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娘は鍛えたい

……………………


 ──娘は鍛えたい



 王立ティアマト学園のカリキュラムは初等部の段階でいくつかに分岐している。


 正統派の軍人を目指すものは体育のカリキュラムで剣術などを学ぶ。そうではないものたちは基礎体力をつけるための基本的な体育のカリキュラムを受けることになる。別に軍人用のカリキュラムを受けなくとも軍人にはなれるが、軍人になるならばやはり剣術などのカリキュラムを受けておく方が将来的に得である。


 魔術のカリキュラムも分かれている。魔術といってもその用途は様々だからだ。戦闘のための魔術、日常で使用する魔術。大きく分けても2種類はある。そのため王立ティアマト学園では、戦闘向けの魔術のカリキュラムとそうでない魔術のカリキュラムを分けて、それぞれ生徒に選ばせている。


「うーん」


 入学から7日が経ち、基礎的な説明とカリキュラムが終了したクラリッサたちは、このカリキュラム分けの時期に差し掛かっていた。


「クラリッサちゃん。カリキュラムの選択科目決めた?」


「悩んでる」


 既にカリキュラムを決めたサンドラがクラリッサの席にやってきて尋ねるのにクラリッサが腕を組んでそう告げた。


「サンドラはもう決めたの?」


「うん。私は体育は非戦闘科目で魔術は戦闘科目。将来、宮廷魔術師になりたいんだ」


「へー。宮廷魔術師かー」


 クラリッサは宮廷魔術師というものをあまり分かっていない。


 そもそもクラリッサはこのアルビオン王国の政治体制についてすらあまり理解していない。貴族が国王に忠誠を誓い、自らの領地を治めているという状況を理解していないのだ。だから、王太子にボディブローをかますし、王室やら宮廷魔術師やらの何が偉いのかも理解していない。基本的に常識知らずの娘なのだ。


「クラリッサちゃんは将来の夢とかあるの?」


「パパの後を継ごうと思っている」


 クラリッサは暗黒街のボスになる気満々だぞ。


「クラリッサちゃんのお父さんってどういう仕事をしているの?」


「街の秩序を守っている」


「へー。それって警察官さんみたいな?」


「ちょっと違うかな。そのボスって感じ」


 確かにリーチオは暗黒街の秩序を守っている。


「なら、戦闘科目を選んだ方がいいんじゃないかな? 秩序を守るなら、やっぱり戦闘技術がないとね。けど、女の子が戦闘科目を選ぶと目立っちゃうかなー?」


「うん。やっぱり腕力がないと街は纏められないよね。戦闘科目を選ぼう」


 クラリッサは体育の選択科目と魔術の選択科目で戦闘科目を選んだ。


「え。本当に大丈夫? この学園の戦闘科目って相当厳しいって聞くよ。体育の選択科目は非戦闘科目を選んだ方がよくない」


「大丈夫。筋肉は自分を裏切らない」


 クラリッサは父親譲りのフィジカルパワーがあるし、暗黒街でいろいろあったので、筋力は相当ついているぞ。


「大丈夫かなー……」


「クラリッサ嬢!」


 サンドラがクラリッサの先行きを案じていたとき、背後から声がかけられた。


 ジョン王太子である。


「君は既に選択科目を選んだかね!」


「うるさい。けど、選んだよ」


 ジョン王太子が噛みつくように尋ねてくるのに、クラリッサは用紙を見せた。


「ふむふむ。奇遇だな! 私も両方戦闘科目を選んだところだ!」


「変えるか……」


「こら、貴様、逃げるな!」


 クラリッサの認識では既にジョン王太子はかなりうざい人認定されている。


「フフフ。戦闘科目では実戦に則した授業が行われる。そこで私と勝負するがいいだろう! 今度こそ君をぎゃふんといわせてやるぞ!」


「かたつむりの観光客レベルにはなれるといいね」


「私はかたつむりの観光客以下ではない!」


 クラリッサが慈しむうような視線を向けるのに、ジョン王太子が叫んだ。


「殿下? クラリッサさんと何をお話しされているのですか?」


 そして、現れるちゃらんぽらん娘フィオナ。


「うむ。クラリッサ嬢と選択科目について話していたところだ。ところで、フィオナ嬢は選択する科目は選んだだろうか?」


「私はどっちも非戦闘科目ですわ。淑女は戦うものではありませんからね」


 フィオナはそう告げてクラリッサの方を見た。


「クラリッサ嬢はどちらを選ばれました?」


「戦闘科目。やっぱり腕力がないと街をまとめられないから」


 ワクワクしてフィオナが尋ねるのに、クラリッサがそう告げて返した。


「そうですか……。私も戦闘科目を選びましょうからしら」


「それはダメだよ。戦闘科目では模擬戦とかもあるし、君の玉のような肌に傷がついてしまう。それは世界に対する損失だよ。可憐な君のことを守る騎士は絶対にいるから、君はお姫様でいてくれて大丈夫」


「ひゃ、ひゃい!」


 超面倒くさいの──ジョン王太子と割と面倒くさいの──フィオナが合流しては面倒くささが二乗になると判断したクラリッサは分断工作を試みた。


「ぶー。私も魔術は戦闘科目を選んでるんだけどな」


「私は友達の夢を邪魔したりはしないよ。君の宮廷魔術師になりたいって夢、応援するよ。一緒に厳しい授業も乗り切ろうね。友達と一緒なら乗り越えられるものもあるよ」


「クラリッサちゃん……!」


 相変わらず口だけはよく回るクラリッサである。


「私との勝負のことを忘れないでおいてもらおうか!」


「忘れた」


「おい!」


 ジョン王太子には厳しいクラリッサだ。


「勝負? 何を勝負なされますの?」


「ごほん。クラリッサ嬢と互いの名誉をかけて、授業の中で勝負することになっている。フィオナ嬢。君も私のことを見直してくれることだろう」


「ですが、授業は男女別ですわよ?」


「え?」


 え? と驚くジョン王太子であるが、これは事実である。


 体育では女子は護身術を中心に学び、魔術の授業では女子はやはり護身術を中心に学ぶ。このアルビオン王国でも女性を兵士として利用することはほとんどなく、女子生徒たちに戦争で使うような技術を教えてもしょうがないと分かっているのだ。


「へっ」


「笑ったな! 今、軽薄な笑いが聞こえたぞ!」


「どうだろーね」


 そんなジョン王太子を鼻で笑うクラリッサであった。


「この程度のことで私が諦めると思うなよ! 君とは必ず決着をつけるからな!」


 ジョン王太子はそう告げて、走り去っていった。


「ジョン王太子って変わった人だよね」


「そう思う」


 そして、叫びながら走り去っていったジョン王太子の背中を見てサンドラとクラリッサはそう感想を述べたのであった。


……………………


……………………


 全員が選択科目の用紙を提出し、授業が始まった。


 まずは体育。


 クラリッサたちは女子更衣室で体操着に着替える。


「おっ。噂の決闘2連勝の勝者がやってきたぞ」


 体操着の入ったバッグを抱えたクラリッサが女子更衣室の扉を開けると、女子生徒たちの視線がクラリッサに注がれた。


「注目の的?」


「まあ、そんなところ。あたしはウィレミナ・ウォレス。よろしく」


「よろしく」


 クラリッサに声をかけてきたのはその情熱的な赤毛をショートヘアにしてまとめた女子生徒だった。それなりに長身であるクラリッサに並ぶほどの長身の少女だ。


「それで、それでジョン王太子に2回も決闘で勝ったんだって?」


「まーね。余裕だったよ」


 ウィレミナが尋ねるのに、クラリッサがそう告げて返す。


「男の子、それも王太子を相手に2連勝もするなんて凄いねえ。筋肉とかムキムキ?」


「それなり」


「お。固い、固い。流石の腕っぷし」


 クラリッサが告げるのにウィレミナがクラリッサの上腕二頭筋を触って唸る。


「腹筋とかも割れてたりして」


「割れてないよ」


「見せて、見せて。おなか見せて」


「セクハラ」


 そう言いながらもクラリッサはブレザーとシャツを脱ぐ。ついでにスカートも脱ぐ。


「……おお。なかなか可愛い下着を付けていらっしゃる」


「私も女の子なんだよ?」


「いや、もっとスポーティーな下着だとばかり」


 クラリッサの下着はその年齢に合ったものだった。


「それにしても高級そうな下着ですな。実家、お金持ち?」


「まあそれなりには、ね」


「羨ましいな。うち、兄弟ばっかり多くて、貧乏一家だから」


「貴族なのに貧乏なの?」


「爵位だけじゃ世の中、食っていけないご時世なのです」


 ウィレミナがそう告げて肩を落とす。


「世知辛い世の中だ」


「うんうん。世知辛い」


 クラリッサは貴族はお金持ちだとばかり思っていた。だが、末端の貴族となると城を維持するだけで精一杯だったりで、世の中の成長しているブルジョア層に劣るということもあるのだ。クラリッサはその急成長中のブルジョア層である。


「でさでさ、やっぱり運動には自信ある?」


「これまで我流でやってきたから、正規のトレーニングにどこまでついていけるかは分からない。けど、自信はある程度あるよ」


 クラリッサは歩けるようになってからはすぐに飛び跳ねて回り、リーチオの部下たちがはらはらする中、街をパルクールしていたりする。怪我も何度かして怒られているが、ちっとも懲りずに屋根から屋根に飛び移ったりとダイナミックな動きをしていた。


「戦闘の方も自信あり?」


「あるね。純粋な筋力では男子に劣るようになるかもしれないけど、戦闘はパワーだけじゃなくて、テクニックも重要だから」


「おお。名言っぽいな」


 人狼のハーフが筋力で人間に劣ることは一生ないだろう。


「それじゃあ、行きますか、マスター」


「誰がマスターだ」


 ウィレミナが冗談めかして告げるのにクラリッサが突っ込みながら、彼女たちはグラウンドに向かったのだった。


……………………

本日5回目の更新です。

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