娘は文化祭の開催に備えたい
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──娘は文化祭の開催に備えたい
定例の幹部会は文化祭の2日前に開催された。
「カレーの連中が薬物を扱っている可能性があると?」
リーチオはその報告に眉を歪めた。
「はい、ボス。海峡の向こう側になれば本部の監視の目も緩むと思ったのでしょう。フランク王国の組織と手を組んで、カレーを中心に薬物取り引きをやっている可能性が出てきています。まだ疑いの段階ですが、これは少しばかり問題ですね」
そう告げるのはピエルトだ。
問題となっているのはポリニャックの失脚とフランク王国の犯罪組織の大規模な取り締まりの隙に付け入って新たに拡大した、フランク王国カレー市の状況だった。
カレー市は今も基盤固めが進められている最中であり、官憲の買収や脅迫、店舗に対するみかじめ料の請求、地元のチンピラの排除が進められている。
今ではかなりの割合でカレー市はリベラトーレ・ファミリーの支配下に入っている。フランク王国の組織はカレー市を巡って抗争を起こすつもりはないようで、大人しくカレーから手を引いていた。それで万事順調、と思われていた。
そこで浮上した薬物取引疑惑。
リベラトーレ・ファミリーは薬物は扱わない。
違法な酒、違法な煙草、違法な宝石などは扱えど、違法な薬物だけは扱わないのだ。それはファミリーを創設したリーチオが定めたことで、今も絶対的な権力を握っているリーチオの下、守られているはずであった。
だが、カレーの支部がその規律に違反している疑惑がある。
アルビオン王国にはリベラトーレ・ファミリーの他にいくつかの犯罪組織があり、その中でもチンピラたちで構成されているものは薬物に手を出していた。
取り引きされるドラッグは遥か東、魔王軍の支配領域と国境を接するアナトリア帝国で栽培されたもの。アヘンをメインに数種類。中には鎮静剤として処方されることはあるものの、常習性と健康被害が明らかになってからは滅多なことでは処方されない。
密輸ルートはアナトリア帝国からフランク王国の港湾都市マルセイユを通じて、世界各地に広がっていく。フランク王国の犯罪組織の主な収入源であり、彼らが大きな財力を有している理由でもあった。
アルビオン王国へはマルセイユから陸路でカレーなどの海峡都市に移送され、そこから海峡を越えてドーバーなどを通じて国内に入ってくる。
リベラトーレ・ファミリーがカレーを支配下に置き、ドーバーなどの港湾都市での影響力を拡大している中、アルビオン王国国内に流入するアヘンなどの量は減ったはずだった。だが、アルビオン王国のチンピラたちは今もどこからか薬物を入手している。
そして、カレー支部の疑惑。
「この件は徹底的に調査しなければならんな。カレー支部の責任者は誰だった?」
「ルカ・リッツオーリです、ボス。裏切るような人間とは思えませんが、ボスが調査を行えと命じられるならば徹底的に」
「ルカか。あいつも古参の幹部だ。リベラトーレ・ファミリーが薬物には手を出さないということは重々知っていると思っていたが。ルカの目を盗んで、部下が取引に手を出している可能性もある。そこら辺も徹底的に洗え」
「畏まりました、ボス」
リーチオの命令にピエルトが頷いて見せる。
ピエルトは武闘派の幹部だったが、何もベニートおじさんのような血を流さなければ何も解決しないというような考えの持ち主ではなく、帳簿などの数字を会計士たちに調べさせて、そこから穴を見つけ出し、脅迫の材料に使うタイプでもあった。
ちなみに王立ティアマト学園が資金繰りに困っていることを調べて、リーチオに報告したのもピエルトだ。意外と頼りになるのである。
「カレーの支部が反乱を起こすようなことがあれば、潰さなければならん。どのような事情があるにせよ。ファミリーは薬物には手を出さない。それは絶対だ。今後も変わることはない。薬物を俺たちのシマで捌く奴がいたら吊るしてやれ」
「了解です、ボス」
新しい抗争の臭いにベニートおじさんがワクワクしている。
「さて、話題は変わるが、これから2日後にクラリッサの通う王立ティアマト学園で文化祭がある。このことは初めて知るものが多いだろう。クラリッサはこれまでこの行事を毛嫌いしていた節があるからな」
クラリッサは自分のクラスが毎回お化け屋敷をやることに激怒していたぞ。
「だが、今年は文化祭に招待状が来ている。そこでベニート、ピエルト。お前たちふたりには文化祭を見学に来てもらえないかと思っている。クラリッサのたっての願いだ。無下にするようなことはないだろう?」
「もちろんです、ボス。クラリッサちゃんの招待とあっては断れませんよ。部下は何人ぐらい用意すればいいでしょうか?」
「いいか。今回は体育祭と違って招待された客だけが入れる。部下はなしだ。学園で襲われる心配はないから、部下は必要ない。それに今はファミリーの力を誇示する必要もないだろう。問題は海峡の向こう側だけなんだからな」
ベニートおじさんが早速乗り気なのに、リーチオが釘を刺す。
「あのー……。ボス、学園祭って2日後なんですか?」
「そうだ。何か用事でもあるのか?」
「実をいうとデートの予定がありまして……」
ピエルトが言いにくそうにそう告げる。
「また娼婦に貢いでるのか。お前がもっと格上の幹部にならない限り、娼婦どもは相手にしないぞ。お前は何度袖にされればそれに気が付くんだ?」
「ちょ、ベニートさん。俺が毎回振られているみたいな言い方やめてくださいよ。俺だって結婚までいかなかっただけで、女の子と付き合ったことがないわけじゃないんですからね。そりゃあ、今回もお相手は娼婦ですけれど……」
「カモにされているだけだ。真っ当な商売している女を探せ。俺の女房はパン屋の娘だったからよく働いたぞ。娼婦じゃあ、そうはいかねえ」
ピエルトが慌てるのにベニートおじさんが自慢げにそう告げる。
「いや、でも俺たちの商売ですとやっぱり付き合える子って限られるんですよね。リベラトーレの名前が出ると大抵は逃げちゃいますし」
「なんだ、ピエルト。リベラトーレの名前に文句でもあるのか?」
「め、め、め、滅相もありません、ボス!」
実際にピエルトがいうようにマフィアの幹部と付き合おうとする堅気の人間は少なく、彼らの相手をしているのは娼婦がほとんどだった。ベニートおじさんのように堅気のところから嫁をもらうのは苦労するのである。
「まあ、お前がそこまで来たくないというのなら無理強いはせんぞ。クラリッサは悲しがるだろうが、お前の決断だ。後悔しない選択肢を選べ」
そう告げてリーチオがピエルトを見る。
ベニートおじさんもピエルトを注視している。
「わ、分かりました。降参です。どうせあんまり脈はなかったですし、クラリッサちゃんの方に行かせてもらいますよ」
ピエルトも文化祭に来てくれることになったぞ。やったな、クラリッサ。
「では、招待状を渡しておく。開催時刻もそこに書いてある。遅刻するな。それから絶対に学園内で問題を起こすんじゃないぞ。いいな?」
「了解です、ボス」
「畏まりました、ボス」
というわけで、カレーの空気が怪しくなる中、リーチオたちは文化祭に繰り出すことに。どんなマフィアでも子供のことは無下にできないのだ。
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文化祭当日。
「どうかな、どうかな?」
サンドラがテンション高めでぐるりと回る。
スカートがふわりと浮かび、フリルとリボンで飾られたメイド服が際立つ。
そう、6年A組は既に文化祭の開催時間に備えて着替えが行われていた。
「とっても似合ってるよ、サンドラ。私たちが頑張って選んだ甲斐があったというものだ。女の子は着飾るとより可愛くなる。サンドラは素材もいいからばっちりだね」
「えへへ。クラリッサちゃんがそう言ってくれると嬉しいな。文化祭、一緒に回って回ろうね。楽しみにしてるから!」
「うん。ウィレミナも一緒にね」
サンドラが嬉しそうに告げるのに、クラリッサがそう告げて返した。
「よ! ふたりとも似合ってるじゃん。これならばっちりだね」
そんな話をしていたらウィレミナがやってきた。
ウィレミナも既にメイド服で、サンドラが黒いリボンなのに対して、青いリボンを付けている。小物はある程度自分たちで選んでいいので、カチューシャについても、色は自由に選んでよかった。大抵の生徒はリボンの色とカチューシャを合わせている。
クラリッサは赤いリボンと赤いカチューシャ。流石は自分たちで衣装を選びに行っただけあって、よく似合っている。長袖、ロングスカートの黒いメイド服に白いエプロンを基本にしたメイド服で、普通のメイド服とか違って女の子らしい可愛さが重視されている。エプロンにしてもただ纏うだけではなく、体全体をリボンのように結べるようになっているものだ。クラリッサたちのこだわった結果がここにある。
「どうかな、フィオナ嬢。私の選んだ執事服というのは」
「お似合いですわ、殿下」
クラリッサたちがわいわいやっている傍ではジョン王太子がフィオナに執事服を見せていた。ジョン王太子だけ特別仕様というクラリッサ案は却下されており、ジョン王太子も黒のスリーピースのスーツに白いシャツ、そして黒いネクタイを締めている。
ジョン王太子もそれなりに成長したので、スーツも様になっている。少なくとも七五三のようには見えない。まあ、立派な執事ともいえそうにはないが。
「天使の君。君のメイド服も似合っているよ。私の選んだ衣装で君が輝いてくれるのは嬉しいね。きっとここを訪れるお客さんたちも君に見とれてしまうだろう。もう私も君に見とれてしまったよ。困ったものだ」
「ひゃ、ひゃい! で、でも、クラリッサさんの方がお似合いですわ。もうとっても可愛らしいではないですか! クラリッサさんはどんな衣装でも着こなしてしまわれるのですから、とってもずるいですわ」
「ありがとう、フィオナ。でも、君も似合っているから自信を持って」
フィオナが顔を赤くするのに、クラリッサがにこりと微笑んでそう告げた。
「フィ、フィオナ嬢……。私の時とリアクションが違いすぎないかな……?」
「殿下もお似合いですわよ?」
「私にはあっさり系なんだね!」
ジョン王太子にはあまり言葉が増えないフィオナだ。まあ、まだ初等部6年生だからね。クラリッサの方が口が回りすぎているのだ。
「あら。殿下、ネクタイが歪んでしまっていますわ。ちょっとよろしいですか?」
「あ、ああ」
フィオナがジョン王太子のネクタイを正すのに距離が狭まり、ジョン王太子の顔が真っ赤になった。まだまだ女の子に対する耐性がないね。
「これでいいですわ。それでは殿下。一緒に頑張りましょう!」
「ああ!」
なんだかんだでフィオナはジョン王太子のことが好きだぞ。
「さて、皆さん。準備はよろしいですか。残り30分で開催です」
フィオナが委員長としてそう尋ねる。
「クッキー、チョコレート、マドレーヌ。準備万端です」
「紅茶とコーヒーも準備よし!」
「座席表も準備できてますよう」
それぞれの分担するものが確認され、準備に問題がないことが確かめられる。
「それではいよいよです。初等部最後の文化祭。いい思い出を作りましょう」
「おー!」
フィオナがそう告げて、クラリッサたちが歓声を上げる。
いよいよ王立ティアマト学園文化祭の始まりだ。
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