娘は中等部進級を祝いたい
……………………
──娘は中等部進級を祝いたい
期末テストも無事に終わった。
クラリッサは8位であった。1位は不動のウィレミナ、2位はフィオナ、3位はサンドラ、4位はジョン王太子であったぞ。
まあ、そこそこの健闘である。
そして、期末テストが終わると春休みが訪れる。
「パパ」
「どうした? それにしてもお前、音楽、図工の成績滅茶苦茶悪いな」
「善処はした」
春休みが始まって通知表を受け取ったリーチオがそれを眺めながら告げるのに、クラリッサが露骨に視線を逸らした。
「もっと頑張りなさい。で、何の用事だ?」
「春休みが終わったらついに中等部に進級する。だから、お祝いしたい」
クラリッサたちもついに中等部に進級である。クラリッサの野望である生徒会長──学園のボスになるという時期に近づいているぞ。
そして、クラリッサはそのことを祝いたいのである。
「ファビオから聞いたが、学園でパーティーがあるんじゃないのか?」
「学園のパーティーは退屈。つまらなさの権化。二次会が必要」
「二次会とかどこで覚えた」
「ピエルトさんが教えてくれた」
「あの野郎」
ピエルトさんはパーティー大好きなパリピなので、楽しいことをいろいろとクラリッサに教えているぞ。女の子の上手な酔わせ方や、その場で絶対盛り上がる一発芸、楽しい二次会、三次会の存在までいろいろとクラリッサに教えてくれたのだ。
「パパ。パーティーだよ。いえーい」
「いえーいじゃありません。お前、中等部に進級したらついに第二外国語が始まるぞ。その点は大丈夫なんだろうな?」
「……先のことを話すのはやめよう」
「現実を見なさい」
クラリッサはそっぽを向くのに、リーチオがため息をついた。
「まあいい。パーティーだな。うちのシマでパーティーができる場所を探しておいてやろう。何人くらい呼ぶつもりなんだ?」
「いつもの面子。サンドラ、ウィレミナ、フィオナ、ヘザー」
「それぐらいならどうにでもなるだろう」
「それからジョン王太子が参加したがっている」
「王太子来るのかよ」
クラリッサがさらっと告げたのに、リーチオが目を僅かに見開く。
「王太子はいろいろと忙しいだろう。それにマフィアのパーティーに王太子が出席とかいうことになったら、マスコミが飛びつくぞ。どうにかして断りなさい」
「分かった、ジョン王太子は仲間外れにする」
「言い方!」
ジョン王太子も何を考えてパーティーに加わりたがったのか謎である。参加者は女子ばかりの実質上の女子会だというのに。
「それはともかく、学園のパーティーの支度もしなければならんな。またドレスを作りに行くか。お前はどんどん体が大きくなるから古いドレスはもう使えないものな」
「我ながらよく成長していると思う」
クラリッサの身長は今年の今現在で160センチほどある。女子の平均身長よりやや高い。ジョン王太子よりやや小柄だが、パワーはクラリッサの方が上だ。
「ディーナも背は高かったからな。遺伝するんだろう、こういうのは。ディーナは170センチはあったか。女の中じゃかなり高身長だった。まあ、俺が隣にいたからそこまで目立たなかったけどな。お前は俺とディーナの血を引いているし、よく食べて、よく運動すればこれからみるみる背が大きくなるぞ」
「やったね。これで女だからって舐められずに済むよ」
「……どういう状況を想定している?」
「みかじめ料を納めない店に徴収に行くとき」
クラリッサがそう告げるのにリーチオは深々とため息をついた。
「ママもパパのこと、手伝ってたんでしょう? 荒くれ者たちを魔術でバッタバッタやっつけったって聞いたよ。私も魔術の成績は良かったから手伝える」
「手伝わなくていい。その話はベニートから聞いたな?」
「情報提供者は保護する義務がある」
「よし。ベニートなんだな」
クラリッサの母親であるディーナの武勇伝を聞かせたのもベニートおじさんだぞ。
ディーナもなかなかの武闘派で、乗っ取りの際にはアークウィザードの魔術で大暴れして、血の海を作ったのだ。クラリッサ以上の魔術の使い手である彼女にとっては魔道兵器で僅かに武装しただけのチンピラやマフィアなどただの獲物に過ぎなかった。
そして、どうやらその遺伝子もクラリッサに見事に組み込まれているようである。
あの母にして、この子あり。
「パパはママのこともっとよく知ってるよね? どうだった?」
「どうだったって……。あいつは美人だったし、慎み深かったし、それでいて言うことははっきりと言う奴だったし、そしてまあ俺との仲はとてもよかった」
「のろけ話を聞かされた」
「お前が話せって言ったんだろうが!」
クラリッサが呆れたという顔をするのに、リーチオが突っ込んだ。
「とにかく、お前の母親はいい人間だった。お前もそうなるようにしなさい」
「はーい。私も魔術で敵対組織を八つ裂きにするね」
「……ベニートの話したことは今すぐ全て忘れなさい」
というわけで、クラリッサの中等部進級記念パーティーの開催が決まったぞ。
頑張れ、クラリッサ。君のお母さんは抗争においても日々の暮らしにおいても立派な人だったぞ。そうなれるように頑張るんだ。
……………………
……………………
王立ティアマト学園初等部6年生の進級パーティーは学園のレセプションホールで開催された。今日は料理人たちが腕を振るい、立食形式でパーティーは行われてる。
学園でダンスの授業はなかったが、ダンスも行われ、着飾った男子生徒と女子生徒がこの日のために呼ばれた楽団の演奏に合わせてダンスに興じている。
「フィオナ嬢。そのドレス、とてもよく似合っているよ」
「ありがとうございます、殿下」
そして、ここでもダンスの誘いをしようとジョン王太子がフィオナにアプローチしていた。ジョン王太子は体育はダメダメだったが、社交ダンスはできる方なのだ。こう見えても将来のアルビオン王国を担う王太子だからね。
「やあ、天使の君。今日も君は美しいね。まさに天使のようだ」
「ク、クラリッサさん。褒めすぎですわ」
そこにやってくるクラリッサである。
「いや。言葉が足りないくらいだ。君は本当に白いドレスが良く似合う。その綺麗な髪の色と相まって、美しさは言葉にできないほどだよ。こういうときにもっと語彙があればと後悔させられる。けど、どんな文豪だろうとも君のことを描くのは苦労するだろう」
「も、もう、クラリッサさんってば。クラリッサさんもお美しいですわよ? その銀髪に深紅のドレス。同い年のはずなのに私とでは色気が違いすぎますわ。どうしたらそんなに美しくなれるのですか?」
「そうだね。それは誰かを思うことが大事なのかもしれないね。自分の思いを向ける誰かに美しく見てもらいたい。そういう願いが人を美しくするんだろう。さて、私は誰に美しいとみられたいと思っているかな?」
「だ、誰でしょう?」
フィオナの顔は真っ赤だぞ。
最近分かってきたが、クラリッサは別に本気でフィオナを口説こうとしているわけではなく、リーチオのシマのホストクラブのホストたちが自慢げに話す『女性の口説き方』が本当に有効なのかを実験している節がある。
実験体にされるフィオナ……。
「クラリッサ嬢。そこまでだ。いい加減にしてもらおうか!」
「何かな? ダンスのお誘い? あいにく、先客がいるので失礼するけど」
クラリッサは心底理解できないという顔をしたのちに、ジョン王太子に手を振る。
「君という奴は! 君という奴は! フィオナ嬢をどうしたいのだ!」
「……どうしたいんだろう?」
「……私に聞かないでくれ」
クラリッサが首を傾げるのにジョン王太子はため息をついた。
「まあ、邪魔したね、フィオナ。ジョン王太子とこれからダンスでしょ? ふたりはお似合いのカップルだと思うからきっとパーティーの華になるよ」
「ありがとうございます、クラリッサさん」
一応フィオナの心はジョン王太子にあるのだ。だから、いちいちクラリッサの口説き文句に反応するのはやめてあげような。
「お。クラリッサちゃん。このケーキ、滅茶苦茶美味いよ」
「おお。それはいいことを聞いた」
クラリッサが踵を返して立ち去ると、ウィレミナが声をかけてきた。彼女はケーキを皿に乗せて、パクパクと食べている。というか、パーティーが始まってからウィレミナはずっと何かを食べているぞ。
「いいよな、この学園。ただでこんな御馳走が食べられるんだから」
「おなかは空けておいてね。この後、二次会があるよ」
「そっちも楽しみにしてるぜ、クラリッサちゃん」
ウィレミナの家は貧乏なので、こんなにたくさんの御馳走が並ぶことはないのだ。故に彼女はダンスなんかよりも食事の方を優先しているのである。しかし、この後クラリッサ主催の二次会でも御馳走がでることを考えると、ここでおなかいっぱいになるわけにはいかないわけである。
クラリッサはウィレミナと別れると、会場を進む。
「ああ。クラリッサさあん! ドエスの執事様はいずこにい?」
「ファビオは控室だよ。何かサービスが欲しいなら有料だからね」
「それでしたら、いくらでも! 衆人環視の下で縛って、罵って、鞭打ってくださいよう! さあ、さあ、さあ! このパーティーで辱めをお!」
「二次会でだったら考えておいてあげる。二次会のことは覚えているよね」
「もちろんですよう。楽しみにしていますからねえ。こういうパーティーも嫌いではないのですが、少人数のパーティーの方が盛り上がりますからあ。まあ、これだけの人間の前で辱められるのもとてもいいのですがあ!」
「この子はもうダメだ」
クラリッサすら呆れさせる性癖の持ち主であるヘザーである。
「それはそうとフローレンスはまだまだ諦めていませんから注意してくださいねえ。中等部に入ったらもっと本格的にやろうと考えているようですよう。はあ、裏切者というのも興奮しますねえ。いざ、裏切りがばれたらどんな目に遭わされるのか興奮しますよう」
ヘザーが完全にクラリッサ側に寝返り、『ジョン王太子殿下名誉回復及びクラリッサ・リベラトーレ対策委員会』の情報を流していた。
「裏切者はいつだって酷い目に遭うものだ。静かに消されたり、見せしめにされたり。だが、安心するといい。リベラトーレ家は協力者を保護する。君に危害は加えさせない」
「あ、お構いなくう。むしろ危害を加えてほしいのでえ」
「……そうか」
クラリッサはそろそろヘザーの性癖と付き合うのに疲れてきたぞ。
「それじゃあ、これからもよろしくね。二次会で会おう」
「はあい」
ヘザーはそう返事を返すととことことどこかに向かっていった。
「クラリッサちゃん。遅いよ」
「ごめん、ごめん。いろいろと話したら遅くなった」
クラリッサが次に出会ったのはサンドラであった。サンドラとは何か約束をしていたのか、サンドラはクラリッサが遅刻したことを責めている。
「サンドラ。これで初等部は卒業だね」
「うん。あっという間だったな。いろいろありすぎて、思い出すだけでも濃い日々だったよ。少しは薄めた方がいいのかもしれないね」
「せっかくの思い出を薄めるなんてとんでもない」
「冗談だよ、冗談」
クラリッサがふるふると首を振るのに、サンドラが笑った。
「本当にいろいろあったよね……。クラリッサちゃんがフランク王国まで助けに来てくれたこと。私は絶対に忘れないから」
「あれは友人としてするべきことをしただけだよ。サンドラも私がピンチのときは友人として助けてね。期待してるから」
「期待しちゃうかー」
リベラトーレ家は貸しは返すのが当然となっている。クラリッサがサンドラを助けたのも貸しとしてカウントされているぞ。借金と違って、あくまで友人として助力してくれることを祈るというのみだが。そもそもポリニャックには血の報いを受けさせる必要があったのだから、そこまで固執しない。
「では、それはそうと1曲いかがですか、お嬢様」
「よろこんで」
クラリッサのダンスの先約とはサンドラのことだった。
「クラリッサちゃんが男の子役だよ?」
「任せろ。見事なダンスを披露して、会場を沸かせてやるよ」
クラリッサとサンドラの身長差は10センチ程度。それでもクラリッサはタフだ。
そして、音楽ダメダメ。手先不器用なクラリッサだが、なんとダンスはできるのだ。あの黙示録を知らせる笛の音のようなリズム感のなさはどこかに消え、クラリッサはサンドラに合わせてステップを踏み、華麗にダンスを披露している。
「おい。あそこ見ろよ」
「やべっ。クラリッサ嬢じゃん。マジで可愛いよな」
「……お前、ああいうのが好みなのかよ」
「悪いかよ!」
まだまだ男子は初等部思考である。
「まあ、素敵。サンドラさんのお相手はクラリッサさんですわね」
「惚れ惚れしますわ」
一部の女子にもクラリッサとサンドラのダンスは受けていた。
一部である。
「クラリッサ・リベラトーレ……。この華々しい場ですら目立とうというのですか。ヘザー、来なさい! 私たちもダンスを披露するわよ!」
「無理ですよう。私、ダンスはダメダメですから。足を踏まれるのは好きなんですけど、人の足を踏むのは趣味じゃないんですう。はっ……! 私がフローレンスの足を踏めば、フローレンスが私にお仕置きしてくれる……!?」
「しません。あなたに頼んだ私が馬鹿でしたわ。エイダ、行きますわよ」
ひとりだけ脳みその温かいヘザーを当てにしたフローレンスはダメダメだ。
「私も踊れないですよっ!?」
「ええい。ダンスは淑女のたしなみでしょう。踊れなくてどうするのです。さあ、大人しく踊りに行くのです。来なさい」
「理不尽!」
その後、フローレンスに強制的に連れ出されたエイダはえっちらおっちらと踊ったものの、統合評価はやはりクラリッサとサンドラに軍配が上がったのであった。
「見ていなさい、クラリッサ・リベラトーレ! 中等部に入ったら思い知らせてやりますわ! 私たちはこれぐらいのことで諦めませんことよ!」
「……?」
クラリッサ的にはただサンドラと踊っていただけなので、フローレンスの言うことはさっぱり分からなかったぞ。
ちなみにジョン王太子とフィオナは素敵なダンスを楽しみ、その仲をしっかりと深めていた。よかったね、ジョン王太子! 今日は誰にも邪魔されなかったよ!
……………………
面白いと思っていただけたらブクマ・評価・励ましの感想などお願いします!




