはジョン王太子の警告を受けてから、換金所を別の教室に移動させたのだ。ここで扱われるのはチップだけで、現金は別の場所で交換する。ここの存在が発覚しても、クラリッサたちがギャンブルをしていたという証拠は残らない。
「しかし! しかしです! 空き教室でこのようにカードゲームをしているとは怪しからんです! 以後、この教室でこの手のゲームをすることは禁止します!」
「校則に何ひとつとして違反していないのに?」
「む。ダメです。空き教室の使用許可の再審議を教員に要請します」
「横暴だ」
クラリッサの言葉に客たちもブーイングする。
「うるさーい! ダメと言ったらダメ! そもそも放課後遅くまで部活でもないのにカードゲームをしているというのは校則に違反する可能性があります! そうと分かったら解散してください! 解散命令です!」
クリスティンは頬を膨らませてそう告げると闇カジノを解散させた。
「どうする、クラリッサ?」
「大丈夫。まだ手は考えてある」
フェリクスが尋ねるのに、クラリッサは安心しろというようにフェリクスの肩を叩いた。そう、クラリッサにはまだ手が残されているのだ。
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