娘は進級記念パーティーの二次会を楽しみたい
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──娘は進級記念パーティーの二次会を楽しみたい
クラリッサたちは無事に学園主催の進級記念パーティーを終えた。
フィオナはジョン王太子と一緒の時間を過ごせてホクホク。サンドラはクラリッサと素敵なダンスができてホクホク。ウィレミナは美味しい料理にありつけてホクホク。
……と、全員がホクホクしている中で、ひとりだけホクホクしていない人物がいた。
「はあ。もうちょっといじめてくださいよう……」
ヘザーである。
かつては放置プレイにも歓喜していたヘザーだが、最近は放置プレイが多すぎてマンネリであった。もっと蔑みのこもった視線で見つめられ、あわよくば肉体的苦痛を与えてほしいと思うところであった。
「どうして君はいじめられたいの? 私には君をいじめる理由がない」
「こんな変態になんてことをおっしゃるんですかあ! 見るも無残なダメダメ女子なんていじめられてしかるべきではないですかあ! それに私はクラリッサさんに攻撃を仕掛けようともしていたんですよう! その報復とかはないんですかあ! あのドエスの執事様に冷たい眼差しで軽蔑されながら、汚物をぶっかけられたり、鞭打たれたりするのは、もはや必然ではないですかあ! 『この豚女め。貴様など二足歩行することすら許されない』と言われて無理やり床に這いつくばらせて、豚の物まね以外したら、鞭で打たれるとかそういうのを所望しますう! お金はいくらでも払いますので是非是非!」
クラリッサが心底不可解に告げるのに、ヘザーがまくしたてた。
「……やはりそういう需要はあるのか」
「クラリッサちゃん。ダメだよ。変な商売を始めるのはダメだよ」
クラリッサが頷くのに、サンドラがふるふると首を横に振った。
「いじめてほしいのか! それならこうだ!」
「ひゃあん! 来たー! 来ましたわー!」
ウィレミナがヘザーのお尻をパンと叩くのにヘザーが大興奮。
「……自分でやっといてなんだけど、これはねーわ」
「この子はもうダメだ」
ウィレミナとクラリッサはドン引きである。
「ワンモア! ワンモア!」
「いや。金もらってでもそれは拒否するぜ」
「……50万ドゥカート」
「ちょっと相談しよう」
ウィレミナの家は貧乏なのでお金に弱いのだ。
「ウィレミナちゃん、ダメ。ヘザーさんは友達だよ? 叩いたりするのは可哀そうだよ。お金もらってでもそういうことをするのは倫理に反するよ」
「ついでにそういうお店の営業許可書もいるよ。私なら1000ドゥカートで調達できる」
「クラリッサちゃん」
余計なことをいうクラリッサである。
「お友達は大切にしましょう。ヘザーさんも欲望は押さえてくださいまし」
「あ、憐みの視線で見らているう……。ダメな子だと思われているう……。うう、興奮してきましたあ! 今夜は眠れない!」
「あ、あの?」
フィオナのフォローは燃料になっただけであった。
「フィオナ。その子は放っておこう。今日はジョン王太子と楽しめた?」
「はい。とても素敵な時間が過ごせましたわ。ジョン王太子にリードしていただいて、素敵なダンスが踊れましたの。ジョン王太子の手は力強くて、こう、ちょっと興奮してしまいましたわ。嫌だわ。はしたない……」
クラリッサが尋ねるのにフィオナが顔を真っ赤にする。
「そうか。私の手と比べるとどうかな?」
「ひゃ、ひゃい! ど、どちらがいいなんて優劣は決められませんわ……」
クラリッサが自然な動きでフィオナの手を包むのにフィオナは茹蛸になった。
そういうことをしているからジョン王太子がクラリッサに敵意を向けるんだぞ。
「クラリッサちゃん。フィオナさんにはジョン王太子がいるんだぞ」
「そうだね。別に略奪愛は目指してないから安心して」
「言葉に行動が伴ってないぞ」
クラリッサはフィオナの手を握ったままだ。
「さて、そろそろ会場に到着だよ」
クラリッサたちが学園から馬車で移動すること15分。徒歩で移動すること10分。
荘厳な建築様式の建物が目に入ってきた。
「おおー。プラムウッドホテルかー」
「いいところですわね」
プラムウッドホテルはロンディニウムでも最高級の部類に入る格式高いホテルだ。普通の部屋でも一泊するだけで8万ドゥカートはかかることになる。
「……ここもクラリッサちゃんちのシマ?」
「そう、うちのシマ。北ゲルマニア連邦の大使がカジノやってる」
「それ、絶対に違法な奴!」
このプラムウッドホテルでは北ゲルマニア連邦の大使がリベラトーレ・ファミリーと組んで、違法カジノを開いていた。北ゲルマニア連邦の大使は外交特権で拘束されることがないので、彼に任せておけば摘発されることはない。ホテルもグルだ。
「売春サービスもあるけど、私たちには関係ないね」
「本当に関係ないといいけどね……」
リベラトーレ・ファミリーのホテル経営は多岐にわたっているぞ。
「さて、ある程度歩いておなかも減っただろうし、また御馳走だよ」
「うう。たまらん。1日に2度も御馳走にありつけるなんて。兄弟たちに悪いな」
「お土産にケーキでも持って帰る?」
「是非!」
クラリッサは基本的に友達思いなのだ。
「失礼。クラリッサ・リベラトーレ様ですか?」
「そだよ。予約していた客」
「お待ちしておりました。どうぞこちらへ」
ホテルのスタッフがクラリッサたちをレセプションルームまで案内する。
「ようこそ。クラリッサ様。当ホテルをご利用いただき感謝いたします。リーチオ様にもどうかよろしくお願いしますとお伝えください。それでは、当ホテルの最高のサービスを堪能していっていただけると幸いです」
「うん。伝えておく。今日はよろしくね」
何やら身分の高そうな男性が告げるのに、クラリッサは頷いて返した。
「クラリッサちゃん。今の誰なの?」
「ホテルの総支配人。パパのビジネスパートナー」
「総支配人かー……」
相変わらず大物が平然と出てくるクラリッサの訪問である。
「いろいろとビジネス協定を結んでいるから、裏切られることはないよ。フランク王国の組織も完全に追い出したし、北ゲルマニア連邦の大使との関係も良好だし。今日はこれからゆっくりしていこう」
「本当にゆっくりして大丈夫?」
サンドラは本当にゆっくりできるのだろうかと疑問に思った。
「それではこちらへどうぞ」
ホテルスタッフがレセプションルームの扉を開き、クラリッサたちを案内する。
「お、おお……。バンドまでいるのか……」
「料理も素敵ですわ」
クラリッサたちが入ると同時に演奏を始めたバンドとテーブルに並べられた料理。
「やるんだったらカジノも呼ぶよ?」
「やらない。絶対にやらない」
クラリッサが告げるのにサンドラがぶんぶんと首を横に振った。
「では、まずは乾杯しよう」
クラリッサが葡萄ジュースの杯を掲げる。
「この度は無事に中等部に進級できたことと私たちの友情が続いたことに乾杯。これからもこの友情が続いていきますように」
「乾杯!」
クラリッサの言葉でサンドラたちが乾杯する。
「それじゃあ、いろいろと振り返りつつ、のんびり過ごそうか」
「おー!」
「カジノを呼んでもいいんだよ? 学生相手だったら最初は勝たせてくれるだろうし」
「いや。勝つ負ける以前に非合法でしょ、それ……」
「犯罪はばれなければ犯罪ではない」
「犯罪は犯罪です」
初等部最後の思い出にカジノをするというクラリッサの野望は潰えた。
「クラリッサちゃんは初等部1年のころから賭け事が好きだったよなー。体育祭でもどうあってもギャンブルをしようとしたがって」
「そういえばそうだったね。クラリッサちゃんはどうしてそんな賭けが好きなの?」
ウィレミナとサンドラがそう告げてクラリッサを見る。
「別にギャンブルが好きなわけじゃないよ。儲かることが好きなんだよ。何ならただの投資でもいいし、融資でもいいし、ごにょごにょした煙草やお酒の販売でもいい。けど、学園ではどれもできないのが残念だ」
「……その中に友達を売り飛ばすって選択肢は入ってないよね?」
「入っているはずないでしょう。リベラトーレ家は友達を大事にするんだ」
いろいろと金儲けの方法を考えるが、友達を売るようなことはしないクラリッサだ。
「確かにクラリッサちゃんは友達を大事にするよね。サンドラの時も助けに行ったのはクラリッサちゃんだったし。サンドラってあれからやけにクラリッサちゃんにべったりな気がするんだけど、気のせい?」
「き、気のせいだよ。……クラリッサちゃんが男の子だったらよかったのに……」
サンドラはこそりと呟くようにそう告げた。
「まあ、件のポリニャックはリベラトーレ・ファミリーにも害を及ぼしていたから、私が動いてしかるべきだったんだよ。それ以上にサンドラが私の友達だったからってことがあるけれどね。やっぱり友達はちゃんと助けないと」
クラリッサはそう告げてテーブルの上の御馳走をつまんだ。
「もー……。クラリッサちゃん、そういうところだよー」
「……? どういうとこ?」
クラリッサは何も気づいていないぞ。
「そういえば、みんなは将来の進路とかもう決めた?」
クラリッサがサンドラたちにそう尋ねる。
「あたしは奨学金貰って大学にいくぜ。やっぱり学がないと稼げる職には付けませんからな。医者でも目指そうかなって思ってる」
「おー。無事医者になれたらうちのファミリーの医者をやる気ない? 諸事情あって病院には表立って連れていけない人たちがいるんだけど」
「その諸事情っていうのが物凄く怪しいから遠慮するよ。でも、クラリッサちゃんが普通に来てくれるなら大歓迎するからな」
クラリッサ、友達に闇医者をさせようとしてはいけないぞ。
「私は普通に結婚したいなあ。学園内でいい人がいたらいいのに」
「学園の男子は腑抜けが多いからね」
「それはクラリッサちゃんと比較するからだよ」
クラリッサと比較すればどんな男子でも腑抜けに見えてしまうだろう。クラリッサには度胸があり余り過ぎているのだ。
「私は殿下と幸せになりますわ。殿下も最近逞しくなられて、頼りがいがあるんですの。きっといい国王になられますわ。私はそれをそっと支えるのが務めだと思っておりますの。良き王妃になれるよう頑張りますわ」
フィオナは気合を入れてそう告げた。
「国民はきっと君のことを尊敬するだろうね。それだけの美しさがあって、国王を支える甲斐甲斐しさを持っていたら、国民の誰もが君のことを素晴らしい王妃だと思うよ。けど、距離が遠くなってしまうのは寂しいな……」
「クラリッサさんでしたら、私が王妃になろうともいつでも歓迎しますわ! そうおっしゃらないでくださいまし!」
「ありがとう、フィオナ」
フィオナは許すだろう。だが、ジョン王太子が許すかな?
「私は豚を目指しますよう」
「……豚?」
「はい。ぶひぶひ鳴いて、鞭打たれる豚を目指しますよう」
「……そうか。なら、私はそういうサービスのお店を開くね」
「是非に!」
ひとりだけ夢が明後日の方向に向かって飛んでいる子がいるが平常運転だ。
「楽しかったね、初等部。いろいろあって」
「本当に楽しかった。けど、中等部に入ったらクラス替えがあるね。一緒になれるかな? この5人でまたわいわいやれることを私は望むよ」
サンドラが告げるのにクラリッサがバンドの音楽を聴きながらそう告げた。
「一緒になれなくてもあたしたちは友達だぜ! ずっとも!」
「おう。ずっとも。いざとなったら教師陣を買収して同じクラスにさせる」
「……クラリッサちゃんは本当に手段を選ばないな」
マイペースなクラリッサである。
「それにしても素敵な音楽も流れていることだし、1曲どうだい?」
「いいね。ウィレミナがリードしてね」
「任せろ」
それからクラリッサたちはダンスを楽しみ、食事を楽しみ、会話を楽しみ、初等部最後のパーティーを華やかに過ごした。
春休みが終わればいよいよ中等部に進級だ。
頑張れ、クラリッサたち。中等部からは学ぶことも増えるぞ。それでも友達がいれば乗り越えられるだろう。
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