娘は初等部最後の文化祭を張り切りたい
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──娘は初等部最後の文化祭を張り切りたい
リーチオが学園に馬車で到着したのは開催時間丁度であった。
「ボス。お待ちしておりました」
「楽しみにしていましたよ」
リーチオは早速ベニートおじさんとピエルトの出迎えを受ける。
「ああ。俺も楽しみにしていた。パールはどうした?」
「あそこで待っています。俺たちも行きましょう」
パールは学園の玄関口で他の貴婦人たちと会話に興じていた。
「パール。準備はいいか?」
「ええ。リーチオさん。まずはクラリッサちゃんのところに向かいましょう」
やはり純血のエルフというのは珍しいのか人目を惹いており、貴婦人たちはその美しさに興味を持って話しかけてきていた。もっとも、パールの『顧客』たちである貴族の一部は意図的にパールの方を見ないようにしていたが。
「クラリッサのクラスは6年A組だ。初等部第2校舎の3階だな」
リーチオたちは初等部の校舎を進んでいく。
「あった。あれだ、あれ。カフェ・ティアマト。間違いない」
「へえ。クラリッサちゃんのところの出し物って模擬店なんですね」
リーチオが告げるのにピエルトが意外そうな顔をする。
「ああ。執事・メイド喫茶と言っていたな。男子生徒は執事、女子生徒はメイドの格好をして客をもてなすそうだ。まあ、初等部6年のやることだから、そこまでの期待はするなよ。あくまでお店ごっこだろう」
「まあ、リーチオさんったら。クラリッサちゃん、張り切っていましたのよ。お店ごっこだなんていわずに、クラリッサちゃんの頑張った成果を堪能させてもらいましょう」
リーチオがそう告げるのにパールが小さく笑ってそう返す。
「しかし、ボス。うちから何名か派遣しておいた方がよかったんじゃないですかい。こういう飲食店には文句をつける客もいるでしょう。そういう輩を締め出すには、屈強な男が2名ほど必要だとは思いませんか?」
「……ベニート。文化祭でみかじめ料を取ろうとするのはやめろ」
クラリッサとベニートおじさんの発想が似ているのは日頃の影響のおかげだ。
「しかし、えらく人気になっているんだな。まだ始まったばかりなのに行列ができているぞ。まあ、4、5名ってところだが」
「それはそうですわよ。ジョン王太子殿下のクラスですもの。フィッツロイ家の御令嬢もおられることですし、ここでひとつ顔を売っておきたいのでしょうね」
リーチオが感心して『カフェ・ティアマト』の行列を見るのにパールがそう告げた。
「クラリッサちゃんたちが魅力的だというのもあると思いますよ。クラリッサちゃんもそろそろ彼氏とか連れてきてるんじゃないですか?」
「あまり笑えない冗談を言うなよ、ピエルト。クラリッサに彼氏はまだ早い。早すぎる。まだたったの12歳だぞ。もっと物事の分別がつくようになってからじゃないと彼氏を作るなど許さん。それにクラリッサのことを任せることになるんだ。しっかりとした覚悟が決まっているやつじゃないとな」
「あ、は、はい」
軽く話題を振ったつもりが凄く真面目に返されて困惑するピエルトであった。
「クラリッサちゃんは苦労しそうね。なかなか彼氏を紹介できないと思うわ」
パールはその様子を見てクスクスと笑っている。
「俺もクラリッサちゃんに相応しい男はきちんと選ばないといけないと思ってますぜ。何せクラリッサちゃんはボスのひとり娘ですからね。そりゃあ、ちゃんとした男じゃなけりゃダメですよ。腕力があって、揺るがぬ愛があって、仁義のある男じゃないと」
「まあ、クラリッサちゃんならどんな男性だって立派な男にできると思いますわよ。何せ、クラリッサちゃんはそういう面で優れた素質を持っていますから」
ベニートおじさんも鼻息を荒くして告げるのにパールがそう告げた。
「クラリッサちゃんなら相手は選び放題だからボスもベニートさんも不安にならなくていいですよ。むしろ、未だに結婚できない俺のことを心配してください……」
「てめえは自分でどうにかしろ」
ピエルトさんは30過ぎているけどまだ独身なのだ。体だけの関係である愛人はいたりいなかったりである。そろそろ腰を落ち着けて子供とかもほしいけれど、彼の求める真実の愛はどこにあるのだろうか。愛に向けて頑張ろう、ピエルトさん。
「おっと。そろそろ入れるぞ。行儀良くしてろよ」
「もちろんですよ、ボス。むしろ、他の店を荒らしてきましょうか?」
「そういうのを止めろって言ってるんだよ」
ベニートおじさんの発想はマフィアそのものだ。そりゃマフィアだからね。
「いらっしゃいませー! ようこそ、カフェ・ティアマトへ! 何名様ですか? って、クラリッサさんのお父さんですよね?」
「ああ。サンドラちゃんだったか。クラリッサはいるか?」
「ちょっとお待ちください。クラリッサちゃーん! お父さん来てるよー!」
リーチオたちを出迎えたのはサンドラだった。
「パパ。それにパールさんにベニートおじさんにピエルトさん。いらっしゃいませ」
クラリッサは見事な仕草でお辞儀し、リーチオたちを出迎えた。
「お前、いつの間にそんなお辞儀覚えたんだ?」
「パールさんから習った。ね、パールさん?」
クラリッサが告げるのにパールはただ穏やかに微笑んで見せた。
「いや、クラリッサちゃんも成長したなあ。おじさんたちも見習わないとな」
「ええ。俺たちもクラリッサちゃんみたいに成長しなきゃいけませんね」
ベニートおじさんが感激して告げるのにピエルトがコクコクと頷く。
「さあ、テーブルにどうぞ」
テーブルといってもいつもの机を組み合わせてテーブルクロスをかけてあるだけだが、花瓶などが置かれ、テーブルクロスも刺繍入りの物が選ばれており、学生のごっこ遊びとは言わせないぞという雰囲気を醸し出している。
「メニューはこちらになります」
クラリッサはメニューをリーチオに手渡す。
「ふむ。俺はブレンドコーヒーとチョコレートにしよう。パールはどうする?」
「私はブレンドコーヒーとクッキーを」
リーチオがメニューを見て尋ねるのにパールがそう答える。
みんなクラリッサがコーヒーを入れるのが上手いことを知っているのだ。
「なら、俺もコーヒーとマドレーヌを」
「ええっと。俺は紅茶と──」
ピエルトがそう言いかけて、全員から睨まれていることに気づいた。
ここはコーヒーを選ぶ場面だろうという無言の圧力である。
「や、やっぱりコーヒーとクッキーを……」
ピエルトは辛うじて空気を読んだぞ。
「はい。では、コーヒーを4つとクッキーをふたつ、チョコレートをひとつ、マドレーヌをひとつですね。しばらくお待ちください」
クラリッサは今日の日のために準備した手作りの注文票に注文を書き込むと、いそいそと裏方に向かった。
カフェ・ティアマトはそれなり以上に盛り上がっており、メイド服に扮した女子生徒たちや執事服の男子生徒たちが注文を取ったり、お茶を運んだりしている。
「おや。これはミスター・リベラトーレ。お久しぶりです」
「これはフィッツロイ公爵閣下。ご無沙汰しております」
カフェには大物であるフィオナの父親も来ていた。
「お父様。いらっしゃいませ。テーブルにどうぞ」
「可愛らしいメイドさんになったね、フィオナ」
フィオナがやってきてご両親を案内するのをジョン王太子が物陰から見守っていた。婚約者としてはここでフィオナをサポートしたいが、どうしていいのか分からないのだ。
「ジョン王太子、ジョン王太子。お困りですか?」
「う。ウィレミナ嬢。分かるかね?」
「そんなところに隠れてたら不審者過ぎて分かりますよ」
ジョン王太子ははたから見るとフィオナのストーカーだ。
「あそこにフィオナ嬢のご両親がいるだろう? なんとかお近づきの挨拶をしたいのだが、どうやって近づいたらいいものかと思って」
「それでしたら、いいアイディアがありますよ」
「是非とも聞かせてくれ!」
ジョン王太子は必死だった。
「では、殿下。こちらへ、こちらへ」
ウィレミナはジョン王太子を連れて、裏方に向かう。
「フィオナさん。ご家族からの注文、取れた?」
「はい。紅茶をふたつとクッキーをふたつですわ」
裏方でフィオナが尋ねるのにフィオナが笑顔でそう告げて返す。
その後ろではクラリッサがパールから教えられたようにブレンドコーヒーをじっくりと入れていた。手つきが手慣れてきているのは毎日のようにリーチオにコーヒーを入れているからだろう。リーチオもすっかりコーヒー党だ。
「ならさ、ジョン王太子と運ばない? ひとりだと大変でしょ?」
「ふたつくらいなら……」
フィオナはそう言いかけて、ジョン王太子の方を見た。
ジョン王太子が必死の形相で頷いている。これほど一緒に運びたいアピールもないだろう。それぐらいにジョン王太子は必死であった。
「わ、わかりましたわ。殿下、一緒に運んでいただけますか?」
「もちろんだ、フィオナ嬢。任せてくれ」
よかったね、ジョン王太子!
「さてと、これでよし」
「クラリッサちゃんところも家族が来てるんだよね?」
「うん。一家が来てる。みんなコーヒー頼んでくれたよ」
「クラリッサちゃんのコーヒーって評判いいもんなー」
クラリッサのコーヒーは評判の品だった。クラリッサは事前に食品担当の生徒たちにコーヒーの淹れ方をレクチャーしていたが、それでも一番コーヒーを入れるのが上手いのはクラリッサである。伊達にほぼ毎日コーヒーを入れているわけではないのだ。
「こんなことならもっと値段上げとけばよかったかも」
「ウィレミナちゃん。他のお店見てきたけど、圧倒的にこの店の値段高いよ」
ウィレミナがそんなことを告げるのにサンドラが神妙な表情でそう告げた。
「なら、サービス料を徴収しよう。ちょっとお客さんと小粋な会話を挟むだけで、料金に追加で3000ドゥカート」
「クラリッサちゃん。なんでそんなにお金に飢えているの?」
「お金はあって困ることはないからだよ」
サンドラが告げるのに、クラリッサがそう返した。
「それじゃ、私はパパたちに運んでくるね」
「いってらっしゃい」
クラリッサは器用に4つのカップと4つの皿を運んでいく。
「おまたせしました、ご注文の品となります」
クラリッサはそう告げて注文通りにお茶とお菓子を置いていく。
「いい香りね」
「いやあ。文化祭の模擬店だから、そこまでは期待してなかったけど──ゴフッ」
パールがコーヒーの匂いを楽しみ、ピエルトがそう言いかけたところでピエルトの足が思いっきり踏みつけられた。
「期待してたよな?」
「あ。はい。期待してました」
足を踏んだ張本人──リーチオが告げるのに、ピエルトがコクコクと頷く。
「全く、お前って奴は。それだから娼婦にも振られるんだぞ」
「い、今言わなくていいじゃないですか、ベニートさん。今日はデートをキャンセルしてまできたんですからね」
ベニートおじさんがあきれ顔で告げるのにピエルトはそう抗弁した。
「ピエルトさん。今日はデートだったの?」
「あ、いや。まあ、そうだったらよかったなーって話だよ」
「デートだったんだ」
言い訳が下手すぎるピエルトである。
「仕方ない。そんなピエルトさんとみんなのために私が特別なことをしてあげる」
クラリッサはそう告げると指でハートを作る。
「ラブラブ、マスター。おいしくなーれ」
「……?」
突然のクラリッサの奇行に全員が首を傾げる。
「……特別サービスだよ。メイドさんによる愛情の注入。これでお茶とお菓子が愛情により10%ほど高品質になる。ヘザーが考えた」
「あ、ああ。なんだか美味しく思えてきたな」
クラリッサが無表情でそう告げるのにリーチオが慌ててそう告げる。
「凄いこと考える子がいるのね」
「ちなみにこのサービスは有料だよ。1回につき500ドゥカート。まあ、パパたちにはサービスにしておいてあげる」
この謎の動きと詠唱を考えたのはヘザーであるが、金を取ろうと考えたのはクラリッサである。これに限ってはクラスから反発はなかった。女の子がやるにも恥ずかしいし、何せ男子までこれをやるのである。そう、ジョン王太子も頼まれたらこれをやるのだ。
地獄絵図……。
「3人、帰ってきたよー。交代したい子はしてー」
クラリッサたちがそんなやり取りをしていたら、先に出かけていた子たちが戻ってきた。このカフェ・ティアマト自体は7名で回せているので、残りの8名はゆったりと他のクラスの催し物を見学してこれるわけである。
「ウィレミナ、サンドラ、行こうか?」
「オッケー!」
クラリッサが告げるのにウィレミナがサムズアップした。
「じゃあ、パパ。行こう?」
「ああ。そうするか」
リーチオたちはコーヒーを飲み終え、クッキーなどを摘まむと、席を立った。
「全部で2500ドゥカートとなります」
「結構するな」
「プロのサービスだからね」
何がプロなのか分からないが、リーチオたちは結構な額を分捕られた。
「それじゃあ、行こう。いろいろな催し物をやってるよ」
「楽しみだな」
クラリッサたちはこうして文化祭に繰り出した。
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