娘は父に文化祭の感想を聞きたい
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──娘は父に文化祭の感想を聞きたい
「あ。そろそろ時間だ」
「そうだった。クラリッサちゃん、アーチェリー部の実演があるんだよね」
クラリッサが4店舗目となる射的などのゲームのお店で遊んでいたとき、教室にかかっていた時計を見て、もうすぐアーチェリー部の実演がある午後3時が近づいていることに気が付いた。もう30分ほどで午後3時だ。
「じゃあ、私は準備に行くから。パパ、見に来てね」
「もちろんだ」
クラリッサはそう告げてアーチェリー部の部室に向かっていった。
「なあ、サンドラちゃんにウィレミナちゃん。聞きたいことがあるんだが、いいか?」
「なんでしょう?」
クラリッサが立ち去ったのを確認してからリーチオが声を落として尋ねるのに、サンドラが何事だろうかと首を傾げた。
「クラリッサはクラスにちゃんと馴染めているか? クラスというかこの学園にだな。あれはいろいろと特殊な環境で育ったこともあり、それに俺が男手ひとつで育てたこともあってちょっと変わっている節がある。俺としてはそういうことがクラスや学園に馴染むのに障害になってはいないかと心配しているんだ」
リーチオの疑念はクラリッサが本当に学園に馴染めているかだった。
クラリッサがいじめを受けてそのまま泣き寝入りするようなタイプではないことはリーチオが一番よく知っている。あれはやられたら徹底的にやり返す子だ。
だが、それと学園に馴染めているかはまた話が違う。
マフィアの娘であることを色濃く引き継いでいるクラリッサは、貴族の子女たちの集まる学園では異端だ。そのことによってはぶられたり、友達があまりできないのではないだろうかということをリーチオは気にしていた。
「クラリッサちゃんが学園に馴染めているか……」
「馴染めているか、かあ……」
サンドラとウィレミナが顔を見合わせてそう告げ合う。
「ばっちりだね。心配しなくてもいいですよ。クラリッサちゃんはもうクラスの一員だし、学園の一員です。友達も私たち以外に大勢いますし」
「そうですよ、クラリッサちゃんのお父さん。クラリッサちゃんはすぐに物事にギャンブル性をもたせようとしたり、危ない商売を展開しようとしたり、名状しがたい生き物を召喚したりしますけれど、大切なクラスメイトです」
「……意外に問題あるな、クラリッサちゃん」
「……まあ、その問題も愛嬌のうちだよ」
ウィレミナとサンドラがリーチオにそう告げる。
「それならばよかった。いや、あまりよくはないのかもしれないが、友達がいて、学園に馴染めているのならば何よりだ。ありがとう、クラリッサの友人でいてくれて」
「そんな。クラリッサちゃんに感謝しているのは私たちの方ですから」
サンドラが頬を赤らめてそう告げる。
「俺たちリベラトーレ家のモットーは『受けた恩は絶対に返す。受けた害は必ず血を以てして報復する』だ。何か問題があれば解決を手伝おう。クラリッサの友人にならば、俺たちは借りを返さなくちゃならん」
「そ、それは結構です……」
聞きなれたはずのリベラトーレ家のモットーもリーチオから聞くと迫力が違うぞ。
「それじゃ、そろそろアーチェリー部の部室に行こうぜ。クラリッサちゃんが何をするのか楽しみじゃない?」
「そうだね。そろそろ私たちも移動しようか」
ウィレミナたちはそう告げ合うと、メイド服姿のままアーチェリー部の部室へと向かっていったのだった。
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アーチェリー部の部室は第2体育館の2階に位置していた。
初等部アーチェリー部の部員は初等部3年生から6年生までを合わせて、15名。
それを見守るのはアーチェリー部部員の保護者と友人30名+アルファ。
リーチオも実演が始まる3分前にはアーチェリー部の部室にやってきていた。
既に実演の準備は進められており、椅子が準備され、的が準備され、部員たちが保護者たちを案内している。保護者もそれなりに集まってきており、ひとりずつ椅子に腰かけていっているところであった。
そんなところに足と手を広げ2人で5人分の椅子を確保しているふてぶてしい人物が。
「……何をやっているんだ、ベニート、ピエルト」
「ああ。ボス。いらっしゃいましたか。場所取りはしておきましたよ。何人か詰めろって言って来た貴族がいましたけれど、ガンつけたら逃げ出しました」
「お前らはなあ……」
学園内では大人しくしておいてくれと頼んだのにこれである。わざとやってるんじゃなかろうかと思うが、ベニートおじさんたちはなんら悪いことをしているという気持ちはないのだ。なんというかこれを見本にしているクラリッサの将来が危ぶまれる。
「ささっ。ボス、どうぞ座ってください」
「お前らは学園内では本当に自重しろよ」
リーチオはそう言いながらもベニートおじさんの確保していた椅子に座る。
「クラリッサちゃんの友達も座って、座って」
「あ。はい」
そう告げてベニートおじさんとピエルトの確保していた椅子に座る。
「今日はご来場いただき、誠にありがとうございます」
やがて、アーチェリー部部長による挨拶が始まった。
「本日は日頃の練習の成果を皆さんにお見せできればと思います。それでは」
アーチェリー部の部長がそう告げると初等部3年生と思しき生徒たちが出てきて、的に向けて弓を絞る。的は大きめのものが準備されており、初等部3年生のまだ入部したばかりだろう生徒たちは一生懸命狙いを付けると、矢を放った。
「見事命中です。拍手をお願いします」
そして、会場が拍手に包まれる。
「クラリッサちゃんの出番はまだですかね?」
「焦るな、ベニート。ちゃんと順番は回ってくる」
ベニートおじさんがそわそわして待つ中、4年生、5年生がそれぞれ実演を披露し、見事に的に命中させていった。見事なものである。今日の日のために練習してきたのだろうということがしっかりと窺えた。
そして、いよいよ6年生の出番だ。
大きな的が片付けられ、その代わりに風船がランダムに置かれる。
本当はリンゴを使う予定だったのだが、食品が勿体ないとの意見があり、急遽風船に変えられることになった。風船は的の付近やその手前に括り付けられ、魔術で生み出したヘリウムガスのおかげでふわふわと漂っている。
そして、クラリッサたちが的に向けて一列に並ぶ。
クラリッサはメイド服に胸当てという凄い恰好だった。着替える暇がなかったのが、着替える気がなかったのかは分からない。
「それでは6年生による実演をご覧ください」
そこでクラリッサが弓に矢を番えて構える。
狙いはよく分からないが、風船を狙っているのだろう。
そして、一斉に矢が放たれた。
クラリッサの放った矢は風船を貫き、破裂させる。それも1回の射撃で一気にふたつの風船を撃破していた。なかなかのものである。
「ん? クラリッサちゃん、矢を……」
そこでピエルトが奇妙なことに気が付いた。
クラリッサが一気に2本の矢を弓に番えているのだ。
「あいつ、何する気だ?」
「見守りましょう」
リーチオも首を傾げるのに、パールがそう告げてクラリッサを見守る。
他の生徒が一歩下がる中、クラリッサは構えた弓から矢を放つ。矢は水平に広がり、一気に4つの風船を破った。続けざまにクラリッサは今度は3本の矢を番えて放ち、それが5つの風船を破裂させる。そのことに観衆がざわめく。
それからクラリッサはまた1本だけ矢を番え、それを3秒間隔で連射し始めた。
あれだけたくさんあった風船はもはや全滅である。
「今年のアーチェリー部の大会優勝者クラリッサ・リベラトーレさんによる演技でした。皆さん、拍手をお願いします」
ここぞとばかりに大きな拍手が会場に響く。
「ボス。凄いっすね、クラリッサちゃん……。途中からどうなってたのかさっぱりでしたけど、それぐらい凄かったですよ」
「ありゃあ、天才ですよ。大会でも優勝するし、文化祭じゃ見学者の腰を抜かさせるし、あれだけで食っていけますな」
ピエルトとベニートおじさんがクラリッサを熱烈に褒める。
「流石だわ、クラリッサちゃん。ねえ、リーチオさん?」
「う、うむ。だが、あいつにはもっとおしとやかに育って欲しかったんだがな……」
クラリッサのさっきの演技はおしとやかとは程遠い。ただひたすらに獣が獲物を仕留め続けるかのような迫力のあるものだった。
「どう育ってもクラリッサちゃんはクラリッサちゃんですよ。すくすく育っていっている。今日のこと褒めてあげないと、きっと拗ねてしまうでしょう」
「分かってる、分かってる。帰ったら必ず褒めてやるよ」
こうして文化祭の一日は終わりに向かっていった。
よかったね、クラリッサ。会場のみんなが君のことを尊敬しているぞ。
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「さて、後片付けだ」
「帰っていいかな?」
「逃げるな」
文化祭も終わり、後片付けの時間がやってきた。
あれだけ賑わっていた学園内も今はひっそりとしており、ただただ生徒たちが自分たちが頑張って作った看板や飾り付けを撤去し、明後日からの日常の始まりのための準備を行っている。明日は休日で、生徒たちは家庭で文化祭の話題で盛り上がるだろう。
「楽しかったね、フィオナ嬢」
「ええ。とても楽しかったですわ、殿下」
そして、どうやら文化祭デートに成功しているカップルもいるようだ。ジョン王太子とフィオナ嬢はふたりしてニコニコしているぞ。ジョン王太子が決死の覚悟でお化け屋敷に挑み、フィオナをエスコートしきったのが大きいのかもしれない。
「使い魔喫茶よかったなー。あんなにもふもふに囲まれるとか夢のようじゃん」
「来年は私たちも使い魔喫茶をやろう。うちのクラスだってそのポテンシャルはある。具体的には私のアルフィ」
「そっかー。クラリッサちゃんは来年はお化け屋敷がやりたいのか」
アルフィは喫茶店よりお化け屋敷向きの造形をしている。
「それで、売り上げはどうだったのかな?」
「あたしもそれが気になる」
クラリッサとウィレミナが会計処理をしているフィオナの下に向かう。
「フィオナ。売り上げはどうった? やっぱり好調だったかな?」
「ええ。素晴らしい結果でしたわ。大きな声では言えませんのでお耳を」
「ふむふむ」
フィオナがクラリッサの耳に耳打ちする。
「凄い。そんなに稼いだんだ。完全に黒字だ。儲けはどう配分しようか? クラスで運用する資産にする? これだけだと配分するには少ないしね。資金運用なら私に任せてよ。進級までには倍にしておくから」
「いえ。このお金は児童会の預かりになり、最終的に学園に納められますわ……」
「そんな」
フィオナの言葉にクラリッサが戦慄した表情を浮かべる。
「そうか……。学園のシマで商売したからみかじめ料と上納金を取られるのか……。それにしても全額だなんて酷すぎる……。学園には血も涙もない……」
「クラリッサちゃん。最初からそう言ってあったよね?」
文化祭の説明で、稼いだお金は学園の設備や備品の購入に使われますという説明をフィオナは行っている。誰も自分たちの懐に納まりますとは言っていない。
「私はなんのために働いたというのだろうか……」
「売り上げ上位になると表彰されるよ」
「換金できないものは要らない」
落ち込むクラリッサにウィレミナがそう告げるのにクラリッサは迷わずそう告げた。
「クラリッサちゃん。どうしたの? もう片付けは終わったよ?」
「売り上げが自分の物にならなかったら絶望しているの」
「そ、そっかー」
サンドラがやってきて尋ねるのにウィレミナが答えた。
「でも、いい思い出にはなったよね? 私はみんなとわいわいやれて楽しかったよ」
「まあ、思い出にはなったかな。少なくともお化け屋敷よりははるかによかった」
サンドラが告げるのに、クラリッサが頷いた。
今までは楽しくもなんともないお化け屋敷が続ていたが、今回は変わったことをすることができた。リーチオやベニートおじさん、パールにピエルトを呼ぶこともできた。それだけでもそれなりの価値はあるというものだ。
「しかし、思い出という言葉で騙されているような気がしなくもない」
「騙されてない。騙されてないよ」
疑り深いクラリッサであった。
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「ただいま、パパ」
「おう。お帰り」
文化祭の後片付けも終わってクラリッサも帰宅した。
「パパ。今日の文化祭、どうだった?」
「よかったぞ。お前のクラスの出し物も、アーチェリー部の出し物も凄かったじゃないか。これはいい思い出になっただろう」
「思い出はいくらぐらいで換金できるかな?」
「……お前は思い出を売るつもりなのか」
クラリッサは今日の売り上げが手に入らなかったことを根に持っているぞ。
「ブレンドコーヒー、ちょっと豆の配合を変えたんだよ。気づいた?」
「ああ。いつもより苦みの薄いものだったな。どうして変えたんだ?」
「だって、文化祭のお客って保護者の他に生徒もいるでしょ? 生徒にあんまり苦いコーヒーは受けないかなって思って。美味しくなかった?」
「そんなことはない。美味かったぞ」
ちなみにそのコーヒー豆の配合を教えたのはパールである。
「アーチェリー部のも凄かったじゃないか。あれは練習したんだろう?」
「まーね。なかなかいい見世物になったみたいでよかったよ」
クラリッサは大した練習もなしにあの大技を披露して見せたぞ。そういうことにかけては手先は尋常じゃなく器用になるのだ。
「あと2か月後には中等部に進級だね」
「ああ。中等部に入ったらやりたいことがあるのか? 何やら張り切ってるみたいだが。アーチェリー部は続けるんだろう?」
「続けないよ?」
「え?」
クラリッサがあっさりと告げるのにリーチオが僅かに驚く。
「私は中等部に入ったら学園のボスになるんだ」
「……お前の言うことはさっぱり分からん」
頑張れ、クラリッサ。中等部への進級までもう少しだ。選挙委員会を買収する資金を準備し始めてもいいころだぞ。
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