娘は中等部に馴染みたい
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──娘は中等部に馴染みたい
いよいよ春休みも終わり、クラリッサたちの中等部としての日々が始まる。
「ちーす。クラリッサちゃん」
「おお。ちーす。ウィレミナ」
クラリッサが中等部の校舎に始めてやってきたのにウィレミナもやってきた。
「クラス分け、見た?」
「まだ。これから見に行くところ」
「じゃあ、一緒に行こうぜ」
「いいね」
クラリッサとウィレミナは中等部の校舎の掲示板を目指す。
掲示板の前には人だかりができていた。中には一緒のクラスになれたことを喜びあっている生徒たちもいる。だが、クラリッサたちには人込みのせいで、掲示板が見えない。
「ウィレミナ。見える?」
「んー。ちょっと無理。もう少し高ければいけるんだけど」
「よし来た。ウィレミナ、肩車するから見てきて」
「いや。普通に待とうぜ、クラリッサちゃん」
クラリッサの腕力ならば余裕でウィレミナを肩車できるぞ。
「お。空いてきた。今だ、クラリッサちゃん」
「応よ」
クラリッサとウィレミナが人込みの間を駆け抜けて、掲示板にたどり着く。
「あたしは1年A組だ。またA組か」
「私も1年A組だ。やったね」
ウィレミナが掲示板で自分の名前を見つけて告げるのに、クラリッサも自分の名前を見つけてガッツポーズを決めた。
「あ。サンドラちゃんとフィオナさんとヘザーさんも同じだ」
「……ジョン王太子もか」
なんだかんだで見知った面子は全て同じクラスだった。
「クラリッサさん。クラス分けはご覧になりました?」
クラリッサたちが見るものを見終えて掲示板を離れたとき、フィオナが声をかけてきた。フィオナはまだ掲示板を見ていないのか不安そうな表情を浮かべている。
「見たよ。フィオナも一緒のクラスだったよ」
「まあ、素敵なことですわ!」
クラリッサの言葉にフィオナが喜びの声を上げる。
「クラリッサちゃーん! ウィレミナちゃーん! それにフィオナさんも!」
クラリッサたちがそんな話をしていると、向こうからサンドラがやってきた。
「私たち、同じクラスだったね! 凄い偶然!」
「うんうん。凄い偶然だ」
「……クラリッサちゃん。教師陣を買収したりしてないよね?」
「……してない」
「目を逸らさずに言って」
クラリッサがそっぽを向くのにサンドラがそう告げる。
「本当に買収はしてないよ。ただ、この学園のクラス分けを決める教頭先生と学年主任を親睦会に招いて、美味しいお酒や綺麗なお姉さんでもてなして、私たち5人が同じクラスだったら過ごしやすいからどうぞよろしくってお願いしただけだよ」
「それを世間一般では買収と呼ぶのです! 返して! 私の感動を返して!」
「5人一緒だと過ごしやすいですって言っただけで強制はしてない」
「美味しいお酒と綺麗なお姉さんは何のために?」
「……ムード作り」
言い訳が苦しいぞ、クラリッサ。
「まあ、いいじゃん。サンドラちゃんも同じクラスで嬉しいでしょ?」
そんなサンドラにウィレミナがそう告げる。
「それは、まあ。けど、教師を買収するのはダメだよ、クラリッサちゃん?」
「これからは参考にする」
「参考にするじゃなくて」
クラリッサはまだ買収することを止めるとは明言してないぞ。
「クラリッサ嬢!」
そして、颯爽と現れるジョン王太子である。
「またしても同じクラスになってしまったようだね! これも宿敵としての因縁か!」
「……ジョン王太子を別のクラスにすることも頼んでおけばよかった」
「何か言ったかね!?」
「なーにも」
実をいうとジョン王太子も王族の特権を活用してフィオナと一緒のクラスになれるように手配していたのだ。親の権力を乱用する生徒が2名。似た者同士だね。
「クラリッサ嬢! 中等部に入っても君とは宿敵のままだ! 覚悟するといい!」
「はいはい。宿敵、宿敵」
「なんだ、その軽薄な返事は!」
クラリッサは『へっ』と鼻で笑った。
「殿下。私と一緒になれたことはお喜びになられないのですか……?」
「フィ、フィオナ嬢。もちろん、とても嬉しいとも。また君とともに3年間もの間、同じクラスで学べるということはとても嬉しい。本当だよ? 本当なんだ! だから、その疑いの眼差しはやめてくれ!」
フィオナは疑いの眼差しをジョン王太子に向けていた。
婚約者よりも先にクラリッサに声をかけるからそうなる。
「フィオナ。彼は君以外のことに夢中みたいだ。薄情な人だね」
「全くですわ」
フィオナ、君もクラリッサにいつも流されている辺り、人のことは言えないぞ。
「それにしてもお気づきになられました?」
「何かな?」
フィオナがふと告げるのにクラリッサたちが首を傾げる。
「私たちの1年A組ですが、名簿の中にゲルマニア風の名前の方がいらしたでしょう? 転入生の方でしょうか?」
クラリッサたちはよく掲示板を見ていなかったので気づかなかったが、確かに名簿にはこれまでになかったゲルマニア風の名前が載っていった。
「中等部から転入生?」
「それも外国からか。楽しみだね」
サンドラが首を傾げ、クラリッサがまだ見ぬ学友のことに静かに興奮する。
「クラリッサさあん! また同じクラスですねえ!」
「おう。同じクラスだね」
そんな話をしていたら遅刻ギリギリにやってきたヘザーが会話に入ってきた。
「ヘザーさん。ヘザーさんは名簿に載っていたゲルマニア風の名前の人に心当たりある? なんか転入生っぽいんだ」
「ありますよう。今度、新しく赴任する北ゲルマニア連邦の大使の子女の方々ですう」
「北ゲルマニア連邦の大使かー……」
サンドラたちはこの間、高級ホテルで北ゲルマニア連邦の大使が違法カジノをやっているのを聞いたばかりである。
「新しいビジネスパートナーだね。学園内にも勢力を拡大しよう」
「やめて」
そんなこんなでクラリッサたちの中等部生活が始まったのだった。
……………………
……………………
中等部の教室は初等部の教室より広々としていた。
子供たちの成長に合わせての物だろう。クラスの人数そのものは15名のままだ。
「はい。皆さん、席について」
クラスの担当教師がやってきてそう告げるのに、仲のいい人間同士で分かれて話していた生徒たちが席に着く。クラリッサたちもお喋りをやめて自分たちの席に着いた。ちなみに今のところ座席は名簿順だ。
「これから中等部での生活が始まります。初等部から心機一転して、新しい生活に馴染んでいきましょう。引き続き勉学に励み、健やかな体を作り、この学園生活を無駄にしないようにしてください。よろしいですね?」
「はい!」
担当教師の言葉に生徒たちが元気よく返事を返す。
「皆さんはほぼ初等部からの付き合いで、見知った顔ぶれでしょうが、ここで転入生を紹介します。北ゲルマニア連邦の大使ペーター・フォン・パーペン伯爵閣下のご家族の方です。アルビオン王国を代表する王立ティアマト学園の生徒として恥ずかしくないように接してください。では、ふたりともどうぞ」
教師がそう告げると教室の扉が開かれた。
そして、教室に入ってきたのはサンディブロンドのやや明るい髪の毛をショートヘアにした──瓜二つの男女であった。
本当にそっくりなのである。違いは男子生徒の制服と女子生徒の制服を着ていることぐらいしかなく、それから少し伸びた前髪でやや隠れている目が左目か、右目かの違いだけだ。他は全く、完全に同じであった。
体型すらも似ており、どちらも中性的な体型で、背丈はきっちり同じ。男らしい体型でもないし、女性らしい体型でもない。細身のスレンダーな体型をしている。
「すげー……。見分けつかなくない?」
「うん。制服だけ変えたら間違える」
ウィレミナとクラリッサはこそこそとそんな会話を交わす。
「では、自己紹介を」
担当教師がそのふたりにそう促す。
「姉のエデルトルート・フォン・パーペンです。トゥルーデって呼んでね!」
「弟のフェリクス・フォン・パーペンだ。何とでも呼んでくれ」
ふたりは声までそっくりだった。
「それではふたりはあの席に」
担当教師が指し示したのはクラリッサの両脇の席だった。何故か不自然に空いているなと思っていたら、どうやらこの双子が入る予定だったらしい。
「よろしくね、お隣さん!」
「おう。よろしく。私はクラリッサ・リベラトーレ」
トゥルーデの方は元気よくクラリッサに挨拶し、フェリクスの方は無言で座った。
「それでは朝のホームルームは終わりです」
いくつかの連絡事項の後に、担当教師は退室した。
「ねえ、ねえ。北ゲルマニア連邦って最近できた国だよね。どんな国なの?」
「食べものは美味しい?」
そして、早速フレンドリーな印象を醸し出していたトゥルーデの周りには、人だかりができてあれこれと質問を始めていた。
「君たち、そっくりだよね」
その一方でクラリッサは隣に座って『俺に話しかけるなオーラ』を醸し出しているフェリクスの方に空気を読まずに話しかけていた。
「俺が女みたいだって言いたいのか」
「別に。そっくりだと思っただけ。それだけ似ていると大変じゃない?」
「まあ、確かにちょっと大変なことはあるな。なんつーか。姉貴みたいだって言われて舐められるんだよ。そういうのが面倒くさい」
「ふうん」
クラリッサが話しかけるのにフェリクスが面倒くさそうに応じた。
「ヘイヘイ。おふたりさん。何話しているの?」
「双子でそっくりだねって。そっくりなの大変なら髪型変えたら?」
ウィレミナが会話に乱入してくるのに、クラリッサがフェリクスにそう告げる。
「それができないんだ」
「どして?」
「……姉貴が俺の髪型、真似するんだよ」
フェリクスが深々とため息をついてそう告げる。
「姉貴はなんでも俺と揃えようとするんだよ。私服も、音楽の趣味も、演劇の趣味も、そして髪型も。俺は前までもっと短い髪型にしてたんだけど、姉貴が何をトチ狂ったかばっさりと髪切って、俺と同じにしたんだよ。だから、髪型は変えられない」
「丸坊主にしたら、トゥルーデも?」
「するだろうな」
「愛が重いね……」
クラリッサも流石のパーペン姉弟の様相には平然とは返せなかった。
「クラリッサちゃん。何話しているの?」
「姉弟の愛の重さについて」
「ふ、深い話題について話してるんだね」
サンドラもやってきたのに、クラリッサが重々しく告げた。
「なあ、聞きたいことがあるんだけどいいか?」
「なんでもどうぞ」
フェリクスが尋ねるのにクラリッサが応じる。
「この学年で一番ワルな奴は誰だ?」
その質問にウィレミナとサンドラが顔を見合わせる。
そして、その視線が静かにクラリッサの方に向き、ふたりしてクラリッサを指さす。
「おい。私がワルだと言いたいのか。まだ合法的なビジネスしかしてないのに」
クラリッサが些か憤慨してそう告げる。
「おい。ちょっと待てよ。俺はこの学年で一番のワルだって言ったんだぜ?」
「クラリッサちゃん、超ワルだよ。やってること堅気じゃないし。そこらのワルははだしで逃げ出していくと思うよ」
フェリクスが困惑するのにウィレミナがそう告げる。
「ッタク、お前らに聞いた俺が馬鹿だった。もう俺に話しかけるな。俺は姉貴と違って馴れ合わねえ。特にお前らみたいなお上品にしてる連中とはな」
「私、平民だけど」
「平民でもどこかのお嬢様だろう」
「それほどでも」
「別に褒めてねーからな」
クラリッサが胸を張るのに、フェリクスが突っ込んだ。
そして、フェリクスは何も喋らなくなった。
「面白い子がやってきたね」
「そう? 気難しそうだけれど」
クラリッサが告げるのに、サンドラがそう返した。
「そう簡単に仲良くなれたら面白くないからね。ちょっとは難しくないと」
クラリッサはそう告げて窓から外を眺めるフェリクスの横顔を見たのだった。
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