娘は中等部への進級に備えたい
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──娘は中等部への進級に備えたい
進級前の期末テストの時期が足音を響かせながら近づいてくる中、クラリッサたちの学年は初等部の総仕上げに入った。
体育、魔術、算数、理科、国語、第一外国語、地理、歴史、家庭科、音楽、図工などなど。様々な科目で試験前の授業が行われている。体育、魔術、家庭科、音楽、図工には期末テストはないが、実技試験がある。
体育は戦闘科目では教師を相手に模擬戦を行う。魔術ではいくつかの魔術が使えるかどうかを試験する。家庭科と図工はこれまで作った作品を披露。音楽はひとりずつ得意な楽器で音楽を演奏する。それが成績に繋がる。
さて、そんなクラリッサたちの授業がどうなっているか覗いてみよう。
「はい。それでは始め!」
体育の戦闘科目では体育教師を相手にウィレミナが学んだ護身術を披露しようとしていた。彼女は果敢に体育教師に突撃し、その胸倉を掴もうとした。だが、体育教師は身を捻ってそれを回避する。
ウィレミナはただちに姿勢を整えなおし、再度体育教師に挑む。
もちろん、体育教師が本気を出せばウィレミナなど軽くひねられてしまう。何せ女子生徒側の体育教師は元はバレリーナであり格闘家でありテニス選手なのだ。
では、この模擬戦に何の意味があるのかというと、体育教師が生徒たちに教えたことがちゃんとできているかを確認するためだ。だから、攻撃は何度か避けて見せるが、ちゃんと攻撃を受けて見せ、攻撃ができるかどうかを確かめる。
そして、ウィレミナの攻撃の機会が回ってきた。
ウィレミナは体育教師の襟を掴むと、足で体育教師の足元を崩し、マットの上に押し倒した。そこで勝負は決まった。
「よくできました。これなら問題はないですね」
「はいっ!」
ウィレミナは満面の笑みで、体育教師の言葉に頷いた。
「では、次はヘザーさん」
「はあい!」
ヘザーは勢いだけはよく現れたが嫌な予感しかしない。
「はい。それでは始め!」
「てええい!」
ヘザーは何の考えもなしに突撃した。
当然、回避される。
勢いよく体育教師に飛びかかろうとした体は宙を飛び──そのままマットの上に叩きつけられた。びたーんである。
「はああ……。たまらない……」
「ヘザーさん? やる気はあるのかしら?」
「もちろんですよう!」
ヘザーはそれからまたマットの上にびたーんすること3回、体育教師に投げ飛ばされること2回を経て、ようやくへろへろの体で体育教師にしがみついて、そのままマットの上に押し倒した。もう技を使ったというより体重で押し倒しただけである。
「はあ……。至福……」
「ヘザーさんはもう少し頑張りましょうね」
これでヘザーの体育の成績は1か2だ。
「では、次は──」
それから女子生徒たちが呼ばれて行き、投げたり投げられたりする。概ねちゃんと技を決めることができた。フローレンスもジョン王太子との秘密の特訓もあって、問題なく攻撃をこなした。なってないのはヘザーだけである。
「では、次はクラリッサさん」
「はい」
そして、いよいよクラリッサの番が回ってきた。
「はい。それでは始め!」
その合図と同時にクラリッサが動く。
それは一瞬のことであった。
クラリッサは体育教師の懐に飛び込み、襟をつかむとそのまま体育教師を投げ飛ばした。僅かに数秒もかかってない勢いである。まさに電撃戦を食らった体育教師は受け身の姿勢を取るだけで精いっぱいであった。
「どう?」
「流石はクラリッサさんね。お見事です」
これでクラリッサの体育の成績は5で間違いなしだ。
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続いて魔術の授業。
「…………」
「…………」
……なのだが、戦闘科目の魔術の授業には名状しがたい生き物──アルフィがいる。
「み、皆さん。お友達の使い魔にあまり注目してはいけませんよ」
そう言いながらも魔術教師も視線がチラチラとアルフィに向けられている。
アルフィは触手を蠢かせて、みんなの注目に応じているぞ。スター気取りだ。
「それでは皆さんがどれだけ成長したのかを確認します。テストは男女別です。テストは男子から始めます。……だから、皆さん。お友達の使い魔に視線を向けるのはやめましょうね。授業に集中してください」
アルフィはサイケデリックな色合いに変色した。
「それでは男子生徒の皆さんは気合を入れて、まずはあの標的を破壊してください」
テストは男女別だが、内容は似通っている。
ハードターゲットに対する攻撃。ソフトターゲットに対する攻撃。慎重に目標を選んで狙撃する攻撃。この3つを程度の違いによって分けたのが男女の違いだ。
男子はハードターゲットはより硬い甲冑と壁に守られた標的であり、ソフトターゲットはより多くの目標であり、狙撃は距離が長く、判定がシビアだ。
それもそうだろう。これは戦闘科目なのだ。戦場で求められることが求めらている。
「では、ジョン王太子から」
「任せてくれたまえ!」
ジョン王太子は颯爽と現れた。
ちなみに体育の実技では男子生徒担当の体育教師にボコボコにされていたぞ。
「では、まずはあの壁に守られた甲冑を破壊しましょう」
魔術教師はあの一撃必殺ちびっこ教師ではなくなったので、心優しいが、試験は試験だ。なかなか困難な試験が行われようとしている。壁はレンガで厚さ40センチ。甲冑は重騎兵のそれである。ちょっとやそっとの衝撃では壊せないぞ。
「フン!」
ジョン王太子は詠唱なしで全力で魔力を吐き出し、金属の槍を生成して目標に向けて飛翔させる。これだけなら凄い。
……のだが、槍は空中をミミズの這うような速度で進んでいる。
これもある意味では凄いのだ。速度はそのままに、一定の高度を保ってのろりのろりと飛んでいくのだ。まるで反重力エンジンが搭載されているかのような動きである。
だが、これでは甲冑どころか壁すら壊せない。
ジョン王太子の放った槍は壁に衝突するとポトンと地面に落下した。虚しい。
「……残念でしたね、ジョン王太子」
「も、もう一度、もう一度チャンスをくれないか!」
「試験は一度きりですので」
あの熱血一撃必殺ちびっこ教師なら破壊できるまでやらせただろうが、今の担当教師は違うのである。良くも悪くも非情なのだ。
「では、次は──」
それから男子生徒たちが次々に挑むのだが、壁が半分しか壊せない。壁が壊せても甲冑が壊せないということが相次いだ。そして、結局のところ、男子生徒は誰ひとりとして試験を完全にクリアすることはできなかった。
「あら。おかしいわね。ちょっと頑丈に作りすぎたかしら?」
魔術教師は新任だったのか、試験の難易度調整に困っていたようだ。
「クラリッサさん。試しにちゃんと壊せるかどうかお願いできますか?」
「はい」
そこで役目が回ってきたのがクラリッサだ。
「では」
クラリッサは魔力を集中させて、金属の槍を形成する。
それも5本。
それが一斉に猛スピードで放たれる。
5本の金属の槍は異なる軌道を描いてレンガの壁と甲冑に襲い掛かった。
それからは驚きの光景である。5本の金属の槍がそれぞれの動きでレンガの壁を貫いてバラバラに解体していき、中にあった甲冑もズタズタに破壊されていく。これでもかというぐらいの破壊の嵐が吹き荒れ、生徒たちは呆然とそれを見ていた。
そして、残されたのは破壊された甲冑の残骸とレンガの壁だったもの。
「まあ、大丈夫だったじゃない。先生、安心しました」
魔術教師はそう告げて次の女子生徒の試験を始めた。
あれ、絶対に大丈夫じゃない。
クラスメイトの意見は珍しく完全に一致していた。クラリッサを除いて。
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さて、実技があるのは体育と魔術だけではない。
家庭科、図工、音楽にも実技はある。
家庭科の場合は手作りバッグを作るのだが。
「……クラリッサちゃん。何故にそんなに長いバッグなの?」
ウィレミナがそう告げて見るのは長さ1メートル強の大きさがあるクラリッサ製のバッグである。手先の不器用なクラリッサは針で何度も指をさし、血を流しながらこのバッグを作成したぞ。最初は穴だらけのあんまりな出来だったので、こっそりサンドラが手伝ったのは先生には内緒にしておこう。
「このサイズだと魔道式小銃が隠せる。流石の相手もこんな可愛いバッグに銃が入っているとは思わない。そして、これの優れた点は隠したまま発砲できるということ」
クラリッサのバッグは猫のアップリケなどで飾られているが用途は物騒だ。
「ウィレミナのは普通のバッグだね」
「あたしは銃を隠し持とうとは思わないからな」
「でも、あると便利だよ?」
「どんな時に?」
銃が隠せるバッグはベニートおじさんにプレゼント予定である。
「はい。皆さん、よくできました。そのバッグは学園で日常的に使ってくださいね」
家庭科担当の教師がそう告げた。一応全員が成績5をもらえるだろう。
「日常的にこれを使うのか……」
「銃は持ちこんじゃダメだぞ、クラリッサちゃん」
用途に困る品ができたのであった。
さて、図工も実技があります。
図工の課題は身近な家具づくり。
小さな椅子。本棚。チェスト。そういうものを作ることになっている。
クラリッサは本棚に挑戦し──。
「まあ、前衛的な芸術作品ですわね」
「……本棚のつもりなんだ、フィオナ」
縦も横も中も滅茶苦茶の作品が出来上がっていた。アルフィが知育玩具で作った冒涜的な角度で形成された名状しがたき構造物によく似ている。
クラリッサは手先が致命的に不器用なのだ。というか、ちゃんと器具で測りもせずにフィーリングで作るのでこういう正気を失わせるような構造物が出来上がるのである。
「フィオナは何を作ったのかな?」
「椅子ですわ。ちょっと高いところに手を伸ばす小さなものです」
フィオナのはよくできて──。
──いるようで、何やらぐらぐらしていた。どうもパーツの計算を間違っていたらしく、4本の脚の長さがちぐはぐなのだ。これに乗って物を取ろうとしたら、ぐらりと揺らいでそのまま転倒してしまうだろう。
「ま、まあ、思い出ですわ。こういうのは思い出ですわ」
「そうそう。思い出、思い出」
そして過去は埋没していくのである。
最後は音楽の実技だが──。
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清らかなリズムの華麗な音楽の音が音楽室から聞こえてくる。
「はい。ご苦労様でした、ジョン王太子。流石ですね」
「ふふ。これぐらいは簡単なものさ」
いつになくどやっとした顔を披露しているのはジョン王太子である。
音楽の実技は彼の得意中の得意であった。
もちろん、彼は家庭科と図工もそつなくこなしている。
だが、彼の才能が光るのはこの音楽だ。
彼は幼少のころより音楽について学んでおり、その上絶対音感の持ち主だった。そのためどんな楽器を演奏しても完璧にこなすのだ。バイオリン、ピアノ、ヴィオラ、チェロ、エトセトラ、エトセトラと。
王室としては音楽の才能に長けていると、優雅であるとの印象が与えられるため、王族は誰もが音楽を学ぶ。だが、その中でもジョン王太子はかなり優れていると言わざるをえない。彼の演奏に聞きほれないものはいないのだ。
「…………」
「クラリッサちゃん。うとうとしないで」
訂正。ひとりだけ聞いてない人がいました。クラリッサです。
「う、眠い……。音楽ってどうしてこうも眠くなるの……」
「クラリッサちゃんが眠くなるのは音楽だけじゃないよね?」
クラリッサは第一外国語の授業などでも眠くなっているぞ。
「じゃあ、次は私のピアノだからしっかり聞いててね?」
「任せろ。友達の演奏はちゃんと聞くよ」
サンドラが告げるのにクラリッサは眠たそうに眼をこすりながら手を振った。
「では、次はサンドラさん」
「はい」
サンドラがピアノに向けて進み、席に座る。
「それではどうぞ」
サンドラも貴族だ。幼少の頃より音楽については教わっている。それなりの自信はあった。だが、ちょっと緊張している。
ちょっとだけクラリッサの方向を見る。クラリッサは頑張れというようにサムズアップして見せている。それだけでサンドラは気が休まるのを感じた。
そして、サンドラが演奏を開始した。
ジョン王太子並みにとは言わないが、サンドラも綺麗な音色でピアノを奏でていき、課題曲を演奏していく。ドレミファソラシドが綺麗に和音をなし、名曲を作曲した作曲家の望むような音楽が奏でられていく。
「はい。ご苦労様でした、サンドラさん。いい出来でしたよ」
「はい!」
音楽教師が告げるのに、サンドラは内心でガッツポーズしながら席に戻った。
「どうだったクラリッサちゃん?」
「よかったよ。流石はサンドラ。音楽もできるんだね」
「えへへ。よかったならなによりです!」
クラリッサが感心して見せるのにサンドラがにこやかに笑って見せた。
「次はクラリッサさん」
「はい」
そして、クラリッサの番が回ってきた。
クラリッサは真っすぐピアノに進み、鍵盤に手を乗せる。
そして、演奏が始まった──。
それは地獄であった。亡者の泣き叫ぶような不協和音。悪魔と魔女が躍っているかのような外れたテンポ。作曲家があの世で嘆き悲しむような原曲を踏みにじった音程。何かもが破綻しており、それを音楽として認識できたものはいない。誰もが耳に鳴り響く、戦場のような音に耳をふさぎたくなっていた。
「パーフェクト」
クラリッサは演奏を終えてそう告げた。
「……クラリッサさん。次からはもっと頑張りましょう」
「何故に」
音楽教師の言葉にクラリッサが心底理解できないという顔をする。
そのまま理解できないままにクラリッサは席に戻った。
「サンドラ。どうだった?」
「地獄だった」
「そこまで」
サンドラがげっそりした顔で告げるのに、クラリッサがびっくりした顔を浮かべる。
「クラリッサちゃん。いくら何でもあれは酷いよ。ちゃんと授業聞いてた?」
「聞いていたような気もする。あまり過去は振り返らないんだ」
「今度からはしっかりと振り返って現実を直視しよう」
クラリッサは音楽の時間、うつらうつらとしていたぞ。
「大丈夫だ、クラリッサちゃん。あたしもあんなもんだから」
「え?」
ウィレミナが後ろから告げるのに、サンドラが凍り付いた。
「それでは、次はウィレミナさん」
「そらきた!」
──そして、世界は二度目の地獄を見た。
頑張れ、クラリッサ、ウィレミナ。音楽は練習すればそれなりに上達するぞ。
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